第4話 回想~楽園~
窓から柔らかな日差しが差し込む。教室の中は清らかな空気に満ちていた。
「次、マーリン!」
心臓をバクバクさせながらマーリンは席を立った。
いつも自分の成績は花二つでクラス断トツのビリだったが、もしかしたら今度こそ花が四つくらいもらえるかもしれない。
席の間をすり抜けて教卓へ向かった。
眼鏡をかけた女教師の顔をちらりと見る――が、いつも通り眉間にしわを寄せているのを見て期待に膨らんだ胸が一気にしぼんでいった。
「…全く、あなたはいつまで経っても上達しないわね」
厳しい顔の教師は通知表を見ながら冷たく言った。
教室では既に通知表を返された生徒達が騒がしかったが、こっそりこちらの様子に聞き耳を立てていることは分かっていた。
さらし者にされている気分になりマーリンは泣きそうになった。
「はい…」
「なぜ楽譜通り歌うことができないのかしらね…。勝手に音を変えてはならないと何度言っても直らない。声も力任せで相変わらず純粋さと儚さが足りない。あなたこの学校で勉強する気ある?」
「はい…」
いつものように厳しい言葉にマーリンは顔を上げることができなかった。
「まぁいいわ。養成課程もあと一年ですし。あなたの実力では神のお側で歌うことは不可能だと思うけど…ここを卒業すれば下級妖精くらいはあなたを引き取ってもいいという人が現れるでしょう」
女教師は眼鏡を押し上げてそう言うと、通知表をマーリンに渡した。
…花は二つだった。
マーリンはしょんぼりして自分の席へと戻った。
周りが自分のことをひそひそと話しているのが分かる。どうせ馬鹿にしているのだろう。
「花はいくつでしたの?マーリン」
前の席の女の子がこちらを振り向いて言った。はちみつ色の長い髪をした、美しい顔立ちの少女だった。歌と美しさの頂点に立ち、神々にも愛される至高にして唯一の存在ーー歌聖に最も近いと学園で噂されている。
「…いつも通りです、エカテリーナ」
成績は芳しくないとわかっているのに聞いてくる同級生にマーリンは暗い顔で答えた。
「まぁ、今回も花二つですの?おかわいそうに。わたくしそんな成績をとろうものなら恥ずかしくて学校なんて来れませんわ」
エカテリーナは心底嫌そうに顔をしかめた。
マーリンは恥ずかしくなって急いで通知表をカバンの中にしまった。
慌てて入れたせいで紙がくしゃくしゃになってしまった。それを見てエカテリーナは呆れたように言った。
「はしたないですわよマーリン」
「…以後気を付けます」
マーリンは落胆と憔悴から机に突っ伏した。一本の香木を切って作られたその机は温かいいい匂いがした。
すると怒ったような声が上から飛んできた。
「わたくしの前でそのような態度をとるとは随分偉くなったものですわね?」
顔を上げると顔を顰めたエカテリーナの顔があった。
周囲の目もこちらに向いていて、マーリンは自分が非難されているのを感じた。
この学校には成績順に序列があり、下の者は上の者に敬語で話さねばならなかったし、上の者のいう事を何でも聞かなければならなかった。
恋愛も友情も「序列」を大きく超えることは自分たちにとって許されないことだった。
「あ…すみません…」
マーリンは頭を下げた。
「礼儀もなっていない、挙動も歌姫とは思えないほど粗暴、簡単な歌さえ歌えない。おまけに見た目も美しくない…お前がまだここにいられるのはマーガレット先生のご厚意によるものだと肝に銘じなさい」
そう吐き捨てると、マーリンが口を開く前にエカテリーナはさっさと前を向いて隣の男子生徒とお喋りを始めてしまった。
話しかけられた男子生徒はエカテリーナと同じく成績の大変良い生徒であり、容姿も間違いなく神好みとされている金髪碧眼の美少年だ。
対してマーリンの髪も一応は金髪だが、真っ直ぐが好まれる中で自らのそれは大きく波打ってしまっている。瞳も薄い色が好まれるこの社会において濃すぎるほど青い。神々の気に入る歌姫像からはかけ離れていると、今まで何人もの人に言われたか。
マーリンはうつむいて早くこの時間が終わることを必死に願っていた。
この世界では、ひどく息がし辛い。
だから依存したのだろうか。他の世界に。
マーリンを唯一受け入れてくれた彼に。
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