☆王城にて
今日、辺境にいる親友のソードから、早馬で手紙が届いた。
早馬を使ってまで知らせて来るほどの緊急な用件。
僕は、覚悟を決めて手紙を読んだ。
………
……
…
まじか。
あのお嬢さんは、いったい何なのだ。
僕が最近頭を悩ませていたのは、医療魔法を使った手術に対する教会の反応。
教会の立場を明確に公表する前に、『人を傷付ける』ことに対して会談を持ちたいと、宗教国家にある教会本部から連絡が来たんだ。
極秘情報なのでみんなには話せないが、諜報員の報告では彼の国の上層部は腐敗が酷いらしい。
多分、反対だから納得いく説明が無ければ教会は敵に回ると脅し、何らかの利益を得ようとしている可能性が高い。
会談まで後二週間ほどだが、陛下とご相談しても明確な対応策は出ていない。
だが、手紙に書かれたこの対応策は何だ。
これは僕一人でやるべきことでは無い。
早速、陛下にご相談せねば。
僕は、謁見ではなく、私室での緊急会談を申し込んだ。
「おじい様、お忙しい中、お時間を――」
「良い。緊急事態であろう。早速報告を」
「はい。まずはソード子爵からの早馬での
僕は、ソードからの手紙を渡した。
おじい様は手紙に素早く目を通されていくが、最初に顔が強張り、次に眉間にしわが寄り、そして目を見開き、最後には呆れたような表情になった。
普段は感情を読まれぬよう表情を作っておられるおじい様が、僕にも感情が読めてしまう表情を見せたのだ。
うん。驚きすぎて素が出ちゃうよね。
「なんとも、言葉にならんな。
余はダンジョントラップによるレベル上げの許可と魔道具での懐柔策を考えておったが、全て相手にやらせた上に、教会の面子を立たせ、協力することで恩まで売るか。
しかもこの結論に至る思考方法の参考例まで書かれておる。
この思考方法は王太子教育に組み込むべき見事さだ。
さらには上層部の腐敗まで読むか。
全く、賢者殿の前世はとんでもない世界よ。
…マギよ。この上層部腐敗の場合の対処法も考えた上で、基本はこの対処法で行く。余も同席するぞ」
「よろしいので?ご同席されますと、万一こじれた場合、私の廃嫡程度では済まなくなりますが?」
「腐敗しきっておったら交渉決裂の判断は余がせねばならん。確率が高い方でも、奴らにはこちらが気付いておらぬ振りをしながら誤解釈に気付かせねばならん。しかも気付いておる可能性を匂わせながらだ。マギではまだ難しくはないか?」
「それは私の実力不足ですので申し訳ありませんが、万一にもおじい様の不名誉になることがあれば…」
「我が国は教会の発展に協力する立場だ。
もし、万一教会側が乗って来ずとも、我が国は女神様の『人は人を助けるべし、天寿を全うすべし』という教えを守ろうとしたが、教会に反対され手術を止めるのだ。
そう公表すれば、教会は助かったかもしれない患者の遺族から恨まれることになる。
こちらは人を傷付ける手術が出来ぬだけで、医療魔法自体は問題になっておらん。
手術が出来ずとも医療魔法が優れておるのは間違いなく、教会の患者が医療魔法に流れるのは止めようもない。
手術を異端視するなら、開発者が同じである医療魔法も教会は使いづらい。
恥も外聞もなく使おうにも、教えられるのは我が国だけ。
更に万一我が国を非難して無理に協力させようとすれば、我が国は教会の医療関係者のレベル上げのせいで魔道具技師の育成が止まると言える。
なにせダンジョンの所有権は領主が持つ。
国王とて、領主に一方的な要求は出来ぬから、直轄領のダンジョンしか使えぬと言える。
なれば他国からの魔道具技師の留学は無理となる。
他国は魔道具の技術を喉から手が出るほど欲しておるゆえ、教会に対して文句が出るのは必然だ。
かの国も、さすがに複数の国を敵には回せぬであろう。
……教会との会談は言い逃れ出来ぬように公開にした方が良いな。
我が国は、あくまで女神様の教えを守る立場である事を内外に示した方が良い」
「そこまで書いてございましたか?」
「医療魔法の優位性、ダンジョントラップ、魔力感知に魔法制御、身体の仕組みの医療書、収入金、女神様の教え、教会の面子、信者の獲得、万一の上層部の腐敗。わざわざ思考方法が書かれておるのは、この材料で対処法を組み立てよという事であろうな」
「…読んだだけでも衝撃的でしたが、今のお話で更に衝撃を受けました」
「そちにとって彼女との出会いは、衝撃の連続であろうな。余すら何度も衝撃を受けておるからの」
「普段から彼女の近くにいる私の親友が、化け物のように思えてきました」
「言えておる。図太さでは太刀打ち出来ぬの。じゃが、あの者をあそこまで育てたのも賢者殿であることは、忘れてはならぬぞ」
「はい。しかと心得ました。…そうそう、辺境に行ってからの親友の口癖は、『慣れろ』です」
「く、ぶははははは。賢者殿から受ける大きな衝撃の数々も、慣れられると申すか。まるで子供が悟りを開いておるようではないか。思わず、ソード子爵が教会の愚か者どもに説法する情景が浮かんだぞ。…しかし、マギも五ヶ月辺境に行って、相当図太くなったようだの。余を失笑させよる」
「自分では全く気付きませんでしたが、確かに図太くなったようです。ありがたい事に、おじい様への隔意が子供のわがままだったと思うようになっております」
「…そちと母御殿には、多大な制約を強いておる。母子を引き離すなど――」
「いいえ。おじい様が母の願いを聞き届けて下さって、母が市井で暮らすことをお許しいただいたことには感謝しています。そして出自のバレた庶子を王子として引き取ることは、下手に担がれて国政を乱さぬために必要な措置です。まあ、父上に対しては、もう少しうまくやれよと思わなくも無いですが」
「くくく、子に意見されてはあ奴も形無しよの。しかし余は国王としてだけではなく、祖父としても賢者殿に感謝せねばならぬの。孫とのわだかまりを無くしてくれるとは、ありがたい事ぞ」
「おじい様は私の『お仲間』ですから。同病相憐れむ。賢者のやらかし被害者同盟ですね」
「うくっ、よ、止さぬか。その命名は的確に過ぎる。余の感情を笑いに誘導する者などそうそう居らぬが、マギはそこまで成長したか。これは、違う意味で笑いが止まらぬな」
「これも『慣れ』の恩寵かと存じます。実感しました」
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