第20話
第20話
「ジェットコースターに乗ろうよ」
「は?」
唐突な僕の提案に花さんは口ぽかんと開けて唖然としている。いや、マスクをしているから本当にそうなっているのかは分からないけれど、絶対そうだ。彼女の額から汗が一滴垂れた。
「じょじょじょ冗談じゃねーし私読書してーしあんなん子供が乗る物だし乗りたいなら勝手にソロボッチでやってて下さい」とかなり狼狽して言う。ははーんこれは。
「怖いんだ?」と僕は厭らしく笑って挑発する。
「こここ怖くねーし全然余裕だしなんならシートベルト無しで乗った事あるし」
バレバレの嘘を吐きながら彼女は強がる。なんで強がるのか分からないけれど可愛いって思った。
「じゃあ乗ろうよ」
「……」
「ね、花さん」
「ま、ま、ま、
「だって余裕なんでしょ?」
「あ、あたぼーっすよ、望むところっすよ」
僕達はベンチから立ち上がるとジェットコースターへ向かった。『ゴー!』と言う轟音と共に悲鳴が聞こえてくる。
ジェットコースターはやはり人気で多くの生徒が列をなして順番を待っている。ただ、今日は平日で一般客が少ないせいか割とすぐに乗れそうだ。
隣の花さんを覗うと顔面蒼白になっていて明らかに無理をしているのが判った。余裕って言ってたけど絶対余裕じゃないよねこれ。意地悪しすぎちゃったかな。ちょっと罪悪感。
「花さん、やめるなら今の内だよ?」と最後通告をする。
「大きなお世話っす。あなたこそ余裕ぶっこいていますけど本当はやめたいんじゃないすか?」
「全然」
「うっ……」
だけど本当に怖がってそうだな。なんか可哀そうになってきた。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな。反省しよう。
「花さん、やっぱりやめようか。なんか怖がってる花さんを見てたら可哀そうになってきたよ」
「余計なお世話っす。乗ると言ったら乗るっすよ。哀れみなんてまっぴらごめんのきんぴらごぼうっす」
「はあ……」
こうなると頑固なんだよなあ。本当に大丈夫なのかな。僕はジェットコースターを選んだ事を少し後悔した。もう少しマイルドな物にすれば良かった。
「で、でも……」と花さんがおずおずと口を開く。
「座席に座ったら……手を繋いでもらってもいいすか……」
やがて僕達の番になり、僕は進んで奥の座席に座る。彼女も意を決した表情で乗り込んできた。本当に大丈夫だろうか。
スタッフから一通り注意事項が告げられたのち安全バーが下がった。発車のブザーが鳴り、花さんに絶望を告げる。ガクンという衝撃と共にゆっくりと進みだした。
ガタガタガタ……と音を鳴らして僕たちは45度傾き、視界には真っ青な空が広がった。次第に遠ざかって行く地面を見下ろし次に花さんを見ると、すでに血の気は失せ、目の焦点も合っていないような、どこを見ているのか分からない表情をしていた。
僕は彼女との約束を果たす為、彼女の手に触れると固く握られた拳を優しく解きそっと握る。我に返った彼女が僕の手を強く握り返してきた。ああ、まただ、この胸の違和感。この感情。心臓がドキドキしているのは、ジェットコースターが怖い訳じゃない。
列車が頂点まで達すると視界一杯に街の風景が広がり、その先に海が見えた。普段見慣れている海がいつもより輝いている様な気がした。僅かな静寂の後、勢いよく重力に身をゆだねる。「ひょえっ!」と言う普段聞きなれない声が花さんの口から洩れた。風を顔面から受け呼吸がしにくくなり少し俯く。そのまま横に視線を向けると、花さんはもう完全に目を固く瞑り手前の安全バーと僕の手を力いっぱい握り締めたまま、ただただ時の過ぎるのを待っている様だった。
列車がスタート地点に戻って来た頃には花さんはすでに放心状態で、僕が声をかけても心ここにあらずといった状態。肩をゆすって漸く現実に引き戻した。
千鳥足の彼女を近くのベンチに座らせた。
「花さん、大丈夫だった? 平気?」と言って僕は彼女を下から覗き込むと僕と目が合った彼女は顔を赤らめ、
「よよよ余裕っすよ」と、余裕が無さそうに答えた。
「楽しかったね」
「そ、そっすね……」
僕は彼女の隣に座り、
「今日はさ、僕達もアトラクションを楽しもうよ」と提案する。彼女は少し目を見開き逡巡した後、俯いて、
「はい……」と言ってくれた。
本当は彼女もこうやって普通に楽しみたかったのかも知れない。今までどんな思いでこういったイベントを過ごしてきたのだろうか僕には窺い知ることは出来ない。同じボッチでも僕とは置かれている立場が違うから。
過去に経験出来なかった事を、僕も一緒になって彼女に経験させてあげたいと思う事は、男の独りよがりで思い上がりだろうか。彼女は「同情なんてまっぴらだ」とは言ったけれど、だけど、それでも……。
「次、あれにする?」と言ってフリーホールを指差す。
「ひぇっ!」
その後幾つかのアトラクションを楽しんだ。フリーホールは花さんが断固拒否したので彼女の意見を尊重した。
「少し休憩しよう」と言って近くにあったベンチに並んで腰を下ろす。4月も下旬になり、陽は強く容赦なく僕達を照らしてくる。
リュックからペットボトルの水を出しちびちび飲んでいると、人の気配を感じた。
「あら? 花さん?」
僕達が声の主を見ると、
「麗華さん?」
「九条さん?」
「中西君?」
「「「え?」」」
僕たち3人はお互いの顔を見比べ、3人揃って口を開いた。
「知り合い?」
少し強めの風が僕達3人の間を吹き抜けていった。
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