第3話 この苦しい生活に現れた光





 輝夜も玲夜も、俺のことを家族として認めていない。

 それが分かってから、完全に和解を諦めた。

 好きの反対は無関心だというけど、嫌悪だって人を傷つける。


 俺の心はボロボロに修復できないぐらい傷ついていて、まるでゴミのようだった。

 ゴミになったからには、その気持ちを捨て去るしかない。

 次の燃えるゴミの日にでも、ゴミ捨て場に出そうと思った。


 誰にも気づかれないように……いやきっと誰も気づかないだろう。

 こんな俺の気持ちなんて、誰も興味が無いはずだ。



 ♢♢♢



 俺の世界は、退屈なものだった。

 どんどん色が無くなって、今ではすっかりモノクロだ。

 だからつまらない。


 つまらなくてつまらなすぎて、生きている意味を見出すことが出来ずにいた。


「なーなー。そこにいるのって楽しいの?」


「……何?」


 突然話しかけられたのは、屋上でのことだった。

 俺はフェンスを乗り越えていて、別に飛び降りるつもりは無いけど、景色を眺めていた。

 同級生達は楽しそうで、きっと人生が輝いているのだろう。


 俺との違いは一体なんだろう。

 そう感傷に浸っていれば、後ろから声をかけられた。


 屋上は本当は開放されていないから、ここに来る生徒は少ない。

 だから一人になりたい時によく来ているんだけど、他の誰かが来るのは初めてのことだった。



 興味が引かれて声がした方を見た俺は、落ちるんじゃないかというぐらい驚いてしまった。


「何で……?」


 モノクロの景色の中、何故か色があった。

 カラフルなせいで違和感がある。

 でも俺は久しぶりに見る輝きに、何度も瞬きをする。


「どうした? 俺の顔になんかついてる?」


「ついているかもな」


「嘘!? マジで?」


「嘘」


「何だよ、驚かせるなよー」


 初めて見た顔だけど、会話が心地よかった。

 俺はもっと近くで話をしたくなって、フェンスをよじ登る。

 俺としては慣れたものだけど、一番上に来ると下の方で腕を広げているのが見えた。


「何してるの?」


「いや、一応受け止めようと思って」


「絶対無理だろ」


 特別小さいわけではないし、か弱い女子でもない。

 飛び込んだところで、絶対に二人とも潰れる。

 そんなリスクを負いたくは無いから、俺はいつも通りに降りた。


「えーっと、どうも?」


「すっごく緊張しているな。確かに初めましてだからな」


 近くで顔を見ても誰だか分からなくて、普通だったら警戒するところだけど、相手に敵意を感じられないからリラックスしている。


「俺の名前は優真ゆうま


「俺は……灯里」


「灯里か、良い名前だな!」


 その一言だけで、俺は優真が悪い奴じゃないと感じた。

 女の子に間違われる名前は、いつもからかいの対象だった。

 それは成長期を迎えてから更に酷くなって、自己紹介をする度にクスクスと嫌な感じで笑われた。


 輝夜と玲夜と会った時だってそうだ。

 両親の前で自己紹介をした時は何も言わなかったけど、いなくなった後で言われた。

 俺にふさわしいひ弱な名前だって。


 この名前は、死んだ父さんがつけてくれた大事なものだった。

 それなのに馬鹿にされて衝撃を受け、すぐに目の前が赤く染まるぐらいの怒りに変わった。

 怒りは大きかったけど、それでも手を出さなかったのは母さんの存在があったからだ。


 父さんが死んでから、女手一つで俺を育ててくれた。

 気丈にふるまってはいたけど、隠れて悲しんでいたのを知っている。

 そんな母さんが、幸せになろうとしているのだ。

 俺の行動で台無しにするなんて、出来るわけが無かった。


 大事な名前だけど、そのせいで嫌な思いをたくさんした。

 でも優真は、名前を聞いてまっさきにいい名前だと言ってくれたのだ。



 母さん以外にそう言ってくれる人はいなかったから、俺は嬉しくて最近のストレスもあり、思わず涙ぐんでしまった。


「え? どうした? 俺なんか嫌なこと言っちゃった?」


 急に涙を流し始めた俺に、優真は驚いてワタワタと俺の周りで反復横跳びのような動きをして心配する。

 その動きが面白くて、自然と笑ってしまった。


「ははっ、なにその動き」


 ツボに入ったせいで、笑いが止まらない。

 こんなに心の底から笑うのは、いつぶりだろうか。

 家でも両親に心配かけないために、笑うようにはしている。

 でもそれは作ったもので、ひきつらないように必死だった。


 今は本当に面白い。

 鮮やかに見える優真も、これまで俺の周りにはいなかった。

 もしかしたら、俺にとって救世主になってくれるかもしれない。


 俺は期待から、知らないうちに優真の手を握っていた。


「あ、あの……!」


「ん?」


 急に手を掴まれたのに、優真は嫌がっていない。

 急かすことなく俺の言葉を待ってくれて、優しく微笑んでくれた。


「俺と………………友達になってくれないかな?」


 最近は義兄弟の悪意にさらされていたせいで、自己肯定感が低くなっていた。

 だから迷惑かもしれないと不安になって、俯いて返事を待っていると、頭を優しく撫でられる感覚があった。


「そんなわざわざ言わなくても、もう友達だろ!」


「……ありがとう」


 満面の笑顔は、まるで太陽みたいだ。

 色があるだけじゃない。輝いて見える。

 俺はつられて笑いながら、その手をしばらく離さずに握り続けた。



 ◇◇◇



 友達が出来た。

 久しぶりに嬉しいことがあって、俺は足取り軽く家に帰っていた。

 あれから連絡先を交換し、明日の昼休みは一緒にご飯を食べる約束もした。


 こんなにすぐに仲良くなれることなんて無かったから、顔が緩んでしまう。

 明日が楽しみだなんて、そんな気持ちになるのは久しぶりだ。

 優真がいるだけで、これからの生活に意味が出来た。本当に凄い。


 フワフワと夢心地、でもほっぺをつねったから夢じゃない。

 幸せすぎて怖いぐらいだ。



 俺はあまりにも浮かれすぎて、完全に油断していた。

 だから一人だと思っていて、つい大きな独り言を口にしてしまった。


「明日……楽しみだな」


「……何が楽しみなんだ?」


「!?」


 その声は、とても聞き覚えのあるものだった。

 でもここにいるのは、ありえない。


「……兄さん」


 どうしてこうもタイミング悪く現れるなんて、GPSでも仕込んでいるんじゃないか? そう思ってしまう。


 すぐ後ろに歩いているのを気づかなかった俺も俺だけど、気配を消しすぎだ。

 普通の会社員のくせに、どうして気配を消す必要がある?

 俺は文句を言いたい気分だったけど、それよりもまず何とかしなきゃいけない問題は別にあった。


「もう一度聞く。どうして明日が楽しみなんだ?」


 振り返った先の顔は氷のように冷たくて、俺は緊張から拳を握り締めた。




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