第53話 会場を抜け出して
「あーもう!胸くそ悪い、けったくそ悪い、むかっ
やけ食いのように鳥のモモ肉にかぶりつくアルシーア。肉汁が頬にまで付きテカテカとアブラっぽくなるが、気にしていない。
「まあまあ、シアシア落ち着きなってー。あの人いなかったら、今回の公演も実現出来なかったんだからさ!」
ルーフェリカはタマゴサンドを右手に。左手にはフルーツジュースを持ってアルシーアをなだめる。
「……んなこたあ、判ってるんだよっ」
ルーフェリカの慰めの言葉に、アルシーアはぷいっと視線を反らす。誰が見ても照れ隠しなのはバレバレである。
それにしても。
アルシーアの口の悪さは一体どこから?と思うシルスであった。
それよりもなによりも。
目の前の料理にようやくありつけたシルスの手は止まる事を知らない。
塩焼き、照り焼き、生姜焼き。
煮物、揚げ物、新鮮な魚介類、野菜からフルーツまで目移りするばかりである。
「これ、ピリ辛でおいひーれす!」
「食べながら喋るとこぼれちゃうよぅ、シルスちゃん♡」
ようやく食事にありつけたシルスはニコニコとご満悦。
ルーフェルメはぴったりとシルスに寄り添い、挽き肉の腸詰めを美味しそうに食べるシルスをとろんとした目で見つめていた。
「うーふぇうめしゃんは食べないんれすかっ?」
もぐもぐと口を動かしながら問うシルス。
「ルメちゃんはねぇ、シルスちゃんをずっと見ていたいの♡」
――うーふぇうめって!しゃん、って!かわいいっ!かわいすぎるよシルスちゃんんっ!
「どれもおいひーれすよっ?」
「じゃあ、あーんしてくれたら食べようかなぁ」
「えっ?」
「はい、あーん♡」
と口を開けてシルスが何かを入れてくれるのを待つルーフェルメ。
「じゃあ、ピーマンの肉詰めで!」
「えっ!?むぐっ!」
シルスは迷う事無く、一口サイズのピーマンの肉詰めをルーフェルメの口の中に押し込んだ。
瞬時にルーフェルメの顔色が青紫色に変わる。
「どうですかっ?美味しいですよねっ?」
んぐんぐ、もにょもにょ、ぐびぐびっごくん。
ルーフェルメはぷるぷると肩を震わせながら、口の中でひき肉とピーマンを分離し、まずひき肉を、次にピーマンをコップの水で噛まずに流し込んだ。
「……ルメちゃ、ん、ピーマンはっ、ニガテ、なの……」
ぜえぜえと息も絶え絶えである。
食べた、というより、飲み込んだ、が正解。
「えー!?おいしーのにー?スキキライはダメですよっ!ルーフェルメさん!」
何気ない普段は天使の様でも、食に関しては悪魔なのかも、と思うルーフェルメであった。
「あんまりがっついても、いきなりは食べらんないでしょ、シアシア?」
「うー……それはあるな」
公演中は身体のコンディション維持の為に食事制限をする。脂ものはご法度、野菜と少々のタンパク質で済ませてきただけに、突然のドカ食いは胃袋が受け付けない。
ルーフェリカは野菜を中心に、肉は控えてフルーツを挟みつつゆっくりと食べている。
「ちまちま食うのは時間がもったいないなっ」
アルシーアは山盛りのカットフルーツにかぶりつく。滴り落ちる果汁を気にもせずに、手掴みで口の中に放り込む勢いだ。
「シアシア!食べ方っ!」
見かねたルーフェリカが注意するがアルシーアはお構い無しである。
がつがつと一通りのフルーツを食べ尽くすと。
「なー、もう抜け出そうぜ!後はオトナどもに任せてさ!」
突然、エスケープを提案する。
自由奔放、という言葉がぴったりな
「それ、いーねえ!まあ、結局怒られるのはシアシアだし、アタシは構わないよん!」
「怒られるのがシアシアだけなら問題ないよねぇ。行こうか、シルスちゃん!」
「聞き捨てならん双子だな、まったく!まあいーや!さっさとずらかろうぜヤロウども!」
「ヤロウはシアシアだけでしょ!」
「ヤロウじゃねーし!いつまで食ってんだシルス!行くぞっ!」
「ほえっ?」
「こーゆーのワクワクするよねえ、シルスちゃん!」
「わたひも巻き込まれるんれふね……」
もぐもぐと口を動かしながらシルスは若干諦め顔だが、他に頼れる相手がいない。
しばらくはこの娘達と行動を共にした方がよさそうだと判断し、沢山の料理を名残惜しそうに見つめつつ、ひきずられるように会場を後にした。
◇
空を見上げれば陽は落ちて夕闇が迫っていた。
エンデルード劇場に戻り私物を片付ける。
といっても元から置いてあった物は少なく、三人とも肩掛けカバン一つで事足りている。
劇場の化粧室で公演名の入った半袖シャツから私服へとぱぱぱっ!と着替え、四人揃ってそそくさと外へと繰り出した。
どたばたして周りを見る余裕はなかったが、改めて街並みをよく観察してみると、どこかしら見覚えがある、とシルスは思う。
見た事がある、という訳ではないが記憶に残る風景とよく似ている。
――この白い街並み……このカンジって……アールズの17番区に似てる……けど、そんなに近代的でもないなあ……ん?
ふと遠くに目をやると見えたのは『陸の灯台』だ。
レンガ造りの明るい色は、薄暗いこの時間帯でもハッキリとその形状が判る。
――ここ、やっぱりアールズの街だ……アールズから動けなかった、ってコトだよね……んんん?なんでかなー……
「幽霊塔って何処からでも見えるから薄気味悪いよねー」
「ゆっ、ユーレイ塔っ!?あれですかっ!?」
考え事をしながら歩くシルスに気さくに話しかけたのはルーフェリカだ。
「この時間でもけっこうハッキリ見えるでしょ?アールズの街の何処からでも見えるし、なーんかぼんやり光ってるから、アタシ達の間で幽霊塔って呼ばれてるんだよ。シルスちゃん、この街初めて?」
「えっと、二度目ましてです。夏休み利用して旅してるんですけど……」
「それでシルスちゃんは旅服なのかー。私服って持ってないの?」
「えっ、あ、ハイ。これ一着で旅してたんですよー。そろそろやつれてきちゃったかな……」
ルーフェリカとルーフェルメは、強風が吹いたらすぽっと脱げてしまいそうなふわっとした色違いのワンピース。
ルーフェリカがスカイブルー。
ルーフェルメはすこし大人びたピンクベージュ。
インナーはタンクトップにショートパンツだが、はた目には『危うく』見えてしまうほどにふわふわと風に揺らぐワンピースである。
アルシーアは襟付きの白いノースリーブにショートパンツのいかにも、夏です!といった感じのシンプルで涼しげな格好だ。
三人お揃いのサンダルは仲の良さをそのまま表しているようだ。
――双子ちゃんてカワイイなあ……シアさんオトナっぽい……んんー?……シアさんのこの服……どこかで見たような……
「……またここで踊れたらいいよね」
ふと、ルーフェリカが劇場を振り返る。
「そうだねぇ。なんだかんだ楽しかったよねぇ」
「解散の一回や二回なんでもねえや!また来てやるさ!あのキツネヤロウのハナ明かしになっ!」
「あの……解散、って」
おずおずとシルスが問う。
「アタシ達三人でユニット組んで公演を盛り上げよう!ってコトになってたのね」
「
「しげん……?」
「スゲー炎って意味の造語だよ。ボヤ程度にしかならなかったけどなっ」
「あっははー!ボヤかあ!ウマいねシアシア!」
「しょーもないとこに食いつくなよっ」
劇団『
集客する一つの手立てとして若い三人でユニットを組んだのだという。
当初、客受けは良かったが公演が進むにつれて『物足りなさ』が感じられるようになってきた。
試行錯誤を繰り返し、公演中もフォーメーションを変えてみたり、視覚効果を追加したりしてはみたのだが。
その『物足りなさ』が何なのかハッキリしないまま公演の最終日を迎えたのだった。
劇場としても集客力のないユニットに資金提供する余裕はない。
それが『満員に出来なければ解散』の理由だったのだと。
しかし、最終日にサプライズが起きた。
突然、シルスが現れた事だ。
「ユニット解散にはなったけど、ま、最後にビックリ出来たからよかったんじゃねーかっ?」
「そうだねー。ビックリしたよねー。シルスちゃん、いきなり沸いて出たもんねー」
「沸いて、って。ひとを虫みたいに言わないで下さいよ~」
――ん?なんだろう、このデジャヴ感……
「ばたばたしてて聞けなかったんだけど……シルスちゃん、いきなり舞台に沸いて出たよね?どういう仕掛けだったの?あの劇場には奈落なんて無いし……?」
ルーフェリカの言う『奈落』とは、舞台にぽっかりと空いた仕掛け穴の事を言う。
奈落から舞台に飛び出す仕掛けは、大きな劇場ならあって当然の設備であるが、エンデルード劇場にはそれがない。
「今さらだけど。シルスちゃん、劇団員じゃない、よね……?」
ルーフェリカが不思議そうにじーっとシルスを見つめていると。
「なんだっていーじゃん。最後にウケたんだし。あの魔方陣、デタラメじゃなかったのかもなっ」
「魔方陣……?」
アルシーアがぽろっと溢した言葉にシルスが反応する。
「あの、っ……魔方陣って…」
歩きながら会話を交わしていると、ルーフェルメがするするっとシルスの左腕を絡めとりに来た。
「ルメちゃんもまぜてぇ。仲間外れは寂しいなぁ」
「あの……ルーフェルメさん、歩きづらいです」
「ん?ルメちゃんは大丈夫だよ?」
「あの、わたしのコトは……?」
「カワイイって思ってるよぉ?」
そうじゃなくてですね。迷惑です。
――言えない……っ!悪気無い人にやんわり傷つけないように注意するって、どうすればいいんですかファルナルークさんっ!
ルーフェルメは自分の事を『ルメちゃん』と呼ぶ。幼いというか甘え上手というか、無下に拒絶出来ない可愛らしさを持っている娘である。
ポニーテールのルーフェリカ同様、ツインテールにワンピースはとても見映えが良い。
凄くよく似合うしカワイイ。
が、シルスにはもう一つ言えない事が。
――おっ、オパイを押し付けないでくださいぃっ!
身長はルーフェルメの方がシルスよりやや高い。ぴったりとくっつくと、ルーフェリカよりも大きな胸がシルスの肩にぼよよんと当たる。
「コラ、ルメ!イヤがってんだろ、離れてやれよっ」
ぺち!
「あいたっ!」
ルーフェルメの後頭部を軽くはたくアルシーア。
力まかせに叩いている訳ではなく、その時々によって加減をしているようだが、容赦も躊躇もない。
「こーゆータイプはなー、ハッキリ言わないとわかんないんだよ。言ってやれよ『迷惑だからヤメロ』って」
「そうなのシルスちゃん!?ちゃんと言って?ルメちゃん迷惑だった!?」
アルシーアの言葉に、ルーフェルメはその場に大袈裟にがくっと膝をついた。
「えっ、いや、あの……迷惑では……ナイデス」
「ほんと!?ほんとね!?よかった~迷惑なんて言われたら、地面にめり込むくらい落ち込むトコロだったよぅ」
目をうるうるさせ膝をついてすがりつくルーフェルメに、なんと言って良いかわからない。
「えっ、とっ、これからどこ行くんですかっ?」
話を逸らすようにシルスが質問する、と。
「あのねぇ、ルメちゃん達三人で約束事してたのね」
すいっとルーフェルメが立ち上がる。立ち直りが随分早い。
と、言うよりも。
――演技だったのかなっ?そう言えばみんな舞台やってるんだった……!
「一緒に来ればわかるよう。さ、いこ♡」
にこやかにそう言うと、再びシルスの腕を絡めとるルーフェルメ。
またしても大きな胸が密着し、薄いワンピース越しの胸の弾力がシルスの肩にダイレクトに伝わる。
「ルメ、随分シルスちゃんのコトお気にだねー」
「リカにはシアシアがいるでしょー?だからぁ、シルスちゃんは、ルメちゃんのなの!」
「なんであたしらがくっついてるコトになってんだよっ」
「アタシは構わないよん!」
「バカ言ってんじゃねーやっ!はやく行かねーと店しまっちゃうぞっ!」
「あん、照れなくてもいいのに!」
「楽しいねぇ♪ デート気分だねぇ♪」
「はははー、ソウデスネー……」
結局ルーフェルメのペースから逃れられず、「離れて下さい」とは言えないシルスなのであった。
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