第3話
第3話
段々と彼女達の声が聞こえる位まで接近してきた。やっぱり女子はパンダちゃんで男子二人は見た事が無いしそもそも他校の生徒であるようだ。髪は金髪、制服をだらしなく着崩し素行も悪そうだ。どうみてもパンダちゃんの知り合いには見えないのだけれどなあ。
「いいじゃねえかよ、付き合えよ」と不良の一人が鼻の穴を膨らませ厭らしい顔で言う。
「いや、やめてください」
パンダちゃんはその顔に背を向ける様になんとか逃れようとするのだけれど、
「そんなつれねーこと言わねえでさ、いいじゃん、遊びいこうよ」と片割れに行く手を遮られてしまう。
ああ、アレだ。ナンパだ。まあパンダちゃん可愛いからしょうがないね。この辺りには立ち入らないようにって学校から言われてるのになんで来ちゃったんだろうね。まあ僕も人の事言えないけどさ。
さて……、どうしよ。はっきりいってあんなヤツら二人位なら僕一人でも勝てそうだけど、多少僕も殴られるよね。僕は痛いのは大嫌いです。17歳になった今でも予防接種なんかあれば前日からドキドキしちゃうくらい怖い。
うーん……。でもしょうがないか。って、ちょっと待てよ。僕がパンダちゃんなんかを助けたとして、彼女に変に感謝されて学校でも話しかけられるような事になると問題だな。他の男子からやっかみや嫉妬の目を向けられるだろう。それこそイジメのターゲットにされちゃうかも。そんな事態は断固回避せねばなるまい。どうしよ。ひとまず同じ学校とバレないように制服は脱ぐか。
僕は来た道を忍び足で後戻りし細い路地の陰に隠れた。鞄を置いてジャケットを脱いでネクタイを外す。これなら同じ学校ってバレないだろ。ふとシャツを見て驚愕した。シャツにも校章が刺繍されてるじゃん。
うーん……。寒いだろうなあ。「はぁー」 でもしょうがないか。僕はシャツのボタンに手をかけ一つづつ外していく。4月とは言え今日はちょっと風も冷たいし、寒いだろうなあ。上半身裸になった時、僕の背後に車が止まるのに気づいた。この車はお嬢のリムジンじゃん。なんだよ、なんで止まるんだよ。まあいいやちょっと車窓を鏡代わりにさせてもらおう。僕は鞄からマスクを取り出しそれを装着し、眼鏡を外し脱いだ制服の上に置くと後部座席の車窓に自分の姿を映す。
うん、これならバレないかな。お嬢が驚いた表情で僕を見つめているけど気にしていらんない。さて、行こうかと思った時、ちょっと待てよと踏みとどまる。出来れば殴り合いにならないに越したことは無い。僕は鞄からサインペンを取り出すと胸の地肌にマ〇コマークを書いた。ちょっとヤベー奴感出たかな? もう少しインパクトが欲しいね。僕はマ〇コマークの下に「きて♡」と記入した。かなり良いんじゃない?
僕がリムジンの車窓で自分の姿を確認するとお嬢が腰を抜かしたように僕を見て唖然としていて、それを見て確信した。うん、これならいけると。
僕は夢遊病者のようにフラフラヨタヨタと彼らに近付いて行った。
「なあ、行こうぜ、はやく」
「本当に、やめてください」
「やあやあ、君達元気いいねー」と僕は片手をあげて声をかけた。
「な!」
「きゃああああああああああ!!」
「ひっ!」
あらら、パンダちゃん腰抜かしちゃったよ。
「な、な、なんなんですか?」と不良の一人が唖然として僕に聞く。
「いやあ、君達元気いいからさあ、嬉しくなっちゃって、ひひひ」
「いや、大丈夫です」
何が大丈夫なんだろう。
「元気のいい君たちにいい話あんだよ」
「な、なんですか?」
「わかってんだろ? コレだよコレ」と僕は腕に注射をするポーズで言う。
「良いブツ入ったんだよ。そこにアニキ来てるからさ、ちょっと一緒においで」
「い、いや、僕達そんな……」
「あ? じゃあなんでここにいんだよ?」と声のトーンを落として言う。
「いや、すみません、ちょっと通りがかりで……」
「じゃあその女置いてとっとと行け。この女は俺が楽しませてもらうからよ」
「は、はい、どうぞ。おい、行こうぜ」と片割れに言う。
「失礼しましたー」と不良達は一目散に去って行った。
パンダちゃんを見ると相変わらず地べたにへたり込んで僕をワナワナと見ている。助けられて良かった。
僕は来た道を戻ると路地裏の陰に隠れシャツに手を伸ばす。おお、寒い。
シャツに腕を通しボタンを留めているとお嬢のリムジンの後部座席のウインドウが開いた。
「あなた、何をしているのかしら?」とお嬢が話しかけて来た。
ちょっと寒いから先に服を着させて。
「聞こえてる?」
「ああ」
「何をしてたのかしら?」
「……」
助けたなんて言えない。変に噂広まっちゃうと嫌だし。まあ、お嬢に限って誰かに話すとは思えないけど。
「あの子ウチの学校の子よね? 知り合い?」
「さあ」
「助けたのね?」
「……」
「彼女が困っているようだったから運転手に助けさせようかと思ったんだけど、あなたが助けたみたいだから」
「……」
「あの子の事が好きなの?」
「んな訳ないでしょ。ほっといてよ」
「じゃあどうして助けたのかしら?」
「普通助けるでしょ、何言ってんの」 ちょっとイラっとした。
「!……そ、そう、解ったわ。でもあなたのその恰好は何なのかしら? どうして服を脱ぐ必要があるの?」
僕はネクタイを締めてお嬢を見る。
「なに? 僕がどんな恰好してようが関係ないでしょ」
「あなたも同じ学校ね」
「しらねーよ。誰ですかアンタ」
本当は知ってるんだけど少しイラついていた僕は声を荒げてしまった。
「私はあなたと同じ学校の
「九条だって?」
九条と言う苗字を聞いて引っ掛かる物を覚えた。
「九条ロジスティックスって言うのはアンタの親父の会社か?」
「あら、良く知っているのね。正確に言えばウチの子会社だけれど、それがなにか?」
「何でもねえよ」
「それより質問に答えて。何故服を脱いだの?」
「うるせーな。同じ学校だってバレるのが嫌なんだよ。アンタも今日の事言うなよな」
「何故同じ学校とバレるのが困るのかしら?」
「理由なんてなんだっていいでしょ、アンタに関係ないでしょ」と僕はジャケットに腕を通しながら言う。
「変装したという事かしら?」
「質問ばっかりだな。そうだよ。もう行くよ」
「待って。最後にもう一ついいかしら?」
「なに?」
「身元も明かさず、変装してまで彼女を助けた。なのにあなたには何もメリットが無いようだけれど?」
「はあ?」
「あの子を助けても何もメリットが無いって言ってるの。感謝もされなければ名前を覚えても貰えないわ」
「くだらね。身分を明かす方がデメリットなの」
「え……?」
「じゃあね」
「ちょっと待って、あなた名前は!」
僕は答えず立ち去る。パンダちゃんはまだ先程の場所で辺りをキョロキョロ覗っているようだったので踵を返し反対方向に歩き出した。
九条ロジスティックスはアイツの親父の会社だったのか。
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