第16話 突然の来訪者と旅立ち
手紙の返事は思っていたよりもずっと早く来た。というより出してから二日とかからないうちに本人がローズブレード家に駆け込んで来たのだ。
ジーンとアリアナおばさんと一緒にお菓子を作っていた時、馬の嘶きがした。そしてすぐに、カッカッカッと地面をふみならすような足音が近づいて来た。
「まさか、この足音は、そんなー」
アリアナおばさんか歓声をあげた。
「レイモンドさんだわ‼」
ジーンも顔を真っ赤にしてボウルをひっくり返した。
「え?」
マーリンの声はバーンというドアの激しい音でかき消された。
「帰ったぞ!魔物を倒したと言う女はどこだ?」
そう叫んだ人物を見てマーリンは衝撃を覚えた。バーナードと同じくらい大きな男だった。しかし筋肉隆々といった次男とは違い、彼の体はやや細身だが、無駄のない筋肉に覆われていた。逞しい体つきであるにも関わらず、動作は俊敏で、隙のない立ち姿だった。
深みのある朱色をした軽装の鎧をまとい、背中に大剣を背負っている。艶のある栗毛の髪がハラリと顔にかかっていて、男らしい顔つきに華を添えていた。獅子のような男だ、そうマーリンは思った。間違いなく弱肉強食の世界においては頂点に君臨する強者だろう。こんなに息が苦しくなるような存在感をもった人物にこれまで会ったことがなかった。
マーリンはその力強い瞳に捕食者の光を感じた。
「お前か?」
強い眼差しがマーリンに注がれる。
「お前が例の女か?」
鍛えられた明瞭な声が辺りを支配する。レイモンドの体からはメラメラとした炎が出ているようだった。マーリンは圧倒されていた。
「はい」
尻込みしながら答えた。レイモンドはニヤリと笑うと、いきなりマーリンを抱き上げた。
「え?え!」
お腹に鈍い衝撃が走ったかと思うと、レイモンドに荷物のように担がれてしまった。
「ま、マーリン?」
「レイモンド⁉」
二人がまさか、という顔をした。
「時間がねぇからこいつはこのまま王都に連れて行く。王命だからな」
この適当な大男はそう言うなりマーリンを担いだまま家から出て、庭にいた漆黒の馬にてぃっと乗せた。後ろにヒラリと乗ったレイモンドは、「はっ」という掛け声とともに馬の脇腹を蹴って、家の塀を軽く飛び越えた。怒る暇もないスピードに、マーリンはもどかしさから馬上でプルプルと震えた。
「おわっ…」
「舌噛むから喋んなよ?嬢ちゃん」
「……⁉」
(強引すぎる!!!)
「「マーリーンー‼」」
塀越しにジーンとアリアナおばさんの悲鳴がこだました。それを聞いてマーリンは泣きたくなった。なぜ自分はこうも物みたいに家を離されて強引に連れていかれるのか。まだお礼も十分に言えてないし、ウィル達とも別れの挨拶すらできていない。
憤懣やる方ない。抗議と抵抗の意味を込めてレイモンドの広い背中をドンッと叩いたが、低い笑い声が返って来るだけでびくともしなかった。「人気者」だって?ただの強引な男じゃないか。マーリンはふるふると震えた。
二人を乗せた波乱の馬が、州都の大通りを駆け走る。この男はやはり相当の身分らしく、道にいた者は皆目を剥いてはじに寄り、一斉にひれ伏した。奇妙な光景を目にしながらマーリンは最初来た門とは正反対の門から州都を出た。
後にこの出来事は「レイモンドによる少女ドナドナ事件」としてローズブレード家たちの胸に刻まれることとなった。
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