第28話

 第28話


 さほど広くもないキッチンに女性3名がたむろして料理を作っていた。姉に散々「座っていて」と言われていたのに、「手伝います」と言って聞かない花さんが調理に参加し僕は完全に家庭内ボッチになっている。女子と言うのはこういう時もお互いの意見や発言に肯定から入り、そこから話題を広げて行くのだと言う事を改めて認識させられた。正直、会話を聞いている方がむず痒くなってくる。


 程なくしてテーブルに並べられた料理はアサリのボンゴレロッソ、エビとポテトのマカロニグラタン、明太子と餅のピザと言う炭水化物とカロリーの権化と言った代物だった。殆どが朱の好きな物だけれど、確かにこんな物を毎日食べていたら寿命が縮まりそうだ。女性はなんだかんだ糖質が好きなんだなあと思い知らされた。


 そんなこんなで作られた料理も食べてみればやっぱり美味しい訳で、これまたカロリーの高いコーラを片手に出来上がった料理を4人で堪能した。特に花さんの担当したアサリのボンゴレは絶品で、麺を噛むとジュワっとゆで汁が溢れ出してくる絶妙な炒め具合に僕たち姉弟妹きょうだい3人共が感動してしまうくらいの出来栄えだった。

 姉は花さんに炒め方のコツを尋ね、熱心に聞いている。そんな光景も僕には新鮮でどこか朗らかな気分になってくる。最初はどうなるかと思ったけれど、花さんが姉に受け入れられて内心ほっとしていた。


 昼食後、僕は花さんを自室に招き入れた。

「お兄ちゃん、分かってるよね?」と朱が何やら僕に警告してきたのだけれど、なんなんだ?


「へえ……」と言って花さんは僕の部屋を興味深く観察している。特に何も無く殺風景な部屋。テレビも無ければ、ゲーム機もない。壁にもポスターの類は貼っていないし、本棚もない。あるのは勉強机とちゃぶ台とベッドだけ。だけれど僕にはこれで充分なのだ。


「なんも無いっすね」と素直に感想を述べられる。彼女はもう少し僕の嗜好や個性を知りたかったのかも知れないけれど、期待外れという表情をしていた。


「でしょ」と言うと無言でうなずく。


「ここでいつも何をしてるんですか?」

「ネットか勉強だね」と机の上のパソコンを指差しながら答える。僕の指の先を目で追った花さんの視線がある物に注視するのが分かった。それは家族写真。両親がまだ生きている時に家族で海へ行った時に撮影したもので砂浜に5人で並び、空はすごく青くて高い。

 誰に撮ってもらったのか分からないけれど、家族5人全員が写っている。父がまだ小さい朱を抱き、僕は母に寄り添うように立っていて姉は一人だけ前に出てアイスキャンディを頬張っている。いつ撮影したのだろうか。僕の記憶も曖昧で何年前の物か判らないけれど写真の中の僕の家族は全員が笑顔だ。花さんは写真に近付くとそれを手に取り、

「お母さん似なんですね」と言った。僕には良くわからないから「そうなんだ」と答えた。


 花さんはベッドに腰掛け、

「楽しかったっす。やっぱり姉弟妹きょうだいがいるの羨ましいっす。みんな仲良いんですね」と言った。

「昔はこんなに仲良くなかったんだよ。妹なんていつも姉にべったりで僕なんかに全然懐いていなかったんだけどね。両親が亡くなってからかな、結局助け合わなくちゃって感じになって」


 あの日、あの夜の一本の電話から僕たちは変わった。いつもマイペースだった姉は何かに追い立てられるかのように僕たちの世話をしだし、色んな事を犠牲にして僕と朱を守った。姉にべったりだった朱も幼いながらに自立し、家事の手伝いをした。僕は……両親を失った哀しみからなかなか立ち直れず、その頃まだいた友達からの励ましの言葉も煩わしく感じてしまい、距離を置き、いつしか僕の周りには誰もいなくなった。

 慰めの言葉も、同情も、励ましも、僕にはどこか薄っぺらな物に感じてしまい、『お前らに何が解る』と卑屈になって。きっと彼らも僕にどう接していけば良いのか分からなかったのだろう。8歳の小学生なんてそんなもんだ。声をかけて良いのかどうかも判断できなかったのかも知れない。いつしかそんな一人ボッチの環境が心地よくなってしまった。

 

 中学2年生の時、クラスメイトのある女の子がやたらと僕に話しかけて来た。最初は戸惑って話し掛けられても素っ気なく返事をして、決して僕から話しかける事もしなかったのだけれど、熱心に僕に話しかけてくれるのでいつしか僕も彼女といる時間が増えて行った。薄々感づいてはいたんだ。好意を持たれているのかも知れないと。僕も彼女に惹かれているのかも知れないと。


 体育祭の帰りに告白をされた。僕も受け入れようとした。その時、なったんだ。心臓がドクリとし、背中から厭な汗が吹き出し、僕の中の何かが警鐘を鳴らした。『深入りするな』って。

 また辛い思いをするのかって。今ならまだ間に合う。『やめておけ』とはっきり感じた。


 僕は告白を受けて、何も言わず硬直し、嫌な汗を流し手は震え、焦点の合わない目でどこを見ていたのだろう。それは5分か10分かもっと長かったのか分からないけれど、彼女は泣いて僕の前から去って行った。


 傷付けた。僕は彼女を傷付けたんだ。思わせぶりな態度をとって、期待させて、そして拒絶した。

 それ以来、彼女が僕に話し掛けてくる事は無くなり再び僕は一人ぼっちになった。その時も思った。やっぱり一人が心地良いって。



 僕の一人語りを花さんは黙って聴いていた。


「僕はあの時、『花さんとだけは仲良くしたい』って言ったよね。この気持ちは本当なんだ。いままでこんな風に感じた人は誰一人としていなかったんだ」


 だけれど、このまま突き進んでも良いのだろうか。花さんの優しさに甘えているだけなんじゃないのか? この中途半端で曖昧な関係を続けても良いのだろうか。これはこの先、彼女を深く傷つける事にならないだろうか。そう、中学2年生のあの時のように……。


「僕は……花さんも傷付けてしまうかも知れない」

 意図せずに口からぽろっと漏れてしまった。彼女はふふんっと笑って、


「それだとまるで、私があなたの事を好きみたいな言い方ですね……」

 いつもなら憎まれ口の一つでも叩くくせに何故か穏やかに言う。


「私は……そんなヘマはしませんよ。確信も自信もない状態で勝負するほど強くありませんし」と言った後、「ふっ」と溜め息を一つ吐き、僕の方を向くと、

 

「でも……そうなったら、そうなった時ですよ」と覚悟を決めた表情で言う。彼女を見つめた僕はどんな表情をしていたのだろう。



 花さんは結局夕食も我が家で食べて行った。


 花さんを送る為、家から最寄り駅まで二人並んで歩く。午後6時とは言え、この時期はまだまだ明るいから見送りは駅までで良いと彼女は言う。

「明日からまた学校だね」

「そっすね」

「憂鬱?」

「今年のゴールデンウィークは楽しかったっすから……」

 僕は連休中にあった出来事を思い出しながら、

「そうだね、僕も楽しかった」と言った。花さんは少し沈黙した後、


「でも、いつも隣にいるから……」と小さく呟いた。僕には聞こえたけれど、聞こえなかったふりをした。



 ――――――――


「太郎……」

「母さん?」

「太郎……」

「何? 母さん」

「太郎に会いたいよ……」

「僕もだよ……」


 ――――――――



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