第6話 家族 

鬱蒼とした森が開けたところに、木でできた馬車が止まっていた。その周りには、ウィルと同じ明るい茶髪をした男たちが四人もいた。皆帰りの遅いウィルたちに苛立っていたらしく眉をひそめていたが、マーリンに気づいてポカンと口を開けた。


「僕の家族さ」ウィルはのんびりと言った。「パパと兄貴たち。魔物が出るようになってから森には入れなくなっちゃんだけど、どうしても肉が足りなくなって狩りに来たんだ。家畜もかなり奴らに殺されちゃったし」

「ウィル、その子は誰かね?」


硬直から解けた様子の、頭が禿げかかった男が尋ねた。ウィルと顔立ちが似ており、背もヒョロリと高い。マーリンはローズブレイト家の視線が自分に集中するのを感じた。


「おっどろいたなぁ。金色の髪に青い目…女神みたいだ」


1人の男が口笛を吹いた。


「さっき森で倒れてた子なんだ。道に迷ったらしくってさ」


ウィルは肩を竦めた。


「外国から来たんですって」

「こんなところでか?密入国者じゃないか?」


眉をひそめてそう言ったのは、がっちりとした体つきの男だった。この中で一番背が低かったが、筋肉粒々で喧嘩にはとても強そうだった。茶髪を短く刈り込み、顎がしっかりとしている。所々に傷があった。よく見ると若草色のシャツの後ろに弓矢を背負っている。


「バーナード兄さん、そんな顔しないでよ。彼女は別に怪しい人じゃない」


ウィルは慌てて言った。


「彼女は困っているんだ。遠い外国から来たからほら、こんなにボロボロだ。助けてあげないと」

「密入国は犯罪だ」


バーナードと言われた男は厳しい顔を崩さなかった。

マーリンはふと、視線を感じて横を見た。父親らしき人物がこちらを驚愕の目で見つめている。


「見つけ次第、軍へ強制連行しなければ――」

「やめなさいバーナード」


彼はかすれた声でぴしゃりと言った。そしてぶつぶつと何事かをつぶやき始めた。


「金髪…碧眼…間違いない。まさかこの子は…」

「どうしたの父さん」


ウィルが父親の様子を不思議そうに見つめながら尋ねた。しかし父親は首を振った。


「いや、とりあえずここにいては危ない。話は後だ。馬車に乗りなさい」


そして馬車のところまで来ると彼はドアを開けて言った。


「さぁみんな、早く乗るんだ」


彼はマーリンを見て微笑んだ。


「君もだ。私の名はカール、この子達の父親だ」


馬車に乗り込んでいる茶髪の子供達を指差して言った。


「よくぞ…よくぞこの国に来てくれた。我々は君を歓迎しよう」

「カールおじさんでいいぜお嬢ちゃん」


馬車に足をかけながら、波打つ茶髪を後ろで束ねた男がこちらを見てウィンクした。先ほどマーリンの容色を褒めてくれた人だった。


「うちのバカ兄貴が変なこと言ってごめんな?」

「本当に失礼な奴だ」


別の声が聞こえた。マーリンはそちらの方を向いて驚いた。そこにいたのは今馬車に乗り込んだ男と瓜二つの男だった。


「俺たちは双子なんだ」


マーリンの表情に気づいて男はニヤッとした。


「俺はエドワード。それでさっき馬車に入った方がサイラスだ。ようこそヴァルハラ帝国へ。よろしくな」


そう言うと、エドワードはマーリンの頭をクシャリと撫で馬車の中に消えた。カールおじさんはそんな息子に怒りとも呆れとも判し難い溜息をついた。


マーリンはびっくりして言葉を失っていると、ジーンと目が合った。ジーンは「こう言う人たちなのよ」とクスクス笑いながら小声で教えてくれた。


「さ、入りましょマーリン」


マーリンは促されるまま、生まれて初めての馬車に乗り込んだ。


話を聞いてみると、ローズブレイト家には七人家族らしく、バーナードは次男、サイラスとエドワードが三男と四男で、そしてウィルが末っ子の五男らしい。


ジーンはウィルと幼馴染で、この家とは家族同然の付き合いだそうだ。ちなみに、父親のカールおじさんは地方官吏をしており、現在は先の戦争で負けた一族の生活保障を実現させようと躍起になっているという。


現代社会において、彼らは罪人同様の立場にあり、そんな彼らの福利厚生をうたうカールおじさんは変わり者であり、職場でも鼻つまみ者だと子供たちはぼやいていた。そのせいで出世街道から大きく外れ、いわゆる窓際官吏なのだという。


皆、本当に気の良い人達で、明らかに怪しいいで立ちのマーリンを丁重に扱ってくれた。


「あの…私の事なんですが」


マーリンが口を開く。外で御者をしているバーナード以外の全員の顔がこちらを向いた。みなマーリンが自分から話すのを待っていてくれたようだ。


「先ほどは助けていただいてありがとうございました。それで、ここに来た理由なのですが…」


マーリンは思い切って言ってみた。違う大陸から来たこと、恐らくそこは地図には記されていない神域であること、海に落ちて、気が付いたらあの場所にいた事・・・。


目を丸くした周囲にやはり、とビクビクしながらも、マーリンはつっかえながら事情を説明した。話し終えると、揺れる車内には静寂が訪れた。ジーンが困惑したように眉尻を下げ、ウィルは信じられないというように首を振っている。

その沈黙を破ったのは、カールおじさんのかすれた声だった。


「やはり…私の説は間違っていなかった。あの本の通りだ」

「パパ、どういうこと?」


信じられないことにジーンだけでなく、サイラスとエドワードも疑ってはいなかった。マーリンは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。突飛な話だ。一笑に付されることは覚悟していたのに。


「ありがとう」マーリンは熱を込めて言った。「ありがとう…」


ウィルも何かを言おうとしたが、御者台からバーナードの緊迫した声がそれを遮った。

「敵襲‼魔物が出たー!」

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