第29話
第29話
「良く、『肉じゃが』がお袋の味とか言うじゃん。でも僕が子供の頃から肉じゃがが食卓に並んだ事がなかったんだよね。だからお袋の味とか言われても、ええ? そうかなあ? ってなっちゃうんだよ。いまいちピンと来ないんだよね。母さんが生きている頃も食卓に肉じゃがなんて出てこなかったし、姉も作んないし、中学の給食でたまに出たけれど、そんなに美味しくなかったし。あ、それは給食だからかも知れないけどね。だからランキングなんかで彼女に作ってもらいたいものナンバー1とかで肉じゃがとか言われても、へえって思っちゃうんだよね。そもそもお袋のいない僕にお袋の味は? なんて聞かれても分かんないんだけどさ、好きな物なら八宝菜って即答するんだけどね。そう言う事ってあるよね?」
「知らないっすよ。あなた本当に偏屈っすね。と言うかメンドクサイっすね」
小説を広げたまま横目に僕を見て面倒臭そうに花さんが言う。
「ですよね」
ゴールデンウィークも終わり、今にも雨が降り出しそうな天気の元、放課後いつもの様に僕が肉じゃがについて雄弁に語っていると、
「中西くーん」と背後から聞こえた。この声は、
「望月さん!」
「へっへっへー」
なんだなんだ? 嫌な予感しかしないんだけど。
「中西くん、私見ちゃった」と流し目で僕を見ながら言う。
「ちょ、ちょっと、学校では話し掛けないでって約束じゃん」
「いいじゃない、この子しかいないんだしさ」と言って花さんを顎で示す。その仕草はどこか棘があるのを感じた。
「それに、彼女にも聞いてもらいたい事だし、ふふふ」
パンダちゃんは僕を通り過ぎ、あえて花さんの前に席に腰を下ろす。
「中西くん、私見ちゃったよ?」と顔は花さんに向け目だけ僕に向けて喋り出す。
「な、なにを?」
「中西君が、すっごい可愛い子とポートモールにいたところを」とわざと花さんにも聞こえるくらいの音量で言う。ポートモールとは連休中に花さんと映画を見に行ったショッピングモールの事。
ああ、見られていたのか。連休中だしそれはそれで仕方のない事かも知れない。いや、でも待てよ、そういえば連休中に2回ポートモールに行ったなあ、朱と花さんと、どっちの事を言っているんだろう。
「それはいつの事?」
「ええと、連休の二日目だったかな」
花さんだ。
「すっごい仲良さそうにしてさ、いい雰囲気だったよ? あんな可愛い彼女がいたんだ? あんなに可愛い子じゃ私じゃ勝ち目無いなあ」と花さんを見て言う。何が目的なんだ? 花さんもそれが自分の事だと気付いたのか俯いてしまった。
「い、いや、彼女じゃ無いんだけどね」
この様子だと、その時の女性が花さんとは気付いていない様だな。まあ花さんも今日はしっかり変装スタイルに戻っているから無理もない。それにパンダちゃんから見ても素顔の花さんは美人だと思えるんだな。
「えー? じゃあ誰よアレ?」
「あ、あれは、その……」
なんて言おう。花さんだよってバラしちゃまずいよね、友達と言えば友達だけれど……
僕はチラリと花さんを見ると彼女は我関せずと言った様子で小説を読んでいるフリをしていた。
「その?」
「大事な友達だよ」
「ふうん……友達ね」
「うん」
「恋人じゃないのね?」
恋人と言う単語にドキっとしてしまった。確かに恋人ではない。付き合ってもいない。でもなんかモヤモヤする。
「うん、恋人では……ないかな……」と言った僕は何故だか胸が痛んだ。
「そっかあ、じゃあ私まだ諦めなくていいんだね!」
「え?」
その発言に花さんも少し反応する。
諦めないって? パンダちゃんはひょっとして、僕の事を? いやいや、たかが一回助けただけでそんな事。それに、パンダちゃんなんかに言い寄られたら迷惑だし、確実に死亡フラグだよ。
「何が言いたいの?」
「私、中西君と付き合いたいと思っているの」
え? 思ってくれるのは喜ばしいけど、僕は君の事を好きでもないし、そもそもお互い良く知らないじゃないか。それよりも、
「こんな話、第三者がいる時にする話じゃないでしょ?」と僕は花さんを気にしながら言う。
「いいじゃん、この子くらいいたって」
この子くらいって……花さんを何だと思っているんだ。やんわり断ろうと思っていたけれど、こんな事言われたら僕だって我慢出来ない。
「望月さん、よく聞いて欲しい。まず君とは付き合えないよ。君が人気者だからとかそんな理由じゃなくて、僕たちお互いの事を全然知らないじゃないか。それなのにいきなり付き合うとか無いよ」
「それは付き合ってから理解していけば良いことでしょ?」
そう言う例もあるのかも知れないけれど、僕には無理だ。
「僕には無理だよ。相手の事を好きになってからじゃないと付き合えない。それに君の事を好きになる事は無いよきっと」と言うと、パンダちゃんの目が吊り上がった。
「モールにいた子は中西君の事をどう思っているのかなあ?」と怒りに声を震わせながら言う。
え? そんなの知らないよ? 僕はチラっと花さんを覗うのだけれど、顔を真っ赤にして俯いているだけだ。
「さあ? それは分かんないけれど、嫌われてはないと思う」
「思う?」
「嫌われてたら一緒に出掛けたりしないでしょ? それに、僕がもし誰かを好きになるとしたら、ポートモールで一緒にいた子だけだよ」
パンダちゃんと花さんがさらに同時に赤くなった。だけれど、その赤くなった感情は恐らく全く別の物なんだろう。
パンダちゃんは花さんの方を向き、
「ねえ、聞いた? そんな相手がいるのに毎日こうやってあなたと話をしてるのよ? その子に悪いと思わないのかしらね。あなたもその子に悪いと思わないの? 私だったら無理だなあ」
いろいろ盛大に勘違いしているようだけれど、あの時の女の子が花さんだと言う訳にもいかないし、パンダちゃんだって言っている事とやっている事が矛盾してるじゃんか。それに何故いちいち花さんを巻き込むんだろう。
「とにかく、気持ちは嬉しいけれど、君とは付き合えない。ごめんね!」と突き放すように言った。
パンダちゃんは口元を歪め、
「ふん!」と言って教室から出て行った。
「……」
「……」
「花さん」
「はい」
「あれは花さんだったって白状したほうが良かったのかな?」
彼女はすぐには答えず迷った挙句、
「私にも判りません」と言った。
「それにしてもなんだって花さんにまであんな事を言うんだろう」
「それは……」
「それは?」
「私に釘を刺したんだろうと思いますけど」
「釘を刺す?」
「あ、まあ、いいじゃないすか、そんな事、ははは」
なんか釈然としないなあ。
「それより……」と花さんが膝の上で両手をモジモジしながら喋り出す。
「ん?」
「……さっき言った事は本当ですか?」
「さっき言った事って?」
花さんは明らかに赤らめて俯き、
「好きになるならポートモールにいた子だけだって……」
「うん」
「え?」
「え? なに?」
「……」
僕、なんか変な事言ったかな?
「じゃあ……少しくらい期待してもいいんすかね……」
少しくらい期待って……? 何を期待? ……!
「あー!」
「な、なんすか?」
馬鹿で、偏屈で、鈍感で、メンドクサイ僕でも流石に気付くよ。今までの花さんの言動。今の言葉。
花さんはひょっとして僕の事を――
その時、雲っていた空が光輝いた、と同時に「ドーン!」と地響きを伴って雷鳴が轟く。
「ひぇっ!」
「か、雷?」
雨はまだ降り出していないけれど、時間の問題っぽいな。
「花さん、もう帰ろう。派手に降ってきそうだよ」
「そ、そうすね」
僕たちは荷物をまとめて慌てて教室を飛び出した。
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