☆辺境にて
私はカイン。
某公爵家の次男だ。
数か月前まで友好と人脈作りのために近隣国を歴訪していたが、帰国してつい先日宰相補佐となった。
宰相補佐としての初めての仕事は、辺境視察だ。
宰相の命により、第三王子殿下と共に辺境伯領の金採掘現場の視察のため、殿下の操る飛翔機で辺境に向かうことになった。
殿下にご操縦をお任せするのは、飛翔機を長距離飛ばせる技術を持っておられるのが第三王子殿下しかいらっしゃらないからだ。
臣下としては申し訳ない限りだが、今の私にはその技術が無いのだから仕方がない。
辺境訪問の名目は視察だが、冬場の金採掘が可能であることを確認して来るのが本来の目的。
この命は国王陛下からのご下命ではなく、元老院の意向を受けた元老院筆頭でもある宰相が命じたものだ。
飛翔機への移動途中で殿下にご説明頂いたが、陛下も殿下もこの案には反対しているそうだ。
だが、元老院の意見を尊重するとして、陛下は許可なされた。
飛翔機への搭乗前から憂鬱になったが、搭乗してからは驚きの連続だった。
まずは空からの景色。
このような景色が見られるのは、飛翔機が発明されたからこそだ。
しかも飛翔機の操縦には技術を要するため、この景色を見られるのはごく一部の限られた者だけだ。
私は今、その限られた者の仲間になった。
次に驚いたのは、飛翔機の速さだ。
ほんの一時間ほどで、馬車で一日かかる我が領都上空に来てしまった。
そして始まった殿下の説明。
魔道具も飛翔機も医療魔法も、その他王国を空前の好景気にしている物のほとんどは、元は賢者が開発したものらしい。
その賢者はやっと十一歳になった少女で、今から行く辺境伯の城に住んでいるとのこと。
どれから驚けばよいのだろう。
おとぎ話のような、あの賢者が現れた?
十一歳の少女?
近隣国が羨む我が国の好景気は、賢者の発明のおかげ?
混乱を消化しきれぬうちに、辺境伯領に入った。
遠くに城が見える。
なんだあの城は?
私は近隣国の城を実際に見てきたが、よく言えば重厚、正直なところはただの頑丈な大型建造物ばかりだった。
城とは、これほど優美に作れるものなのか。
呆然と城を眺めていたら、城の周りを飛翔機が飛び交っているのが見えた。
なんで王都より多くの飛翔機が辺境にあるんだ?
しかも城の裏手には、しっかりと整備された滑走路まで有るではないか!?
上空からの景色を眺められる限られた者……結構多かったのだな。
殿下はすんなりと滑走路に着陸し、駐機場に飛翔機を移動させた。
……飛翔機って、結構いっぱい有るもんなんだな。
飛翔機を降りたら、少年が出迎えてくれた。
え?辺境伯のご継嗣が領地持ち子爵家の当主?
親の早逝で爵位を継ぐことはあるが、辺境伯がご健在な以上、それはない。
自分の功績で受爵した?十四歳で?
混乱したまま案内されて城内に入ったが、城内が明るい。
城は万一の襲撃に備えて開口部を狭くしてあるから、城内はオイルランプやろうそくで明かりを採るので薄暗いのが当たり前だ。
なのにこの城の廊下やホールは、屋外のように明るい。
よく見ると、水晶ランプがあちこちに設置してある。
王城でも水晶ランプは室内だけなのに。
そのままご継嗣が城内を案内してくれたが、また驚きの連続だった。
城内で働く人々が、みな魔法を常用している。
廊下を歩く人の歩幅が5mほど。
歩幅5mってなんだ?
荷物が宙を浮いて、歩く(歩幅5m!)人に追従している。
我々が通ると立ち止まって頭を下げてくれるのだが、運んでいる荷物まで一緒に会釈している。
荷物に会釈されたのは初めてだ。
最初に案内されたのは、薬草畑だった。
第三王子殿下がダンジョンで薬草栽培をしていると聞いてはいたが、なんだここの規模は。
そして畑脇では、猫と幼女が高級ポーションを作っていた。
……あれは本当に猫なのだろうか。
誰かが私をからかうために、ぬいぐるみを操作していないか?
次に案内されたのは魔道具工房。
材料が宙を飛び交ってるのは、荷物の件で予想出来たからまあいいとしよう。
だが、空中で材料を変形させてはめ込む?材料同士がくっつく?
まるで材料が、勝手に自分の意志で組み上がっていくようだ。
音に気付いて横を見ると、一人では開けられそうにない重厚な扉が勝手に開き、自走車が出て行くと勝手に閉じた。
奥には芸術的ともいえる、丸みのあるデザインの自走車が停まっている。
王都には自動で開閉する扉も、あのような芸術的なデザインの自走車も無いぞ!
重要施設はこれだけだと言われて会議用の部屋に向かった。
中央が吹き抜けになった角型の螺旋階段で、殿下とご継嗣はたった一歩で踊り場まで上がってしまった。
待ってください。私はそんな真似出来ません。
途中で階段を下りる者とすれ違ったが、吹き抜けをスーっと落ちて行った。
階段とは、このような使い方をするものだったのか?
だが、空中を落ちながら会釈するのは止めてくれ。
どのような反応をすればよいのか、全く分からん!
やっとの思いで最上階に着いたが、なんだこの大広間は?
とんでもない高さの空間に、足元は芸術的な組木細工。
様々な大広間を見てきたが、このような大広間は初めてだ。
ふと気付いたら、第三王子殿下がにやにやしていた。
しまった!あまりの驚きの連続で、表情が素になってしまっていた。
謝罪しようとしたら、それが普通だからと言われてしまった。
そして会話の注意を受けた。
ここでは基本別名を使い、素性が知られないようにするらしい。
殿下はお忍びだから当然だが、お忍びに気付かれぬように私も素性がバレないようにとのことだった。
護衛が一人もいないのだ。気を付けるのは当然だな。
改めて気を引き締めたはずが、部屋に入るなり固まってしまった。
壁一面に大判のガラスが並び、目に飛び込むのは雄大な大自然。
不覚にも感動してしまった。
目の前で挨拶する少女に現実に引き戻されたが、感動の余韻と先ほどの注意で、返礼がしどろもどろになってしまった。
いかん、話に集中せねば。
そういえば機内で教えて貰ったが、妹の命を救った治療法はこの少女がもたらしてくれたものだった。
ここは兄としてきちんと礼を言わねば。
母上も何やら世話になっているらしいぞ。
息子としても礼を言わねば。
賢者殿、いやここはアリスさんと呼ぶべきか。
私の感謝に対し、アリスさんは気遣い無用だと言った。
気の合う人と付き合ってるだけと、何でも無いことのよう。
待って欲しい。
お抱え医が、どうしようもないと言う程の重傷を完治させる治療法だぞ。
我らは妹に最後のお別れを言っていたのだぞ。
それをたった数日で起き上がれるまでに回復させる治療法を伝授しておいて、『妹が諦めなかったから』で済ませるのか?
その後妹に伝授頂いた医療魔法で、妹は魔学研究所医療魔法部門長に任命されて法衣伯爵位を頂戴したのだぞ。
さらに魔道具技師のマイスター称号も得て法衣子爵位も持ち、超高級ポーションまで作れてしまう。
それを『仲よくしただけ』?
母も教わったレシピを王都で再現して社交界の話題の的、貴族家のご婦人方から絶大な支持を得ていると聞いたぞ。
……納得した。まさに賢者だ。
伝承に聞く賢者以上の存在だ。
私が賢者の在り
今度は辺境伯家のご継嗣を盾扱いした上に、ご継嗣の顔を赤らめさせて喜んでいる。
この二人、すごい信頼感だな。
妹と殿…マギ君にも、似たような感じを受ける。
私にも婚約者は居るが、このような信頼感は持てていないぞ。
自省していたら、マギ君が訪問の理由を告げた。
ほのぼのとしていた空気の中に、張り詰めたものが混ざった。
だが、信頼感から来る安心なのか、裏読みや駆け引きは一切使われない。
ここはすごいな。
貴族なら本音で話せる機会などほとんど無いが、まるで妹と話しているような安心感がある。
会話しているのは王子殿下に子爵家当主の辺境伯家継嗣、公爵家当主扱いの賢者、そして公爵家次男で宰相補佐の私。
たとえ雑談であっても、このような安心感はありえないはずだ。
妹がここに住みたいという理由がよく分かった。
ご継嗣とアリスさんはマギ君と私の事を本気で心配してくれてるし、決定を下した元老院に怒ってもくれている。
この二人の言葉は、全面的に信じられてしまう。
その彼らが危険と言うのだ。
これは私が危険を認識出来ていないということだな。
そして彼らは危険を認識しつつも、我々のために同行してくれることになった。
しかし本当の驚きはこの後だ。
マギ君は臣籍降下で地方領主を狙っている?
陛下はマギ君を、王都で重要ポストに就けたい?
マギ君は陛下の狙いを回避するために、後進を育てる?
そしてアリスさん、何故君は王都の政治事情を知っているのだ?
……アリスさんは、少ない情報から確度の高い予想を導き出していた。
この能力こそ、宰相補佐である私に必要なものだ。
今は説明されなければ同じ予想に辿り着けないが、精進してものにしなければ。
…アリスさん、マギ君が血統主義者を歓迎するような発言をしてますが、まさかマギ君のストレス軽減を狙っての発言ではないですよね?
マギ君に嫌味を言う血統主義者が、滑稽で可哀そうに思えるのですが…。
私が欲する考察力を平然と展開するアリスさんに、思わず思考まで敬語になってしまった。
しかし、この方々は危うくないか?
初対面の私にここまで本音を晒してくれるのは嬉しい限りだが、間者など入り込めば簡単に真意を掴まれてしまうぞ。
は?魔力の揺らぎで感情が分かる?
お仲間認定は非常に嬉しいのですが、その能力があれば、欺瞞など無意味ではないですか!
え?妹も出来そうなのですか?
私、今回の視察は極秘だったので、適当な嘘を言って出てきてしまいましたよ。
……帰ったら謝ろう。
その後昼食を頂きつつ、また和気藹々とした雑談になったが、今度は公爵家の家族として、衝撃の連続だった。
妹が、マギ君が切望する料理を作れるようになっていたとは…。
アリスさん、たった五ヶ月で妹にどれだけの事を教えて頂いたのですか?
そして母上、この城よりも居心地のいいアリスさんの工房棟とは、一体どんなところなのですか?
私にもお城に泊ったと言っていましたよね?
それと、私はパティシエールの料理を振る舞って頂いておりませんが?
……このように美味な料理を母上も妹も隠していたなんて、家族としてひどくないですか?
食後のデザートまでものすごく美味いのですが…。
私、拗ねてもいいですよね?
絶品とも思える味に満足した食後、採掘用の飛翔機を借りに行ったら、採掘担当の姉妹まで同行することになった。
採掘現場に向かうにはファン型飛翔機でないと危険が大きく、さらにファン型飛翔機は操縦が難しいらしい。
姉妹は操縦に慣れているため、少しでも我々の危険を減らそうと、操縦を買って出てくれた。
今日は固定翼機に乗れただけでなく、ファン型の飛翔機も体験することになった。
輸送機のため座席が足りず、アリスさんが急遽座席を作って固定してくれた。
……早い。
工房で見た制作風景にも驚いたが、アリスさんの作業はほぼ一瞬だ。
板から椅子を四脚作って床に固定するのに十秒もかかっていない。
この椅子、間に合わせとは思えないしっかりした作りなのだが…。
王都の職人が見たら、きっと卒倒するな。
しかし、マギ君やうちの妹も出来るのか。
もう少しゆっくりやってもらえるなら、見ていて楽しいかもしれないな。
飛翔機に乗り込むと、アリスさんは暖房を入れてくれた。
ありがたい。正直寒かったのだ。
そういえば、最上階の部屋も暖房されていて居心地が良かった。
アリスさんは私のために、色々と気を使ってくれているのだな。
私は皆より一枚多く着込んでいるのに、皆は薄着のまま平然と外に出ていた。
聞けば、全身を熱魔法で覆っているから寒くは無いのだと。
ご継嗣が、配慮が足りなかったと謝ってくれたが、アリスさんが何も言わずにきちんとフォローしてくれていたから問題は無い。
二人は長年連れ添った夫婦のようだと思ってしまった。
固定翼機はまさに飛ぶという感じだったが、ファン型飛翔機はふわっと浮くのだな。
操縦席を見ると、操縦桿が姉妹二人の座席にあった。
二人で操縦するのかと思ったら、事故や故障時に備えて、操縦系統が二系統あるそうだ。
そこまで対策しておかねばならぬとは、改めて採掘の危険性を認識した思いだ。
…前言を撤回する。
危険性を認識した?
全く出来ておらんわ!
眼下では猛獣が死闘を繰り広げているぞ!
飛翔機が故障したら、あんなところに降りるのか!?
この姉妹は毎日のようにここを飛んでいた?
男として、姉妹の勇気に敬服したわ!!
恐ろしい森を抜け、谷に到着したと告げられた。
飛翔機を九十度回転させてもらい崖を見ることが出来たが、絶句してしまった。
恐ろしい。
先ほどの森も恐ろしかったが、ここはもっと恐ろしい。
飛翔機が崖の上部の側面に移動したのだが、窓の正面には崖の壁面、そして下を覗くととんでもない高さの壁面が続いている。
一瞬、落ちているような錯覚に囚われた。
ひぃ!!尻が異常にむずむずする!
高いところに行けば多少はこうなるが、居ても立ってもいられない焦燥感に襲われた。
私の様子がおかしいと見たアリスさんから、機内をしっかりと見て、どこにも落ちる隙間など無いことを声に出して確認しろと言われた。
実際にやってみると、恐ろしい焦燥感が薄れていく。
床の板はどのくらいの厚みがありそうかと聞かれ、足踏みして音を聞いたら、かなり分厚いしっかりとした床だと分かって安心出来てしまった。
恥ずかしくなって頭を掻いたら、怖いのが人として正常な感覚だと言ってくれた。
自分たちは普段から飛翔機に乗っているから、耐性が付いているだけだとも。
配慮が足りなかったと謝ってもくれた。
そして最後に、魔法を掛けられた。
急に体が椅子や床に張り付いたようになり、全く動けなかった。
次に急激に身体が軽くなり、今にも浮いてしまいそうになった。
ベクトル魔法と言うらしい。
これで落ちたくても落ちられないからと言われた。
なるほど、これなら自殺志願者だって止められる。
ご継嗣が、陛下の護衛数人を一度に動けなく出来る魔法だから安心しろと、肩を力強く叩いてくれた。
陛下の護衛って、上位の近衛騎士数人を一度に動けなくした?
あの強者たちを?
改めてアリスさんのすごさに畏怖を覚えたら、ご継嗣に向かって頬を膨らませて『乙女の秘密をバラした』と文句を言っている。
落差が酷い。
畏怖を覚えるほどの強さなのに、頬を膨らませて『乙女の秘密』って…。
思わず笑ってしまった。
ご継嗣はアリスさんの頭を撫でて宥めている。
アリスさん自身は、ちょっと嬉しそうだ。
おそらく、二人して私を安心させようとしてくれているのだな。
気付けば、先ほどの焦燥感は全く無くなっていた。
気を取り直して視察を再開した。
私とマギ君が覗いている窓を山脈側に向けてもらったことで、谷の全景が見えた。
また絶句した。
これは人が来ていい場所ではない。
まるで人など歯牙にもかけないような、圧倒的な大自然。
神々の住処のような雄大さに、しばらく見入ってしまった。
あまりの絶景に呆けていたら、アリスさんが説明を始めてくれた。
雪崩で落ちた雪、これから雪崩れる雪の多さ、そして雪崩の予兆。
いつ雪崩になってももおかしくない場所の下に行くなど、勇気ではない。
ただ命を捨てに行くだけの愚行だ。
今、はっきりと認識した。
元老院がいかに愚かなことを言っているのかを。
そして谷底に木が一本も生えていない理由も聞かされた。
木が成長しようとしても、洪水で押し流されてしまうから。
この広い谷底全てが、木が押し流されるような危険地帯だということだ。
冬場以外の危険性を認識していたら、形容しがたい重低音が響いて来た。
……これが雪崩というものか。
圧倒的なパワーではないか。
しかも飛翔機の下まで雪が流れて来た。
雪は液体なのか?
そうとしか思えぬような動きをする雪崩。
谷底で鉱脈の確認などしていたら、確実に巻き込まれたぞ!
アリスさんが上空からの視察しか許可しなかった理由を、はっきりと理解した。
元老院からは鉱脈の確認も指示されていたが、やっていたら確実に死んでいるな。
奇跡的に雪崩から生還したとしても、飛翔機は大破して戻れなくなっただろう。
1kmの高さの崖を登って猛獣が支配する森を30kmも歩く?
はは、それは確実な死だ。
私も元老院に対して腹が立って来たぞ。
私と第三王子殿下は、貴様らの使い捨ての駒ではないわ!
ああ、これが辺境伯家の怒りか。
なるほど、私も”お仲間”だ。
視察を終えて城に戻ったら、辺境伯がいらしていた。
今回の視察の件で相談したいと言われ、最上階の展望室に移動した。
出席者は、視察に行った六人に辺境伯が加わった七人。
アリスさんが早速暖房を入れてくれた。
私だけのために、申し訳ない。
私は最大の目的である鉱山の視察を終え、少々気が緩んでいたようだ。
もう驚く事は無いだろうと。
会議が始まり、辺境伯はアリスさんから視察の報告を受けていた。
なぜアリスさんが報告するのかと思ったら、ご継嗣が説明してくれた。
辺境伯家事業統括。
聞きなれない役職名だが、アリスさんは辺境伯家の行う公的な事業すべての管理をしているらしい。
アリスさんが視察の折りに、”許可”という言葉を使った理由が分かった。
辺境伯は街に住み、各街の統治と貴族などの対外的対応を。
ご継嗣は城に住み、警備と魔道具関係を受け持っているそうだ。
そしてそのすべての進捗や出納管理、スケジュールを組んでいるのがアリスさんだと言うのだ。
おかしくないか?
全部アリスさんが管理してる?
それではアリスさんがこの領のトップに見えないか?
ご継嗣は、俺や父上がやるよりはるかに効率がいいからと笑っている。
アリスさんへの信頼が、大きすぎないか?
他者への信頼という問題に悩んでいたら、今度はマギ君が元老院への不満をぶちまけた。
まるで家族や友人に仕事の愚痴を言うように。
少し気持ちが分かる。
ここなら皆親身に聞いてくれるし、心配もしてくれる。
だが、辺境伯の決断には度肝を抜かれた。
あの、さすがにそれは過激ではないですか?
下手すると内乱になりかねませんよ。
元老院議員は世襲制の無領地貴族なために屋敷を守る私兵以外持ってはいないが、元老院自体には軍への派遣要請権がありますよ。
財力もあるから傭兵を雇うことも可能ですよ。
血統主義だから同調する貴族も多いはずです。
元老院の面子を叩き潰すようなことをすれば、奴らは絶対行動を起こしますよ。
マギ君も、大き過ぎる同調と支援に慌ててますよ。
え?今アリスさんは何を言った?
あの人の計画?
辺境伯ともあろう人が、慌てて子供みたいに『シー』ってしてますよ。
は?ご当主だけに陛下が直接伝えるほどの最重要機密ってことですか?
アリスさん、それは陛下が軍部を掌握したって事ですか?
え?マギ君解っちゃったの?
私、置いてきぼりなんですが…。
傭兵や浮浪民の転職や就職?
他国侵攻の可能性?
……ひょっとして元老院が暴発するための兵がいないって事ですか?
え?アリスさん、この後の段どり考えちゃうんですか?
は?具体的な行動が、もう陛下から辺境伯には伝えられてる?
アリスさんの読み通りの行動?
え?他家の人って、私ですか?
あ、うちの父上まで噛んでますか。
はい、うちの領地、広いので王都で消費される食料のかなりの部分を納入してますね。
王都民にうわさを撒くには最適かもです。
そして辺境伯がおっしゃる行動とアリスさんがマギ君に確認した情報を総合すれば……。
元老院、終わるな。
しかし陛下、すごい事考えられてますね。
私、これからこんな思考をしなければならない世界で仕事するんですね。
しかもアリスさんは、陛下の極秘計画を読んじゃってますよね。
私、もう敬語でしか思考出来ませんよ。
アリスさん、心の中で師匠と呼ばせてください。
◇
視察を終え、うちの領を経由(あの方の計画実行を父上に確認した)して王都に戻った私は、早速元老院に呼び出された。
だが、元老院に私を呼び出す権限は無いと、無視してやった。
王城で宰相が元老院への報告を要求して来たので、宰相とは元老院の御用聞きですかと言ってやったら、宰相は顔を真っ赤にしていた。
そして迎えた元老院会議。
この会議には陛下も出席されるので、要請されれば私にも出席義務がある。
会議の冒頭、元老院への報告を無視したことで、陛下の命を蔑ろにしたとじじいどもから責められた。
ははは、ケンカなら買うぞ。
「陛下はご許可なされただけでお命じにはなっていない。陛下の御前でご下命と偽る事こそ陛下を蔑ろにする行為、どのような謝罪をするのか見ものだな」
「な!不敬であるぞ!」
「不敬だと?私は元老院の臣下では無いわ!」
顔を赤らめて怒鳴ったじじいを怒鳴り返してやった。
ああ、これ、結構気持ちいいな。
じじい全員を睨みつけてやったら、若輩者に正論をぶつけられて顔を真っ赤にしているが、反論は来なかった。
若輩でも公爵家子息、しかも堂々とじじいを批判する姿勢に何かを感じ取ったのか、裏を考えてひたすら我慢しているようだ。
不自然な沈黙が下りる中、咳払いした宰相が口を開いた。
「陛下が許可された視察についての報告を陛下に」
ふん、その言いようなら従わざるを得ないが、その前にやることがあるだろう。
「国王陛下、私は先ほどの不敬な発言者への糾弾こそ優先すべきと考えますが、陛下のお考えはいかがでございましょうか?」
「ふむ、許可だけで余の命と言われるのは、確かに気分が悪いの。先ほどの発言者は謝罪すらしておらぬ。さすがに流すわけにはいかぬな」
「も、申し訳ございません。わたくしの勘違いでございました。どうかお許し下され」
「宰相補佐よ。このように言うておるが、そちはどう思う」
「はい。通常なれば『如何様にもご処分を』が正しいかと。陛下に対していきなり赦しを求めるなど、不敬を働いた陛下の臣としてはありえぬ言動です」
「お待ちください陛下」
「なんだ?」
「元老院筆頭として謝罪させていただきます。どうかこの者の処罰は、元老院にお任せいただけませんか」
「良いであろう。後で処罰内容は報告せよ」
「はい。しかと承りました。では視察の報告に移らせていただきます」
「良いだろう。宰相補佐よ、報告を」
「はい。かしこまりました」
私は、アリスさんに写してもらった写像版と、アリスさんが作ってくれた『拡像機』を使って説明を始めた。
この『拡像機』、写像版に後ろからレンズ越しの強い光を当てることで、壁に写像版の内容を拡大投射出来るものだ。
写像版がガラスなのを利用して投射しているが、こんな物を簡単に作ってしまうのだから、賢者の知識はとんでもない。
写像版を何枚も入れ替えて説明した結果、さすがにある程度は危険度を理解したのか、元老院議員の面々は渋い表情だ。
お前ら、冬場の採掘が出来ないことを残念がっているが、王族をこんな危険な場所に向かわせたことはどうでもよいのか?
もう腐りきっているな。
「では最後です。この写像版は採掘現場に雪崩が押し寄せる場面を写したものですが、宰相からは鉱脈を確認せよとの指示でした。実際には辺境伯家の者に止められて着陸を断念したのですが、着陸すれば確実にこの雪崩に巻き込まれていたでしょう。飛翔機の搭乗者には、第三王子殿下と辺境伯家のご継嗣、辺境伯の姪御姉妹もおりました。このような危険な場所に王家の方を向かわせたのは、いったいどなたですか?」
誰も口を開こうとはしない。
当然だな。責められるのが分かり切っているのだから。
「宰相、余は第三王子の命が危険に晒されるなど、聞いておらぬが?」
「わ、わたくしめもこのような危険地帯であったとは存じませんでした」
「前の会議でも、第三王子は再三止めておったな」
「全く予想も付きませんでした」
「嘘ですね。辺境伯は宰相から冬場の採掘を打診された折に、危険性を事細かに書いた手紙を使者立てして宰相に出したとおっしゃっていました。手紙の受け取りのサインも見せていただきましたよ」
「な!嘘など言っておらん!!貴様補佐官の分際で宰相たるわたしを陥れる気か!?」
「ははは、第三王子殿下も受け取りのサインを確認されて、間違いなく宰相の物だと言っておられましたが?」
「宰相よ。余にはそのような手紙の報告は来ておらぬぞ」
「あ、いえ、こ、これは何かの手違いでございまして…」
「ほう、王族の命が懸かる事案に手違いか。元老院とは、余への助言機関であったはずだが、王族の命を危険に晒す手違いをいたすのだな」
「そ、そのような事は決してございません」
「現に今、起きておるではないか。無意味な言い逃れなどするでないわ!」
「………たとえ陛下と言えど、元老院に対してそのような物言い、よろしいので?」
「余と言えど?。余は元老院より下と申すかっ!?」
「い、一定の敬意を払われるべきと申しておるのです」
「この愚か者が!!どこの世に孫を危険に晒されて敬意を払うものがおる!?助言出来ぬどころか常識すら理解せぬものなど余の王国には不要!即刻爵位を返上せよ!!」
普段は怒鳴る事など無い陛下の一喝に、ドアが開きなだれ込んでくる近衛兵たち。
じじい共は顔面蒼白だ。
「陛下、いかがなされましたか!?」
「騎士団長よ。この元老院の阿呆共は、危険を承知で第三王子を視察に向かわせおった。爵位返上を命じた故、我が城から叩き出せ!」
「はっ!承知いたしました!」
なすすべなく近衛兵に連行されていく元老院議員たち。
きっと、『恥を掻かされた』と行動を起こそうとするだろうな。
己が行動こそが、貴族としての恥とも理解せずに。
そして、無駄な足掻きとも知らずにな。
しかしまいったな。
おそらく陛下の脚本では、辺境伯と我が家からの抗議文を読み上げてから爵位返上を促すのではなかったのか?
「陛下、抗議文はいかがいたしましょうか?」
「…そうであったな。腐れじじい共のあまりの愚かさに、つい先走ってしもうた。
…よし、抗議文は宰相に送ってやれ。ちゃんと使者を立ててな」
「承知いたしました」
「しかし
「いいえ。概要はア、(公共の場で名前を出すのはまずいか)…あの方が予想されましたので、父には内容の確認だけ致しました」
「…今回の計画は漏洩に細心の注意を払った。打ち明けたのは近衛騎士団長と公爵、辺境伯だけぞ。どの程度読まれておった?」
「ほぼ正確に言い当てておられました。第三王子殿下は『あの人の計画』と言われて気付かれ、辺境伯は慌てておられました。やはり職業斡旋や他国への技術供与も計画の内ですか?」
「はぁ…。もうため息しか出んわ。敵六百をわずか五十で殲滅出来る兵士を育て、余が必死に考えた計画をそこまで正確に読み取るか。元老院の阿呆どもとは比較にもならぬの」
「私にとってあの方は師と仰ぐべき方です。妹があれほど成長した理由が分かりました」
「くくく、其方も成長しそうであるな」
「精進いたします」
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