3年目 夏
みなさんお久しぶり。アリスです。
季節は夏になり、王都では酷暑地獄だそうです。
連日、診療所に熱中症の患者さんが運び込まれてるらしい。
でもこっちでは、過ごしやすい日が続いてるよ。
私の生活は、依然午後からお城勤めの毎日です。
春に弟子入り(私としては預かってる感覚)したエレナちゃんは、6.5ポーション作れるようになって、かなりの戦力です。
なにより、『アリスお姉ちゃん』って呼んでくれるのが嬉しい。
今まで私の周りって年上ばっかりだったから、初めてお姉ちゃん呼びされたんだよ。
ちょっと感動してしまった。
ネージュも協力的で、9.0ポーションを量産してくれてます。
ただ、朝のぷすり終えたらお散歩に出て、そのままお昼前にお城に出勤してるの。
食肉担当も継続中で、お城のみんなにすごくありがたがられてる。
理由は、うちの領の猟師さんが、みんな兵士に転向しちゃったから。
一年の内、冬場五ヶ月ほども狩りに出られない不安定な収入より、追加募集してる兵士の待遇の方がかなり高給で安定してるもんね。
領主様や隊長さんも、森に詳しい兵士さんが増えて助かってるみたい。
でもその結果、森に入る人が兵士さんと私(プラスネージュ)だけになっちゃったので、街から北は関係者以外立ち入り禁止になっちゃった。
セキュリティ強化のために、街の北門には北の平原の監視塔、登り口には検問まで出来ちゃったよ。
魔道具関連の間者が激減したのに何でそこまでするのかと思ったら、今度はお薬関係の間者が増えてるんだって。
王都のお薬関連の強欲さんたち、かなり困ってて形振り構ってられないらしい。
だって、高グレードのポーションやポーション軟膏と丸薬、魔学研究所の医療魔法部門が独占販売し出しちゃったから、強欲さんたちの売り上げが激減してるって、マギ君が手紙で知らせてきた。
当たり前だよね。
元々魔学研究所が強欲さんたちに卸してたのに、王様怒らせちゃったら独占販売されるに決まってるじゃん。
あせった強欲さんたち、高グレード薬品の製造方法を探ろうと、必死に間者を派遣して来るようになったの。
残念だけど、単に高い魔法制御力が要るだけで、秘密なんか無いよー。
猫と幼女と少女が作ってるよー。
そして、医療魔法部門の診療所も大流行りらしい。
女性患者さんが大挙してるそうな。
だって、今までは男性医師がほとんどだったところへ、女性の薬医師が診療してるんだからね。
しかも、服を着たまま診察してくれる。
今までは男性に診察されるのが恥ずかしくて来れなかった女性が、結構な比率で来てるらしい。
さらに医療魔法部門の診療所に行けば、魔力同調で的確な内部診断してもらえる上に、痛みの無い即効性の高い治療をしてくれるんだから、男性患者も既存の診療所から流れちゃうよね。
これに慌てたのは医療魔法否定派医師たち。
高額な受講料取って教えてた弟子たちが、どんどん辞めていったから。
そして医療魔法部門への医師志望者たちの弟子入りが、どんどん増えて来てるんだって。
医療魔法部門は、弟子入りの審査だけで受講料なんか取らないからね。
元工房棟のみんな、頑張ってるんだなぁ。
ただ、マギ君が帰ると同時に王様の怒りが収まったことには納得いかん。
マギ君が王様に『アリスさんが怒ってる』って報告したら、瞬時に冷静になったって。なんでや!?
ソード君曰く『陛下が行政のトップみたいなもんだ。怒る側から、怒られる側に回る可能性に気付いたんだろう』って、意味わからん!!
私が怒ってるのは、王都の強欲さんたちにだよ!
「アリス、マギから新しい手紙、届いたぞ。薬関係、片が付いたってよ」
「お、どうなったの?」
「王都の薬関係牛耳ってた薬種問屋運営してた奴ら、後ろに付いてた貴族たちが軒並み後援降りちまって、全員廃業して引退した。少し前から陛下が新しく医薬品組合ってのを作って、王都の薬屋にうちの薬を適正価格で卸しだして、今じゃ王都の薬屋の八割以上が加入してるそうだ」
「あれ?ポーションって、元々適正価格じゃないと販売出来なかったんじゃないの?」
「ポーションはそうだ。引退した奴ら、適正価格のポーションに抱き合わせで、暴利な物を売ってたらしい。高グレードポーション欲しけりゃ、これも買えってな。ところが王都の薬屋は医薬品組合から欲しい物だけを直接仕入れ出来るようになって、薬種問屋は見向きもされなくなったわけだ」
「アホだよね。仕入れの元締めみたいな国王様にケンカ売って、勝てるわけないじゃん」
「販売ルート握ってるって驕りがあったんだろ」
「いや、薬屋さんは独自経営なんだから、元々握れてないし」
「だよな。あとこの医薬品組合、アリスが作った医療用ツールセットや王都組が編纂した身体の仕組みの本も扱ってるぞ。若手の医師や医師の勉強してる奴らが、こぞって買ってるらしい」
「え、私がみんなに贈った医療用ツールセットって、ステンレスやクロム製なんだけど?」
「さすがにクロム製は無理だが、ステンレスと、一部は鋼で代用してるみたいだ」
「ほへー、役に立ってるなら良かったよ」
「…医療用ツールセットと身体の仕組みの本、今じゃ医師の必携品扱いらしいぞ」
「ほえー」
「…感想、軽すぎないか?」
「え?だって発明発見したの、私じゃないし」
「そうか……。ただな、懸念してた通り教会が出て来た。人の身体を傷付けるなど女神様のご意志に反するだとさ」
「うあ~、やっぱり来たかぁ…。面倒くさい人たちだよなぁ。人を助けるための医療なんだから、女神様が反対するわけないのに。人助けを邪魔してる人たちこそ、女神様のご意志に反してるよね」
「ああ、全くだ。来月、マギが教会本部の枢機卿と会談する予定だって知らせてきた」
「はぁ、教会が出てくる予想は外れてほしかったんだけどなぁ…」
「治療って事に関しては、教会は昔からやってたからな。医学業界とも以前からもめてたし」
「そりゃあ、患者さん来なくなったら収入減るもんね。単なる勢力争いに女神様の威光持ち出すなんて、勝手に名前使われる女神様がかわいそうだよ」
「なんだ、教会の言い分は嘘だって断定してるのか?」
「だって、本当に女神様が医療魔法に反対なら、私に『止めろ』って言えば済むもん」
「…奴らは、信仰篤い教会の人間じゃなきゃ神託は降りないって言ってるが?」
「全知全能のはずの女神様が、なんで私に神託降ろせないのよ。その時点で全能じゃなくなちゃうじゃん。女神様が全知全能って言ってるのは教会なんだから、矛盾してるよね」
「不敬だが、全能じゃ無いって場合は?」
「全能かどうかはわかんないいけど、私に前世の事を夢に見させられるんだから、少なくとも夢で神託降ろすことは可能でしょ?」
「…前世の夢は、女神様が見せてくれてるのか?」
「それもわかんない。でも、この世界には無い正しい知識を夢で見させられるなんて、人には無理だよね」
「…アリスが思い出しただけってことは?」
「記憶って、体験したことを覚える脳の働きだよ。この身体が前世を体験してないんだから、前世の記憶なんて思い出せるわけないよ。ソード君は、体験してもいない事を思い出せるの?」
「無理だな」
「でしょ」
「…なあ、アリスは女神様を信じてるのか?」
「実際に会ったこと無いから、居るかどうかすらわかんない。でも、私は居ると思ってる。
それは、私がアリスとしての人生を前世だと思ってるのと一緒。
夢で見るだけなのに、その場面場面で伝わってくるアリスの感情は、見ているだけのはずのリーゼロッテである私の感情と全く同じなの。
くすぐったくなるような嬉しさも、身を斬られるような悲しさも、痛い程に理解出来ちゃう。
実証は全く出来ないけど、あの夢は私の前世で、見せてくれてるのは女神様。
そして見せてくれてる理由は、多分この世界の人々の為になる物を世に出して欲しいから」
「もっと単純に、女神様自身が登場して直接人々に魔道具とかを与えた方が、効率良くないか?」
「うーん、それだと人が成長出来ないからとか?私たちって女神様の子供みたいなものだと考えたら、私が女神様の立場なら、人々が自分で出来るようになって欲しいかな。
魔道具や医療魔法のきっかけは私だけど、作るのも広めるのも施術するのも、みんな私以外の人が頑張って成長しなきゃ出来ない事だから。
まあ、私が女神様の立場になって考えること自体、間違ってるのかもしれないけどね」
「色々考えてんなぁ…。でもその考えだと、今回邪魔してる奴らも女神様の子供ってことになっちまうぞ?」
「教会って組織を守るために頑張ってる子かもしれないよ」
「それだと俺たちが悪者にならねえか?」
「単純に、今まで助からなかった人が少しでも助かる可能性上がるのと、今まで通り。どっちがいいの?」
「そりゃ、前者だろ」
「じゃあ、教会は医療魔法使った手術を認めた上で、収入減らさない方法を考えなきゃね」
「そんな方法あるのかよ?」
「それを考えるのは教会の人たち。頑張って考えるから成長するんだもん」
「なるほどな。…で?あるのか?」
「納得したはずなのに、質問変わって無い!?」
「前置きは要らん。きりきり吐け」
「……教会が病院運営」
「初期投資の資金力は…充分あるな」
「今でも治療してるんだから場所はあるし、あちこちに教会あるから医療魔法一気に広まるし、医療魔法で助かる人増えるから信者も増えるし、他国にもいっぱい教会あるから他国の信者も増えて教会勢力一気に拡大」
「……あくど過ぎる!」
「何でよ!?助かった人が自分の意志で入信や喜捨するのは当たり前じゃん!」
「違う!教会の資金力、人材、知名度、国際展開力使って医療魔法一気に広める気か!?こっちの労力ほぼゼロじゃねえか!!」
「だって、人が人を助けて少しでも長く生きるのは女神様の願いでもあるんだよ。女神様の教えを実践するのが教会の仕事じゃん!」
「ぐっ、どこも反論出来ねぇ。だがそうなると、魔学研究所の医療魔法部門に、教会の治療師たちが押し掛けるぞ」
「ならないよ。レベルも魔力感知力も魔力制御力も足りないもん」
「ああ、そうか。じゃあ、まずはそこから…うぉい!!レベル上げ用のダンジョントラップ持ってるのも、魔力感知や魔力制御力向上のノウハウ持ってるのも、身体の仕組みの医療書持ってるのも、みんな我が国じゃねえか!?」
「うん。それをどう使うかは、国王様の仕事でしょ。だから国王様は手始めに他国にダンジョントラップ化技術渡そうとしてるんだと思うよ」
「怖えぇ…。陛下って、どこまで深く考えてるんだ。俺にはそこまで考えられん」
「そんな事無いよ。難しい問題は、分解しちゃえば何とかなること多いよ」
「あ?分解?」
「うん。例えば今回の教会が医療魔法に反対してること。これを解決するのは大変だよね?」
「そうだな。すぐに答えが出るもんじゃねえ」
「じゃあ、分解。教会はなぜ反対してるの?」
「それは俺にも分かる。収入が減るからだ」
「なぜ収入が減るの?」
「医療魔法部門に患者を獲られるからだな」
「なぜ獲られるの?」
「医療魔法が画期的で優れてるからだ」
「それが一つの結論ね。じゃあ最初に戻って、教会はなぜ反対してるの?お金の話以外でね」
「うーん、可能性は低いと思うが、『人を傷付けてはならない』って女神様の教えを理由にしてるから、ほんとにそう思って教えを守ろうとしてるとか?」
「じゃあ、女神様の教えの『人を傷付けてはならない』って、どういう意味?」
「単純に考えりゃ、相手を怪我させるなってとこか」
「そう、怪我させちゃいけないんだよ。治療しちゃいけないんじゃなくてね」
「……それって解釈の違いって事だろ?屁理屈とか言われたら平行線だぞ」
「そうはならないよ。私、戦の後で身体に矢を生やしたまま生活してる人なんて見た事無いもん」
「はあ?当たり前だ。抜くに決まって……そうか!、抜くにも返しが引っかかるから身体傷付けるな。だが、教会で治療受ければ、文句なしに抜かれる!」
「うん。教会は矢が刺さった人を助けるために、傷口広げて矢じり抜いてるんだよ。だから手術で人を助けるのは、教えに反してないんだよ」
「なるほどな。だが今までの想定だと、教会に金払うか解釈の間違い指摘するだけになるぞ」
「まだだよ。今度はお金の話を分解。教会に入らなくなった分のお金はどこ行くの?」
「そりゃあ医療魔法部門だな」
「教会の人たちは、それが嫌なんだよね?だったら――」
「分かった。自分とこでやれってことか。だが、解釈間違いの指摘は難しいぞ。なにせ本来は向こうが専門家だ。下手に指摘したら面子が無くなる」
「指摘しなきゃいいんだよ。相手に気付いてもらえるよう匂わせるの。後は面子があればいいんだから、教会の面子って何?」
「女神様の教えを広め、実践…はあ、なるほどな。人々を救う行為を実践させれば、『人は人を助けるべし』って教えを広めてるわけか。確かに結論は出たが、さすがに今のはアリスが誘導したから出た結論だろう」
「そうだね。でも、答えたのは全部ソード君だよ。
つまりソード君の頭の中には、元々答えが有ったってこと。
『なぜ?どうして?どうしたらいい?』を細かく繰り返していけば、いずれは答えに辿り着くんだよ。
分解した問題の答えは最低三つ、出来れば五つ予測したい。
そうすると頭の中じゃ覚えきれなくなるから、大きな紙や黒板に書くと分かりやすいけどね」
「分解の有効性は分かった。だが最低三つって、多すぎないか?」
「最初に思い付くのが一番当たる可能性の高い予想、次はまあまあの可能性、三つめは多少あり得る程度、四つめはもしかしたら程度、五つ目はまず無いだろう。最初から四割三割二割一割微小の確率なら、高い順に三つ対策考えるだけで九割当たるよ」
「四つ目と五つ目の意味は?」
「可能性は凄く低いけど、危険性が高いものを見つけるため。
確率が微小でも危険性が無視出来なきゃ、対策取ればいいから。
そして各々出た答えの予想を組み合わせれば、かなりまともな対処法の出来上がり。
さっきの例だと、教会の信者減少への懸念とか、我が国への教会勢力拡充の駆け引きとか、新たな教会の建設援助とか、ひどいのだと教会の上層部が腐ってて単なるたかりってことも考えられるよね」
「うへぇ、それだけの事を頭の中だけで平然と考えてのけるって、アリスの頭の中、とんでもないな」
「ひどーい!私、頑張って出来るようになったのに。ソード君、二桁の掛け算って暗算出来る?」
「あ?うーん、頑張れば何とかな」
「辺境に来た頃は?」
「絶対無理だ。…そういうことか。何度も頑張ってやってるうちに、徐々に出来るようになるか。アリス、すげぇ頑張ったんだな」
ふおー!なでなで来たー!!
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