☆7階ロイヤルスイートにて

「団長よ、戦ってみて、どうであった?」

「はい、お見苦しいところをお見せしてしまいました」

「よい。ある程度は想定出来ておったことぞ。忌憚なき意見を述べよ」

「非常に戦いにくい。これに尽きます。

まずは下段からの攻撃が多い事。本来下段は抑え込まれるので多用しません。

ところが、攻撃が異常に重く、抑えることが敵いませんでした。

上段、中段は剣の速度を上げる時に、足裏が滑らぬように体重が必要です。

対して下段は、振り上げる速度を速めれば、それだけ自重が増します。

おそらくは、自分の体重の軽さをカバーするためのものでしょうが、こちらの剣を吹き飛ばされそうでした。

次に、振りの緩急が異常です。

振り出しは新米兵士のスピードなのに、こちらの手元では達人級の速さ。非常にタイミングが取りずらい。

さらに、振り出しを見て剣筋を予測して対応しようとすると、途中で軌道が変化する。

小手先の変化なれば軽い斬撃になるはずが、直線の時と変わらぬ重さ。

どうも身体の重心ごと変化させているようです。

そのようなことをすれば本来は態勢が崩れるはずが、あたかも最初からその重心であったかのような安定性。

そのような斬撃で、的確に私の剣の鍔元を、引きや振りの途中の、体重が乗りかけた時を狙ってくる。

こちらは態勢を崩されて、復元に手間を取られ、有効な斬撃が出せなくなります。

そして最後の突き。

間が空いたのを疲れが出たと思わせ、こちらに上段からの全力の振り下ろしを出させる。

体重を乗せ、全力で振った剣の鍔元、しかも腹を横から突かれては、こちらは斜め前方によろめくしかありません。

相手は突いた剣を少し動かすだけで、私の首元です。

私の剣は、床すれすれで重心も前のめり。

防御に引き戻すことすら叶いません。

そんなはずはないと自分で分かってはおりますが、まるで最初からの段取り通りに振ったような印象です」

「余も見ておって感じた。そちがわざと弱いふりをしておるような印象であった」

「こちらが無様を晒していると焦らせることすら、最後の振りを誘う手であったかと。しかも子爵は、大振りや体重を深く乗せた振りが全くありません。こちらが誘いに乗らずとも、私の方の体力が先に尽きたでしょう」

「天晴れなものよの。他に気付いたことは無いか」

「…そういえば、目線に違和感を感じました。常にぼんやりと私全体を見ているようで、私の切っ先には目が向かないのです。フェイントを入れても完全に無視されました。最後の突きの時だけは、目線が私の剣の鍔元に動いておりましたが」

「ふむ、どう見る?」

「まさかとは思いますが、相手の重心の動きを見て、私の剣の位置、動かす方向を予測しているやもしれません。

最後の剣の腹への突きだけは、しっかりと見ねば突けなかったのかも。

実際、動く剣の腹を突くなど、尋常ではありませんから。

どこを取っても、子爵の努力と研鑽が目に見えるような剣術でした」

「ははは、呆れるの。あれで11歳の少年ぞ」

「伯爵の言を借りるなら、天使に影響を受け、勝手に育った結果が、あれですな」

「ああ、伯爵はよく見ておる。

現に孫や公爵令嬢は、見違えるほど前向きになっておる。

男爵家の姉妹も半年かからずにマイスターだ。

おそらくは報告から漏れた者も、かなり育っておるであろうな。

周囲の者を良い方向に成長させてしまう天使か。

だが、天使自身も成長し続けておる。

大広間で見せた光の魔法、あれをつたない芸と言い切りおった。

完成したら実際に目にしているのと変わらぬなど、見たもの全てが信じられなくなってしまうではないか。

淑女たちは可愛らしさに目が行っておったようだが、可能性を考えて身震いが来たぞ」

「全くもってその通りかと。賢者殿の戦闘能力を測るつもりが、戦闘にもならぬと再度思い知らされました。本来と違う場所に賢者殿の幻影を出されたら、追う事すら叶いません」

「単純に真っ暗闇を見せても良いからの。隣領のスタンピードの報告では、数十メートル離れた暗闇のスライムの核をも、一晩中正確に射抜いておったそうだ。つまり、本当の暗闇であっても、賢者殿は動けると言う事だ」

「それ以前に、魔力を同調されて、心の臓を止められでもすれば、近づいただけで終わります。また、薬医師殿でもあります故、毒にも対処法を持っておられるかと…」

「我が国最高の近衛騎士が、文字通り手も足も出ぬなど、もう笑うしかないわ。しかも賢者の知識を持ってすれば誰でもあの強さになれるのだと、ソード子爵の存在が示しておる。誠、賢き者よ。元々無用な手出しなどせぬつもりであったが、手出しなど出来ぬ、してはいかんと言う事を認識させられたの」

「ですがそれは、陛下の方針が正解であったことの証左ではございませぬか」

「…ご先祖への同情を禁じえぬ。なんの情報も無く賢者という存在に対処するなど、いかほどの苦労であったか」

「ですが、方々のおかげを持ちまして、我々は賢者殿の恩恵を享受出来ます」

「手を焼いておった貧民対策は、好景気による人手不足で知らぬ間に解決しかかっておる。

飢餓も輸送力の強化と冷蔵の魔道具で改善しつつある。

ポーションの価格も下がり、死者数も減っておる。

金を浪費するだけであったスライムの討伐も収入源に変わった。

国庫も金貨が潤沢。次の税収予測もとんでもない金額。

国交でも、魔道具欲しさに皆がしっぽを振って来よる。

個人的には、蒸して寝られぬ夏の夜も快眠であったわ。

賢者殿の恩恵、数え出せばきりが無い。

これほどの恩を受け仇で返す気など端から無いが、あれは恩恵を与えてくれる天使とでも見た方が良い。

自由に羽ばたいてもらおう」

「では、これからも賢者殿の希望に沿うと言う事で」

「そうだが、おぬし、何やら嬉しそうだの?」

「王宮におりますと、嫌なものも多く目に付きます。今回のご決断で、未来ある若者たちを自由に伸び伸びとさせられる。どうやら私も賢者殿の親御殿と同じようで、子供世代の未来を思うと、嬉しくてたまりません」

「ここにおると心地よい。皆忙しく動き回っておるのに、平民も笑顔で、当たり前のように他者を手伝っておる。王宮でささくれだった心が癒されるようぞ。賢者殿の言動には余も心から笑顔になれる。誠、天使が住まう場所よ」

「はい。私も無様を晒しておきながら、若者たちの研鑽や努力に、頬が緩んでしまいます」

「…帰るのが嫌になるの」

「おやめください。同意てしまいそうです」

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