☆第三王子

今日はアリストクラシが王城で行われた。

これで僕も成人だ。

これからは一人前の大人なのだ。一層言動に注意しないとな。


僕が第三王子になってから、もう七年も過ぎたのか。

感慨深いものがあるな。


我が国では、王家の男子は子でも孫でも全員王子だ。

第一王子は王太子である父上。

そして第二王子は父上とご正室の子で、今は周辺国との友好や人脈作りを兼ねた、各国一年ずつの留学に行っている。

僕から見れば三歳上の兄上に当たるが、まだ数回した会ったことが無い。

王女も同じで、結婚して婚家に籍を移すまでは王女だ。

傍系の未婚の娘で王族籍を持った者は、便宜上姫と呼ばれる。

シャルもクリスティーナ姫と呼ばれることもある。


普通は生まれた時からその身分だが、僕は、あの日から第三王子と呼ばれるようになったんだ。


王子になる前、僕はただの平民として、母と共に王都の下町の貸し部屋で暮らしていた。

貧乏ではあるが、この暮らしがずっと続くと思っていた。


だが、母が病に倒れ、僕の日常は崩れた。

最初の頃は無理して仕事に行こうとしていた母だったが、日を追うごとにどんどんと衰弱して行った。


母子二人暮らしでは大した蓄えも無く、なけなしのお金で買った安物のポーションでは、病状を維持するのが精いっぱいだった。

直ぐに蓄えが付き、ポーションどころか食べる物すら買えなくなった。


そんな時、友人のソードがポーションや食べ物を持って来てくれた。

ソードは辺境に赴任した騎士の父親と離れて母や兄たちと王都で暮らしてる下級貴族の三男で、母親や兄との折り合いが悪く、毎日僕や下町の平民たちと遊んでいた。

他の遊び友達から僕の事を聞き、遊びに行かなくなった僕の様子を見に来てくれたんだ。


その日からソードは毎日食べ物を持って来てくれて、時々はポーションまで差し入れてくれた。


だが、そんな日々も長くは続かなかった。

ソードが来なくなったんだ。

ソードは家のお金や食料をくすねて、ポーションを買ったり食料を持って来たりしていたらしい。

それが家族にばれて家から出してもらえなくなったと、他の友人が知らせに来てくれた。


それからは、僕が母の知り合いや近所の人たちを廻って、必死に頼み込んで食べ物を恵んでもらった。

遊び仲間も協力してくれたが、状況はどんどんひどくなっって行った。

母は意識が無い事が多くなり、僕は不安でしょうがなかった。


そして意識の混濁した母が、うわごとのようにつぶやいた。

私が死んだら僕の父親を頼れと。


母からは父は死んだと聞かされていたのに、本当は生きていたらしい。

だが、母はそれきり意識を失ってしまった。

何か父の手掛かりがないかと部屋を家探しした僕は、母が大切なものを入れている引き出しの奥から、一通の手紙と、手紙に添えられた指輪を見つけた。


でも僕は文字を読めない。

もうこの手紙くらいしかすがる物が無かった僕は、手紙を持って近所のお役人の所に駆け込んだ。

手紙を読んでくれそうな人が、その人くらいしか思い浮かばなかったんだ。


それからは怒涛の展開だった。

お役人が血相を変えて馬車を手配し、僕を連れて貴族の屋敷に飛び込んだ。

周りの大人たちが大慌てで駆けまわる中、僕は何が起こっているのかわからなかった。


だけど、僕が呆然としているうちに医師や騎士が手配され、貴族の馬車で母のいる部屋に戻った。

そしてそのまま、意識の無い母と共に王城に連れて行かれた。


結果、母は助かった。

でも、生活は一変した。

どうやら僕は、王太子殿下の庶子だったらしい。


王城で意識を取り戻した母は、王城での生活など耐えられないと王城入りを固辞。

なんなら不敬罪で処刑してくれとまで言い出しいた。

僕が助けたわけではないけれど、せめて助かった命を無駄にしないでほしい。


結局僕は王城に引き取られたが、母が王城で暮らすことは無かった。

今では王都の平民区画に小さな一軒家を与えられ、ひっそりと暮らしている。

僕としては頻繁に会いに行きたいけど、僕が護衛を引き連れて会いに行くと、母は泣きそうな顔をするんだ。


だが、今では母の気持ちもわかる。

理由を聞けば、貴族嫌いになるのもうなずける。


元々母は、下級貴族のお屋敷でメイド見習いをしていたらしい。

そこでお忍びで来ていた父に見初められ、関係を持った。

お忍びであっても父を貴族と認識していた母は、拒むことなど出来なかったと母本人から聞いた。


当時身寄りを亡くしたばかりだった母は職を失う訳にもいかず、父が来るたびに渋々相手をしていたそうだ。

そして妊娠が発覚すると、勤め先の下級貴族から手切れ金と手紙を渡されて解雇されてしまったんだ。


母は手切れ金を使って身を隠し、隠棲生活をしながら僕を生み、手切れ金が無くなってからはあちこちで短時間の仕事をしながら僕を育ててくれた。

頼る者のいない王都で母一人で生計を立て、育児もしていく。

どれほどの苦労があっただろうか。


父からの手紙にはいつでも頼れとあったらしいが、母は僕を貴族社会に近付けたくなくて、頼ることはしなかったんだ。


『あなたを取られる可能性があったから』

この言葉を母から聞いた時、自分がいかに愛されているかを知った。

母と出会った当時、父には僕より三歳上の男の子一人しか子供がいなかった。

そして母が倒れるまで、父の子供は増えていない。

母は、僕が『予備』として召し上げられることを懸念していたんだ。


だが、母が死んだら僕一人では生きていけない。

でも、母が生きているうちに父を頼れば、僕を取られるかもしれない。

だから母は『私が死んだら』と言ったんだ。


僕は最悪の形で母の懸念を現実にしてしまったんだ。

役人に父の手紙を見せてしまったことで事が公になり、こっそり援助だけしてもらう選択肢は断たれてしまった。

そして僕は、母の懸念通り、王子として王城に引き取られた。


僕は母が望んだ平民母子として暮らす未来を代償にして、母の命を長らえたんだ。

だから僕は、王子として幸せに生きなきゃいけない。

そうしなければ、あんなにも僕を愛してくれた母に支払わせてしまった代償に見合わないから。


今でも手紙のやり取りはしているけど、母に会いには行けない。

僕は母の子ではなく、王家の子になったから。


母さん。僕、今日成人になったよ。



夜遅く、シャルとアリスさんの乗った自走馬車が襲撃された。

王城でソードと成人祝いにワインを飲んでた僕は、急いでシャルに念話した。


【シャル、大丈夫?】

【マギ様、ご心配をお掛けしました。わたくしたちは大丈夫ですわ。なにしろアリスさんがいらっしゃいますもの】

【ああ良かった。さすがアリスさんだね。怖い思いはしなかった?】

【馬車が停まって、アリスさんが『お座り』とおっしゃっただけで終わりましたわ。馬車から降りることすらございませんでしたの】

【お座りって…】

【その一言で、襲撃者の方々は石畳に正座して、ご自身の武器が手を離れて、空中で顔に切っ先を向けたまま固定されてしまいました】

【うわぁ、ちょっと襲撃者に同情しちゃった。何が起こったか分からず、パニックだったろうね】

【うちのレディースメイドもですわ。襲撃と言われて悲壮な覚悟をしたら、終わっていたんですもの。宥めるのに苦労しました】

【ははは、それはご苦労様。騎士たちがそっちに向かってるはずだけど、僕も行こうか?】

【いいえ、ご足労頂く事ではございませんわ。ソード様とお酒をお飲みになるのでしょう?】

【うん、もう飲んでるよ。ソードもアリスさんに念話してるみたいだね】

【そのようですわね。では、わたくしたちは騎士様が到着次第、帰ります。一応飲み過ぎないようにして下さいましね】

【分かったよ。じゃあまた明日】

【はい、お休みなさいませ】


やはりアリスさんがいると、安心感が違う。

その後もソードと気兼ねなく飲んじゃって、翌朝は二人してポーションのお世話になったよ。


そしてさっき、騎士から襲撃事件の経過報告があった。

襲撃犯たち、あまりに超常的な力が我が身に降りかかったところに、取り調べを担当した近衛騎士から『天使を襲おうとして心臓止められなかったなんて、ラッキーだったな』と言われて、その言葉を信じちゃったらしい。


辺境に行った近衛騎士の中では、アリスさんは天使扱いなんだよね。

近衛騎士団員の多くが、アリスさんを崇めてる節があるもん。

陛下の護衛に付いた近衛を身動きすら出来なくしちゃったらしいし、当時十歳のソードを、ゼロからたった一年半で騎士団長が手も足も出ない程の強者にしちゃってるから、気持ちは分かる。

なかなか鍛錬の時間が取れない僕ですら、近衛騎士に匹敵する強さになってるからね。


襲撃犯たち、超常の者に敵対してしまったとビビッて素直に取り調べに応じてるから、裏取も早そうだ。


ポーションが効いて来て楽になった僕とソードは、二人で街に出た。

いつもなら絶対無理だが、ソードが護衛すると言ったら簡単に許可が出た。

近衛のトップ数人分の強さを持つソードと近衛並みの強さの僕。まず負けは無いだろうからね。


久しぶりに開放的な気分で街に降りたら、いきなり宿屋に連れて行かれた。

宿屋の一室に用意されてた庶民用の服に着替え、剣も置いて宿を出た。

随分と準備がいいな。


気軽な服装で懐かしい下町をぶらぶらと散策し、お互いの呼び名も本名の愛称に戻って行った。

そしてお昼前に、母の住む家に連れて行かれた。


「アレク、待って。僕が行くと母さんが悲しむんだ」

「あ?大丈夫だぞ。昨日の内に了承貰った。成人の記念にジョシュアの友達のアレクシスが、昼食たかりに行くって言ったらOK貰えた」

「…マジなのか?」

「おう。子供の頃好きだったもの作って待ってるってさ」

「い、いいのかな?」

「何のために庶民の服に着替えて呼び方まで戻したんだよ。今ここにいるのは庶民のジョッシュと、貧乏貴族の三男のアレクだ。とっとと行くぞ」

「え、まじか…」

「ハンナおばさーん。アレクだけど、昼食ごちそうしてー」


うおい!

ソード、それじゃまるで子供の頃のまんまだぞ!


「アレク君、いらっしゃい。ジョシュアも早く入りなさい」

「え、あ、え、え?」


母に手を引かれ、僕は家の中に入った。


「ハンナさん。今日は無理言ってごめんな」

「何言ってるの。アレク君は私が病気で寝込んでた時、おうちのお金まで持ち出してポーション買ってくれたでしょ。そしてジョッシュに食べ物もくれた。少しくらい恩返しさせなさいよ」

「ありがとう。じゃ、遠慮なく」


アレクはさっさつテーブルに着いてしまった。

僕は戸惑いと遠慮が大きすぎて、どうしていいのかわからない。

護衛と共に来た時は、あなたは貴族になったのだから気軽に会いに来てはいけないとまで言われたのに、今はまるで子供の頃に戻ったみたいな対応だ。


「ジョシュア、あなたも突っ立てないで座りなさい。今、料理を用意するから」

「…えっと、いいの?」

「今のあなたは平民のジョシュアなんでしょう。なら母親に遠慮なんかしないで」

「うん。ありがとう母さん」

「…ごめん、出来るだけ普通にしようと思ったけど、もう無理。『母さん』なんて呼んでもらえたら普通になんか出来ないわ。今だけ抱き締めさせて」


そう言って、母は僕を抱き締めてくれた。

知らぬ間に、僕は母の背を追い越しちゃってたんだな。

そっと母を抱き締め返した。


「こ、こんなにも大きくなって…」

「うん。母さんが頑張って育ててくれたから、僕は成人出来たんだよ」

「う、ぐす、ううう…」


しばらくは、母のこらえるような嗚咽だけが、室内に響いてた。

僕は涙をこらえるのが精いっぱいで、声を発することが出来なかった。


…なあ、ソード。知らんふりして勝手に紅茶淹れるなよ。

感動の再会に浸れないだろう。


「ジョシュア、成人おめでとう。アレクシス君もね」


やっと母が僕を離して、お祝いを言ってくれた。


「祝いの言葉、ありがとう。ハンナさんには無理言ってゴメンな。どうしてもジョッシュに成人祝いを言って欲しくてさ」

「いいえ。アレク君には感謝しきりよ。『平民のジョシュアを連れて来るから、お祝い言ってくれ』なんて、本当に出来るとは思ってなかったわ」

「まあ、色々あってさ」

「母さんに祝ってもらえて本当にうれしいよ。でもアレク、僕にまで内緒はひどくないか?」

「しょうがねえだろ。二人だけで抜け出す許可出るかどうか分からんのに、期待させるわけにはいかん」

「抜け出せた後なら言ってくれてもいいよね」

「…そこはほれ、サプライズってやつだ」

「まったくもう…。ありがとう、親友」

「おう!」

「うふふ。私からもお礼を言わせて。成人したジョッシュを抱き締めて、お祝いまで言えるなんて思ってもみなかったわ。本当にありがとう、アレク君」

「あ、うん…。えっと、そろそろ食事しないか?」


アレク、僕には『してやったぞ!』みたいな態度なのに、母さんにお礼言われて照れてる。

アレクといいアリスさんといい、人を喜ばせることばっかり考えてるね。

ほんとお似合いだよ。


僕たちは楽しく食事を始めたんだけど、久々の母さんの手料理に泣きそうになった。

多分気付かれただろうに、知らんぷりで楽しそうに食事する二人。

そうだ。泣いてる暇は無い。

この時間は二度と来ないかもしれないんだ。

目いっぱい浸らなきゃ。


食事中から話が弾み、食後も全然話は尽きなかった。

アレクは『王子様が』って代名詞を使って僕の近況を母さんに話し、母さんも嬉しそうに話を聞いてる。

ただ、辺境に行った時の事は『ジョッシュが』って話すんだ。

これは、僕が辺境に行った時はジョシュアでいられるって意味だと思う。

なんだか意図的に変えてるなと思ったら、アレクが母さんを勧誘し出した。


「そんな訳で、俺たち、辺境ではすごく忙しいんだ。特に女性陣の手が足りなくて、婚約者の家が無人になって掃除もまともに出来ないんだ。ハンナさん、良かったら家の面倒とか見てくれない?」

「え?それは貴族様のご自宅を管理しろって事?」

「いや、俺の婚約者は平民。仕事上法衣爵位はあるけど、アリスはどこまで行っても気持ちは平民でいたいらしい。だから管理してもらいたい家も平民の家」

「…私、貴族的な考え方が嫌いだって知ってる?」

「それ、言葉が抜けてるんじゃないか。貴族の考え方は、うちの領だと嫌われまくってる」

「どう違うの?」

「血統主義的な奴らは、貴族の血こそが尊ばれるべきとか言ってやがる。だから何もしなくても偉いんだと。だが本当の貴族は、民の為に仕事をするから貴族と呼ばれるんだと思ってる。俺や父上なんかはそう思って必死に民の為の領政やってる」

「…じゃあ、貴族が平民の少女を夜伽に要求したらどうなるの?」

「少女が心底合意してるなら問題ないけど、権力かさに着て強引に迫ったりしたら、周りの平民が父上に知らせる。父上は激怒してその貴族を領外に放り出すだろうな」

「平民が領主様に連絡出来るの?」

「代官とは別に街を纏めてる文官は平民なんだ。で、文官はうちの事業統括に直接報告出来る。あ、父上に連絡行く前に、きっと統括が少女を保護するな。統括はそういう理不尽大嫌いだから、その貴族はこてんぱんにやられるわ」

「嘘みたいな話ね」

「地方に飛ばされた宮廷医師の話って聞いてる?」

「え?、ああ、数年前に医療魔法の普及の邪魔をして地方に飛ばされたって聞いたわね」

「あれやったの、うちの統括。王様の前で宮廷医師をこてんぱんにした」

「ほんとなの?」

「じゃあもっとでかいの。元老院が解体されたのは、俺や第三王子様に無茶言って危険な目に合わせたからって、統括と父上、王様と第三王子様の婚約者の公爵家が怒って反撃した」

「…王族に不敬を働いた上に、謀反を企てたってお触れが出てたわ」

「謀反を起こせなくした上でさ。謀反出来なくしたのは王様だけど、王様はうちの統括の発明品利用してた」

「えっと、ほんとにほんとなの?」

「ああ。うちの統括は、怒らせるとめっちゃ怖い」

「どうして元老院と喧嘩出来るような権力者がアレク君家にいるの?」

「当人は権力者になりたくないって言ってる」

「権力無くてどうやって理不尽な貴族をやっつけられるのよ」

「ジョッシュ、言っていいか?」

「先に確認だけしとくよ。母さん、今から聞く話、内緒に出来る?バレると僕が大変なことになるんだ」

「あなたの不利になる事なんて、言うわけないじゃない」

「そうだよね。ありがとう」

「じゃあ話す。うちの統括、賢者なんだ」

「え?賢者?」

「ああ、おとぎ話みたいなあの賢者。実際俺とジョッシュの功績の大半が賢者の知識を世に出したから」

「え?…。じゃあ、今の好景気って…」

「そう。元は賢者の知識。当人は平民で身バレ嫌だって言うから俺たちが発表した。俺は第三王子の地位を補完するために、賢者が無償で提供してくれた物を作成可能にして発表したんだ」

「おかげで僕は庶子と蔑まれることも無く、発明王子として王国民から慕われちゃってるんだよ。可愛くて優しい料理上手な婚約者まで出来ちゃったからね」

「…あなたの恩人なの?」


あ、母さん、第三王子と僕を分けて考える余裕も無くなったのかな。

まあ、混乱するよね。


「そうだよ。僕だけじゃなく、この王国の大恩人。近衛騎士団長なんて天使って呼んで崇めちゃってるし、陛下まで恩人扱いしちゃってるから」

「ものすごくとんでもない偉人じゃない」

「だけど本人は特別扱い嫌がるんだよ。自分は無償で知識や技術を分け与えてるのに、友達だって言い張って師匠呼びなんかさせてくれないんだ。医療魔法部門の少女たちの師でもあるのにね」

「待って、母さんどうすればいいの?まずはその方にお礼?お菓子なんかじゃダメね。何を用意すれば…」

「母さん、落ち着いて。その子は感謝の気持ちくらいしか受け取ってくれないから」

「え、そうなの?あれ?『その子』?」

「ええっとね、賢者はアレクんとこの事業統括で、特級薬医師で、マイスターで、十一歳の少女で、アレクの婚約者。後何があったっけ?」

「そんなもんじゃないか。爵位や役職は殆ど断ってるからな。あ、庶民って言うと喜ぶ」

「ねえ待って。母さん頭がくらくらして来たわ」

「ごめんハンナさん。時間が無いからって、一気に話し過ぎた」

「母さん、ちょっと紅茶飲んでお落ち付こう。アリスさんは心優しい普通の少女だから」

「え?まいすたあ?やくいし?とうかつ?」

「やっべ!ハンナさん口調が怪しくなってる!混乱させちまったぞ!?俺、アリスに怒られる。マ、マギ、どうしたらいいんだ!?」

「ソードもとりあえず落ち着こう。この件にアリスさんがかかわってるってばらしちゃってるから!」

「うお!増々やべえ!!」

「まぎ?そーど?」

「しまった。呼び方戻ってた!…えっとね、僕たちマイスターだからマイスター名って言うのを持ってて、普段はその名で呼び合ってるだけだよ」

「マイスターって、魔道具技師の?」

「そうそう。だから気にすることじゃないよ」

「きにしなくていいの?」

「うん。魔道具技師としての愛称みたいなものだからね。ね」

「うん、きにしない…はふぅ」

「おいマギ、ハンナさんを煽げ。少しは回復するかもしれん」

「あ、うん。わかった」

「…冷たい風?ジョシュア、すごーい」

「ぎゃー、またやっちまってるぞ、マギ!」

「はっ、しまった!ついいつもの癖で使ってしまった!」

「お、俺たちまで混乱してるぞ!混乱直すのは治癒魔法でいいのか?」

「…ちゆまほう?」

「馬鹿ソード、余計な情報増やすなよ!」

「す、すまん。アリスに大役任されたのに失敗するかと焦っちまった。ええい!

こうなったら自棄だ!!俺はハンナさんをうちの領に勧誘して、マギが来た時に母子に戻ってもらうのがアリスの案だ。ハンナさん、うちの領に来てくれ!」

「なっ!、そんなことを計画してたのか?…え?僕が辺境に行けば、母さんと母子に戻れる?」

「そうだよ!アリスのおうちをハンナさんに管理してもらって、マギが来たら二人でおうちで母子してもらおうってアリスが言ってたんだ。城だとハンナさんが落ち着かないだろうからって」

「た、確かにアリスさんのおうちは平民サイズだけど…」

「……え?私、時々でも、ジョシュアに母として会える?」


あ、母さ復調したみたいだ。良かった。

でも、ソードとアリスさん、そんなこと考えてたんだ。


「ああ、そうだぜ。四部屋しかない小さな家だから変に気を使わなくていいし、人里離れた一軒家だからうるさく言う奴らなんて来ないし、立ち入り制限してるから万一にもマギが王子様として狙われることも無いんだ」

「僕のためにそんな事を考えてくれてたのか…」

「俺がマギをハンナさんに合わせたいって言ったら、どうせなら時々会えるようにしようって。おうちの前には滑走路もあるから、ちょくちょく休みに来れるんじゃないかって」

「王都からなら固定翼機で三時間で行ける。固定翼機は複座だけど、護衛は付いても一人だ。近衛兵ならアリスさんの言うこと聞くだろうから、城に泊まらせればいい。…充分実現可能じゃないか!」

「あの、アリスちゃんって、賢者様?」

「そうだけど、賢者呼びも嫌いみたいだから、アリスって呼んでやってくれ」

「わかった、アリスちゃんね。でも、アリスちゃんは、自宅を見ず知らずの他人に貸しちゃっていいの?」

「アリスにとってハンナさんは、友達のマギの母親で、アリスの婚約者の俺が小さいころにお世話になった恩人扱いだ。全然見ず知らずなんかじゃねえよ」

「…驚いた。会ったことも無い私を信用しちゃうの?」

「アリスは俺やマギを信じてる。だからハンナさんも信じられるんだ」

「息子を信じてくれる人がいるのは、母親として嬉しいわね。分かった。私、アレク君の、いえ、ソード君の領でお世話になるわ」

「た、助かったぁ。これでアリスに怒られずに済む。あと、呼び名も普段はソードにしてくれると助かる。領のみんなはソードって呼ぶから」

「ええ、貴族が危険回避のために別名使うのは知ってるから。でも、私の勧誘を失敗すると、なぜアレ、いえソード君が怒られるの?」

「失敗するとマギが気兼ねなくハンナさんに会える機会が無くなるから。そうなるとマギが悲しむだろう。だから怒られる」

「アリスちゃんはジョ、マギのために自宅を提供して、マギが悲しまないようにしたいわけね。ソード君、あなたの婚約者って、とっても素敵ね」

「あ、うん。俺もそう思う」

「あはは。ソード、耳が赤いよ」

「うっせぇ!シャルにチクるぞ!」

「ちょ!、僕、悪いことしてないよね?なんで!?」

「あら、シャルちゃんていうのがマギのお相手?その子の事も話しなさい」


その後、時間ギリギリまでシャルの事を根掘り葉掘り追及された。

家を後にする時も、別れの悲しみより、またこうして気兼ねなく会える喜びの方が大きかった。

母さんに『またね』といわれて、嬉しくて涙が出そうになった。


今日の事、早くシャルに話したいな。

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