第11話 魔物と伝承

ふとカールおじさんが食卓を離れたかと思うと、すぐに古ぼけた本を手にして戻って来た。


「まぁカール、なぜ今そんなゴミクズを持ってくるのかしら」


彼の手にしたものを見た途端、アリアナおばさんは一気に不快げな顔になった。


「ゴミクズだって?アリアナや、それは大きな間違いだよ。君は骨董品や古書をバカにしているが、これらがどんなに価値があるものなのか今にわかる。マーリン、君に初めて会ったとき、私は君がこの国を救ってくれる人だと直感したんだ」


興奮した様子でまくし立てながら、カールおじさんはページをめくった。


「ほら!このページを見てごらん」


言われるがまま見ると、茶色く日焼けしてボロボロになったページに歌らしきものが書かれていた。古代語ではないので、勿論マーリン達の使う歌の呪文ではない。


「この歌は⁇」


「古くからこの地に伝わる民謡の一つだ。と言っても、この本の歌の大部分は今の時代に消滅しているがね。これを歌い、受け継いでいくべき村は戦乱や飢饉で無くなってしまったものが多いからね」


「それは大変貴重なものですね…!」


「だろう?おそらくこの国で唯一の本だ。昔焼け跡から私が拾ったのだよ」


そう話すカールおじさんの顔は生き生きとしている。アリアナおばさんは眉をひそめて紅茶を飲んだ。


「そういえば聞こえはいいけど、内容は本当に大したことないのよマーリン。ナマズがドジョウを食べただとか、あくどい爺さんが懲らしめられたとか、動物を助けたら恩返しをしただとか…」


「なにを言う⁉︎貴重じゃないか!ほら、君に見せたいのはね、このページの歌なんだ」

★★★


むかしむかし


この地、悪に染まれり


人の国


地獄絵図と化す


されど、遠方より金の一族来たりて


悪を祓いたり



★★★

マーリンが該当箇所を読んだのを確認すると、カールおじさんはどうだ、と言わんばかりの表情でこちらを見た。


「『この地、悪に染まれり』という部分を見てごらん…これはきっと当時も魔物が出現するよう異常現象が起こったことを指しているんだ。そして、それを祓ったのが『金の一族』だと書いてある。つまり、この民謡は、金の一族こそが魔物からこの国を救えると言っているんだ!」


「金の一族って…よくわかんないけど、単純に考えれば体の特徴に金があること?うーん・・・」


ウィルは半信半疑のようだ。


「その通りだ。これは仮定の話だが、私は確信を持っている。いいかい、特徴とは髪だ。現にこの世に金髪の人間はいない。いたら国中大騒ぎなんだよ。だからこそマーリンの金髪はこの『金の一族』との関連を示す何よりの証拠なのではないかな」


「こじつけじゃないか。それにただの民謡だろう?ほら、おじいさんとおばあさんが山へ芝刈りに行くみたいなのと同じ」


バーナードも馬鹿にした目で父親を見ていた。周りを見ると食卓についている全員が呆れた表情をしていた。


「だから民謡だからと言って馬鹿にしてはいけないと言っているだろう。現にマーリンは今日、不思議な力で魔物を倒し、我々の命を救ってくれた」


「それはそうだけど…」


カールおじさんの言葉に、確かにそうだと皆ざわついた。マーリンの方に視線が集まる。自分の話が出た事がきっかけで、この場にいる全員がわずかに批判的な態度を改めたようだった。


(確かに、情報は少ないけど、今の状況はこの民謡に合致しているといえなくもないー)


「カールさんの言う通り、これはただの作り話ではないかもしれません・・・ということは昔にも同じ事があったということ」


もしそうだとすれば、解決の秘策が書かれているかもしれない。


カールおじさんの推測通り、金の一族がナジェイラの一族を指すのだとすると、やはりこの魔物の断続的な出現という異常事態を止めるには一族の力を使うことが予想される。だが、どんな歌を歌えば良いかが全くわからなかった。魔物を倒した時の浄化魔法では、目の前の敵に対処できるに過ぎない。対処療法では駄目なのだ。この国全体に漂っている穢れを全て取り去らなければ問題は解決しないことにマーリンは薄々気がついていた。


民謡を読み進めたが、役立ちそうな事が書かれている箇所は見つからなかった。綴られていたのは、歓喜に震える人々の描写と、金の一族に対する賞賛だった。


「特に解決のヒントは書かれていないわね…」


マーリンはガックリとした。その時ジーンが口を開いた。


「少し疑問に思ったのだけど、カールおじさんの言っている事が本当なら、マーリンの一族は昔この地にいたということかしら?」


そう言われて気がついた。何故もっと早くに分からなかったのだろう。


「よく考えてみれば、皆さんと言葉が通じるし、何となく文化も似ているような気がする」


「何らかの理由で第一大陸なる場所に居を移したんじゃないかね。どうやったかが問題だが・・・。君たちに不思議な力があるのなら、それを使ったのかもしれない・・・」


カールおじさんが言った。


謎は深まるばかりだ。食卓は一時、沈黙に包まれた。

おそらく神域の神々が成したのではないか、とマーリンは思った。しかし、これ以上混乱させるのはどうかと思い、言葉にはしなかった。


「取り敢えず、これから先の事は城に行ってから皇帝陛下とゆっくり考えればいいさ。君はきっとやってくれると信じているよ」


(皇帝に会う?)


マーリンは急な話にたじろいだ。

カップに残っていた紅茶を飲み干すと、カールおじさんは人の良い笑みを浮かべた。


「国に大事が起こった時、一番影響を受けてしまうのが立場の弱い者たちだ。今回の異常現象もそうだ、死人が増えている。私は彼らが哀れでならなかった。何とかしてこの問題を解決できないかと、藁にもすがる思いだったんだよ…今こうして解決の糸口が見つかるかも知れない・・・私は嬉しいんだよ」


遠くを見つめながら話すおじさんに、マーリンは自らに課された責任の重さを感じた。


さっき脱獄して海に落ちたかと思えば下界にいて、そこには魔物などというもので大ごとになっていて、それを何とかするのが自分だと言われ皇帝に会わせるときた…。


のんびりした大陸出身だからだろうか、マーリンは何ともついていけない。くたくただった。だが、落ちこぼれで、人権などなくて、今日までずっと閉じ込められていた自分が広い世界に出て、必要とされている。何度もありがとうと言ってもらえた。疲れの中に興奮と僅かな高揚があった。


異大陸からの落人は、静かに口の端を上げた。

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