第52話 打ち上げ会で判ったコトは
◇ シャワールームにて
どこにでもあるようなシャワールーム。
隣が見えない間仕切りに、肩から上と膝から下は丸見えの小さな扉。6つ並んだシャワーに一人ずつ入っても2つは余る筈なのだが……
冷たいシャワーを浴びながら、何故こんな事になったのか思案するシルス。
――どこか、別の場所に出ちゃったんだよね……あの声、きっと切り株親分さんだ……何かあったとしか思えない……どこだろう、ここ……子分テーブルは見当たらないし……うーんむむむ……
「おじゃましまぁすぅ♡」
甘い声と共に、シルスが使うシャワーにするっとルーフェルメが入ってきた。
逃げ場はどこにもない。
「え!?なんで一緒に入るんですかっ!?狭いですよっ!?他にもシャワーありますよっ!?」
「あ、アレねぇ、壊れてるのー」
「え!?あと3つもあるのにっ!?」
「そう。壊れてるのぉ、3つともぉ」
優しい口調だが、目がどことなく艶っぽい。
そして、コワイ。
「じゃあ!わたしっルーフェルメさんが終わるの待ってますよっ!お先にどうぞですっ!」
「ホラ、シルスちゃん、もう舞台仲間でしょお?ハダカの付き合いはちっとも変なコトじゃないのよぉ♡」
する、っと右手でシルスの左耳の耳たぶに触れるルーフェルメ。
触れるか触れないかの絶妙なタッチで、人差し指をハーフエルフ特有の半分尖った耳の形に沿って滑らせる。
巧みである。
「ひわわわあっ、みっ、耳はぁらめれすよぉぉっ!あひゃあうわぁぁ」
「シルスちゃん……かわいい……っ」
とろん、とした目でシルスを見つめるルーフェルメ。そこに。
ごち!
「あいたっ!」
ルーフェルメは、シャワーを終えて出てきたアルシーアにグーで殴られた。
「まったく、ロリスケベっ!いーかげんにしろっ!遊んでないでさっさと行くぞっ!オマエも気ぃつけろよっ!コイツ、マジでロリユリだからなっ」
「ろっ、ろりゆり……?」
「ロリユリってゆーのはねっ」
シルスが初めて聞く言葉に、隣のルーフェリカがひょこっと顔を出して解説をしてくれた。
「ロリコンで女の子が好き、ってコトだよ」
「へー……って、えええっ!?わたしっ狙われてるんですかっ!?そりゃ、ちっこいですけどっ。そんなにロリですかっ!?」
「シルスちゃんは、ルメちゃんのどすとらいくなの……」
ぽそりとこぼすルーフェルメ。
「みたいだねー、あっははー!」
何処かで聞いた笑い方。だが今はそれどころではない。
シルスは頭を押さえてうずくまるルーフェルメの横をするりと抜けて逃げた。
「あん、もう!」
濡れた身体を拭くのもそこそこに、元の旅服に素早く着替えるシルス。
「しょっ、初対面でいきなり全裸のスキンシップはヤバすぎですよっ、ルーフェルメさん!」
「じゃあ。今度は、ね?もう初対面じゃないから、ね?」
「ね?じゃないですよおお!」
「うるせーなあ、もう!さっさとシャワー済ませろよ、ルメ!おいシルス!これに着替えな!」
ふわっと投げ渡されたのは、背中に公演名と劇団名がプリントされた半袖シャツ。
アンコールの際に団員の何名かが着ていたことを思い出す。
「え、これ、わたしが着ても……」
「いーんだよ、もう関係者なんだから。アンコールの時着てなかっただろ?ほら、アタマ拭いてやるよっ」
シルスは大きなタオルでわしゃわしゃと手荒く髪を拭かれ、渡された半袖シャツに着替えると引きずられるようにしてシャワールームを後にした。
◇ 打ち上げ会場にて ◇
五分と離れていない場所に移動する四人。
貸し切りの店に多くの公演関係者が集まり、公演の内容について談笑したり酷評したりと色んな会話が飛び交い、ざわざわと騒がしい。
劇団員やスタッフ、アルシーア達も背中に公演名と劇団名がプリントされたお揃いの半袖シャツを着ている。
シルスもこのシャツをアルシーアに渡されたが、フリーサイズしか無い為かなりぶかぶかとダブついていた。
そのシャツを着て打ち上げ会場に入ったシルスが目にした光景は。
「こっ!ここは天国ですかっ!?」
打ち上げ会場となったお食事処『もう食べられないよ!』でシルスは思わず声をあげた。
大きな丸テーブルが7つ配置され、バイキングスタイルで食べ放題、飲み放題の大盤振る舞いである。
「あれ何ですかっ!」
「ブタの丸焼きかなー。ちょっとグロくない?」
「美味しそうですよー!じゃあ、あれはっ!?」
「オムレツだよ。フツーに」
シルスが興奮気味に指を差してルーフェリカに問う。
「じゃあじゃあ!あれはっ!?」
「挽き肉の腸詰めだね。シルスちゃん、ちょっと落ち着こうか。よっぽどお腹空いてるんだねー」
「クマのタマキン焼き食べてから、何も食べてないんですよー!お腹ぺこぺこです!」
「くまのタ……それ、美味しいの?」
「美味しかったですよ!また食べたいです!」
言うと同時に、ぐううううううぎゅるううううう、とシルスの腹がなる。
「なんて正直なお腹なの……」
ちょっと呆れ顔のルーフェリカに向かって、えへへと照れ笑いしつつも、シルスの目は沢山の料理に釘付けである。
「じゅるり!早く食べたいです!」
「お集まりのミナサマ!お待ったせいたしましたぁ!」
シルスの欲求を見越したかのように、黒スーツの痩せぎす男が挨拶を始めた。
「皆っ様、お疲れ様でした!劇場支配人のルード、と申します!本公演『炎の姫と氷の姫』の最終日を無事に終えられました事に感謝いたしまぁっす!これもひとえに!ここにお集まりのミナサマの御尽力の賜物!の一言につきますうう!」
やや芝居じみた挨拶。アルシーアは何故か白い目でその男を見ていた。
「小さな劇場ではありますがこれからも何卒!我がエンデルード劇場をご贔屓にお願い申し上げますうう!では、続きまして座長殿!乾杯の音頭を!」
アルシーア達が出演した舞台の関係者が多く集まる中、劇場支配人のルードが公演無事終了の挨拶をし、劇団座長のスポンサーや各関係者への配慮を添えた感謝の言葉で五分以上が経過する。
--な、長い……まだ食べちゃダメ、だよね……
再びシルスのお腹がぐう、と、なる。
と、ここでようやく、劇団座長が乾杯の音頭をとった。
「長い前置きはこの辺にしましょう!それでは!公演無事終了を祝しまして!乾杯!」
「「乾杯!」」
盛大な拍手の後、ざわざわと会食が始まった。
アルシーア達の元にも続々と人が集まり挨拶を交わしていく。
ほんの少し、しかも偶然の成り行きで出演したに過ぎないシルスの元にも、徐々に人だかりが出来ていく。
飲み物しか手に出来ないシルスは早く食事にありつきたいのだが逃げられそうにない。
困り顔のシルスの元にルーフェルメがぴったりと寄り添い、マネージャーと化してフォローにまわっていた。
「キミ、どこの所属なの?」
「ウチの演舞団『
「スゴいサプライズだったよー!」
「お気に召して頂いて光栄ですぅ」と、ルーフェルメ。
「あなた、ハーフエルフですよね!何処の出身ですか!?」
「秘密ですぅ」と、ルーフェルメ。
アハハと笑い声が絶えない。
ルーフェルメの人柄とお喋り上手な話術でシルスは随分と助けられている。
ただ。
大きな借りを作っているような気がして、この後おかしな要求をされるのでは、と不安に思うシルスであった。
小一時間ほどで輪は解けて、アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ、シルスの四人がようやく同じテーブルにつく事が出来た。
シルスぐったり。
だが、シルスにとってはこれからがお楽しみの時間である。
――じゅるり!ナニから食べよっかなっ!全部美味しそう!
そこへやってきたのは。
「皆様お疲れ様でしたあ!いやあ、大盛況でしたねえ!」
ニヤケ顔の痩せぎす男、劇場支配人のルードが無理矢理アルシーア達と握手を交わしていく。
ルーフェリカとルーフェルメはにこやかに、おそらく作り笑顔で応じたが、アルシーアはあからさまにイヤそうな顔だ。
「そちらのお嬢さん!いや、素晴らしいサプライズでしたよお!
お名前は?年齢は?
どちらに所属しておられるんですかっ?
もし無所属なら是非是非!ウチの劇場専属になっていただけませんか!?もう、大人気間違いナシをお約束いたしますよ!?
いえ、判っております判っておりますとも!ギャランティの事なら心配ご無用!
人気に応じたペイですのでね!人気が上がれば儲けも上がる!
私共劇場側も大喜び!
いかがです?いかがですう?」
「……あたしら誘った時とおんなじコト言ってるじゃねーかよ」
スラスラと滑らかに回る舌でシルスを勧誘する支配人を見るアルシーアの目が冷たい。
「彗星の年に彗星の如く現れたハーフエルフの女の子!しかも美少女!これはいい儲け口になりますよお!」
――!……彗星!?
『彗星』という言葉に、シルスの耳がぴくんと反応する。
「簡単にボロ出しやがって……あたしらはカネの為に踊ってるんじゃねえ!」
アルシーアが吐き捨てるように熱く言い、支配人をきっ、と睨む。
「夢、ですか?夢だけで食べていけるほど甘い世界ではないと、今回の公演でおわかり頂けたでしょう?
経営という面において、お客様の数とそれに伴う金銭の流れは切っても切り離せないものですよ。それはおわかりでしょう?
売れないダンスグループ抱えてやっていけるほどウチは儲けてないですからねえ。満員に出来なければ解散。それは今回の公演での約束事。覚えてらっしゃいますよね?」
満員に出来なければ解散。
シルスには十分、大人数での盛大な拍手喝采に聞こえたが、今思えばわずかに空席があった。
「儲けなんか知るかっ」
「それではただの駄々っ子ですよ?」
そっぽを向くアルシーアを支配人は呆れ顔で見る。
アルシーアと支配人が対峙する後ろで、シルスは支配人の言葉を思案していた。
――彗星の年、って言ったよね……彗星の……そうだ……!『時渡』の術は彗星の出る年に飛ぶんだった!
というコトは……未来……じゃないよね、この感じ……過去に飛んじゃった、のかな……?
単純に、元の時代の違う場所に出ちゃった……?
はっきりわかんないな……えええー……これから……
「どうしよう……」
「ハァーフエルフのお嬢さんっ!
迷うコトはありませんよぉ!是非是非!ウチの専属タレントにぃ!
優遇いたしますよお!キャッチフレーズをつけましょう!『彗星に乗って来た美少女ハーフエルフ』!いかがです?いかがですぅ?」
シルスがこぼした独り言を『勧誘に応じるか迷っている』と勘違いして再び説得を始める支配人。
「えっ!?イヤあの、ちがっ……」
「迷う事はありませんよぉ!迷うというコトは8割方やる気があるってコトですから!コレ私の体験とデータから導き出した答えですから、ほぼほぼ!間違いありませんよお!」
「あのー、支配人さぁん。申し上げにくいんですけどぉ……このコはウチのメンバーですのでぇ。勝手な脱退は小指もげもげの刑って決まりがあるんですよー」
「もげ……っ!?」
ルーフェルメが助け船を出すが、過激な内容に思わず小指を隠すシルス。ファルナルークが巻いてくれた包帯はほどけずに残っている。
「小指の一本や二本!もげたらくっつければよいではないですか!」
「本性出しやがってこのキツネ野郎!ダメになったら新しいのを探せばいい、って言ってんのと同じだな!もげた小指がそんな簡単にくっついてたまるか!」
「やってみればよいでしょう、今ここで!」
「やってやろうじゃねーかよ!ルメ!ナイフ持ってこい!おいシルス!どっちでもいいから手ぇ出せ!千切れた小指が元に戻らないってトコロを見せてやれ!」
「なんでわたしの小指切り落とす流れになってるんですかっ!?わたし!行かなきゃいけない所があるんです!だから支配人さん、ごめんなさいっ!」
おかしな事の成り行きに歯止めをかけたのは、シルスの真剣な言葉だった。
支配人は一つ深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「そうですか……残念です。ですが、私共エンデルード劇場はいつでも貴女をお待ちしておりますよ。その時は歓迎いたしますよ。ああ、そうそう『
にぎやかましい勧誘劇を終えると支配人はそそくさと挨拶回りに向かい、残されたアルシーア達は何処か気まずそうに無言になるのだった。
そんな中、シルスは思う。
――もう、食べてもいいのかな……?
と。
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