第8話
第8話
教室に滑り込み机に突っ伏す。なんなんだよ。新学年になってからおかしいぞ。全ての発端はパンダちゃんを助けてからだ。こんな事になるなら助けるんじゃなかった。だけどあのまま放っておいたら彼女乱暴されちゃったかも知れないしなあ。どうすればよかったんだろ。
「はぁー」とため息を吐き花子さんを見ると僕をジト目で見ていた。
「花子さんおはよう」
「おはようございます」と言ってすぐに本に目を落とす。
僕は頬杖をついて窓の外を眺めながら今後の事について考えた。トイレ以外では教室から出ないようにしよう。廊下でパンダちゃんや野口さんに会えば声をかけられるかも知れない。野口さんは中学の同級生だしなんとか言い訳は出来そうだけれど、パンダちゃんはマズイ。あとはお嬢だ。お嬢は学校では話しかけないと言ってくれたから大丈夫だろう。
お昼休みになり重大な事に気が付く。今朝あんな事があったからコンビニでお昼を買えなかったのだ。売店に行くしかないか。僕は立ち上がると教室のドアから顔だけ出して廊下を覗う。パンダちゃんは見当たらない。よし。1階の渡り廊下にある売店に着くと人だかりが出来ていて大変な混雑である。人気の総菜パンは殆ど売り切れていた為、銀チョコとカレーパンを買って教室に戻ろうとした時、
「お兄ちゃん」と声をかけられた。見ると妹の朱がすでに人気の総菜パンを片手に持ちトコトコと近づいてきた。
「今日売店なんだ。珍しいね」
「朝ちょっとゴタゴタしてね」と曖昧に答える。
「あ、この子は
「あ、初めまして。妹をよろしくね」と微笑んだ。
「初めまして、
「私達中庭で食べるんだけどよかったらお兄ちゃんも一緒に食べる?」
僕は逡巡したけれど、妹と一緒にいたほうが何かと良いかも知れない。
「星ちゃんはいいの?」と一応彼女の了承の確認をする。
「は、はい、ぜひ!」と言うのでお言葉に甘える事にする。中庭へ歩いていき花壇の前のベンチに妹を真ん中にして腰掛けた。
「お兄ちゃんボッチなんだよ」と朱が星ちゃんに言う。
「コラ、余計な事言うんじゃない」
「中西先輩、カッコいいから彼女とかいるかと思いました」
「ちょっと星ちゃん、こんなのに彼女いる訳ないじゃん」
「こんなのとは何だ。それに好きでボッチやってるからいいんだよ」
「変わってるでしょ? お兄ちゃんが家に友達を連れてきたこと一回も無いんだよ」
「それよりそのパン一口食わせろ」と妹が持っているパンを指さして言う。
「い や だ!」と背を向ける様に拒否された。
「いいなー、私もお兄ちゃんが欲しかった」と星ちゃん。
「ウザいだけだよ。家でも偉そうにふんぞり返ってさ、『オイ、飯ー』とか言うし靴下も臭いし」
「いちいち余計な事言わなくていいって」
一緒にお昼を食べたのは失敗だったかもしれない。とんだ恥さらしだ。
「お前部活は入ったのか?」
「だるいからやんない」
面倒臭がりは遺伝なんだな。
「星ちゃんは?」と僕が訊いた。
「私はテニス部です。中学からやっていたので」
「星ちゃんはすごいんだよ。中学の時県大会まで行ったんだから」
「お前も見習って何かやれ」
「お兄ちゃんに言われたくない」
ま、そりゃそうだ。僕は残っていたカレーパンを無理やり口に押し込み、
「じゃあな朱。星ちゃんまたね」と言って立ち上がる。
「ほい」と朱。
「あ、はい、また」と星ちゃん。
僕は注意深く階段を登り、そろっと廊下を覗ってから教室に滑り込んだ。席に着くと珍しく花子さんは机に突っ伏して寝ている。僕は遠慮なく窓の方に体を向け頬杖をつきながら窓の外を見つめた。
ぼーっとしていると花子さんの肩がピクっと動いた。あれかな、高い所から落っこちる夢でも見たのかな。ふと気付いた。花子さんの眼鏡が外され机の隅に置かれている事に。突っ伏して寝るのに邪魔だったんだろう。眼鏡外すとどんなんだろう、ちょっと見てやろうと思い彼女が目を覚ますまで辛抱強く待つ。
彼女が目を覚ました様で腕から顔を少し持ち上げる。お? しかし彼女はその態勢のまま手探りで眼鏡を掴むと素早くそれを装着した。なかなかガードが堅いね。結局眼鏡の無い彼女を窺い知ることは叶わなかった。
5時限目になると僕の眠気は最高潮に達した。いつもはお昼休みに昼寝をするのでこうはならないのだけれど、今日は朱達と話し込んでしまい昼寝をする時間が無かったから。ただでさえ頭に入らない物理の授業が5時限目なのは辛い。春眠暁を覚えずとは良く言ったものだ。眠りに落ちてしまうのをギリギリで耐え5限目終了のチャイムを聞くとそのまま突っ伏した。10分間だけでも眠りたい……。
左の脇腹を突かれて飛び起きた。と、同時に6限目の古文の先生が教室に入って来る。突かれなければそのまま眠っていただろう。僕が突かれた方を見ると花子さんがじっと僕を見つめている。僕は軽く手を上げありがとうの意思表示をした。
その後なんとか6限目を落ちずにこなし放課後を迎えそのまま机に突っ伏した。なんで今日はこんなにも眠いんだ。このまま寝る。
…………
「タロさん、警察に行くわよ」
「なんで?」
「お父さんとお母さんが事故に巻き込まれたって!」
「朱は?」
「寝てるから起こさないで」
マンションから出ると迎えのパトカーが止まっていて警察の人が僕達をパトカーの中へ案内した。僕はパトカーを見て、何故赤いライトが回っていないのだろう……とぼんやりと考えていた。
…………
…………どのくらい眠ったのだろう。30分? 1時間? 微睡むと必ずあの日の夢を見る。9年前の記憶。あの頃の記憶は酷く曖昧模糊なのに、あの夜の事だけはいまだに鮮明に思い出せるのは毎日の様に夢を見るからだろう。
目を開けると陽は西に傾き教室内を茜に染めていた。肩に温かい物を感じむっくり起き上がると僕の背中からストールがすとんと床に落ちる。僕は慌ててそれを拾い周囲を見渡すと、一人の少女が机に本を広げたままコクリコクリとうたた寝をしていた。
白く繊細な肌をした頬には漆黒の髪がかかり、そのコントラストが少女の透明感を際立たせている。長いまつ毛はクルンとカールし微かに震えていて、筋の通った鼻は先へ行くほど丸みを帯び、幾らかふっくらした頬は西日を受けて橙に染まっている。薄桃色の唇はプルンとしていて僕の目を釘付けにした。長い前髪は少女の動きに合わせてユラユラと靡きそれが西陽を遮り瞼に陰を作っている。少女と夕日が織りなす光景はとても幻想的で僕はそれを見て心底、美しい……と思った。
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