5年目 早春

おはようございます、アリスです。


辺境の厳しい冬が過ぎ、春の足音が近づいて来ました。

辺境の冬って、本来は籠って生活するからのんびりゆったりな時間の流れなはずなのに、この冬は忙しかった。


こっちは吹雪いて極寒でも、新しく領地になった地域では活動可能な環境。

だからこっちだけ籠ってるわけにもいかない。

そうなると人も動くわけだけど、雪で視界が悪い上に強い北風で流されるから飛翔機が使えない。

雪上車はそんなに台数無いから自走車にエアクッション搭載して雪道対応にしたんだけど、それでもまだ移動の足が足りない。

二人乗りの小型自走車作ろうとしたんだけど、忙しくて手が回らなかったの。

結局、自走車や雪上車でバス運行始めて凌いだ。


路線は三つ。

・街(領都街と呼ぶことになった)と城との往復。

・隣街経由港街行。

・ソード子爵領領都行

これで何とか凌いでもらおうとしたんだけど、兵士さんの移動は突発的なものも多い。

兵士さん専用に自走車二台割り当ててたんだけど、やはり足りなかったみたい。

知らない間に、兵士さんがスノーボードで領都街と城を行き来し始めてた。

スノーボードは自作(板の先を曲げただけ)

移動は自前のベクトル魔法(時速40~50km)。

全身熱魔法も自前(半日以上連続して使える)。

吹雪時のビバークどうする気だと怒ったら、雪でかまくら作ると言われた。

かまくら内で全身熱魔法使えば寒さは平気だし、魔力足りなくなる前にポーション丸薬飲むから大丈夫だと。

しかも街中の移動は、全部スノーボードらしい。

…うちの兵士さんたち、知らない間にハイパー兵士になってる。


そして文官さんたちにも変化が。

私が仕事してる時って、書類整理、文書作成、押印、お茶の用意まで全て魔法。

文官さんたちが真似し始めた。

お城四階の奥に空いてた部屋を文官執務室に割り当てたんだけど、たまに書類届けに行くと色んなものが宙を舞ってる。

さすがに筆記は手で書いてるけど、誰も立ち歩いてないの。

私への口頭報告なんかも、半数以上念話だし。


メイドさんたちは物を運んだり衣類畳んだりも魔法になってるし、お掃除は掃除道具が勝手に動いてる。


厨房では食材が空中で皮を剥かれたり切れたりしてるし、料理もお皿に空中で盛りつけられてる。


魔道具工房でも、材料が宙を飛び交ってるのに会話ゼロ。

城内移動は、みんな重量軽減で滑るように移動してるし。

どうりでポーション丸薬の使用量が増えてるはずだよ。


なんだこの城?

もう城内がファンタジーなんだが…。


こんな城内に住んでる魔道具技師見習いさん。

魔力感知と魔力制御の伸びがおかしい。


商会員さんたちも大忙しだから今は私がメインで見習いさんの講義もしてるんだけど、見習いさん全員卒業試験に合格しちゃったの。

城内は平民まで魔法使いまくってるから、周囲に引っ張られた気がする。


新しい生徒さんの入学はもう少し先だから、私は少し楽になりそうだよ。


そんなファンタジーなお城に、またマギ君やって来た。

執務室でお仕事してたら魔力感知にマギ君と知らない人の反応。

ソード君が相手してるみたいだけど、知らないもう一人の反応、シャルちゃんに似てるな。

シャルちゃんのお兄さんかな。


私、一応ソード君の婚約者だから、お出迎えすべきじゃないの?

着替えるべきか?

でも、ソード君から念話来ないよ。

ちょっと悩みつつ反応追ってたら、一行は一階の薬草畑に移動していった。

城内案内してるみたいだな。


【ソード君、私着替えてお出迎えした方がいい?】

【あ、いや、お忍びだからそのままでいいぞ。城の中を一通り案内したら展望室へ行くから、そん時紹介する】

【りょうかーい。昼食はどこで?】

【マギがアリスのご飯レシピ希望だから、厨房には連絡入れといた。展望室で食べる】

【わかった。それじゃ展望室行く前に呼んでね】

【おう】


ソード君の予定は私が管理してるのに、訪問予定の手紙貰ってないぞ。

ああ、お忍びって言ってたから私信で来たのか。

だからソード君の今日明日の予定、城で執務ってなってるのか。


私、ソード君の婚約者になったから、お城内ではフリルブラウスとフレアロングスカートが基本。

だから着替えも要らないってか。


あ、シャルちゃん兄(仮定)、レベルは7くらいだけど魔力制御かなり甘かったな。

全身熱魔法使えないと展望室は寒いぞ。

先に温めに行こう。


展望室の暖房入れてさくっと魔法で展望窓の雪下ろしして、お茶の用意してたらソード君たちが上がって来た。

ソード君もレベル上がって感知範囲広がったから、私の反応が展望室にあるから念話連絡端折ったな。

扉横でスタンバイしておこう。

って、ソード君、ノックも無しにドア開けちゃったよ。

カーテシー、カーテシー。


「ソード、いくらアリスさんがスタンバイしてるのが分かるからって、女性が一人でいる部屋に入るんだからノックくらいしようよ」

「んあ?それもそうか。ついいつもの癖で」

「いつもなんだ…。えっと、アリスさん、例によってお忍びだから名前は控えるけど、こちらはシャルのお兄さん」

「お初にお目にかかります。ソードの婚約者、リーゼロッテにございます」


再度、軽くカーテシー。

あれ?反応が無いぞ。


「……え?あ、こ、こちらこそ初めまして。私は公しゃ…あの家の次男で…えっと、家族からはカインと呼ばれている。妹や母が大変お世話になっている」


この人、入って来るなり窓に視線が固定されてたから、景色に圧倒されてたみたいだね。


「こちらこそ、恐れ多くもご友誼をいただきまして、誠に感謝しております」

「感謝しているのはこちらだ。妹の命を救ってもらったこと、家族一同感謝しきりだ。そればかりか妹には医療魔法の伝授、母には貴重なレシピまで提供いただいた。賢…あっとこの呼び方もダメか。貴女にはいくら感謝してもし足りないほどだ」

「そのようなお気遣いは無用です。死の淵から生還したのは妹君が諦めなかったからです。わたくしは自分と気の合う方と、仲良くさせて頂いているだけですわ」

「え?いや、しかしそれでは…」

「ははは、さすがにぎこちなくて見てられないね。ここなら誰にも聞かれる心配は無いし、僕らも貴族流の話し方には辟易してるから、みんな好きな話し方で話そうよ」

「良かった。マギ君からお許し出たから、普通に話せるや」

「普段から僕にはその口調だよね」

「だって初対面の公爵家の人がいるから、ソード君の婚約者としては悪いイメージ持たれたくないじゃん」

「ここだけの話だけど、賢者って公表すれば公爵家当主扱いだよ」

「え゛、マジで?」

「大マジ。貴族家からの無理難題を聞かなくて済むようにしたいからね」

「…公表は勘弁して」

「わかってるよ。だから、今回ソードと婚約してくれて助かったんだ。次期辺境伯婦人に無茶振りする貴族なんて、そうそういないからね」

「ソードシールド、意外に強いね」

「俺は盾扱いか。まあ文句は無いが」

「ありがとう、未来の旦那様」

「!」


あ、ソード君、顔真っ赤。

かわいいな。


「すごいな。盾扱いを平然と受け入れてるし、臆面もなく夫婦のように礼を言ってる。シャルと殿…マギ君も当たり前のように支え合ってる。私と婚約者は、まだまだだな」

「おいアリス。よそ様の婚約者事情に影響与えるような言動は止めろ」

「ごめん。恥ずかしそうな旦那様の顔が見たくなって」

「ぐ、…だからそういうのは止めろ!」

「はーい」


えへ、貴重なソード君の赤ら顔見たくて、ちょっと調子に乗った。

怒られちゃった。


「はー。こっち来るとストレスが溶けるみたいだよ。でも、そろそろ真面目な話ししよう。今回の訪問は、宰相補佐になるカインをアリスさんに会わせること、金鉱脈の視察、軍港の視察、自走車・飛翔機工場の進捗確認、後、色々な報告と相談だね」

「おい、金鉱脈は今の時期、雪崩で危ないぞ。だからまだ採掘止めてるんだ」

「だよね。僕もここの冬場を経験したから無理だって言ったんだけど、宰相が理解してくれなくてカインが派遣されたんだ」

「自然侮り過ぎだよ。自分で見に来ればいいのに」

「元老院での会議中の発言だったから、叱るわけにもいかなくてね。その会議では辺境の冬を知ってるのが僕だけだったから、他の出席者にもいまいち危険が伝わらなくてね。申し訳ない」

「俺も王都出だから、話しだけで伝わらないのは分かる。あの怖さは体験した者しか、真の理解は出来ないだろうな」

「でも、今あそこ行っちゃったら、王子様や公爵家のご子息を危険に晒すことになっちゃう。私としては賛成出来ないよ」

「アリスさんには叱られる行動だけど、もしもの場合は宰相や元老院の視察賛同者に責任が行くからね」

「ちょっ!、いくら理解させるためだからって、命賭けちゃダメでしょ!!」

「申し開きのしようもない。でも、これが王都の現状なんだよ」

「…避けようが無かったってこと?」

「残念なことにね」

「怒ってごめんなさい。マギ君は一人で頑張ってくれたんだよね」

「わかった、俺も同行する。そうすりゃ父上から抗議文が出せるな」

「公爵家からも出してもらうつもりだよ。アリスさんには本当に申し訳ない」

「……はぁ、怒りは王都の困った人たちに向けとくよ。当然私も行くからね」

「申し訳ない」

「マギ君は被害者だから謝る必要無いよ。カインさんもとばっちりだよね」

「私もこちらに来る途中で説明を受けた。だが、私自身危険を理解出来ていない。話の内容からすると、相当な危険のようだが」

「谷には降りないで、崖の南側の上空から視察。これしか許可出来ないよ。シャルちゃんやママさんを悲しませるわけにはいかないからね」

「僕は元々そのつもりだよ」

「私も承知した。従おう」


その後は雰囲気が一転して、運ばれてきた昼食(日本食)を囲んでの団らんになった。


「どれもこれも初めて食べたが、実に美味いな」

「そうだよね。僕は王都に戻ってから、ここの食事が恋しくて仕方ないんだよ」

「あはは。シャルちゃんかエレーヌさんに作ってもらえばいいのに」

「実は月に一回くらいだけど、隠れてシャルに作ってもらってる」

「は?うちの妹が料理を?」

「うん。アリスさんが医療魔法伝授の傍ら仕込んでくれてね」

「仕込んで無いから。一緒に作ってただけだよ」

「エレーヌがサポートしていたのでは?」

「エレーヌさん一人じゃ大変だから、みんなでやってたの。五ヶ月もいれば、ある程度出来るようになるよ」

「公爵家のご令嬢が料理するのは、外聞が悪いから内緒なんだけどね。アリスさんの工房にお世話になった皆は、こっそり自分で作ってるみたいだよ」

「……まさか、母上が時々パティシエールを伴って外出するのは…」

「可能性あるね。パティシエールさんも工房棟に泊ってたよね?」

「そうだよ、ママさんも一緒にね。でも十日間くらいだったし、お菓子作りメインだったから、シャルちゃんほどは料理のレパートリー無いと思うけど」

「母上はお城に宿泊したと言っていたが…」

「あ、ひょっとして私、マズった?」

「公爵夫人も羽根を伸ばしたかったんだろうね。ここのノーブルスイートよりアリスさんの工房の方が、設備的には充実してるし気楽だよね。料理も教われるし。でも、公爵夫人はお城に泊ってた。これで良いよね」

「はーい、私の勘違いでしたー」

「…先ほどノーブルスイートも案内してもらったが、あそこより個人宅の設備の方が良い?」

「そりゃあ仕方ない。工房棟の客室は、アリスが個人的に泊めたい人用に作ったんだ。城の内装は業者に任せたんだから、差が出るのは当然だ」

「正直なところ、こちらに来てから常識がガラガラ音を立てて崩れていく。城の外観は、優美と言う他ない美しさ。空を飛翔機が飛び交ってる。幼女と猫がハイグレードポーション作ってる。城内にはふんだんに魔道具が使われ、驚くほど美味な料理、そしてこの部屋からの景色。もう驚くのに疲れた」

「そうだろうね。何度も来てる僕でさえ、来るたびに驚かされるんだから。今回は城勤めのみんなが魔法使いまくってて、おとぎの国に来たのかと思ったよ」

「ひどーい。いきなりうちの何倍ものお荷物領地押し付けてくるから、みんな必死に頑張ってるんだよ。歩く暇さえ惜しくてああなっちゃったんだからね」

「あ、うん。理由からすれば、おとぎの国は失言だね。ごめんなさい」

「わかればよし!」


マギ君を責める気なんて無いから、ふんぞり返って偉そうにして茶化してみた。


「ぷ、やっぱりここは居心地いいな。失言しても素直に謝れるし、しっかり許してもらえる。無理だと分かっていても住みたくなるよ」

「将来って、臣籍降下の予定なんでしょう?近くの直轄領もらえば、遊びに来れたりしない?」

「…王子様業に必死で、全然考えて無かった。その手もあるのか」

「でも、今のままだとマギ君の存在が便利すぎて、王都に縛られるんじゃない?あの人も目を付けてるみたいだし。後継とか代わりになりそうな人、いるの?」

「…なりたそうなのは結構いるけど、野心持ちが多いんだよねぇ。僕の将来のために、おじい様対策も必要だね」

「国政を牛耳りたいって人はだめだけど、国政に参加して辣腕を振るってみたいって人は?」

「数人いるね。今から仲良くなって育てなきゃ」

「ちょっと待ってくれ。私は今、とんでもない事を聞いていないか?」

「え、そう?ただのマギ君の将来設計だよ」

「王子殿下の臣籍降下とか陛下のご心情とか、一般的には大事だと思うが」

「でも、マギ君は庶子だから、継承順位かなり低いでしょう?」

「確かにそうではあるが…」

「それに文句言う人も多いんだから、臣籍降下はほぼ決定じゃん。あの人が目を付けてても、庶子の元王子様じゃ周りの血統主義な人たちがうるさいはずだから、高い地位には付けづらいし」

「……アリスさんは、何故王都の政治状況を理解しているんだ?」

「いや、単なる予想だよ。忠臣を大切にするあの人が謝りに来るような褒賞渡さなきゃいけないって事は、それだけ文句を言う人が多くて配慮せざるを得なかったって事でしょう。マギ君の魔学研究所の所長就任だって、魔道具の発表無かったら本来は閑職に近いんじゃない?庶子の王子様だからそこにしか就任させられなかったって事だとしたら、血統主義が過半数超えてるって予想付くよね」

「……全くもって反論の余地がない」

「あれ?そうすると血統主義の人たちって、僕の地方領主就任を後押ししてくれてる?」

「全く味方する気無くね」

「なんだろう。今度王都で嫌味聞いたら、嬉しくて笑ってしまいそうなんだけど」

「嫌なこと言う人は、どんどん利用しちゃおう!」

「…私の前で血統主義者を軽んじる発言が出ると言う事は、公爵家子息である私は血統主義者と見られていない?確かに血統主義などではないが、なぜそう見られているのだろうか?」

「私がこんな口調で話しかけてるのに、嫌な顔一つせずに受け答えしてる時点でお仲間認定」

「そう装ってるだけとは考えないのか?」

「人って、感情に応じた特定の魔力の揺らぎが出るんだよ。たとえ表に出してなくてもね」

「…なんてことだ。魔力の揺らぎを見れば、嘘の判定が出来てしまうではないか」

「嘘を本気で信じてる人なら分からないけどね」

「魔力を見る…。まさかシャルも出来てしまうのか?」

「パターンさえ覚えればね」

「…」

「ソード、いつもの言葉、言わないの?」

「ん?ああ、言っていいのか?」

「言ってあげて」

「わかった。これがアリスだ。慣れた方がいい」

「え?これって慣れられるのか?」

「大丈夫だぞ。みんな慣れるから」

「僕はまだ、シャル程耐性付いて無いけどね」

「ねえ、私怒っていいよね」

「「「…」」」


私、ちょっと変人扱いされてるよね。

ふくれっ面したら、ソード君に頭撫でられた。

もー、いっつもそれで誤魔化すんだから。


ちょっと微妙な空気になったけど、気を取り直して移動開始。

姉妹ちゃんは工房にいたから、念話で連絡しといた。

姉妹ちゃんが採掘担当だし、ファン型飛翔機も姉妹ちゃんの輸送機しか残って無いからね。


工房から椅子用の木材持って格納庫に移動。

適当に椅子作って、輸送機の貨物スペースに取り付けました。


「一瞬で椅子が出来て固定された…」

「シャルちゃんやマギ君も出来るから。驚くことじゃないよ」

「そうなのか。こういった作業を見るのは今日が初めてだったから、驚いてしまった」

「そうだよね。普段工房なんて入らないよね」

「これからは殿、マギ君の工房にも出入りするだろうから、見る機会も多くなりそうだ」


カインさん、ちょっと楽しそう。

ものづくり、興味あるのかも。


姉妹ちゃん、危ないって言ったんだけど、結局同行することになったよ。

担当者だし、この機体の操縦に一番慣れてるから、とっさの時にも対応しやすいからって言われたら、同行するしかないよね。

私、ソード君、マギ君、三人ともファン型は乗り慣れて無いからね。


六人で輸送機に乗ってU字谷へ。

カインさんが寒そうだから暖房入れたら、ソード君が配慮不足を謝ってた。


今日は視察だから、飛翔機も低空飛行で進みます。

猛獣天国見て欲しいからね。

荷物スペースへの明り取りだから窓小さいけど、立って覗けば下も見えるよね。

私は荷物スペースの壁を小窓サイズに切り抜き、身を乗り出してガラス板に風景を写し取っていきます。


途中で二回壮絶な猛獣バトルを見て、カインさんが顔を青くしながらも谷に到着。

谷の南側の上空で飛翔機の向きを横にしてもらい、マギ君とカインさんに崖を見てもらったら、カインさんの様子がおかしい。


全身に力が入っているようなのに、ガタガタと震えてる。

魔力のパターンは、”恐怖”。

落差1kmの崖を至近距離で上から覗き見るような視界になっちゃったから、怖いんだね。

このままだと高所恐怖症になっちゃいそう。


「カインさん、ゆっくり飛翔機の壁や床を見て。どこかに落ちられそうな隙間とかある?声を出して確認してみて」

「…え、えっと、確認?。壁には隙間は無い。床もぴったりと接合されていて、砂の落ちる隙間も無い」


この機体、金や石英の輸送用だから、床はしっかり補強してあるから分厚いよ。

音を聞いたら安心できるかな?


「足で踏んで、床の厚さも確かめてみて」

「…丸太を蹴っているような分厚さを感じる」

「もう大丈夫そうだね」

「ああ、すまない。取り乱してしまって恥ずかしい」

「いいえ、カインさんの反応が当たり前なの。私たちは慣れ過ぎてて、耐性出来ちゃってるだけだから。初めての人への配慮が足りなくてごめんなさい。カインさん、魔法掛けてもいい?」

「え?ああ、どうぞ」

「これでどう?」

「…全く身動きが出来ない」

「今度はどう?」

「身体が軽くなって、浮いてしまいそうだ」

「アリスはこのベクトル魔法で、陛下の護衛数人を身動き出来なくしちまったんだ。人一人助けるくらいわけないから、安心してくれ」

「あー!また乙女の秘密、勝手にバラしたー!」

「すまんすまん」


ソード君、また頭撫でて誤魔化そうとしてるけど、これはカインさんのためにおどけてるんだよね。

私がネタにされちゃったけど、カインさんへの気遣は嬉しいよ。


「もー、仕方ないなぁ」


いかん、頬が緩んでしまった。

気を取り直して視察再開。

お姉ちゃんに頼んで、カインさんとマギ君側の窓を山脈側に向けてもらった。


「これは…」

「すごいね。この風景には圧倒されるよ」


うんうん。この風景、誰が見ても絶景だよね。

さて、ちょっと危険度の説明を始めますか。


「山脈の裾の方を見て欲しいんだけど、雪が抉れて波みたいに地肌が出てるよね」

「ああ、そうなっているな」

「あれ全部雪崩の跡だよ」

「あれが全部?山裾をずっと繋がっているが」

「そう、あの抉れた雪は、全部この谷に落ちたの。しかも中腹の雪はまだ落ちて無いから、これから崩れるんだよ」

「…それでは、同じ個所に何度も雪崩が落ちて来るではないか」

「そうだよ。麓から始まって中腹の雪が無くなるまで、何度でもね。谷底、北側だけ土混じりの雪がかなり多いでしょ。あれ全部雪崩て来た雪だよ」

「…とんでもないスケールだな」

「あと、所々山脈の雪に裂け目があるの見える?」

「ん?ああ、あのしわみたいなやつか?」

「そう、あれ。あのしわの下側の雪は、ずり落ちかけてるんだよ。何時かは分からないけど、そのうち雪崩れる証拠」

「…いつ雪崩が襲ってくるか分からないのは、恐怖を掻き立てるな。あと、先ほどから気になっているが、飛翔機の揺れが大きくないか?」

「ここ、北風が崖にぶつかって複雑な気流になるんだよ。操縦上手いから揺れ抑えられてるし、今日は風弱い方だよ。真冬の風なんて、身体が飛ばされそうになるから」

「元老院がいかに馬鹿な事を言っているのかが、大変よく理解出来た。こんな環境で採掘など、出来ようはずもない」

「この谷って、冬場じゃなくても危ないんだよ。谷の南側の谷底、どうして木が生えてないの?」

「北側は雪崩に巻き込まれるのは分かるが……。まさか、谷底全部が木が成長出来ない要因がある?」

「そうなんだよ。山脈に降った雨がこの谷に集約されちゃうから、木が成長出来ないほどの洪水が多発するの」

「冬以外にもそれほどの危険がある地域で、辺境伯の姪である年若い姉妹を働かせているのだな。これほどの貢献をなす辺境伯家に対しての冬場採掘要求。辺境伯家の怒りは甚大であって当然だ」


おお、危険度と辺境伯家の怒りが、しっかりと伝わったみたい。

これで王都の困った人たちも、少しはましになるといいな。


カインさんの報告用に必要だろうと、あちこちで風景を写し取ってたら雪崩起きたよ。

場所は300mほど上流。

連鎖的に周りの雪を巻き込んじゃったみたいで、結構規模がデカい。

今日、暖かいからなー。


斜面を液体のように雪が滑り落ち、そのままU字谷の底に。

音凄いわー。

あ、こちまで雪が流れて来た。


「なんて規模だ。アリスさんが空中での視察しか許可しなかった理由がよく分かった。谷底に着陸していたら、確実に巻き込まれていたな」

「来てる時に雪崩たのはたまたまだよ。まあ、この時期だと一日に何度かはあるだろうけどね」


さっきからマギ君が全然話に入ってこないと思ったら、ひたすら操縦席覗いてたよ。

ファン型飛翔機は操縦難しいから、姉妹ちゃんのを参考にしようとしてるみたい。

風に揺れる飛翔機の操縦って、かなりの慣れが必要だよね。

姉妹ちゃんの操縦は的確で繊細だから、ここまで揺れを抑えられるんだよね。

でもマギ君、女の子ガン見してないで、そろそろ帰るよー。


お城に戻ったら、領主様来てた。

多分ソード君が念話したんだね。

伯爵様の魔力、静かに揺れてる。

これは、相当怒ってるね。あ、私の魔力も揺れてるや。


そして今後の方針を話し合ったんだけど、マギ君が元老院への不満をぶっちゃけた。

こちらの出席者が、領主様、ソード君、姉妹ちゃん、私だけだったから本音を吐露しちゃったんだろう。


今回の視察は、冬場もきんを採掘させたいだけじゃなくて、平時の採掘量も上げさせるための情報収集だったよ。

うちへの防衛費の支払額は固定だから、採掘量増えればただで手に入る金が増え、うちへのダメージが大きくなるから。

さらに前回の貧乏くじも、王様の意向を無視した元老院が主導してたよ。


でも、マギ君の話を聞いた領主様が、国王様の意見を蔑ろにしてるって激怒。

『国王陛下を敬えぬものは臣下にあらず。我が領は陛下に付き従い、似非貴族の集まりである元老院に対し、強硬手段に出る』って宣言しちゃったの。


『似非貴族』、その通りだよね。

貴族は王家から爵位を頂いてるんだから、王様のご意志を実現するために働かなきゃいけないんだよ。

王様のご意志が間違ってるなら反論や反対もすべきだけど、間違ってないのに蔑ろにするって、もう存在意義が無くなってるよね。


マギ君は大事にしちゃったって焦ってるけど、こちら側は全員領主様に同意してるよ。


「ん?あれあれ?。今回の視察って、国王様は許可したんだよね。あの国王様がこうなることを予想しないわけが……うわー!!だから来たのか!」


王様の意図に気付き、反射的に領主様見たら、領主様『シー!』のポーズ。

ソード君はぽかんとしてるから、知らされてないね。


「あー、当主様だけの最重要機密か。これじゃ教えて貰えなくても文句言えないね。まあ、正しく頑張ってる人を応援するのはいいことだよね」


王様はこうなることを読んで領主様に直接伝えたんだな。

ていうか、これ王様の計画だよね。

だとすると、王都でも根回しは出来てるって事か。


「マギ君、気に病む必要無いよ。これ、あの人の計画みたいだから。軍部の上層部を更迭して騎士団の下部組織にしたのはこの布石かぁ。そして抗議文を行動開始のきっかけにするのかな。きっと他にもなんかやってるよね」

「計画……。なるほど、そういうことでしたか。王都近郊でも割のいい仕事を役所が斡旋していて、傭兵や浮浪民の転職就職が相次いでいますね。では、私も元老院に気兼ねなく文句を言いましょう」

「マギ君。近隣国って、どんな感じ?」

「動きませんね。おじい様は魔道具やダンジョントラップ技術を近隣国に伝授しようとしています。侵攻などしたら、約束は反故ですね。しかもマイスターを育てられるのはこの領だけ。一番近い国からでも、ここまで1,000km以上離れてますよ。更に他国には無い飛翔機がこちらにはあります。侵攻して来る可能性なんて、頭おかしいあそこくらいですよ」

「そっか。内乱の可能性ゼロじゃないけど、あの人は行けるって判断したんだね」

「僕にも知らせないなんて。帰ったらご褒美を要求しようかな」

「それは止めといた方が良くない?将来のご褒美のために取って置いたら?」

「……それもそうですね。大きなご褒美貰うために、貯めておきましょう」


あの人が可能と判断したのなら、元老院主導の内乱の可能性はかなり低くなったね。

争い事は嫌だけど、この国のために頑張ってる王様が蔑ろにされるのは間違ってる。

正しく頑張ってる人を蔑ろにするような奴らは、黙ってたら付け上がるだけだ。

ここらでお灸据えとかなきゃね。


「そうなると、第一弾は重要人物を多数危険に晒した今回の視察に抗議して、その抗議が正当なものだと王都の人たちにも知らせたいな。でも、国家機密の漏洩はまずいから、視察の内容は省いて、重要人物の命を軽く扱ったこと、王家を蔑ろにしたことだけを王都の人に浸透させたいよね」

「アリスさん、それはもう考えてある。あの方からの提案だが、まずは第三王子を危険に晒したことへの責任追及。そしてソード商会は商会長を危険に晒した貴族家との取引を拒否する。他家との取引にも該当貴族家への販売や譲渡を禁じる一文を契約書に入れるのだよ」

「うわー、まずはこちらの正当性を訴えつつ、魔道具の販売拒否で他の貴族家から孤立させに行くのか。でももう少し欲しいな。平民にも浸透させた方が、王家に同情集まっていいんだけど…」

「…これ以上言えないが、ある家が領地の産物を納入するのに同様の手段を執る予定だよ」

「ああ、そっか。他家の人、いたんだった。商人からなら平民にうわさが出回るのも早いよね」


こうして、元老院粛清計画が始まった。

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