5年目 秋 2/3


王城着いた。

始めて来たけど、でっかいなー。

何度か増築もされてるみたいで、建物も多い。

外観は…。ごめん、無骨だと思っちゃった。


まずは婚約者控室に通され、お相手のエスコート待ち。

メイドさんや付き人は、ここで待機だ。

今年アリストクラシの婚約者だから、全員で六人しかいないな。


お相手の所属家家格の下位から順にエスコートして入場するから、私たちは結構後だね。

辺境伯って侯爵と同等らしいから。

マギ君なんて王族だから、シャルちゃんは最後だ。


あ、ソード君反応。

ほへー。燕尾服、様になってるなー。

かっこいいじゃん。


ソード君は、燕尾服の襟に魔学研究所支部長とマイスターのバッジ。

燕尾服の胸元に子爵位メダルと辺境伯継嗣メダル。

サッシュの腰には、水晶ランプ、魔道具、王族(シャルちゃん)救命、侵攻撃退で頂いた功績勲章がぶら下がってる。

多すぎない?


ソード君の腕に手を添えて、やや俯き加減で楚々と歩く。


【燕尾服似合っててかっこいいじゃん】

【そ、そうか。…アリスはすげー綺麗だ】

【そう?普段こんな格好しないから、笑われるかと思った。褒められると嬉しいや。ありがとう】

【笑えるか。一瞬別人かと思う程綺麗だった】

【ほうほう。うちのお城でもこの格好でいようか?】

【それは勘弁してくれ。なんか緊張する】

【はーい】


念話でバカップルしながら入場です。

おや、名前呼ばれて入るのね。


会場、三十人くらいしかいないよ。

ホールの周りを丸テーブルが囲ってて、中心が広く空いてる。

ダンス用のスペースかな。

壁にはメイドさんと騎士さん、そして楽団員さんがいるね。

出席者より多いじゃん。


は?なしてひな壇席?

ここって王様座るんじゃないの?

奥に豪華な椅子があるよ。

ソード君にエスコートされて、思わず座ってしまった。


【ねえ、この席でいいの?】

【ああ、毎年王族と上位貴族は壇上らしい】

【はあっ?おかしくない!?普通陛下だけが壇上じゃないの】

【そりゃ玉座の間だけだ】

【それにしたって壇上は王族籍持ちくらいでしょ!なんで私たちまで壇上なのよ?】

【今回の主役はアリストクラシを受けた俺たちだ。晩餐会では同じテーブルで主賓をもてなすのが普通だろう】

【がーん。壇上のテーブル一つしか無いじゃん。あの人来ちゃうよ】

【そうだな、諦めろ。マギとシャルも来るから頑張れ】

【しくしく】

【念話で泣きまねは止せ】

【…】


少ししたら、マギ君がシャルちゃんをエスコートしてやって来た。


「やあ、アリスさん。素敵な指輪をありがとう」

「とんでもございません。気に入っていただけたなら何よりですわ」

「…この席なら、小声で話す分には他には聞こえないよ。出来たらいつも通りでお願いするよ」

「ありがたいんだけど、とっさの時にお嬢様言葉が出なくなりそう」

「そういう時はね、不思議そうな表情作って、返事に合間を開けてからゆっくり話すと何とかなるよ。急に声を掛けられるって事は相手が礼を失してるわけだから、無言の間に相手が怯み出すよ」

「なるほどね。貴重な技の伝授、ありがとう」

「いや、ただの慣れだから」


『国王陛下、ご来臨!』


あ、王様来たんだ。

王様と同じ位置に立たないよう、ひな壇折りてカーテシー。

男性はこうべを垂れて、王様の御言葉を待ちます。


「皆がアリストクラシを迎えた事、嬉しく思う。今後は成人として、余の王国に貢献を成せ」


『お席にどうぞ』


へぇ、着席のタイミングも指示してくれるんだ。

完全に模擬晩餐会だな。


私たちは上座に座ってる王様に、軽く一礼してから席に着きます。


「では皆の者、今宵はそなたらの祝いの席じゃ。ぜひ晩餐を楽しんでくれ」


ありゃ、立って乾杯しないのね。

傍に立つ侍従さん(多分毒見役さん)が渡したグラスを、王様は座ったまま受け取ってる。

そのまま杯を掲げた王様に続き、みんなも杯を掲げる。

最初に王様が杯に口を付け、晩餐会が始まりました。

あ、ぶどうジュースじゃなくてワインだ。

今日からみんなは、お酒、大っぴらにのめるんだね。

私、十一歳なんだけど、成人まではお酒は控えましょうって程度の緩い縛りだから、まあいいか。


お、静かにバックミュージックが始まったぞ。

これなら他のテーブルに会話は漏れないだろうけど、王様いるからお嬢様言葉かぁ…。


「特級薬医師殿、まずは婚約おめでとう。他の席に声は漏れんから、好きに話しなさい」

「ご祝辞、ありがとうございます。国王陛下をお相手に、言葉を崩してよろしいのでしょうか?」

「かまわぬ。どうせそなたはソード子爵の体面に思遣しておるのであろうが、こちらが丸テーブルにした意味を優先してもらえぬか?」

「はぁい。周りに漏れないならいいか」

「それで頼む。ところで統括殿、余に言いたいことは?」

「心で詫びてる人を糾弾する趣味は無いよ」

「…さすがに筒抜け過ぎぬか?」

「私を『統括』って呼んだってことは、叱られる気満々なくせに。それが分かった時点でこの話は終わってるよ」

「承知した。では、これからどう呼べばよい?」

「リーゼロッテでお願い」

「ほう、良いのか?」

「この国の国民としての本名だからね」

「ではリーゼロッテ嬢、よく激動の辺境伯領を支えてくれた。感謝する」

「うん。感謝は確かに受け取ったよ。あと気になってることがあるんだけど、いい?」

「なにかな?」

「王様、いつレベル上げるの?まだレベル0でしょ?」

「そうだが、余がこの歳で元気になると、息子への譲位が遅れる」

「元気になっても年齢を理由に譲位しちゃえばいいじゃん。そうすれば新国王様はジョーカー持って執政出来るもん」

「それでは余は休めぬではないか」

「統括ってしんどいよなぁ…」

「く、人に多事多忙を強要するなら強要する側も多忙になれじゃと!?わし、もう四十年ほど多忙なままなんじゃが…」

「おじいちゃん言葉使ってもダメ!だからレベル上げるんでしょ!?」

「…マギよ。この孫っぽい娘、怖いんじゃが…」

「ぷふ、何をじじ孫漫才やってるんですか。誰も突っ込めませんよ」

「本当の孫もひどかった」


王様侮りがたし!

なんでこんなにジョークセンスあるのよ。

マギ君まで乗ってるし!

シャルちゃんやソード君が、プルプルしながら必死に笑い堪えてるよ。


「ねえマギ君、王様いつからこんななの?」

「医療魔法を習得して戻ったあたりから始まって、元老院を解体したころから急増してます」

「…王様。ストレス減って気兼ねなく孫とバカ話出来るのは嬉しいとは思うけど、そろそろ止めないと孫の婚約者と忠臣の腹筋が危険です」

「ああ、そうだな。リーゼロッテ嬢、余は公人としてだけで無く、私人としてもそなたに感謝し通しだ。政務に悩み続けることも無く、孫と気兼ねなく話せることがこれほど楽しいとは思ってもみなかった。だが、乗ってくれるのがマギしかおらんのでな。リーゼロッテ嬢は行けそうな雰囲気だったので、ついな」

「まあ、いいけど。ところで真面目な話なんだけど、元老院の代わりってどうするの?」

「実は新たな議会を考えておるが、人選に悩んでおる。何か案はあるかな?」

「じゃあ、各大臣グループと領主家代理グループ、あと各職業のおさグループの三グループにしちゃうとかは?」

「うむ、それだと回数次第で領主家代理グループの負担が大きくないか?」

「領主家代理グループとは手紙のやり取りにして、普段は大臣グループと長グループの個別会議。全体議会は三ヶ月に一回とか」

「行けそうだな。そうなると後は職業人グループか。平民のグループを一緒にしては、萎縮せぬか?」

「低い法衣爵位与えて、王様の方針を各職グループ内で実現してもらうとか」

「上意下達にならぬか?」

「法衣爵位の役職に、その職を公平に管理運営する義務を付ければ?店舗数や職人総数を報告させるとか」

「一つの勢力に牛耳られる可能性は?」

「お役所に直訴受付とか?」

「…少数勢力も、理不尽なら訴えられるということか。ふむ、細かくは詰めねばならぬが、各立場の情報が一気に集まりそうだな」

「あと郵便事業を国営でやって、各領の街中に頑丈な受付箱作っとけば、地方で虐げられて反乱起こす前に手紙来るかも」

「飛翔機を使えば充分可能だな。問題は識字率か」

「ゼロじゃないんだから、誰かは書けるでしょ」

「今、新宰相になって体制改革が急務なんだ。宰相補佐とかで王城に「ダメ。私は辺境伯家の事業統括で、ソード君の婚約者だから」…やはりか、残念だ」

「わかってて言うんだから、めげないよね」

「国王など、いちいちめげていたらやっておれん」

「ごめん、失言だった。じゃあ私も王様見習って、めげない事にするよ。レベル上げ、諦めないからね」

「く、うやむやにしたはずが…。こちらも失言であった」

「マギ様。国王陛下、何か生き生きとしておられませんか?」

「おじい様の思考に付いて行けて、とっさに斬り返しが出来る人物は限られてるからね。しかも冗談にまで乗ってくれる人材は希少だよ」

「アリス、陛下の事苦手にしてなかったか?」

「いつでもお仕事モードだから気を抜けないだけだよ。でも今は、孫の成人を祝うおじいちゃんだからね。たまにお仕事ぶっ込んで来るけど、半分冗談だし」

「俺の婚約者を勧誘するのが、半分は本気なのかよ…」

「私が乗らないって分かってるからいいんだよ。そこで不安になったりしたら、怒るからね」

「いや、それはない。半分マジなのかと驚いただけだ」

「ソード子爵よ、誠に良き婚約者殿だな。少々…いや、かなりうらやましいぞ」

「ありがとうございます。辺境に引っ張って行ってくれた父上には、感謝しきりです」

「そうだな、縁とは得難い物よ。…さて、余は長湯をしてのぼせる前に、退散するとしよう」


食事が終わったら、王様は退場するんだね。

進行役(?)さんに手で合図して立ち上がった。


『国王陛下、ご退場です』

「うむ。皆はこの後のダンスと歓談も、楽しんでいくように」


あ、ちょっとのぼせてるかも。

語尾が『満喫せよ』とかじゃなくて、柔らかくなってる。

みんなで礼を執って、王様をお見送り。


ちょっとお茶休憩して食休みしたら、次はダンスだな。


食後のお茶を楽しんでたら、シャルちゃんから質問が来た。


「アリスさん。陛下のおっしゃった『のぼせる』とは、どういう意味ですの?」

「ああ、あれは多分、このテーブルの緩み切ったぬるま湯な雰囲気に浸かりすぎると、元に戻るのに時間がかかって失言とかしそうだって意味だと思うよ。実際、さっきのお言葉の語尾は柔らかくなってたからね。あと、婚約者同士の空間に長居すると、当てられるって意味も入ってたかも」


多分後者もあるだろうな。

シャルママさんから聞いたけど、陛下は十年ほど前にお妃様を亡くし、以降は独身を通してるそうだからね。

本来国事には王妃様も必要なのに再婚しないって事は、反王族派の後添えさん無理強いとか、色々鬱陶しい事情があったんだろうな。

王様は孤軍奮闘に近いわけだから、このテーブルでの会話は余計うらやましくなるんだろうね。


「…わたくし、まだまだですわね」

「いや、充分だから。陛下みたいな有能なお茶目さんの言葉の裏読みなんかしてたら、いっぱい意味有りそうで読み疲れるよ」

「でも、アリスさんは読んでましたわ」

「シャル、アリスと同等の思考しようなんて思わない方がいいぞ。こいつの頭の中は、アリスとしての思考も入ってるからな」

「アリスさんとしての思考…。ああ、そういう意味ですか。確かに同等は無理ですわね」

「……なんかズルしてるみたいでゴメンね」

「いいえ、お手本を見せて頂いているようなものですから、習うだけですわ。カイン兄様がアリスさんを師匠呼びしたがった意味が分かりましたわ」

「は?ちょっと待って。なんでカインさんが…」

「なるほどね。辺境からの帰りにしきりとアリスさんを褒めていたのは、宰相補佐としてアリスさんの思考の速さと深さに感心していたのか」

「待って、お願いだから。その呼び方は勘弁して」

「大丈夫ですわ。絶対に呼ばないよう、兄様にはきつく言っておきましたから」

「あ、うん。ありがと」

「おっと、ダンスタイムだ。シャル、僕と踊ってください」

「はい、マギ様」


知らない間にBGMっぽかった音楽が、ダンスの前奏曲に変わってた。

マギ君がシャルちゃんをエスコートして、ホール中央のスペースに移動。

互いに礼をして、踊り始めた。


ほへー、さすが王子様と公爵令嬢、様になってるわー。

おっと、私たちも曲の二番から混ざるんだった。

シャルちゃんの動きをコピーしなきゃ。


なんとかシャルちゃんの動きをコピーして踊り始めたんだけど、誰もダンスに入って来ない。

マギ君シャルちゃんペアと、ソード君私ペアの二組しか踊ってない。


【うわぁ。マギ君、これ、この後どうすんの?】

【あはは、困ったねー。きちんと踊りすぎて、みんな気後れしちゃったみたいだね。仕方ないから連続で踊るけど、次の曲はわざと即興みたいなダンスにしようか】

【え、まじで?】

【ソード、次の曲はリズムに合わせて適当に動くよ】

【わかった。適当でいいんなら任せろ!】


うわ、ソード君が喜んでる。

この運動神経おばけに合わせるの?


【アリスさんとシャルなら適当に僕らに合わせられるよね】

【どうなっても知らないわよ】

【頑張って合わせますわ】


「みんな。王城でダンス踊れる機会なんて、そうそうないよ。今日は失敗しても誰も叱らないから、アリストクラシの思い出にみんなで踊ろうよ!」


マギ君、みんなを焚きつけた。

恐る恐るではあるけど何組かが動き出すと、つられたように結構な組が入って来たね。


ちょ!ソード君、私を振り回そうとしないで!

あかん。ソード君めっちゃ楽しそう。

よーし、そっちがその気なら、容赦しないぞ。


お互いに相手を振り回そうとして、主導権争いみたいになってきた。

時々足を踏んだり引っ掛けてやろうと互いに高速ステップになってるし、相手にぶつかって体幹ブレさせようとするのをすれすれで躱し、ちょっとラテン系ダンスみたいになってきた。

……これ、なんか楽しいかも。


主導権争いや足攻撃はしてるんだけど、出来るだけ膝を曲げないようにすると、結構ダンスっぽくなるもんだな。


お互い魔力感知があるもんだから足元なんか見て無くて、姿勢を良く見せようと背中が反ってる。

背中合わせになっても肩攻撃しあって互いにすれすれで避けるもんだから、きれいに身体が入れ替わる。

そして身体をぶつけられないように、回転して避ける。

あはは、楽しいぞー。


【ソード様、アリスさん。そろそろ抜けますわよ】


あ、ちょっと遊び感覚で踊りすぎたか。

知らない間に、マギ君とシャルちゃんがダンスの輪から抜けてた。

シャルちゃんに言われて、出来るだけ自然な形で輪を抜けました。


「アリスさんとソード様のダンスは何なのですか!?あまりに堂々としていて流れるような身体捌き。即興ですのに、完成されたダンスの一種のようでしたわ」

「そう?実は戦ってた」

「え?戦いですの?」

「ああ。アリスが攻撃して来るもんだから、互いに主導権の取り合いになって、間合いゼロの身体のぶつけ合いになった。お互い動きが早いもんだから身体を捻って躱すしか無いし、躱してる間に足に攻撃が来るもんだから、回転して避けてた」

「最初にソード君が私を振り回そうとしてきたんじゃん。そのうち私と同じ攻撃して来るし」

「いや、すまん。すげー楽しくてさ」

「まあ、私も楽しかったけど」

「さっきの踊り、ダンスの講師に見せてあげたいよ」

「お二人だけ別のテンポで踊っているのに、なぜか曲と調和してましたわ」

「うん、曲を攻撃の合図に見立ててたからね」

「身体の軸が傾いてるのに、なぜか倒れずに回転もしてたよね」

「あれは振ってる腕の長さを畳んだり伸ばしたりして、バランス取ってたんだ。でもソード君が軸足狙ってくるから、軸をずらして避けるの大変だったよ」

「それで斜めの軸のまま、滑るように回転移動してたんだ」

「ソード様は倒れそうなほど傾いておられましたのに、足を広げずに平然と復帰なさってましたわ」

「あれは、足を広げて踏ん張るとアリスがその足を狙って来そうだったから、足の指に力入れて無理やり復帰した」

「お二人のボディバランスは、とんでもないですわね」

「いや、運動神経おばけのソード君には勝てないから。ソード君が流れるような体重移動に拘ってたから付いて行けたけど、力業で鋭角移動とか多用されたら無理だから」

「ダンスだから滑らかな動きを心掛けてたからな。だが、ベクトル魔法ありなら俺が負けるぞ」

「いや、ダンスで魔法使うのはズルい……使ったら面白いかも」

「やめて。ダンスが魔法格闘技になっちゃうから」

「うん、確かに踊りじゃなくなるね」


この後、ペアで別れて会場を廻って社交もどきしたけど、私とソード君ペアにも、結構な人が集まって来た。


私たちは王都の社交界には顔を出してないから新顔が珍しいのかと思ったら、ほとんどがさっきのダンスへの質問と賞賛だったよ。


賞賛は嬉しいんだけど、挨拶の順番はマギ君シャルちゃんペアが先じゃないか?


まあ向こうは、いまいち魔力パターンがよろしくない人たちが集まってて、楽しくはなさそうだけど。

中にははっきりと嫌悪のパターンが見える人もいたから、二人は大変そうだな。


なんて思いながらソード君の横で微笑んでたら、ちょっと気になる領地の話が出た。

王都から東にある小さな漁村。

そこの小領主の男爵家次男さんが、面白い事知ってたの。


社交では当然自領の紹介をするんだけど、岩場があるか聞いてみたら、海岸線の一部が岩場だそうだ。

海藻の話したら、赤黒い海藻を地元の人が煮てパンに付けて食べてるって言うんだよ。


俄然食い付いてしまった。

根掘り葉掘り聞いてたら、岩ガキっぽいのもまで食べてやがった!

あ、失礼。ちょっと興奮した。


この次男さん、釣りが趣味で岩場で釣りしてて、海藻やカキっぽい貝を獲りに来る漁師の人と仲良くなって、たまにごちそうしてもらうらしい。


海藻塗りのパンは磯臭くて苦手だけど、ごつごつした貝は美味いからお気に入りだって。

おにょれ!私より先に満喫してやが…再度失礼。


ちょっと興奮しちゃって声が大きくなってたのか、王都南西の海岸領の子爵家長女さんが話に入って来た。

もちろん、軽く礼を執って私からの声掛けを待って。


そして、屋敷の下働きの人たちから、同じような話を聞いたことがあると。


子爵家長女さんの領、この国では珍しくリアス式海岸っぽい。

温暖な気候で魚や貝は日持ちしないから大きな産業にはなってないけど、地元で消費されてるみたい。


両方の領地に冷凍庫の魔道具送って、サンプル入れて送ってもらう事にした。


「面白そうな話だな。事業になりそうなら出資してあげよう」


うわ、なんだこいつ。

近付いてくるのは当然気付いてたけど、いきなり話しに割って入って来た。

中肉中背で特段目立つ容姿ではないのに、髪をかき上げながら流し目で。

仕草が妙に芝居がかってて、容姿に全然合ってない。


うへぇ、初めて見る魔力パターンだけど、悪意持ちに似たパターンで気持ち悪い。

サッシュは無し。

胸のメダルは、伯爵家継嗣の物だけだ。

マナー的にありえんな。


【ソード君、無視するよ!】


ソード君が前に出そうになったので、念話で無視を伝えた。


「それではお二方、領地に戻り次第魔道具を発送いたしますので、よろしくお願いいたしますわ」

「私からもお願いする。だが、無理のない範囲で頼む」

「な!私を無視するか!?出資してやろうと言っているのが分からんのか!?」


うわー。ナルシーかと思ったら即ギレ?無視だ無視。

私たちは、雑音を無視して返事待ちの姿勢。

男爵家次男さんと子爵家長女さんは、顔を見合わせて一瞬間が空いたけど、上位者である私たちに返事を返してくれた。


「私も帰り次第、顔見知りの漁師に話をしておきます」

「わたくしも、湾内で獲れるものについて、詳しくお調べしておきます」

「き、き、貴様ら!いい加減に――」


私に掴みかかろうとした伯爵家継嗣、後ろから近衛兵にがっちりと肩を掴まれた。

さっきちらりと、近衛さんに目で合図しておいたんだ。


「どこのご子息か存じませんが、王家主催の夜会でさすがに無礼が過ぎますな。別室にご案内いたします」

「な、なにをする!?私は何もしておらんぞ!!無礼を働いたのは「そこまで!近衛への反抗は陛下への反抗となりますぞ!」なっ!?、しかし…」

「騎士様、今宵はアリストクラシの夜会にございます。差し支えなければご指導をお願い出来ませんか?」

「…なるほど、承知いたしました。それでは――」

「まず、このお二方はご自身が子爵位をお持ちであり、殿方は辺境伯家のご継嗣でいらっしゃる。社交儀礼からすれば伯爵家継嗣側から声を掛けてはいけない。先に声を掛けた時点でマナー違反だ。

しかも自己紹介すらなく尊大な発言をすれば、不敬罪に当たる。

さらに、婚約者のおられる淑女に断りもなく触れようとするなど、斬り捨てられかねんほどの愚行だ。

最後に、こちらのご淑女から指導で済ませるよう求められねば、貴殿は成人としてきちんと責任を取らねばならず、伯爵家も継嗣教育の不備を王家から糾弾されるところであったのだぞ。

助けられた貴殿の取るべき行動は、声を発さず礼を執って下がるしかないのだ」

「そ、そんな…」

「正規の対応が必要かね」

「い、いえ。ご指導、感謝します」


伯爵家継嗣、さすがに状況を理解したのか、青い顔で騎士さんと私たちに礼を執り、そそくさと去って行った。


「騎士様。ご指導、お手間様でした」

「いえ、お手並み、お見事でした。では、失礼いたします」


騎士さんは、一礼してから去って行った。


「お二人には面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」

「と、とんでもございませんわ!ご差配、素晴らしかったです」

「私も感嘆して、お手並み拝見いたしました」

「まあ、お恥ずかしゅうございますわ」

「お、俺の出番が…」

「「「ぷふ」」」


その後は、ソード君の功績勲章見て魔道具欲しさに寄って来る嫌な魔力パターンの人たちをあしらいつつ、夜会は終了した。


ソード君は久しぶりにマギ君の所に泊るそうなので、私はシャルちゃんと自走馬車に乗り込みました。

王都に自宅や別宅のある人以外は、王城に泊るんだって。

これもアリストクラシのお祝いの一環なのかもね。


時刻はもう深夜、石畳を叩く車輪の音だけが周囲に響いてます。


「ふあー、お嬢様言葉疲れたー」

「そうでしたの?全く違和感ございませんでしたわ」

「なんかね、外国語話し続けてるみたいでしんどかった」

「まあ。それはお疲れさまでした」

「後は帰ってお風呂……ああもう!御者さん、襲撃だから止めて!」

「え?襲撃?」

「うん、前に停まってる幌馬車の中、今しがた剣抜いた人たちが六人潜んでる。奥の幌馬車も同じだから、馬車で道塞いで挟み撃ちの計画かな。ここは貴族街だから、弓兵は配置出来なかったみたいだね」

「…感知範囲が広すぎませんか?」

「魔力制御上がれば感知範囲広がるし、レベル上がれば勝手に広がるから」

「わたくしも魔力制御の向上とレベル上げ、もっと頑張りますわ」

「そうだね。…あーあ、相手ぞろぞろ出て来ちゃったよ」

「いざとなりましたら、わたくしが盾になりますので、お二人はお逃げください」


公爵家から着いてくれてるメイドさんが、決死の覚悟で短剣持ち出してます。

こっちの兵力は、御者さんと後ろの荷台(?)に乗ってる兵士さん二人。

相手は十二人。

普通ならそんな表情にもなるよね。


「あ、大丈夫だよ。相手がこっちの馬車の前に並んでくれたから、すぐ終わるよ。『お座り!』はい、もう終わったから。この後どうしたらいい?」

「は?え?……終わった?」

「大丈夫ですわ。敵方は自分たちの武器に囲まれて石畳に座り込み、身動き出来なくなってます。外の兵に通報の指示をお願いしますわ」

「お嬢様、襲撃のようなのですが、相手がその…」


外の兵士さんから声が掛かったけど、兵士さんもかなり困惑しちゃってるね。


「ここからなら王城が一番近いですわ。賊十二人を捕縛するよう、要請に行ってください。賊は放置しても動けませんから」

「え?身動き出来ない?…えっと、はい。承知しました」

「は?あれ?え?終わった?」


いかん、メイドさんが混乱しとる。

シャルちゃん、どうにかしてあげて。


「もう終わりましたよ。アリスさんがいらっしゃれば、たとえ騎士団相手でも、手も足も出ませんから」

「は?騎士団でも?」


シャルちゃん、それはあかん。

メイドさんが余計混乱するから。


メイドさん宥めてたらソード君から念話が来た。


【アリス、襲撃だって?】

【あ、もう連絡行ったんだ。賊十二人が襲撃しようとしてきたから、石畳にお座りさせてる】

【俺も行こうか?】

【ううん、後は賊を引き渡して帰るだけだから。どうせ成人だからって、マギ君とワイン飲んでるでしょ?】

【…なんで分かった?】

【念話の制御がいつもより甘いから。結構酔ってるでしょ。そんなんで外出ちゃだめだよ】

【お、おう、分かった】

【じゃあね。お酒はほどほどで楽しんでね】

【そうする】


念話終わってシャルちゃん見たら、シャルちゃんも念話してるみたい。

きっとマギ君だな。時々表情にうれしさが出てるもん。

あ、応援来たな。

これは騎士さんっぽいな。


賊がみんな縛られたので、賊の服や鎧、武器に掛けてたベクトル魔法を解除した。


馬車のドアがノックされたので、やっと復帰した侍女さんが窓のカーテン開けた。

騎士さん、中を一瞥して無事を確かめ、会釈して去って行った。

夜中にご苦労様でした。


公爵家に帰りつき、シャルちゃんとお風呂に入ってから寝ました。

シャルちゃんが仲間じゃなくなってた。

A対B……くっ!

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