☆夕食会

私はカイン。

家族や親しい者からはそう呼ばれている。


半年ほど前に宰相補佐に就いて王城で仕事をしているが、今日はうちの王都邸で夕食会がある。

晩餐会ではなく夕食会なのは、気心の知れた者だけの格式張らない会だからだ。

夕食会の予定が決まってから、私はこの日を心待ちにしていた。


だが、今日は帰宅時間が少し遅れている。

我が心の師であるアリスさんと私の妹が、昨夜武装した集団に襲われたのだ。

今日はその捜査の報告を聞いていて遅くなってしまった。


襲われた?…言葉は襲われたで合っているのだろうか。

馬車を警護していた公爵家うちの兵からの聴取で得られた情報は、襲撃という言葉を使っていいものかどうかを疑ってしまう内容だった。


十二人の襲撃犯は、彼女らの乗る馬車の前に武器を抜いて躍り出た瞬間に、強制的に石畳に正座させられたのだ。

宙に浮く、自分たちが持っていた武器を向けられて。


一方で現場に駆け付けた騎士たちは、その馬鹿らしくも異常な光景に戸惑った。

これは自首なのかと。


正座している者たちの前に立って手枷をはめようとすると、空中にあった武器が道を譲るように横にずれる。

そして手枷が嵌めやすいように、腕が素直に延ばされるのだ。

観念しているのかと思いきや、口だけは混乱して口汚い言葉を吐いてくる。

そして手枷を嵌め終わると、空中で被捕縛者に切っ先を向けていた武器が石畳に降りるのだ。


全員に手枷を嵌めロープも繋ぎ終えると、突然逃げようとする襲撃犯たち。

だが次の瞬間、直立不度になった。

そしてしばらくすると脱力する。

引っ立てようとすると、暴れる者だけがまた直立不動になる。

さすがに不気味に思ったか、男たちは無言で歩き出した。


そして事情聴取前に近衛騎士がつぶやいた一言が決定的だった。

『天使を襲撃したのに心臓を止められなくてラッキーだったな』


襲撃犯は、身体を自由に操れるなら、心臓も止められるのだと気付いたのだ。

そしてこうも思った。

近衛騎士は、心臓を止められた者を見たことがあるのだと。


近衛騎士はアリスさんへの信頼度が信奉の域に達しようとしていたため、当然の事実のような口調で話しただけなのだが。


いずれにせよ、襲撃者はとんでもない者を相手にしたと悟った。

そして慈悲を乞うように、我先にと自白を始めた。


今度は騎士たちが驚いた。

公爵家の馬車を襲うような輩が、素直に自白をするはずがない。

だが、自白の内容は捜査で次々に証明されていく。

アジトの場所から隠し扉の仕掛け、依頼主からの手紙、依頼料の金貨袋。

果ては協力した貴族へのツナギの合い言葉まで使えてしまった。


次々に捕縛者や押収品が上げられ、捜査を担当した騎士たちが驚くほどのスピードで捜査は終了した。

依頼者は元宰相。

協力者は襲撃犯の馬車が停められていた貴族家と、その寄親の上位貴族。


そして元宰相の居場所まで判明してしまった。

場所が地方領主の領内だったため、捕縛のために第二騎士団が向かった。


最後に、襲撃犯の捕縛と捜査を担当した第一騎士団にまで、アリスさんの信奉者が出てしまった。

『やはり天使。さすがだ』

近衛騎士がつぶやいた、余分な一言のせいで。


同席されていた陛下の笑い声と近衛騎士団長の笑顔が、やけに印象に残った。



やっと自宅に着いた。

予定の時刻から二十分ほど遅れてしまった。

もう始まってしまっているのだろうか。


食堂に来たら、みんな勢ぞろいしていたが、まだ始まってはいなかった。

私を待っていてくれたみたいだ。

メンバーはうちからは私と妹と母上、そしてエレーヌ。

診療所で働いている二人の少女。

辺境伯家からは、ソード子爵とアリスさん。

そして第三、いやマギ君の、計九人。


テーブル上には、料理が所狭しと並んでいる。

エレーヌが私に作ってくれた料理もあるが、見た事のないものも多い。

これは期待出来そうだ。


「カイン、遅いわよ」


料理を眺めていたら、母上からお小言をもらってしまった。

いかん、遅参の謝罪もしていなかった。


「申し訳ない。おいしそうな料理に、つい目が行ってしまって。遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

「まあいいわ。それでは始めましょうか。今日の夕食会はマナーを気にしなくてもいいわ。もちろん爵位もね。それではみなさん、『アリスさんを囲む夕食会』を始めましょう」

「ちょ!『仲良し夕食会』じゃなかったの!?」

「どっちでも同じよ。ここにいるメンバーが仲良くなったのは、皆アリスさんのおかげでしょう。ほら、さっさとご挨拶なさい」

「うわ、無茶振り来た!。…えーっと、こうしてみんなと集まれたのはすごくうれしいです。一緒に料理を作ってくれたみんなも、会場を貸してくれた公爵家の方もありがとうございます。それでは、仲良くおいしいもの食べて、楽しく過ごしましょう。かんぱーい!」

「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」


やはりアリスさんはすごいな。

母上がここまで言葉を崩すことなんて家族だけでもめったにないのに、他家の人がいる前なのに安心しきっている。

これは母上がアリスさんを信頼しきっている証拠だな。


各々が着席しているが、料理は立食形式でテーブル中央の大皿に山と盛り付けられている。

普通なら遠慮して自分の手の届く範囲の物しか食べないはずなのに、みんな食べたい料理を近くに座っている人にリクエストしている。

マギ君までリクエストに応じて料理を取り分けているじゃないか。


「すいませんマギ君、私もから揚げが欲しいです」

「いちいち謝らなくていいよ。カインの取り皿浮かせるから、手を離して」

「あ、はい」


お皿を渡すには手が届かない位置だったので、マギ君が魔法で浮かせて持って行ってくれた。

あれ?から揚げが勝手に私の皿に乗っていく。

マギ君はお箸を使って卵焼きを食べている。

あ、お皿戻ってきた。

よく見ると、みんながお皿を浮かせて料理が勝手に皿に乗っていく。

そしてみんなはお箸で別の料理を食べている。


「あの、みんな何でそんなに器用なんですか?出来ないの私だけですか?」

「カイン、わたくしもまだ出来ないから安心なさい。お箸も訓練中よ」

「え??」

「当然よ。慣れればお茶を楽しみながら、ペンを魔法で操ってお手紙が書けるそうよ」

「…それは、紙を見ずに文字が書けると言うことですか?」

「そうよ。私たち以外はもう出来るみたいよ」

「はい、出来るようになったので、書類仕事が楽になりましたわ」

「うん、あたしなんか、手で書くより字がきれいかも」

「仕事しながら食事が出来るから、忙しい時はすげー便利だ」

「書類整理しながらお茶を淹れられるので、侍女としても助かっています」

「私は腕が鈍らないように時々ポーション作ってるけど、これが出来ないと軟膏や丸薬は作れないわね」

「これが出来るようになると、武術の腕も上がるよ。僕は近衛騎士並みになったんだ」

「そんな便利な事が…」

「カインさんはレベル7あるんだから、使わないともったいないよ」

「ね。わたくしが訓練しているわけがわかったでしょう?」

「…今日から精進します」


今日、王城で聞かされた報告を思い出した。

ひょっとして私と母以外は、アリスさんみたいなことが出来てしまうのか?

聞きたかったが、食事中の話題としてはふさわしくない。


にぎやかに会話しながらも、テーブルの料理はどんどん減っていく。

そして空いた大皿は、勝手に部屋の隅のワゴンに積まれていく。


もし国民全員がこんなふうに出来るようになれば、人は今よりもっと多くの事をこなせるようになる。

生産力が上がり工事は早く済み、書類仕事だって時間短縮が可能だ。

そして、輸送力が格段に上がる自走車と飛翔機。

我が国の経済力は、一体どれほどになるのだろうか。


最初に辺境伯の城を訪問した時は、驚きのあまりここまで思考することが出来なかった。

だが、今なら分かる。

あの城の在り様こそが、我が国が目指すべき未来なのだと。

しかも夢物語のような未来ではなく、現実に我が国の中に存在しているのだ。


このとんでもない気付きに、思わず身震いが来た。

国を運営して行く責務を負った者たちは、暗中模索しながらかじ取りをするのが当たり前のはず。

だが、お手本が既に自国内に存在しているのだぞ。


そして、あの城を統括しているのはアリスさんだ。

いや、”辺境伯家事業統括”なのだから、辺境伯領を統括しているのがアリスさんだ。


あの領、一体どうなってしまうのだろうか……。


しばらく思考に没頭していたが、気付くと料理が無くなっていた。

しまった!もっと色々食べたかったのに!!


テーブル上が片づけられて寂しい思いをしていると、今度は大皿に積み上げられた茶色いものが出て来た。

よかった。まだ食べられる!


しかしこれは何だろう?

小さな球体が五つ、串に刺さっている。

所々に焦げ目が付き、半透明な茶色いたれが掛かっているようだ。

肉の串焼きにしては、形状や色が違う。


「最初に謝っておきます。これはみたらしだんごっていうんだけど、間食に向いてて食後のデザートには不向きなの。でも、最近私が忙しすぎて全然作れてなかったから、ソード君が食べたがって熱意に負けたの」

「アリス、ありがとう。みんなにもこのだんが食べて欲しくて、アリスに頼み込んじまった。すまん」

「わたくしは工房棟でいただいたことがあるわ。食べ方はちょっとはしたないけど、お味は好きよ」

「ありがとう。そしてお茶は”緑茶”っていうの。茶葉は紅茶と同じものを使うんだけど、製法が違うの。このお茶は公爵夫人とお茶農家さんの努力で生まれました。おだんごには緑茶の方が合うと思って出したの」

「アリスさんが”和菓子”に合うお茶と言っていたから、農家に頼んで作ってもらったの。でも、紅茶と同じ淹れ方をしてしまっていたわ。きちんとした淹れ方の緑茶、おいしいわよ。ではいただきましょう」


なんと、母上はお茶づくりに手を出していたのか。

今までにないお茶だとすると、美味ければ新たな産業になってしまうのではないか?

緑茶から立ち上る香りは、紅茶より優しくてさわやかに感じる。


だが、まずは”だんご”だ。

ソード君が熱望するくらいなのだ。

期待してしまう。

ああ、そうやって食べるのか。

確かに少しはしたないが、肉串と大差ないな。


……甘い?辛い?しょっぱい?香ばしい?

なにか色々な味がするぞ。

そしてこの食感。

もちもちとしていて、口の中が楽しい。


「この”緑茶”、すばらしいですわ。香がさわやかなだけでなく、お味も優しくてかすかに甘い?アリスさん、お砂糖は入っておりますの?」

「使ってないよ。私はストレートの紅茶より、緑茶の方が優しくて好きなんだ」

「わたくし、紅茶にお砂糖を入れることも多いので、普段は緑茶にしようかしら」

「そこなのよシャル。今までは淹れ方を間違えて渋みが強かったから普及は控えていたのだけど、これなら納得のお味ね。そしてお砂糖は使わない。女性の味方よね」

「はい。その通りですわ」


なんだ?母上と妹が妙に通じ合っているぞ。

ひょっとして、新しい産業、本当に出来てしまうのか?


夕食会はデザートも食べ終え、場所を遊戯室に写して緑茶を飲みながらの雑談会になった。

しかし、雑談の内容が高度過ぎる。

メンバーが医療関係に偏っているせいもあるが、私より若い年頃の少女たちの雑談ではありえない。


輸血?血液型?点滴?なんですかそれ?

インフルエンザ?ウイルス?

伝染病を蚊やネズミが媒介?

もう、全く知らない事のオンパレード。


会話に参加出来ないと思っていたら、王都の防疫体制の話になっていた。

あれ?この話題は私が分かっていなければいけないのでは?


え?公共の手洗い場を作ると病気に罹る人が減る?

風邪の流行時には、マスクや手洗いは必須?

手は手首まで洗え?

害虫駆除は定期的にしろ?

水が澱んで溜まる場所にはスライム檻を置け?


これ、最近王都内で見かけるようになったことばかりでは?

あ、マギ君が御前会議で提案してましたか。


…最近王都の人口が増えていた理由を理解した。

人が死ににくくなっていたんだ。

こんな簡単な事にさえ気付けなかったなんて、宰相補佐失格だな。


は?人口増加に合わせて城壁外に街を作る?

スタンピードや軍の侵攻時だけ城壁内に籠る?

地下避難施設と長期保存食食料庫?

警備は空から?

念話で即時通報?

移動は乗合自走車とキックスケーター?

全部辺境伯領ではやってる?


…すでに辺境伯領は、とんでもないことになっていないか。

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