第5話 下界での目覚め
「おーい、起きてるか?」
「ばか、起きてたらとっくに目を開けているでしょう」
遠くで声がした。体がゆっくりと揺さぶられているのを感じる。マーリンは柔らかな地面に横たわっているようだった。懐かしい腐葉土の香りがする。
頬に草が当たっているのか、くすぐったい。
(この声はなんだろう)
「もんのすごい容姿だよな。金の髪って・・・。どこかのお姫様みたいだぜ」
のんびりとした男の声がした。まだ若い。
「本当に。・・・でもね、ウィル、今はそんな悠長な事言っている場合じゃないのよ。この子はびしょ濡れだし・・・それに、分かっているでしょう?今私たちがどこにいるのかを」
今度は女の子だ。ハッキリとした発音だ。
「勿論分かっているさ。そろそろ兄貴達のところに戻んなきゃ、ボコられるって事くらいはね」
「ウィル!」
すかさず女の叱責が飛ぶ。
「はいはい、冗談だよ。そんな怒るなって…」
ぼやく男の声が聞こえた。
「すみません、聞こえますか?ここは危険です、起きてくださいませんか⁇」
さっきより激しく揺り動かされる。マーリンは呻いた。
「あ、良かった!覚醒してきたみたい」
すると嬉しそうな声がして、さらに激しく揺すられた。激しい揺れにマーリンは頭がクラクラしだした。
「おいおい、そんなに揺らすなよ」
「あ…ごめんなさい、焦っちゃって」
マーリンはゆっくりと目を開けた。真上で息を呑む音がしたが、それはすぐに喜びの声へと変わった。倒れたマーリンを二人の男女が心配そうに覗き込んでいた。
男の方はソバカスだらけの顔に、明るい茶髪のヒョロリとした少年だった。鼻は高く、唇は薄い。アーモンド型のこげ茶の目は、彼の性格をそのまま写したかのような、ひょうきんな光を宿していた。
女のほうは艶のないクルクルとした赤毛が特徴的で、あちこち変な方向に毛先が向いていた。目は深い緑色で、賢そうでもあるが、からりとした雰囲気も感じられる顔立ちだった。見た目には頓着しないのか、女らしさからは遠かったが、特に男っぽい印象も見受けられなかった。二人ともマーリンと同じくらいの年のようだった。
「大丈夫?」
優しい声で女が言った。
「あ…はい、大丈夫です」
マーリンは起き上がりながら言った。
「ここはどこでしょうか…?」
見渡したところ、ここは深い森のようだった。時間はちょうど午後の昼下がりくらいだろう。暖かな日差しが辺りに降り注いでいた。
「こいつは驚いた」
男が目を丸くして言った。
「それじゃあ君、知らない場所にどうやって来たんだ?」
マーリンは答えに詰まった。違う大陸から来ましたなんて言えるはずがない。
「とにかく、今はここを動くことが大切よ」
女の方がピシャリと言った。
「起きて早々大変だと思うけど、立って歩けるかしら?あなたも分かっていると思うけど、この辺りは本当に危険な場所なの。移動しないと」
「あ、大丈夫です、歩けます」
マーリンは急いで立ち上がった。2人も立ち上がると、こちらへ来いというように目配せしてから向こう側へと歩き始めた。
「まだ自己紹介してなかったわね。私の名前はジーン。ジーン・ブルストロード。こっちはーー」
「ウィリアムだ。ウィリアム・ローズブレイト。ウィルって呼んでくれ」
2人は朗らかに自己紹介をした。気持ちの良い人間だ。マーリンは嬉しくなって、ニッコリとした。
「マーリンよ。よろしく」
二人も微笑んだ。
「起こしてくれてありがとう。でも、この森はどうして危険なの?」
変な事を聞いたつもりはなかったのだが、マーリンの言葉に二人は呆気に取られたようだった。互いに目配せをし合う。
「おっどろいたなぁ。君正気?」
ウィルは、たった今マーリンが四足歩行を始めたかのような目でこちらを見た。
「どうして危険かって、もちろん魔物が出るからに決まってるじゃないか!」
「ま、魔物って何?」
マーリンは驚いて言った。前来ていた時、あの子はそんな事教えてくれなかった。
「あなた、もしかして遠い外国の人なの?」
するとジーンが目をキラキラさせて言った。
「きっとそうだわ!それだったら知らなくても当然だもの!」
「あーうん、そんなところかな」
マーリンは慌てて取り繕った。あの世界のことを別の言葉で表現するなら、確かにそう言ったほうが意味が近いだろう。
「この国に来たのはいいけど、迷子になっちゃって…。ほら、この辺りは土地勘がないし」
「やっぱり!」とジーンは興奮気味に叫んだ。
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