第7話
第7話
電車は学校の最寄り駅にすこぶる不機嫌に止まった。はずみであまねく乗客が前方に傾きその返す刀で後方に傾いて最終的に直立する。
新学期が始まって1週間程経ち、街路樹の桜はもう殆ど花びらが散って全体を緑色に変化させていた。ホームを下りて改札を抜けいつもの様に裏コースへ向かう。カラス達がピョンピョンと跳ねてはファーストフードの紙袋からはみ出したフライドポテトを啄んでいた。
ああいうのを道にポイポイと捨てて行く奴ってどういう躾されたんだろうね。結局恥をかくのはゴミをポイ捨てした自分自身というよりは、そういった躾を出来なかったその親であるのに。親を辱めて良心が痛まないのだろうか。知らず知らずのうちに親不孝をしている事に気づけよ、等とブツクサ言いながら歩いていると歩道に一人の女子高生が立っている事に気付く。あれはパンダちゃんじゃんか。相変わらず可愛いね。あんな事があったのにまだこの地域に立ち入ってるのか。懲りない人ね全く。
僕がパンダちゃんを通り過ぎようとした時、
「あ、あの!」
え? 僕ですか? 僕はビックリして立ち止まり、辺りをキョロキョロ見渡してから僕自身を指差し目だけで『僕?』と聞いた。
「はい、ちょっといいですか?」とパンダちゃん。良くない。裏コースとは言え少なからず同じ学校の生徒が通学している。
「ちょっとこっちへ」と彼女を促し人目のつかない裏路地に招き入れた。彼女はこんな所に連れ込まれたことに戸惑っている様子だけれど僕だって誰かに目撃されるのは困るのだ。
「なんでしょう?」とあらためて彼女に聞くと、
「中西君ですよね?」
「違います」
「え? いやいや、昨日廊下からあなたを確認してB組の友達にも名前聞きましたから間違いじゃないです」
「僕は
「え? 音読み?」
「だから人違いです」
「いやいや、おかしいよね。別に音読みでもいいです。あの時の人があなたであれば」
参ったなこりゃ。
「あの、チュウセイ君ですよね? あの時助けてくれたの」
やっぱりあの時の事だ。例の野口さんと言う女の子が彼女に話したのだろうか。だけど、野口さんはなんとか誤魔化し切った筈なんだけれどなあ。
「なんの事ですかね」とにかくこう言うしかない。
「
やっぱり野口さんは騙し通せたみたいだけれど、こりゃマズいな。
「野口さんにも言ったけど僕じゃないよ」
「いえ、私には判るんです。あの時は眼鏡も外されていてマスクもされていましたけれど、その背格好や声だって間違いありません」
「ほら見て、あのカラス。黒々としていて艶やかだね、まるで花子さんの髪みたい」とカラスを指差し言う。
「ちょっと話逸らさないでよーそれに誰ですか? 花子さんって」
「花子さんを知らないとは……」と僕は掌を口に当てて驚く。フリをする。
「そんな事はいいから、ちゃんと答えてください」
これはどんなに足掻いても誤魔化せそうに無さそうだなあ。
「あ、あれはね、君を助けんたじゃなくて、ほら、あの時の二人に用があったんだよ」
「どんな用事ですか?」と彼女は上目遣いに僕を見て言う。
「ほらこれじゃん」と僕はあの時やったように腕に注射を打つ真似をしながら言う。
「絶対嘘だー」
「僕の中西と言う名前の
「どういう意味ですか?」
「
「ふざけないでください!」
「ひっ! すみません」
「それに彼ら一目散に逃げて行ったじゃないですかー」
「まあ
「いずれにしても結果的に私は助かったんです」
「そりゃ良かったね。じゃあね」と早々に立ち去ろうとしたけれど彼女に袖を掴まれてしまう。
「それで~、チュウシャ君にお礼がしたいなって……」
「要りません」
「え? 即答? そんなあ。でも私の気が済まないんです!」
「そう思うならこの地域に今後立ち入らない様にしてください。そうすれば僕だってあんな半裸になってまで助ける事態にならない」
「そうそう、そう言えばどうして服脱いだんですか? それにあの胸のマークはなんですか?」
僕は辺りをキョロキョロと覗う様にして、
「あれは組織のマークで仲間という事が一目で判るようにしてあるんです。組織は常に僕を監視しているんだ。君も僕と一緒にいると危険だ! 逃げるんだ!」
「……」
彼女は疑いの目で僕を見つめてくる。
「とにかく、僕にはもう関わらないでよ」
「えー? どうしてですかー?」
僕は再度辺りを見渡しため息を吐いてから、
「君のような人気者と仲良くしてたら後が怖いからです。それに彼氏にも悪いでしょ?」と正直に話した。
「私付き合っている人なんていないし、チュウシャ君と仲良くなりたいんだけどー」
こんな可愛い子に彼氏がいないのも意外だったけれど勘弁してくれ。
「とにかく学校で話しかける事はやめて欲しいんだよ」
「学校の外ならいいの?」
そういう事でもないんだけどなあ。
「じゃあLINEだけでも教えてください」
「僕スマホ持ってませんので」
「ピコン!」
「今の音は?」
「さあ? 妹からのメールでしょうか……」
「結局スマホ持ってるんじゃん」
僕はおずおずとスマホを取り出し彼女に身をゆだねた。彼女は僕のスマホを手際よく操作し、
「よし! 登録完了」と言ってスマホを返してきた。
「私A組の
誰も彼もが君を知っていると思うなよ。こういう『私って可愛くて有名人だから知ってて当然でしょ』感を滲ませてくるところが気に入らない。
「とにかく本当に学校で話しかけるのはやめてくれ」と僕は両手を合わせて懇願する。
「じゃあ学校まで一緒に行こうよ」
「ふ ざ け な い で く だ さ い!」と言って一目散に彼女から逃走した。
新学年になってから何なんだよ。僕の快適ボッチライフが崩壊していく予感がしていた。
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