第5話
第5話
翌朝は駅まで朱と一緒に行き、朱が友達と合流するとその友達に紹介してくれた。
「中学からの同級生の美代ちゃん。今はクラスは別だけどね」と朱。
「よろしく。妹と仲良くしてくれてありがとうね」と僕は美代さんにお礼を言う。
「よ、よろしくお願いします」と頬をほんのり赤く染めた美代さんがお辞儀をした。
「じゃあね」と僕は手を振って朱達とそこで別れた。
朝の電車はかなりの混雑でウンザリする。電車は次から次へやって来るのだけれど、人も次から次へやってくるのでイタチごっこだ。
学校の最寄り駅に到着し改札を抜けると学校までのメインコースを生徒達がぞろぞろと歩いていく。僕はいつもの裏コースへ足を運んだ。このコースを通るのは勿論僕だけじゃないのだけれど、朝にこのコースを進むのはいささか不快になる。と言うのもとにかく汚いのだ。夜の盛り場を突っ切る様に進むそのコースはゴミや汚物、缶ビールの空き缶などが散乱していて饐えた匂いが漂っている。カラスが飛来しゴミを漁り、洗練された表通りとは裏腹にこちらは混濁としている。
教室に入り「はぁー」とため息を吐いて頬杖を付き窓の外を眺めると視界に暗黒物質が入る。焦点は合わせていないのだけれどその暗黒物質の目が時折僕に向くのを感じた。昨日の様に目玉だけ動かして花子さんを見ると彼女は慌てて視線を本に落とす。おや? 髪が綺麗になってる。いや、長さやスタイルなどは昨日と同じなのだけれど、明らかに手入れがされ艶やかだ。昨日のボサボサは何だったんだろう。
「花子さん、髪が綺麗になりましたね」
「え?……そ、そう? ってどこ見てんすか私本読んでますから邪魔しねーで下さいあと花子じゃねーですし花です花!」
「はあ……どうもすみません、花さん」
「あとこっち向くのやめてください気が散って本に集中できねーですし」
「僕は空気なので気にしないでください」
「気にすんなって言っても気になるんです」
「でも窓がそっち側にある以上しょうがないですよ」
「……」彼女は何も言わずジト目で僕を睨む。
「風邪ひいてんすか?」と流れを読まずに聞く。
「え?」
「いや、そのデカいマスク」と指を差して言う。
「こ、こ、こ、これはアレですアレですアレですええと花粉症です」
「ふーん、それならいいんですけど、体調が悪いのかなって心配になったから」
「!……」
担任の先生がやってきて朝のHRが始まった所で僕達の会話は終了した。
お昼の時間になり、僕は鞄から朝コンビニで買ったパンとおにぎりを取り出し頬杖をつきながら窓の外を眺めそれらにかぶりつく。花子さんは小さいお弁当を取り出し、食べる度にマスクを少し浮かしてオカズを口の中に入れている。面倒くさい事するんだなあ。食べる時くらいマスク外せばいいのに。よっぽど顔を見られたくないのかね。僕は早々に食べ終わり机に突っ伏した。昼寝だ昼寝。基本的に昼食はどこで食べてもいいんだけれど、僕はすぐお昼寝がしたいから教室で食べる。もう少し暖かくなったら中庭にでも行って昼寝した方が気持ち良いかも知れないね。
ウトウト微睡んでいると肩の辺りをつんつんと突かれた。無視無視。そもそも僕に用のある人なんていないだろうからきっと
「あ、中西君、ごめんね起こしちゃって。久しぶり、判る? 私の事」
この子は確か同じ中学の子だった気がするけれど名前は知らない。中学の頃は可愛いからって結構人気があった気がする。高校生になって更に大人びて美人さんになったね。育成成功だ。だけど僕は寝起きで思考が散漫になり再び机に突っ伏した。
「えー? 寝るの? ちょっと、起きてよ。話があるんだけど?」
「僕はないよ」と突っ伏したまま答える。
「いや、おかしいよね、私があるの」
僕は再びむくっと起き上がり、「なに?」とぶっきらぼうに言う。
「いや、ここじゃちょっとアレだから、ついて来てくれない?」
「えー」と言って僕は再び机に突っ伏した。
「え? え? また寝るの? ちょっとお願い。すぐ終わるから」と彼女はしつこい。
「ふーん」と鼻から大き目のため息をして身を起こすと僕はのそのそと立ち上がる。
「ゴメンね、ちょっと聞きたいことがあるだけだから」と彼女は先行して教室を出て行くので仕方なく彼女を追った。
廊下の人気の無い所で彼女は立ち止まりこちらに振り向くと、
「中西君さ、昨日誰かを助けたりしてない?」と小声で訊いてきた。僕はギクリとして目だけ動かして彼女を見る。それってパンダちゃんの事かな? あれだけ変装したんだけどもうバレた?
「
変な変態ってなんだ。せめて粋な変態と呼んでくれ。しかしこれはマズいぞ。あれだけ変装したのに僕って判っちゃうものなのか? まさかお嬢が何か言ったんじゃ? ひとまずここは誤魔化すしかない。
「僕じゃないよ。僕は三度の飯より人助けが嫌いだから」
「なんか使い方間違えてない? それだとご飯が嫌いみたいだけど?」
「ご飯は好きだよ。特に八宝菜」
「いや、今そんな話じゃないよね」
「とにかく」と僕は胸に手を当て、彼女をじっと見つめながら、
「君に誓うよ……僕は誰も助けてなんかいない……」
「っ!……そ、そう……」と彼女は体を反らせて言う。
「話は済んだかい? 僕はもう行くよ」と言って立ち去ろうとするけれど、
「あ! 中西君。あのさ……中西君ってカッコよくなったよね……」とダルマの様に赤くなって言う。
僕は彼女の手を両手でそっと握り、
「そんなんじゃない。君の目が悪くなったんだ」
「いや、視力変わってないよ?」
「僕には判る」と言って彼女を見つめた。
「それに結果が物語っているだろう? 僕は『ミスター旭第一』にかすりもしていないよ」
「それはみんなが中西君の名前を知らないから投票用紙に記入出来ないだけなんだよ」
「チッチッチッ」と言って僕は人差し指を振り子の様に左右に振り、
「それは君の思い込みなんだよ」と説得するように言った。
「そんな事無いと思うんだけどなあ。あ、それより、私の事本当に覚えてる?」
僕は手を顎に当て、
「ええと、同じ中学の……」
「うんうん」
「……」
「……」
「多分明日になれば思い出す」
「それ絶対家でアルバム見るヤツじゃん」
「……」
「まあいいよ、私は
「そうそう、そうだよね」
「いまさら遅いし、どっちの意味?」
「あ、いやあ……」
「わたしA組だから、気軽に話しかけてよ。じゃあね」と言って彼女は隣のクラスへ去って行った。
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