第4話 隠さなければいけない光





 優真のことは、絶対にバレちゃいけない。

 それは確実なことだから、何とかごまかさなければと、頭を必死に働かせる。


 言って、もしも優真に何かされたら、自分のことが許せなくなる。

 久しぶりに出来た友達を、こんなにも早く失いたくない。

 それには輝夜が納得するような話を、即興で作り上げる必要がある。


 難易度は完全にハードモードで、少しでもミスをすればゲームオーバー。

 実際のゲームだったらクソゲーと言われるぐらい、成功する確率はゼロに近かった。


 俺は明日の予定を思い出しながら、焦りを悟られないために笑った。


「明日は、体育の授業があるのが楽しみなんです」


「それの何が楽しみなんだ?」


「俺の好きなサッカーをやるんですよ」


 嘘をついたら、絶対にバレる。

 もし運よくバレなかったとしても、嘘をつき続ければ、いつかはほころびが生まれる。

 最初は一つの嘘、でも最後には自分の首が回らなくなる。


 それに輝夜の性格から考えれば、絶対に裏付けを取るはずだ。

 同じ学校には玲夜がいる。

 輝夜の言うことは何でも聞くから、言われればすぐにでも調べるだろう。


 だから俺はあえて、嘘はつかなかった。

 サッカーの授業でここまで喜びはしないが、楽しみであることに変わりはない。

 言葉にも本気が混じるから、ごまかせる確率は高くなる。

 明日の体育がサッカーで良かった。

 俺は心の底から体育教師に感謝した。


「サッカー、ねえ」


 疑う視線を向けてきても、俺は表情を変えはしなかった。

 今までずっとやってきた作り笑顔は、ちょっとやそっとのことじゃ崩れない自信がある。


 しばらく見つめ合う状況が続き、先に視線をそらしたのは輝夜の方だった。


「そんなことで喜べるなんてガキだな」


 吐き捨てられた言葉は、いつもだったら傷つくかもしれない。

 でも今の俺には優真を守る方が大事だから、だませたのならそれでいい。


「はい。まだ子供なんで」


 余計な一言が出てしまったのも、達成感があったせいだ。


「いい加減、まともになったらどうなんだ。まだ猿の方が賢い」


 どうしてこうも、俺を傷つけるための言葉がぽんぽんと出て来るんだろう。

 本当に性格がねじ曲がっている。

 優真と会ったせいか、余計にそれが目についた。


 綺麗な顔をしているのに、その性格のせいで台無しだ。

 完璧に隠せているからいいものの、俺以外にバレたらマズいと思う。

 バレた時にどうなろうが別に関係無いけど、巻き込まれる前に縁は切っておきたい。



 俺の言い訳は上手くいったらしく、輝夜は鼻を鳴らして歩いて行った。

 その後ろ姿に、勢いよく舌を出した。

 家に帰る途中で転んでしまえばいいのに。

 視線で小さな呪いを送ってみたけど、たぶん効果は無い。

 それでも、そう思わずにはいられなかった。



 ♢♢♢



 スマホを見るたびに、ニヤニヤが止まらない。

 優真という名前をなぞって、俺はベッドの上でバタバタと足を動かした。


 友達と連絡先を交換したのは、初めてのことじゃない。

 それなのにここまで嬉しくてたまらないのは、優真がすでに特別になっているからだ。


 明日、一緒にご飯を食べる時どんな話をしようか。

 優真は何が好きなんだろうと、そんなことばかり考えている。

 嬉しさを発散するために、ベッドの上で暴れまわっていたら、隣の部屋から壁ドンされた。


 隣は玲夜の部屋だ。

 決して壁は薄く無いのだけど、騒ぎすぎたらしい。

 更にどんどんと叩く音が聞こえてきて、俺の機嫌は一気に落ちた。


 前に一回、こういう風になったことがあった。

 その時は、対応が大変だったのを覚えている。



「おい、鍵開けろ」


 思い出してげんなりとしていたら、今度は部屋の扉を叩かれた。

 叩かれているというよりも、扉を壊されるんじゃないかと心配になるぐらいの強さで殴られている。

 そんなにうるさかったかと疑問を感じるけど、たぶん虫の居所が悪かったんだろう。

 ストレス解消に使われたくないが、一緒に住んでいる以上しょうがない部分もある。


 早く家から出たい。

 そう思いながら、俺は鍵を開けた。


「……何か用か?」


 ギリギリ見れるぐらいの隙間にして、俺は顔を覗かせた。

 部屋に入られたくないし、中を見られたくない。

 この家で唯一安心出来る場所を、踏み荒らされたくなかった。


「さっきから、どんどんどんどんうるせえんだよ」


「それはごめん。もう静かにするから」


 いつもよりは騒がしくしたかもしれないけど、絶対にそこまで気になるほどの音じゃなかったはずだ。

 半分以上は嫌がらせだから、謝るだけ謝って扉を閉めようとした。

 いつもなら、謝れば文句を一つ言われて終わる。

 今日もそうだろうと思ったのに、閉めようとした扉を掴まれて邪魔をされた。


「まだ何かあるのか?」


 輝夜だけでなく玲夜にまで絡まれるなんて、優真と会えた幸運が無くなるぐらい運が悪い。

 俺はため息を吐きたくなったけど、この距離ではバレるから、顔をしかめるだけにする。


「……入れろ」


「何で?」


 わざわざ、玲夜を部屋の中に入れる理由なんて無い。

 そんなことを言ったことは無かったのに、どうして急に。


 意地悪とかそういうのを抜きにして、本気で意味が分からず首を傾げれば、舌打ちをしながら手を出してきた。


「え、何?」


「スマホ出せ」


「嫌だけど」


 玲夜は自分のスマホを持っている。

 わざわざ見せる必要は無いし、今は連絡先に優真が入っているから、絶対に見せたくない。

 何に使うか分からないけど、見つかるリスクは避けたかった。

 プライバシーのことを考えて拒否すれば、さっきよりも大きく舌打ちをしてくる。


「大人しく言うことを聞いておけよ」


 凄む顔はさすがにヤンチャをしているだけあって強いが、俺だって譲れないものはある。


「たとえ家族でも見せるものじゃないだろ」


「あ? 逆らうのか?」


「逆らうとかそういうことじゃなくて、当たり前のことを言っているんだ。なんで見せなきゃいけない?」


 何をしでかすか分からない以上、見せるのをためらうに決まっている。

 普通の主張のはずなのに、玲夜は苛立ち始める。


「言うことを聞けよ」


 自己中心的な性格だから、思い通りにならないとかんしゃくを起こす。

 子供じゃあるまいしと呆れるけど、これ以上拒否していると両親にバレるから、俺は諦めた。


「ちょっと待ってて」


 今、手元にスマホはある。

 でも俺は取りに行くふりをして、扉を閉めた。


 そしてすぐに、優真の連絡先を消去した。

 紙でもらっておいて、本当に助かった。

 まだやり取りもしていないから、連絡先を消すだけで終わる。


 数秒で消すと、俺はまた扉を開けた。

 玲夜が部屋の中についてくる可能性もあったが、大人しく待っていてくれて良かった。


「ほらよ」


 スマホを差し出せばお礼を言うこともなく、奪われる勢いで持っていく。

 そして眉間にしわを寄せながら操作して、投げるように返してきた。


「……ふんっ」


 結局何をしたかったのか分からず、俺がスマホを持ったまま固まっていると、玲夜はあごを掴んで囁く。


「調子に乗っているんじゃねえよ」


 言いたいことだけ言って満足したようで、鼻を鳴らして去っていった。

 俺は何も言い返すことが出来ず、しばらく動けずにいたが、時間が経つにつれて怒りが湧いた。


「なんなんだ、あいつ!」


 怒りに任せて叫んだけど、むなしくその場に響くだけだった。




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