第18話 王都

日の出と共に宿を後にし、それからは王都を目指しひたすら馬をかった。馬に乗ったのは久しぶりだったので、お尻を中心にあちこちが痛くなっていたが、マーリンは我慢して乗っていた。


そんな様子に目ざとく気づいたレイモンドは、道中「その歌とやらで治せないのか」と言ってきたが、マーリンは「一度使うとクセになる。この大陸で力を乱用して目立ちたくはないから、我慢できることは我慢する」と格好をつけた。


しかし結局王都に着く前の最後の休憩で昼食を取ろうと馬を降りた時に、地面にぐしゃっと潰れて立ち上がれなくなってしまった。そこで仕方なくマーリンは、レイモンドの爆笑する前で治療魔法をこそこそとかけたのであった。


街と王都の間に広がる一面の草原の中に、ポツリポツリと木が立っている。そのうちの一つの根元に二人は座っていた。痛みと筋肉のこわばりを完璧に取り去った後、マーリンはレイモンドにもらった干し肉と乾飯を昼食代わりに食べた。


干し肉は噛めば噛むほど肉の旨味が出てきてとても美味かったが、舌をピリピリと刺すくらいしょっぱかった。乾飯は水をかけて戻したものを食べた。しかし味がなくてもそもそしていた。そのため干し肉と一緒に飯を食べたが、これは上手くいき、肉の味と塩味がご飯と混ざり合ってまぁまぁ食べられるものになった。


朝食を取らずにここまできたので腹が空いていたマーリンは、夢中でそれを食べた。その様子を見てレイモンドは「不味いと評判の保存食をそんなに美味そうに食べる女は初めてだ」と笑った。その言葉にとんでもないとマーリンは首を振った。その様子にレイモンドはさらに目を細めた。「さては俺と舌が似ているな?お袋なんか、こんなのは豚のメシだって言うんだがな…慣れるとクセになる」


「この塩味がたまらない」


牢屋の食事と比べれば天と地程の差だ。


「だろ?素朴な肉の旨味も堪らないほどうめぇだろ。俺が作ったんだぜ」


干し肉を噛みちぎりながら、女と飯食ってる気がしないとレイモンドはボソリと零した。マーリンは憤慨したが、短い旅の中で、最初に会った時より少しは仲良くなれた気がした。


簡単な昼食を済ませると再び馬に乗り、王都を目指して走った。王都の門をくぐったのはその日の夕方だった。門の周りには騎士らしき人物しかいないと首を傾げていると、ここは官僚や騎士しか使えない王城への最短ルートだとレイモンドが教えてくれた。庶民・商人用の門はまた別のところにあるという。


王都への直通ルートだけに、その道には障害となるような人間や建物がまるでなく、向こう側にそびえ立つ針山のような白磁の城に向かって真っ直ぐと伸びていた。


「そういや前から思ってたんだが」

「何ですか」


レイモンドを見て直立不動の姿勢をとった門番と二言三言言葉を交わしたのち、彼は馬を進めた。


「お前の髪と目はひどく目立つな。ここからはこれでも被ってろ」


レイモンドが荷物の中から紺色の外套を取り出すと、マーリンの手に無理やり押し付けた。渡されたものを何気なく見たマーリンは、それが綿ではなく絹で作られていることに気づいた。複雑で繊細な刺繍も施されている。何という高級品。


思わず手に持ったまま感嘆の息を漏らした。確かに王都への道は、会う人会う人がマーリンを見た途端、目を丸くして囁きあっていた。先ほどの門番も興味津々と言った様子でマーリンをチラチラと盗み見ていた。


「おい、早く被れ!」

「分かったよ、あれ、ちょっと待って?この文字…」


布の端にいじらしく可愛らしい文字が刺繍されているのを見つけた。よく見ると、『レイモンド様へ♡ 愛しています♡どうか私と結婚してください ♡ブリトニーより』と書いてある…


(おい・・・)


レイモンドの手が苛立ったように後ろから伸びてきた。外套を掴み、無理矢理フードを下ろされた。


「ちょ、おい、なぜ暴れる…!」

「待て待て、着られない着られない…こんな大事なもの被れないよ…あなたこの外套よく見た?『レイモンド様』への愛のメッセージが刺繍されているわよ?」


ゲッと後ろから変な声が聞こえてきた。無自覚か。送り主に呪われそうだが、他にないから仕方ない、とマーリンは渋々外套を着ることにした。


「愛を込めて作った外套が、まさか知らない女に着せられているなんて…ブリトニーチャンが知ったらどう思うか…」


レイモンドは馬の脇腹を蹴り人気のまばらな道を走らせながら、がっくりとうな垂れた。


「また女からのプレゼントが紛れ込んでいたか…あの執事め、わざとやったな。今度こそクビにしてやる」

「家人がそんなことを!!適齢期的なアレか」

「何が適齢期だ」


レイモンドが吠えた。


流れるように風景が動く。空は藍色に染まり、いくつかの星が既に瞬いていた。陽が落ち始めているせいか、澄んだ空気は少し肌寒い。石畳の床は城に近づくにつれ、より滑らかで美しいものに変わっていった。


「もうすぐで王城に着く。綺麗だろう?これだけは戦火に焼かれずに残ったんだ。いつ頃建てられたかは忘れたが、とにかく歴史のある建物だぜ」


天をつく青と黒の荘厳な王城。巨大すぎるそれに空いた口が塞がらなかった。余計なものは一切ない洗練されたデザイン、華美にならないように計算し尽くされ散りばめられた宝石の数々。その存在感に畏怖さえ感じさせた。


内側から光り輝くようだった。言葉のないマーリンに「俺も初めて見た時はそんなんだったぜ」とレイモンドのクスクス笑いが聞こえた。





中もあまりに広くて複雑でマーリンはただレイモンドの後を、目を白黒させながらついていくのが精一杯だった。沢山の扉と通路と門をくぐり、沢山の人とすれ違った。大分城の中心部まで辿り着いたかと思うと、延々と螺旋階段を登らされた。進む度警備が厳重になっていく。そして、とある扉の前でようやくレイモンドが止まった。


「この向こうに陛下がいる」

動揺するマーリンを他所にレイモンドは扉の護衛に頷くと、兵士たちは重厚な扉を恭しく開けた。

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