第4話

 第4話


「――です。お出口左側になります。お手荷物お忘れのないようご注意ください」


 はっ! と目を覚まし僕は飛び起きて慌ててシートを立ちホームへ降りる。ん? ここはどこだ? あれ? まだだ、ここじゃない! 再度慌てて車内に飛び乗る。あぶねー。駅間違えるとこだった。

 クスクス……と車内の女生徒に笑われてしまった。しかも同じ学校じゃん。最悪。僕がさっきまで座っていたシートは既に他の乗客に確保されてしまっていた為仕方なく吊り革を掴んだ。眠いなあ。

 

 家の最寄りの駅に着きホームに降りて歩き出すと背後から、

「お兄ちゃん」と声をかけられる。振り返ると妹のあかねが足を交互に繰り出さないスキップの様な難解な動きで近寄ってきた。体に余る制服はまだまだ馴染んでいなくて一目で新入生と判る。


「なんだ、同じ電車だったの?」

「ちょっと、さっき駅間違えてたでしょ? 友達と一緒だったから恥ずかしかったんだから」


「見てたの?」

「友達も『何あの人ー?』って笑ってたよ?」

「自分の兄貴だなんて言って無いだろうね?」

「言う訳ないじゃん。私が恥かくよ」

 

 この子は妹のあかね。今年から僕と同じ旭第一高校に入学した。髪をツインテールにしていまだに幼さは抜けきらないけれど、高校生になって麗々とお洒落になったようで、よく見ると薄く化粧もしている。昔はこんなに懐いていなかったんだけれど、両親が死んで男が僕だけになったからか良く絡んでくるようになった。だからと言って一緒に買い物に行ったり遊びに行ったりするほどではないけれど。僕に友達が居ない事は知っていて、たまに心配してくれるけれど、これは僕が好んでやっている事だから気にしないで欲しい。


「どう? 高校生活は」

「うーん……まだ二日目だし。でも中学よりは校則とか緩いし、自由があって楽しそう」

 朱は相変わらずスキップのような難解な動きをしている。落ち着かないから止めて欲しい。


「先輩としてアドバイスするけど、4時限目終わったらソッコー売店へ走った方が良いよ」

 そう言って人差し指を立てた。


「そうなの? 明日からお昼買わないとだめだからちょっと心配」

「総菜パンは人気だからね。甘い菓子パンは良く売れ残るけど。オススメはナポリパンだね」

「なにそれ?」

「食パンの上にナポリタンスパゲティが乗ってるの。食べ応えあって美味しいんだよ」

「へー」 

 ようやく普通に歩き出した朱が首を何回も上下させる。


「自分でお弁当作って持って行ってもいいんだよ?」

「やだー、朝眠いし、それにどうせお兄ちゃんの分も作れって言うんでしょ?」


 鋭いな。先輩面して言ってみたけれど僕も先輩の姉から聞いた受け売りだ。


 僕達は改札を抜け並んで歩き出す。随分と背も伸びた様だ。それでも妹は父親似なのか身長はそれ程高いとは言えない。僕の両親は母が女の人としては背が高く、父は男の人としては背が低かった。僕は母親似なのか背が伸びたけれど妹は160センチ無いんじゃないだろうか。因みに姉は160は超えていると思う。でも165は無いかな。僕だけかも知れないけれど、僕は姉や妹に身長や体重を尋ねる事がなんだか照れくさくて出来ない。この感覚は何なんだろう。

 

「今日お姉ちゃんバイトだったよね」とあかねが聞いてくる。

「しらね」とそっけなく答えた。


 自宅のマンションに到着しドアを開けると丁度洗面所から姉のあかねが顔を出し、

「おかえり。なんだ二人一緒だったのね」と言う。


 お気付きだろうか。


 姉、中西茜なかにしあかね 20歳 大学生。

 妹、中西朱なかにしあかね 15歳 高校生。


 ここまでくると両親の思考放棄に感服する。頭にぽんっと浮かんだイメージだけで名前を付けているんじゃないのか。今となってはその真意を訊く事は出来ないのだけれど、アカネとタロウなんて某有名漫画家の作品の登場人物ではなかっただろうか。妹がアラレと名付けられなかっただけでも良かったのかも知れない。

 

 両親は姉の事を「お姉ちゃん」、妹の事を「アカネちゃん」と呼んでいたけれど、姉だって妹が生まれるまではきっと『アカネちゃん』と呼ばれていたのではないだろうか。妹が生まれて呼び名が『お姉ちゃん』に変化した時姉はどう思ったのだろう。


「タロさん、私今日バイトだからお昼ご飯と晩ご飯は二人で勝手に食べてね」と姉が言う。

「今日なにー?」と妹のあかねが姉のあかねに問う。

「八宝菜作っておいたから温めて食べて。お昼と夜も食べられるように2食分作っておいたから」


 僕は八宝菜が大好きで、味もさることながら、ハッキリ言って八宝菜さえ食べていれば人間生きて行けるんじゃないかと思えるほど栄養のバランスが良いと思っている。野菜、豚肉、ウズラの卵、キクラゲ。姉は僕が八宝菜が好きな事を知っているから頻繁に作ってくれるんだけど妹はそれを快く思っていないらしく時折不満を漏らす。


「また八宝菜ー? お姉ちゃん、お兄ちゃんの好きな物ばっかり作るじゃーん。たまには私の好きな物も作ってよー」と朱が言い頬っぺたを膨らませる。


「アンタの好きな物ばかり作ってたら栄養が偏るからダメよ」とピシャリと言われてしまい朱はさらにポンッと頬っぺたを膨らませてから、 

「いーーーーーっ」と言った。


 姉のあかねは僕の3つ上で3年前まで僕と同じ旭第一高校に通っていたんだけど、僕が入学すると同時に卒業し、現在僕達の高校の系列の大学に通っている。家事全般をしてくれて更に夜はアルバイトをして生計の足しにしてくれているけれど、実際はアルバイトなんかしなくても僕達は暮らしていける。きっと大学生になって化粧とかお洒落とかの贅沢品を買うためなんだろう。


 姉は自分の名前を気に入っていなくて子供の頃は、

「なんで『西』を二回も書かなきゃいけないのよー」と良く両親に文句を言っていた。はっきり言って贅沢な悩みだ。僕の太郎と比べればさ。


「じゃあタロさん、鍵かけておいて」と言って姉は玄関に向かう。「うん、気を付けて」と僕は見送った。


「朱ー、八宝菜温めてくれよ」

「ちょっと先に着替えさせてよー」

「はいはい」


 僕の両親は僕が小学校3年生の時に交通事故でいっぺんに死んじゃった。高速道路の渋滞の最後尾に停まっていたところに大型トラックが追突してペッシャンコ。その事故は僕の両親を含む計4人が死亡すると言う大惨事だった。まだ小さかった妹の朱を家に残し姉と二人で警察に行ったんだけれど両親の遺体は壮絶な物だった。姉は泣き崩れ僕は茫然としていた。キーンと耳鳴りがして周りの音が聞こえなくなり只々両親の亡骸をいつまでも見つめていたらしい。今でも毎日の様にその時の光景を夢で見る。


 僕達姉弟妹きょうだいは3年前まで同じ市内にある母方の祖父の家に身を寄せて居たんだけれど、姉の大学進学を機に同じ市内のマンションで3人で一緒に暮らすようになった。いつまでも世話になっていられないと言うのもあったし、何よりいくら祖父と言えどやはり何かと気を使ってしまい居心地が良くなかったのだ。


 僕達の生活費は追突事故を起こした大型トラックの会社からの損害賠償や慰謝料、それから僕たちが大学を卒業するまでの生活費と学費が手厚く保障されていて生活に困る事はない。


 そしてその大型トラックの会社こそが九条ロジスティックス。なんの因果かあのお嬢の親父の会社の系列だと言うのだ。だからと言ってお嬢にどうこう言ったりするつもりはないし、むしろここまで生活を保障してくれている事に恩義さえ感じる。


 妹の朱が部屋から戻ってきてお昼の準備をし始める。

「八宝菜ってご飯のおかずにならなくない?」

「ご飯にぶっかけて食うんだよ」

「えぇ……」と眉をひそめて言った。

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