第23話 皇帝モードレッド

レイモンドはマーリンと別れた後、城の最上階へと向かった。ヴァルハラ帝国の誇る建築技術を駆使して建てられた、この蒼の城は、天を衝くほどの圧倒的な高さで知られる。

昔行われた計測によれば、城だけで45メートル、大理石の土台も含めると約60メートルもあるそうだ。最上階にある謁見の間からは約30キロメートル先まで見渡せる。

レイモンドの故郷であるコンラッド州も遠くに臨めた。


謁見の間に続く、大きな扉の前に来ると、衛兵達がレイモンドに気づいて敬礼をした。


「お勤めご苦労。皇帝陛下は中にいらっしゃるか」


敬礼に応じながら声をかけると、衛兵の1人が、直立不動の姿勢を崩さずに言った。


「ハッ、恐れながら、王は只今休憩中です」

「そうか。どこに行ったか分かるか?」

「屋上の鍛練場かと思われます」


軍の大物と会話している事に興奮したのか、青と銀の鎧を纏った若い兵士は、その頬を紅潮させていた。


「そうか」


あの鍛練馬鹿め、とレイモンドは苦笑した。彼の主君は悩み事があると、時間を見つけてはひたすら剣を振り続ける癖がある。


「王に会いに行く。ここを開けてくれ」

「ハッ、畏まりました!」 


2人の兵士はサッと敬礼すると、恭しく両側の扉を開いてくれた。そのまま謁見の間に入ると、王座の横で、クロウリーがブツブツと呟きながら仕事をしているのが見えた。他には誰もいないようだ。


「まったくこの見積もりは何ですか、再提出です、ここも、ここも、ここも…‼︎甘すぎる!」


巨大な蒼のカーペットを歩いて、王座に近づく。階段があり少し高くなっているそこは、荘厳な椅子がどっしりと置かれていた。その斜め後ろには一目で高級品とわかる机と椅子があり、クロウリーはそこで書類に悪態をついていた。


「クロウリー、王は上にいるよな?」


殺気すら纏っているクロウリーに、恐る恐る声をかける。


「欲深い神官どもめ…絶対に承認なんかしませんよ。これでは一人当たりの食費が1日6万リンになるじゃないですか…ふざけるんじゃありませんよ、どこの貴族ですか。っていうか何を食ったらこんなんになるんですか。質素倹約をされている陛下を見習いなさいよ…あぁ、貴方でしたか。えぇ、王は上で鍛練をしておいでですよ」


鼻にシワを寄せながら、書類に目を通していたクロウリーだったが、チラリとこちらに視線をよこしてくると頷いた。かなり不機嫌そうだ。


「大変そうだな。また神務部絡みか」

「えぇ。新月教。あいつらは元々欲深い連中でしたが、最近は特にひどい。魔物が出てくるようになって以降ですよ、こんなことは。奴らは、不安になった民衆に持ち上げられて、完全に調子に乗っています」


レイモンドは唸った。

6年前、突如としてこの国に魔物が出現し、民衆は慌てふためいた。数は少ないものの正体も分からず、断続的に出没し続けるそれらに人々はずっと脅える生活を強いられてきた。しかし自分達政府もこの妙ちきりんな事態にどうすれば良いか全く分からず、未だ解決のために何も動けずにいる。できることと言えばせいぜい魔物が出た場所に大規模な軍隊を派遣して、一つ一つ倒して行く事だけだ。それでさえ多くの犠牲を必要としていた。


この6年間で、魔物の数はゆっくりと増えている。このままでは軍隊も処理しきれぬ可能性が大いにあった。国が打つ手なしの状態になった事を、敏感に感じ取った民衆は、その心の安定を宗教に求めた。それが新月教の対等に繋がる。聖職者たちはこれ幸いにと、魔物の出現は現王族が王座にいるせいだと主張した。


彼らの言い分では、モードレッドが王権を握っている事に神がお怒りになり、彼らの国を滅ぼすために魔物を遣わしたのだという。『これは天罰である。現王族を早急にこの玉座から引きずり出さねばこの国は滅びるだろう』。


白い聖衣を纏った聖職者たちは、民衆に向かって声高に叫んだ。彼らは神の声を聴くことのできる自分達こそが、この国を支配するのに相応しいと言い、新月教の最高聖職者たるウルヒを次の王に据えようと画策しているという。

厄介なのは、新月教を支持するものが貴族の間にも増えてきた事だ。正直言って、今のモードレッドの王位は風前の灯火だ。このまま王が解決出来なければ、確実に各地で反乱が起き、彼は瑠璃色の玉座から引きずり降ろされるだろう。既に新月教の影響力は強く、そのためクロウリーが歯軋りしているように、無茶な要求を平気でしてくるのだった。


「愚かな。奴らだって持ち上げられてはいるが、何も出来ないくせに」


レイモンドは怒りが込み上げてくるのを無理やり抑え込み、王座の奥の螺旋階段を上っていった。

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