第18話

 第18話


 その日の朝、僕はリュックに枕とペットボトルの水を詰め込んで家を出る。今日は3年生の初夏レクリエーションの日。駅までの道すがら隣の朱が、

「いいなー」と言うけれど、明日は朱達が同じ場所に行くのに何を言ってんだろう。


 ちなみに2年生は修学旅行がある為、この初夏レクリエーションに参加するのは1年生と3年生だけ。


 学校に着くとすでに観光バスが校門前に列をなして止まっていた。校門から入ると担任の先生が一定の間隔で立っていてそこにクラスメイト達が集結している。僕もB組の集まりにこっそり混ざる様に入った。当然誰とも挨拶などしない。


 辺りを見渡すと花さんがクラスメイトの輪から少しはみ出した恰好で所在なさげに佇んでいるのを見つける。その姿を見て少し胸が痛んだ。僕は彼女に近付き、

「おはよう、花さん」と声をかける。

「おはようございます」と返してくれた。


 クラスメイト達はアトラクションの紹介が記載されている紙を片手に、ウキウキモードでキャッキャワイワイしている。そんな彼らを横目に僕も心なしか胸が躍っている事に気付いた。僕は何を浮かれているんだろう。


「出席番号順に並べ」という担任の先生の号令を聞き、グダグダと曖昧な記憶を頼りに並んでいくと、先生は名簿を片手に出欠確認を取って行く。その後、

「じゃあバスに乗れ」と言った。


 バスの席は基本的に自由なのだけれど、仲の良い友達同士で隣合って座って行く為、必然的に僕の横は空席になる。普段なら僕の隣は終盤まで空席で、最後に3人組のあぶれた奴などが仕方なさそうに座って来るのだけれど。


 後から乗車してきた花さんが自然と、そして当たり前の様に僕の横に座った。何故だか、そんな些細な事が僕の心を温かくする。去年までの完全ボッチだった状況とは随分と変わったものだなと苦笑しながらも、花さんとの距離感について戸惑っていた。ボッチをしたいのか彼女と接していたいのか自分自身判らなかったから。


「荷物棚に乗せようか?」と僕は花さんに聞いた。

「ありがとうございます」と言ってリュックからペットボトルのお茶と小説を出したかと思うと、何やら思案した後、再びその小説をリュックに仕舞った。

「お願いします」と言ってリュックを差し出してくる。

「本はいいの?」

「よく考えたら、バスで本を読むと酔うっす」

「そうなんだ」

 僕はバス酔いはしないけれど、何となく解る気がした。僕も自分のリュックからペットボトルの水を取り出しドリンクホルダーに置く。


「花さん、窓際に座りますか?」

「いいんすか?」

「どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 僕は身を引いて彼女を窓際に誘導した。


 通路側のシートに腰掛けて座席の背もたれを少し倒すと花さんが、

「寝るんすか?」と聞くので、

「眠くなったらね」と答える。


 最後に担任の先生が乗車してきて、

「いない顔はないか?」と難解な事を聞くけれど、そんなの分かる訳が無い。きっと僕がいなくても誰も気が付かないんだろうな。そう思うと、それはそれで嬉しいような気になるから不思議だ。やはり僕はボッチが性に合っているんだろう。


 バスはA組の生徒が乗る1号車から動き出した。

「花さん、知ってる? 関西ではバスは番号の大きい号車から進むんだよ」

「へえ、そうなんすか? 何でですか?」

「諸説あるらしいけれど、一番の理由は後ろに何台連なっているか判断する為だとか」

「なるほど」

「中学の時、修学旅行で京都へ行った時に不思議に思ってネットで調べたんだ」

「関東が順番通りなのはなにゆえっすか?」

「それは知らない、っていうか、普通は順番通りなんだから理由なんてあるのかな」

「それもそっすね。今のやり取りは有意義でしたね」


 バスは都会の幹線道路を時折プシュプシュと音を立てながら進む。車内ではクラスメイト達が胸を躍らせながら馬鹿騒ぎをしている。今日ばかりは先生も注意しない。車窓から見える街の風景を眺めながら、時折視線を花さんに合わせぼんやりとしていると、自然と眠りに落ちて行った。




 ほのかな香りと肩に少しの重みを感じて目を覚ますと、花さんが僕の肩に頭を預けスースーと寝息を立てて眠っていた。

 クラスメイト達も一頻り騒いで疲れたのか随分と静かになり、ヒソヒソ話している女生徒もいれば眠っている生徒もいた。

 花さんを起こさないよにペットボトルの水を掴み栓を開けて一口飲む。外を眺めながら今どの辺りだろうと考えながら外を見ていると、ピクっと肩を震わした花さんが目を覚ました。彼女は僕と周囲と車窓を一巡したのち、最後にもう一度僕に顔を向けた。


「花さん、おはよう」と声をかけると、

「おおおはようございます」と髪を手櫛で解きながら少し赤くなって言う。そんな仕草が可笑しくて、

「水でも飲みますか?」と手に持っているペットボトルを差し出すと、少し目を丸くして僕を見つめたのち、

「ありがとうございます」と言って受け取り、マスクを少しずらして口を付けた。


 「あ! 観覧車だ!」と、どこからか生徒が声を出したのを皮切りに眠っていた生徒達も次々と目を覚まし、車内は再びざわめきに包まれる。


 バスはテーマパークへの駐車場へ入りゆっくり止まった。バスの車窓から見えるテーマパークの景色は2年前のそれとそれ程変わっていない様だ。


 最前列に座っていた担任の先生が立ち上がり、


「起きろ! 着いたぞ!」と大声で叫ぶ。


「昼食はこのバスの車内で取るから、正午にここに戻って来い! 時間に遅れるなよ! 死んでも戻って来い!」


 待ちきれない生徒達が我先にとバスを降りて行こうとするので、僕は立ち上がらず皆が捌けるまで座って待つことにする。花さんも特に動かずジッとしていた。


 全員がバスから降りた所で立ち上がり、棚から花さんのリュックを下ろし彼女に手渡した。

「ありがとうございます」

 僕も自分のリュックを背負い、

「行こうか」と彼女を促す。


 バスから降りると、テーマパークの入り口に生徒達が集結し、スタッフさんからフリーパスを受け取るとゲートから中へダッシュしていく。ここでも混雑が収まるまで集団から少し距離を置いて待つことにした。僕はこう言う行列と言う物が嫌いで、行列の出来る店や整理券を貰う様なイベントなど、なるべく列に並ばない様に普段から生活している。これには少し明確な理由があって、僕は並んでいる時に、横入りされたり、並んでいる人の連れ人が後から合流したりする光景を見ると嫌な気分になるから。当然、面白くないと言う気持ちもあるのだけれど、それよりも、そう思ってしまう自分の心の狭さに自分自身が嫌になるから。だから初めからそう言うシチュエーションは避ける様に生活している。


 ゲート前にはまだ数名の生徒達が残っていたけれど、テーマパークのゲートをバックにスマホで写真を撮ったりとすぐに入場する気配が無かったので僕達はゲートに向かう。フリーパスを受け取るとようやくゲートから入場した。


「どうする? なんか乗る?」と一応花さんに聞くけれど、

「いいっす」と言って首を横に振った。彼女は最初から読書すると言っていた事を思い出す。それならばと思い、

「あそこに座ろう」と一つのベンチを指差して言うと、

「はい」と答えた。


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