第11話
第11話
教室に戻ると花さんがジト目で僕を見てくる。
「サボリっすか?」
「眠くて……」
「なにゆえそんなにも眠いんすか?」
「夢ばっかり見ているからかな」
「あ……」と彼女は言いそのまま口を閉ざしてしまう。またやってしまった。眠い理由は事実なんだけれど、無意識に口に出してしまう自分を呪う。
「花さんの夢をね」と僕は言い繕う。彼女の顔の見えている部分がボッ! と音を立てて赤くなりその衝撃で髪が少し跳ね上がった様に見えた。
「ととと頓痴気な事言わないでくださいななな何なんですかしゅしゅ出演料いただきますよ」
「冗談だよ」と僕が微笑むと彼女は少し寂しそうにした気がした。
昼休みに少し眠ったせいか6時限目は居眠りすることなく授業を受けることが出来た。
放課後になり僕はいつもの様に頬杖をついて窓の外を見ていた。視界には相変わらず小説を読む花さん。『最近やたらと妹が僕のベッドに入ってきて理性崩壊しそうなんですが!』 いったいどんな内容なんだろう。新学期になり毎日続くこの光景も日常になってきた。乾いた風が半分開いた窓から侵入しカーテンや花さんの前髪を揺らす。その光景を見てうつらうつらとしていた時、突如背後から、
「あ、あの、中西?」と普段なら絶対に聞かない低音で声をかけられた。
僕はいつもの様に無視して窓の外を眺めていると、隣の花さんが僕の背後と僕を交互に見て目で来客の存在を伝えてくる。仕方なく僕は声の主へ振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。スラリとした爽やかな少年だ。いつ以来だろうと思える程僕には縁の無かった男子生徒。彼は誰だろう? でも同じクラスの生徒だと言う事は判った。
僕は自分自身に指を差し、『僕?』という意味のジェスチャーをする。彼は僕の右隣の席に腰を下ろし声を潜めて話しかけてきた。
「突然、ごめんな。あのさ、今年入学した1年生ですっごい可愛い子がいるんだよ」
へぇ、そうなんだ。でも僕には興味もないし何故彼は僕にそんな事を報告してくるのだろう。
「で、その子の事調べてたらさ、この学校に兄貴がいるって判ってさ」
ふむふむ……ん? 嫌な予感が。まさか。
「中西って妹いる?」
僕は声には出さず首肯した。
「やっぱり!
まさに僕の妹だ。妹が客観的に見て可愛いかどうかは正直判らないのだけれど、彼が言うのなら可愛いのだろう。まあそれはいい。僕は嫌な予感を感じ彼の次の言葉に否応なしに身構えてしまう。
「彼女の事を教えて欲しいんだよ。彼氏がいるかとか、好きなタイプだとか」
やっぱりそういう内容なのね。僕は妹と恋バナと言う物をしたことが無いし、今後もそんな会話をしたいとも思えない。彼の頼みは僕にとっては迷惑以外の何物でもないのだ。
「えーっと、正直良く知らないんだよ、彼氏がいるかどうかとか。あと好きなタイプもね」
「それを聞いて欲しいんだよ」
マジか。そんなん自分で聞いてくれ。人に頼るな。ただ妹に彼氏が居るという話は聞いた事が無いからきっといないんじゃないだろうか。その事を彼に伝えると、
「本当に?」
だから知らないっつーの。こっそり付き合っている人が居るかも知れないから僕には断言は出来ないよ。
「あー、じゃあちょっと待ってて」と怠そうに言って仕方なくスマホを取り出す。
「ここに呼ぶから自分で聞いてよ」と僕が言うと彼は飛び上がって、
「ちょ、ちょ、ちょ、いきなりは心の準備が」とか言う。僕はさらに怠くなって大きくため息を吐いて目を閉じた。
「お、おい、寝るなよ」と言って僕の肩を揺らす。仕方なく目を開き、
「君は妹と付き合いたいのかい?」と聞いた。
「そりゃ付き合えるものなら付き合いたいよ」と言う。
君達が付き合うのは勝手だけれど僕を間に挟まないで欲しい。僕を伝書鳩の様に使わないで欲しい。告白するならそれでよし。応援はするけれど、力にはなれない。告白の成否を伝える事も嫌だ。そんな事に振り回されたくない。僕は思っている事をそのまま彼に伝えた。
「なんだよ、冷てえな」と逆切れ。こういうのが嫌だからボッチやってんだけどね。
「じゃあ逆に聞くけど、朱が僕の妹じゃなかったらどうしてたの? そのまま諦めたのかい? 君の想いが本物なら何とかして情報を得たり彼女との接点を持ったりしたんじゃないの? たまたまクラスメイトに兄貴がいたからって闇夜の提灯にするのはどうなのさ? 君が妹に好意を寄せてくれるのは喜ばしいけれど、僕が間に入ってアレコレやって結局君が失恋でもしようものなら、僕と君との関係も気まずい物になるだろう? だから応援はするけれど、力にはなれないよ」とまくしたてる様に吐き出した。
彼は唖然として聞いていたけど、
「そうだよな。ゴメン、自分勝手過ぎたよ」と言ってくれた。そんな彼を見て少し不憫に思い、
「今夜妹に君に電話番号を教えても良いかだけは訊いておくよ。これが僕に出来る唯一の事だ。その先の事は二人で勝手にやって欲しい」
本当はこんな事するのも嫌なんだけれど。
「分かった。それだけでも凄く助かるよ」
「妹が教えてもいいと言うかは保証出来ないけどね」
「うん、わかった」
「じゃあ明日まで待ってて」
「うん、ありがとうな」と言って彼は去って行った。
恋をする少年。辛い思いをしてまで告白する少年。恋とはそれほどまでに人を突き動かす物なんだろうか。
花さんを見ると何事も無かった様に本を読んでいる。
「僕の対応は間違っていただろうか?」と隣の花さんに聞く。
「さあ、わかんねーっす。でもアレで良かったんじゃねーすかね」
「例えば花さんにお兄さんがいたとして、兄のクラスメイトに電話番号を教えるのは抵抗ありますか?」
「さあ、わかんねーっす」
「兄のクラスメイトとは言え見ず知らずの人に連絡先を教えるのは抵抗あるよね?」
「さあ、わかんねーっす」
「ところで彼は誰だろう?」
「さあ、わかんねーっす」
「クラスメイトでしょ? 知らないの?」
「どの口が言いやがりますか」
「ところで花さん、僕の名前は知っていますか?」
春の乾いた風が彼女の髪を微かに靡かせた。
「……中西君……ですよね……」
「……どうもありがとう……」
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