第14話 花と穢れ
次の日、マーリンはウィルとジーンと一緒に家の仕事を手伝っていた。
「あら、この花枯れてきているわ」
ジーンが悲しそうに言った。よく見ると、花壇の花が一様に黄土色に変わりつつあった。蕾も例外ではなく、萎れたままこうべを垂れていた。膝丈くらいの高さで、細かい葉をたくさん蓄えていた。
「まだ枯れるには早いのに…病気かしら」
「この花は繊細だからな、何かが悪くなったんだろ」
ウィルが無感動に言った。
「この花好きだったのに…」
ジーンはしょんぼりとしている。マーリンは花壇の花をよく観察した。緑と褐色のまだらになっているが、まだ完全に死んではいないようだ。原因はなんだろう?ウィルがジーンを慰めている横で、マーリンは感覚を研ぎ澄ましその植物に集中した。
ピリッとした空気が走る。マーリンはその正体を探った。
(この感じ…前にどこかで…)
その瞬間、マーリンはハッとした。魔物が纏っていた瘴気とそっくりである。いや、そっくりどころか、程度こそ違うものの全く同じ性質のものだ。
「穢れがこの花を汚染しているんだわ…」
「どういうこと?」
呟くと、2人の視線が自分に集まるのを感じた。
「この花を枯らしたのは病気でもなければ、悪い虫でもない…。えーと、穢れだと思う」
「『穢れ』?それは一体何なのかしら?」
「瘴気とも言うんだけど、主に生き物から発生する悪い『気』の事を指すの。あらゆる負の感情だとか、単純に腐敗物からも生まれると言われている」
「負の感情…怨みとか?」
「そうよウィル。怨み・苦しみ・悲しみ・嫉妬などは代表的なものよ。ただ余程強い想いか、何千もの個体の蓄積がなければ、穢れの段階まで成長しないのだけれど。それが生き物や死体に取り付くと暴走を始める。魔物と言われているのはこれかも知れないわ」
見た所、この国は穢れが多すぎる。大規模な悲劇や公衆衛生の不徹底でもあったのか。考えられるとしたら、例えば・・・先の戦争とかだろうか。
「大丈夫、とりあえずこれは魔物になるくらい強いものではないわ。今治すから」
マーリンは浄化の歌を歌った。昨日の魔法のような強いものではない。穢れは微量だし、レベルの違い歌は魔力を消費させるからだ。代わりに選んだのは、昔転んで擦りむいた時傷口を清めるために使った魔法だった。
囁くような音が泡のように草花に触れては弾ける。くすぐるようなその響きに植物の中に流れていた瘴気がきれいに漱がれて消滅していった。
嫌な空気が完全に取り払われたのを確認すると、マーリンは続いて精気を与える魔法を使った。すると花壇の花から枯れ色が消え、緑と青の鮮やかな色彩に再び覆い尽くされた。
息を呑む音がする。
「すごいわ…ありがとうマーリン‼︎」
ジーンは歓声をあげた。どれも簡単な魔法だったが、喜んでくれてマーリンも嬉しかった。
「君のその…力?っていうのは一体何なんだ?俺たちにはただマーリンがよくわからない言葉で歌っているだけに聞こえるんだけど」
ポカンとしたウィルが感心したように尋ねた。
「私達の力っていうのは歌魔法って言われていてね、使う言語が、古代語なの」
「古代語?」
「えぇ。魔法技術が開発されたのが古代だったからだと言われているわ。当時は神や精霊に人間が近かったから、その言語は最も力を発揮しやすいと…。現代語がジーンたちと同じことを考えると、この世界の古代語と同じかも知れないね」
恐らく、ナジェイラがこの大陸を去ったのは、少なくとも現代語が確立された後の時代なのだろう、と思った。
マーリンは魔法について詳しく説明した。
「そもそも魔法が発動するには、力のある人が、正しい歌を、正しい発音で、想いを込めて歌わなくてはいけない。魔力は遺伝するから、力のある一族の血を引く者が、代々伝えられた古代語の歌をーー自作じゃ基本的にダメよーー正しい発音で、想いを込めて歌うことが必要なの。魔力と技術、これが私達の力よ」
「へぇ」
「ただ、歌によってはかなりの魔力を必要とするものがあるわ。大きな魔法だと普通の人じゃ魔力不足で行えないの。そういう意味で制約は結構あるわ」
「他にどんなことが出来るんだい?」
それから暫くの間、マーリンは様々な歌を歌ってみせた。鳥を呼び寄せるもの、疲れを取るもの、幻覚を見せるもの、人を眠らせるもの…その全てに2人は驚き、歓声をあげて手を叩いた。
「すっげぇなぁ。君、その気になればその力で王様にもなれるぜ」
先程までマーリンの魔法で眠りこけていたウィルは反対魔法によって目を覚ますと、目をパチパチさせながらおどけたように言った。栗毛の頭に芝生がたくさんくっついている。
「ウィル!」
咎めながらもジーンはキラキラとした目でマーリンを見つめていた。
王様に…確かに彼らがこの地にいたら、なれるかもしれない。マーリンの見つけたあの泉のように、あちらとこちらの世界を繋ぐ場所はいくつか認知されてきた。万が一そこを通ってここに来れば、大陸を揺るがす一大勢力くらいになるのではないか。
ただ、そこを通ってこちら側に来ることは掟で厳しく禁じられていたし彼らはこの世界に対する激しい嫌悪感を持っている。当分その心配はなさそうだ。
(掟というのは、見方を変えればナジェイラからこの世界を守るためにあるようだ・・・)
「だけどその力はあまり人前で使わない方がいいぜ。俺たちの前だったらいいけどさ。多分騒がれる」
「それもそうね…マーリン、気をつけるのよ」
2人の助言にマーリンは真剣な表情で頷いた。そうかもしれない。故郷とこの国では全く事情が違うのだ。あちらでは当たり前の力がこちらでは珍しいものとして捉えられる。不必要に力を使うことはいらぬ災いを呼ぶかもしれない、分かってはいたが、マーリンは改めて軽々しく魔法を使わないよう心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます