第2話 俺の大嫌いな家族(義弟)





 義兄である輝夜は、何を考えているか分からないから嫌いだ。

 俺のことを嫌っているのは確実だけど、腹の奥で何かを隠しているようにも見える。


 俺への攻撃の仕方もネチネチと湿っぽくて、動物に例えると蛇みたいだ。

 狡猾だからしっぽも出さないし、本当に外面だけは完璧で、やりづらい相手である。


 義弟である玲夜はどうかというと、また違った面倒くささがあった。

 輝夜が影のある美形としたら、玲夜はやんちゃな美形だ。


 髪をアッシュに染めていて、付き合っている人間も同じような人達。

 一般的に言う不良みたいなものだけど、それ以上に俺にとって苦痛なのは通っている高校が一緒というところだ。

 決して偏差値は低くない。

 ただ自由な校風を掲げていて、生徒には犯罪を起こさない限りは、好きなことをしても構わないと言っている。


 面倒な校則が無いからそこにしたのだけど、玲夜が来ると分かっていれば、絶対に違う場所を選んでいた。

 二つだけしか年が離れていないせいで、こんなことになってしまった。

 あと一歳でも違かったら、同じ学校だったとしても別に気にしなかったのに、人生というものは上手くいかない。


 見た目だけで言えば、絶賛反抗期の玲夜だが、その対象は俺一人にしか向けられていない。

 今のところは暴力は振るわれていなかったけど、それも時間の問題だ。

 前に一度、胸ぐらを掴まれた時は、本気で大怪我を覚悟した。

 兄貴面をするなと吐き捨てられて終わったから良かったにしても、今でも思い出すと怖い。


 たぶん歳が二つしか違わないのに、立場上は俺が兄だというのが気に入らないのだろう。

 そんなの俺のせいじゃないし、逆恨みもいいところだ。

 でも俺のそんな主張は、向こうにとってはどうでもいいことだった。

 いたぶることが出来れば、それでいい。

 本当に迷惑すぎる。



 ♢♢♢



「おい」


「何だよ」


「てめえ、俺の前に顔を見せるなって言ったよな。何でここにいるんだ」


「何でって、ここは俺の家だからだけど。文句あるか?」


「……ちっ」


 輝夜もそうだけど、どうしてこの義兄弟は俺が家にいることでさえも嫌がるのか。

 家を出るのを邪魔されているんだから、家の中にいるのは当たり前だ。

 邪魔をしてきたくせに、俺が家の中にいることが我慢ならないというのは矛盾でしかない。


 両親は仕事で忙しいから、夕食は各々好き勝手に食べる。

 誰も食べてくれないものを作っても無駄になるだけ、だから今は自分の分しか作っていない。


 今日もそうで、簡単に夕食を作って食べていたら、タイミング悪く玲夜が帰ってきてしまった。

 部屋で食べていれば良かったのかもしれないけど、そうなると片付けが面倒なのだ。

 あと一口ぐらいで終わるから、急いでそれをかきこんで、そして皿洗いをしていた。

 これだけ片付けたら部屋に戻る。

 こっちだって気を遣ったのに、わざわざ話しかけてくるなんて暇なんだろうか。


 俺だって舌打ちしたかったけど、無視して皿洗いをしていた。

 そうしたら後ろで、机が蹴り倒される音が聞こえた。

 どうせ八つ当たりで蹴ったんだろうが、誰がそれを片付けると思っているのか。


 そういえば今日は部活だって聞いていたのに、どうして早く帰ってきたのだろう。

 俺の顔を見るのが嫌なら、友達と一緒にいればいい。

 部活もバイトも何もしていない俺がいる確率が高いのは分かっているくせして、俺が家にいると機嫌が悪くなる。

 俺はどうしたらいいのか、はっきりと言葉にしてほしい。


 今だって顔を見るのも嫌だと言っているくせに、部屋に戻ろうとせずに後ろにいる。

 背中に視線を感じて、俺は皿を落としてしまいそうになる。

 空気が重苦しくて辛い。

 必死に後ろの視線を無視しながら、俺は片づけを終えると顔を見ずに部屋に行こうとした。


「おい」


「……何だよ?」


 顔を見るのも嫌だろうと部屋に戻ろうとしている俺を、声をかけてまで引き留める理由が分からない。

 こちらをじっと見つめて睨みつけてくる玲夜は、俺と目が合うと舌打ちした。

 ちちちちちちちち、まるで鳥のようにうるさい。


「最近、学校で調子に乗ってるな。こっちまでうるさいのが聞こえてくるんだよ」


「……はあ?」


 輝夜もそうだけど、あまりにも言いがかりが過ぎるんじゃないか。

 学校では他人としての距離感でしかないし、絶対に会わないように気を付けている。

 それなのに、何がうるさいだ。


 怒りから手が震えるが、必死に握りしめて抑える。


「あー、悪かったよ。お前の邪魔にならないように、静かに生活する。これでいいか?」


「いいわけないだろ」


「それじゃあ、どうすればいいんだ? 誰とも付き合わずに、ひっそりと生活しろってか?」


「……それはいいかもな」


 あまりにも理不尽すぎるから、やけくそになって言えば、何故か嬉しそうに笑われた。


「お前は誰とも関わらずに、この家にいればいいんだよ。ずっとな」


「何言っているんだ、お前。そんなの無理に決まってるだろ」


 いつもは我慢している言葉も、わけが分からな過ぎてポロリと出してしまった。

 慌てて口を押さえたけど、この距離だから絶対に聞こえたはずだ。


「本当にお前は馬鹿だよな。だから兄貴も苛つく。全く成長しないから、時々可哀想になる」


「俺のどこが馬鹿なんだよ。というか、放っておいてくれよ。俺のことが嫌いならさ。わざわざ構ってこないでくれ。頼むからさあ」


 馬鹿と言われて、俺だって我慢出来るわけがない。

 あまりにも苛ついたから、普段なら絶対にしない反論を言えば、無表情になった玲夜がこちらに近づいてきた。


「……ムカつくなあ」


 その表情のまま、俺の首に手をかけた。

 絞めてはこなかったけど、それでも少しでも力を入れられれば簡単に殺される。

 死の恐怖に、俺の背中に汗が一筋流れた。


「……俺を殺そうとしているのか? それぐらい憎んでいるんだな……」


 人から嫌われたり憎まれたりするのは、今まで幸せな生活を送っていた俺からしたら、精神をむしばまれるものだった。

 俺は仲良くしたかったのに、どうしてこんな風になってしまったのか。

 どんなに考えても分からなくて、玲夜の腕を掴んだ。


「俺は、俺はただ……兄弟として仲良くしたかっただけなのに」


 それは、心からの言葉だった。

 でも玲夜は鼻で笑った。


「兄弟として仲良く? そんなのごめんだな」


 その言葉を聞いて、俺の中に絶望が広がり涙が溢れそうになったけど、目をつむってこらえた。




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