第20話 与えられた部屋
「ここがお部屋でございます」
案内されて、マーリンは先ほどの部屋からヘトヘトになるまで階段を更に登り、いくつかの長い回廊を通り抜けた。そして細い螺旋階段を上った先のドアの前で、やっと先を行く老婆が立ち止まった。
ここはどうやら塔の中のようだ。外から見ると針山のように見えるこの城の、針の一つらしい。木でできた扉を開けると、開放感のある部屋が客人を出迎えた。
「靴をお脱ぎくださいませ」
そう言われたので、素直に靴を脱ぎ老婆に渡した。どうやらこの城では寝室においては靴を脱ぐらしい。そうっと足を踏み入れる。ベルベッド色の毛足の長い絨毯が、長旅で疲れた足を心地よく包み込んだ。
部屋にはパチパチと暖かい火の灯る暖炉や、高さ2メートルは越す位の巨大な天蓋付きベッドがあった。その寝台にはレースをふんだんにあしらったカーテンが付いており、どこかの童話に出てくるお姫様のような代物だった。
他にも鏡付きの化粧台、本棚、中くらいの大きさのテーブルがあり、その脇には座り心地の良さそうな二脚の椅子が置いてあった。石造りの壁には大きな窓が二つほど付いていた。
「ついさっき着いたんじゃろう、お夕飯は食べたんか」
いつの間にかそこにいたお婆さんが聞いてきた。
「いいえ…」
「そんじゃお夜食用意するべ。ご飯はしっかり食べんとのぅ」
そう言われてマーリンは慌てた。夜もだいぶ遅い。婆はかなりの年に見えるので、この時間まで仕事をしてもらうのは気が引けた。
「だ、大丈夫です、一食抜いたくらいでは何ともないのでお気遣いなく」
するとお婆さんが腰に手を当てて首を振った。
「だめじゃ、若いもんは遠慮するでない。ほれ、この夜着にでも着替えて待っておれ。すぐに持ってくるでの」
夜着を手渡すと、ニコニコと婆は部屋を去った。その腰の曲がった後ろ姿に、マーリンは何とも言えない懐かしさを覚えた。アリアナおばさんの時に感じたものと同じ感情だ。慣れぬ場所に来て心細くなっているのだろう、知らぬ間に母性を求めてしまっていたようだ。マーリンはレースの夜着に着替えながら自嘲した。
だが、正直お婆さんのような人が近くにいてくれるのは嬉しかった。特に先程の事があってからは。
すぐにこんこんとドアを叩く音がした。「どうぞ」と言うと、盆を手にした婆が微笑みながらやって来た。
「ほれ、残さず食べるんじゃぞ。食器は明日片付けにくるでの、はよう食べて、温かくして寝んしゃい」
机の上に置かれた盆には、大きめのカップに入れられた湯気の立つポタージュに、薫製肉を挟んだサンドイッチ、そして香ばしい匂いのする果物のパイが載っていた。ヨダレを垂らしながらお礼を言うと、婆は目を細めた。
「お前さん、ようやっと笑顔になったのぅ」
「え?」
「気づいてなかったんか?さっきからずっと泣きそうな顔をしておった。…笑ったほうがずっと別嬪さんじゃ」
皺くちゃな手が伸びて金色の髪をひとふさ撫でた。
「つらいかもしれんが、きばるんじゃぞ」
優しい言葉に、フッと体の力が抜けた。婆が退室した後、マーリンはついに耐えきれなくなり、堰を切ったように涙を流し続けた。泣きながら温かいご飯を食べた。腹が満たされていくと、段々と嵐のような悲しみが薄れ、満足感と心地よい疲労が残った。
(これからどうしよう…あぁは言ったものの、手がかりもないし、歓迎されていないし。でも、世の中私を嫌う人ばかりじゃないってことが分かったわ。ウィル達もそうだし、きっとレイモンドやあの優しい婆だってそうだわ。諦めず、出来ることからやっていこう)
マーリンはよろよろと立ち上がると隣の浴室に行き湯浴みをした。そして寝る準備をしてフカフカの布団に潜り込んだ。
あの後、モードレッド達と今後の話をした。マーリンはまず、自分の能力について説明した。魔物を倒すことは出来るがそれは病で言う対症療法に過ぎず、魔物が出現する原因を叩かなければいつまでも問題は解決しないこと。
そして魔物については、国中にはびこる穢れでできているということ。その穢れを浄化できれば魔物は現れなくなるが、この時マーリンはそれが一人のナジェイラの民ではほぼ不可能であることを説明した。マーリンの力は、歌が届く範囲にしか通用しない。仮にとある地点で力を使ったとしても、その場所だけ浄化はされるが、すぐに周囲の穢れが押し寄せて元の状態に戻るだろう。それはまるで海や湖に桶を突っ込み、その場所の水だけを掬い取るのと同じようなものだ。
それを興味深く聞いていたモードレッドは、自分たちが分かっていることを教えてくれた。魔物が出現したのは5、6年前だという事や、最初は年に2,3匹しか出なかったのに最近は大量に増加している事、兵が使う剣は魔物を透過するか、まるで縫い針のようなダメージしか入らず、大砲や火をありったけ使ってやっと倒せるくらい厄介なことなどである。各地で発生している魔物の討伐には1週間ほどかかり、兵も多く死ぬらしい。
モードレッドたちも魔物という、非現実的な生物の登場を前に知識もなく、非常に戸惑っていた。それはさておき彼らの話で一番興味をひいたのは、モードレッドの所有する剣のことだった。聞けば、それは『王の剣』と言い、王城の遺跡から発掘されたという、古代よりこの国の王に受け継がれてきた聖剣なのだという。何故それが興味を引くのかというと、ある時モードレッドが地方視察をしていた折、魔物が出現し、襲い掛かる魔物にモードレッドが聖剣を突き立てると、驚いたことに魔物はあっという間に霧散したというからだ。
古代から受け継がれし聖剣には、不思議な力が宿っているらしい。マーリンは考えた。これを作った古代の人ならば、この異変を対処する術を何か知っているのではないかと。カールおじさんの話す伝承も真実味を帯びてきたかも知れない。古代に書かれた書物や遺跡などは残っていないのかと尋ねたが、モードレッドたちも既に同じことを考えて捜索したらしいが、目ぼしいものが無かったか、中に入れないようにものも少なくないのだという。
しばらく四人で議論したが、有効な手立ては見つからず、ひとまずそこでお開きになった。夜も更けていたし、彼らも明日には公務が控えていたからだ。マーリンは忙しい彼らに代わって、明日からは自分なりに情報収集をしてみると言って、部屋を後にしたのだった。
(思ったより謎は深そうだ。今のところ解決策は見つかっていない。でも、古代の王の墓というのは気になるな。明日はまずそこから行ってみよう)
そう心に決め、少女は泥のような眠りについた。
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