第19話

 第19話


 まだ4月だけれど、五月晴れと言うのは今日のような日を言うんだろう。空の高い所は青く、地平線に近付くにつれて白くなっていく。冬の空は地平線まで青いのに、春の空はどうして冬と違うのだろう。

 やや強めに吹く風は乾いていて初夏の訪れを感じさせる。


 ベンチに腰掛け枕でも取り出そうかとリュックをゴソゴソしていると、

「なっかにっしくーん」と言う声が聞こえ、そちらを向くと3人の女生徒がお互い手を繋ぎスキップしながら近づいてきた。げげ! 彼女達は!

 

想羽そう飛鳥あすか、ラングレー?」

「またバカなこと言ってるの? この子はラングレーじゃなくてらんちゃんよ。ちょっと似てるけどね」と野口さん。

「はあ……」


「それよりさあ、アトラクションに乗るのに奇数だと何かと不便なのよー、中西君一緒に回ろうよ」


 冗談じゃない。そんな所を誰かに見られたら絶体絶命、一巻の終わりだ。学校で話している所を目撃されるとか言うレベルじゃない。確信犯だもん。揃いもそろってこんな美女3人とボッチ少年が一緒に楽しんでいたら否応なしに目立って仕方ない。まさに死の影が忍び寄るとはこの事だろう。ここは断固拒否あるのみ。


「いや、それはちょっと……」と口ごもっていると、


「ちょっと、想羽、ちょっと」と望月パンダちゃんが野口さんの袖を引っ張りながら目で花さんを示す。


「あ……」とポカンと口を開けた野口さんが声を出し、

「あ、ご、ごめん、お邪魔だった?」とあたふたして言う。

「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……」

 そういう訳じゃないなら何なんだ? と自問自答しながら僕もあたふたしていると、


「私に気にせず行ってください、別に恋人でも何でもねーんすから」と明らかに不機嫌なご様子で花さんが言う。野口さん達3人は少したじろいでいたけれど、


「ほ、ほら、彼女もああ言ってくれてるし、ね、お願い」


 確かに3人だとジェットコースターとか乗る時にばらけちゃったりしたりと何かと不便なのは解るけれど、パンタちゃんグループなんかと一緒に行動するのは嫌だし、昼寝が出来ないのも嫌だ。それは本当だ。だけれど、彼女らと一緒に行動したくない本当の理由が別にある事に気付いてしまっていた。

 

「ごめん、僕、ちょっと疲れてて、無理だよ」

「来たばっかりで疲れるっておかしいじゃん」

 確かに僕もその言い訳はかなり苦しいと思うけれど。


「昨夜寝れなくて、本当にゴメン」

「そんなあ」

「本当に本当にゴメン」と言って両手を合わせて頭を下げた。そもそも僕じゃなくても君達と一緒に回りたいなんて男子はいくらでもいるし、すぐに見つかるだろう。僕に関わらないでくれ。


「ちぇー、つまんないの」と野口さんが言うと、

「もういいよ、行こ、想羽、蘭」とパンダちゃんがそう言って二人の手を引っ張る。去り際パンダちゃんの冷たい目が花さんに向いているのを見てしまった。


 僕はあらためてベンチに腰掛ける。花さんは何も言わず本を読んでいた。いや、本当は読んでいない事は彼女の視線を見て気付いていた。この空気は……彼女は怒っているのだろうか。だとしたらそれは何故?


「あ、あの、花さん」

「……」

「花さん?」


 マスクで彼女の表情は窺い知れ無かったけれど、眼鏡越しに見える眼差しからは僕の心臓を射抜くかの様な鋭さを感じた。


「まさか私に同情して断ったんですか?」

 冷たい凍てつくような声で彼女は言う。 


「え?」

「私に罪悪感を感じたんですか?」

「そ、そんなじゃ――」

「そう言うのやめてください別にあなたに同情されたくねーし憐れんでもらいたくねーし一緒いっしょにいて欲しい訳じゃねーし迷惑なんすよ!!」

「は、花さん?」


「まさかあれですか? ボッチの私を一人にしたら可哀そうだとか思ったんすか? 僕が一緒に居てあげようとか己惚うぬぼれたんすか? 大きなお世話だしいらねーんすよ! 放っておぃ――」

「ちがーう!!」

 僕は彼女の言葉を遮り肩を掴んで叫んでいた。まただ、この胸の違和感。喉を締め付けられる感じ。これは何だろう。


「僕も戸惑っているんだ。何故だか分らないけれど、花さんと……花さんと一緒にいたいって思ったんだ。別に同情とかじゃなくて、僕がそう思ったの! 花さんと一緒にいたいって本当に思ったの!」

「……」


「信じてよ、花さん」


「ボッチになりたいのかそうじゃないのかハッキリしてください」


 ボッチになりたい。それは今でも変わらない。変わらないんだけれど、花さんとは一緒にいたい。何故なんだろう。虫のいい話だと自分でも思う。矛盾しているのも自覚している。厚かましい事も解る。だけれど、


「花さんとだけは……仲良くしたいです……」

「……」


 ボッチ同士の痴話騒ぎを通り過ぎる他の生徒達が遠目に見ている。それは好奇の目なのか憐れみの目なのか。


「じゃあ私達…………もうお互いボッチじゃないですね」

 彼女の声は普段のそれに戻っていた。僕はほっと安堵し、

「……はは、そうだね……」

 僕はずっと掴んでいた彼女の肩から慌てて手を離す。さっきまで感じていた胸の違和感はなくなり、代わりにどこか朗らかな気分になってくる。


「本当にズルイすね……」

「え?」

「なんでもねーっす、勝手にしてください」

「……はい……ありがとう、花さん」


 僕はあらためてリュックから枕を取り出そうとしてその手を止めた。『逃げてるだけじゃない』 姉の言葉がフラッシュバックする。今本当にしたい事は寝る事なんだろうか。今朝、少なからず僕の胸は躍っていた。昼寝が出来るから? 自問自答して、しかしすぐに答えは見つかる。僕は今したい事を口に出していた。


「一緒にジェットコースターに乗ろうよ」


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