第2話

 第2話


 昇降口までなんとか歩き靴に履き替える。4月だと言うのに今日は風が冷たく幾分寒い。ブルブルっと身震いする。殆どの生徒はすでに帰宅したようで途中誰ともすれ違ずにここまで来た。


 校門までやってくると黒塗りのリムジンが横付けされているのが視界に入る。このリムジンは我が校の『お嬢』の送迎の車で、毎朝、毎夕ここにこうして止まる。これは僕がこの学校に入学してからの日常の光景になっていて初めこそ野次馬が湧いたけれど、2年も続くと彼らの熱も冷め、最近ではすっかり当たり前になって誰も気にすることは無い。勿論そうなったのはこの日常に慣れてしまったと言うだけでなく、その『お嬢』というのがこれまたクセのあるお方らしく近寄り難いと言うのもあるのかも知れない。


 『お嬢』について少し説明すると、勿論『お嬢』と言うのはあだ名で、なんでもどこやらの大企業の社長の娘さんと言う事だけれど名前は知らないし、その企業も知らない。知らないのは僕だけかも知れないけれどね。


 何度も彼女を見かけたことがあるけれど確かに美しい人だ。白く透明な肌には曇りが無く繊細で、長い黒髪を大和撫子風にしている。すらっとした切れ長の目は人を射抜くような威圧感があり、それでいてどこか愛嬌のある表情は我が校のお嬢に相応しい容姿をしている。何着制服を持っているんだっていう位彼女の制服はいつも新品に見えるし、実際毎日新品なのかも知れない。


 彼女の周りには気品というオーラが漂っていてそれがバリヤの様に他者の接近を阻んでいる。笑顔と言う物を見せず常に他の生徒を見下している様な眼差しは、僕達に劣等感という感情を抱かせるには十分だ。僕と同級生らしいのだけれど僕は一度も同じクラスになった事は無い。


 ただ性格には難ありで、お高く留まった大富豪の娘の彼女にとって他の生徒たちはあくまで『下民』であり気安く話しかける事も出来ないらしい。徹底的に他者を遠ざけ一匹狼を貫く彼女は言ってみれば僕と同じ種類のボッチなのかも知れない。


 その美しさに何人かの勇者達が交際を申し込んだらしいのだけれど、全員見事玉砕している。これは彼らが皆ブサメンだったという訳ではなくて、学校内でも人気のイケメン達が我こそはと告白したらしんだけど駄目だった。そりゃいくら超絶イケメンでも一般庶民の息子では彼女と釣り合わない事は僕にだって解る。仮に家柄が彼女と匹敵するくらいの人物だとしても彼女のハートを射止められるかどうか。


 とくかに彼女は同級生ではあるけれど僕とは住む世界も違うし一生関わる事も無い人なのだ。


 リムジンの横を通り過ぎる時車内をちらっと覗うと後部座席に『お嬢』が乗っていてスマホを弄っているのが見えた。ふと彼女がコチラをギロっと睨んできたので慌てて目を逸らす。おお、怖い。


 お嬢のリムジンを後にして最寄り駅までの道を歩く。駅までは歩いて15分位で途中商店街を抜けるのだけれど、人が多く人込みの嫌いな僕はもっぱら裏道を通って行く。裏道は夜の盛り場になっていて、僕達が登下校する時間帯は比較的人が少なく歩きやすい。酒店の配送のトラックなどが止まり、お店にお酒を運ぶ業者の人達は居るけれど、まだ開店している店は無く、そこへやって来る客もまだいない。学校はあまりこの付近に立ち入らないようにと生徒達に通達しているのだけれど、禁止されている訳では無いので僕は毎日ここを通って行く。


 暫く歩いていると前方に制服姿の高校生が居る事に気付いた。女子一人と男子二人の三人なんだけど、女子は僕の高校の制服を着ている。あれは、パンダちゃんだ。


 パンダちゃんと言うのは勿論これもあだ名で僕は彼女の本名も実は知らない。何故パンダちゃんなのかと言うと、鞄にパンダのキーホルダーをいつも付けているからと言う単純な理由。


 彼女も可愛い子で、僕の高校では毎年『ミス旭第一』と銘打った美少女投票が学祭で行われ、掲示板に上位10名までが掲載される。パンダちゃんは2年連続2位という素晴らしい美貌の持ち主なのだ。あ、因みに彼女も同級生だけれど、同じクラスにはなった事は無いし、今年も別のクラスだからもうクラスメイトになる事は無いんだろう。


 そんな可愛いパンダちゃんなのだけれどいつも2位に甘んじているのは1位に強烈なお方が居るためである。そう『お嬢』だ。それでも大差で2位になっている訳ではないので今年の投票ではどうなるか分からない。実を言うと一応『ミスター旭第一』と言うイケメン投票も同時に行われる。これも上位10名までが掲示板に掲載されるのだけれど幸い僕は選ばれた事は無い。そんな物に乗っちゃったら僕のこの快適なボッチライフが崩壊してしまうので選ばれないに越したことは無いのだ。


 自分で言うのも何だけれど僕はそんなに見た目は悪くないと自分では思っている。背も180近くありスラっとしていて細マッチョだ。これには両親に感謝せざるを得ないだろう。もう死んじゃったけど。


 そんな事より彼女は何をしているのだろう。僕は何食わぬ顔で近づいて行った。

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