第8話 家路
三十分ほど歩くと、ようやく森を抜けた。空はすっかり朱に染まり、遠くに見える山脈は黒く沈んでいた。森が開けた場所は一面の小麦畑が広がっている。夕陽を浴びてあるかなきかの風にそよいでいるさまは、うっとりするほど綺麗だった。
(故郷でもこれほどの規模のものは見たことがない)
畑の道に七人の影が長くのびる。広大な小麦畑の間にポツリポツリと民家が建っていた。その向こう側に建物が密集している地域が見えた。
「あそこが州都ルクシオンだ。親父はこの州府に勤めてる。僕もジーンもあの場所に家があるんだよ」
歩きながらウィルが説明してくれた。
この辺りはこの国の東端に位置するコンラッド州という場所らしい。この国には王都のあるスカーレッド州を含む十二の州で構成されており、独自の軍と行政機関をもっている。
州政府のトップに立つ州官と州軍の将軍に限り中央から任命された大貴族が就任するが、それ以外の官吏・兵たちは全て州での採用である。
ここコンラッド州はスカーレッド州の東に隣接しているため、王都から州都ルクシオンまでは馬で二日とかからないという。
「王都から近いとはいえ領地の三分の一は森だから、あんまり発展しているとはいえないんだけど…平和ないい所よ。教育機関も充実しているし、大きな自然災害は起こらないし」
ジーンが言った。
マーリンたちは近くの民家から馬と荷台を借り、陽が完全に落ちる前になんとか街にたどり着くことができた。
州都ルクシオンは、村から出たことがないマーリンにとってびっくりするような街だった。今七人は街の門から州府まで続く大きな石畳の道を歩いていた。
街に入ったばかりの時は左右には露店や商店、市場にあふれていたが、さらに進むと先ほどまでの喧騒は消え、道の両側には高い白塀に囲まれた邸宅が立ち並んでいた。
「ジーン、ウィル、ここにある建物全部石でできてるの?すごいわ、こんなの初めて!」
「珍しいか?全く、マーリンは田舎から来たお上りさんみたいだな」
「ここみたいに建物が密集してる大きな町は石造りの家が殆どなのよ。木の家だったら火事が起きた途端あっという間に燃え広がっちゃうから」
「その通りだ。昔この国は王座を巡って熾烈な争いが繰り広げられていた。その際大きな街はあらかた焼かれてしまったんだ」
双子とバーナードと共に、馬をひいて先を歩いていたカールおじさんは振り返って言った。
「その教訓だよ」
「昔そんなことがあったんですが?」
「今の国からは想像できないだろう。現在の政治機構ができる前は、地方は豪族と呼ばれる昔からの有力者が治めていた。彼らは長い間皇帝に忠誠を誓ってきたんだが…次第に皇帝の力が弱まると、各地で反乱を起こし王座を狙い始めた」
「欲深い奴らめ」
バーナードが小さく吐き捨てた。彼は潔癖な性格らしい。
「この国は混乱に包まれた。各地で戦が起こり、豊かな大地は焦土と化した。そんな状態が半世紀程続いたという」
カールおじさんは苦い顔で言った。
「それを終わらせたのが現皇帝のお父上と兄君だった」
マーリンはその声に大きな尊敬が混じっているのを感じた。
「彼らは、圧倒的な人望と武力、そして優れた策略でこの国の混乱を収めた。当時の私には彼らが素晴らしいものに見えたよ。数々の猛者をなぎ倒し、ついにこの国を統一したんだ。まぁ最近の話だけどね」
そう言うカールおじさんの顔は過去を懐かしむような表情に満ちていた。
「そうさ。お二方とも武に優れた偉大な人物だったという。平和のために命を顧みず、数多の戦友と共に各地を駆け抜けた。男なら皆あの方々に憧れる」
バーナードも目を輝かせて言った。
「生まれるのがもう少し早ければ…お父上の時代でなくてもいい。せめて兄君の治世に大人になっていれば…レイモンド兄さんのように、あの方たちの為に戦えたのに」
とても悔しそうな口ぶりだった。
「バーナードは皇帝方にお熱だからな~」
「そうさ、俺たちが小さい頃、どれだけ兄貴に『ボクの尊敬するお二方のすんばらしい話』を聞かされたことか。おかげで哀れな弟たちは皆空で言えるぜ」
サイラスとエドモンドがからかった。バーナードは怒りで顔を真っ赤にしてパンチを食らわせようとしたが、爆笑する双子にかわされて、さらに茹蛸みたいになった。
「やめなさい」
閑静な居住区に弾けるような笑い声が響く。カールおじさんはそれを気にして窘めたが、顔は笑っていた。
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