第34話 崩れゆく目に見えないもの

「これを見て欲しいんです」


 シルスが初日に壊してしまったケヤキの木の丸テーブルの小さな欠片。旅の間、ずっと大事に持っていたものだ。


「この木がどこで伐られたものかわかりませんか?このコの親分……切り株親分がこの近くにいる筈なんです」

 

「切り株親分?……ケヤキの木か……ちょっと待ってて」

 

 メレディスが木片を受け取り、水晶の瞳でじっと見つめる。

 

「……ふむ。コイツが伐採された場所は、街の東門から出てしばらく行った丘の上だな」

 

「見ただけで分かっちゃうんですかっ!?……スゴいです!!魔法粉マジックパウダー使わないんですねっ」

 

魔法粉マジックパウダーは慣れれば不用になるものさ。キミの知り合いは粉を使うんだね?」

 

「こうやって、魔法粉マジックパウダー~♪って!」


 シルスがシェラーラの真似をして右手を頭上に掲げる。

 メレディスの口元が思わず緩み、くすりと微笑む。大人の女性の笑い方、シェラーラの笑い方に似ているとシルスは感じた。見た目がそっくりな為、本当にシェラーラと話しているような錯覚にとらわれそうになる。

 

「アイツは、パワースポットにある木でね、私も何度か行った事があるんだよ。切り株が鏡面になってるからすぐにわかるはずだ」

 

「きょうめん……鏡みたいになってるんですか?」

 

「私とトリーネで仕上げたんだ。トリーネは私の親友だよ。数少ない、ね」

 

「トリーネ……テュアルさんが言ってたような……トリーネさんも魔女さんですよね?」

 

「騎士団所属のね。こんな場所で占い小屋やってる私とは大違いだけど、仲良くしてくれてる。いいヤツだよ」


 騎士団所属の魔女がいるとは初耳だった。こちらに来る前に調べた限りでは、そのような情報はどこにも掲載されていなかったし、シェラーラもおそらく知らなかったのだろう。


 ――切り株親分の場所が分かって良かった……!あと、肝心なコト聞かないと……


「メレディスさんは、『時渡ときわたり』って、知ってますかっ?」


「太陽と月、彗星と二つの綺羅星が生み出す強大な魔力の満ちる時間、と認識しているよ。時空の扉をも開ける強大な魔力が発生するんだ。明日の夜明けがその瞬間の筈だ」

 

「やっぱり……知ってたんですね!」

 

「私の師匠、シンディから教わったんだよ。私にも誰かに伝えられる日がくるのかねー」


 ふっと遠い目をするメレディスに、シルスは前のめりになって言う。

 

「必ず来ます!メレディスさんはスゴいですから!本当に……!」

 

「……そうなの?」

 

「本当にそう思います!」


 滅多に褒められないせいか、年下のシルスに褒められてメレディスは少し照れ臭そうだ。


 ――だって!メレディスさんの書いた本が無ければ、わたしはここに来られなかったんです!

 ファルナルークさん達と楽しい旅が出来たのは!メレディスさんがいたからなんです!

 メレディスさんがいたから、シェラーラはメレディスさんに教わる事が出来て、シェラーラがいたから、わたしはここにいるんです!


 と、言いたいが言えないシルスは、思いつく限りの最大限の賛辞を送る。


「メレディスしゃんは!スゴいマジシャンれす!」

 

「……なんで興奮しだしたのか分からないけど、とりあえず落ち着こうか。マジシャンじゃなくて魔女さんって言いたかったのかな?一応言っとくけど、手品師じゃないからね?」

 

「はっ!……スミマセン……」


 13歳にしては賛辞の言葉がお粗末だったかもしれない。

 それでもメレディスは、シルスの優しい心遣いを嬉しく思う。


「私からも質問させてもらっていいかな?……キミの身体の魔法紋様は、どこで描かれたものだい?」

 

「……えっと……秘密です!」

 

「シェラーラって誰だい?」

 

「それも秘密です!」

 

 ――そう言えば……シェラーラに名前言うなって言われてたのに言っちゃった……!怒られちゃうかなー……

 

「キミは面白いね」


「よく言われますぅ~」

 照れ臭そうにえへへと笑うシルス。


 メレディスは目を閉じ、深呼吸すると半目になり囁くように話し出した。

 

「……私は今から独り言を言う。黙って聞いててくれるかな?」


 メレディスからは穏やかな魔力の波を感じる。

 ――……こんな魔力波……あるんだ……スゴく静かで……優しい……


「……キミは『時渡ときわたり』の秘術でここにきた。他にも目的があったようだけど……わざわざ私に会いに、ね。そして、明日の夜明けの『時渡ときわたり』の瞬間に、元いた場所に帰ろうとしている」


 シルスは大きな目をまん丸にして何か言いたそうだが、ぐっと我慢をしていた。


「『その時』は、魔方陣も呪文詠唱もいらない、とんでもない魔力が満ちる瞬間だと思ってるよ。鏡面化した切り株が彗星の魔力を増幅させるんだ」 


 ちらりとシルスを見てから、メレディスが続ける。


「キミに施された呪術はなかなか良く出来ているけど……ちょっとだけ、足りない項目がある。なるほどね……どうやら、私の弟子はまだまだ未熟者のようだね」


「それは……」

 なんですか?とシルスが聞こうとするシルスに、メレディスは人差し指を唇に当てて沈黙させた。

 

「すぐに分かるよ……そう……今からする質問の答えがそれだ」

 

 メレディスの瞳が、揺れるろうそくの灯りに妖しく淡く光る。


時渡ときわたりの儀に、私は必要かい?」

 

「……!」

 

 無論、万が一の事を考えるとメレディスがいてくれたらどれだけ心強いだろう。なんといっても本の著者であり、切り株親分を仕上げた張本人なのだ。

 シルスの答えを待つメレディスの瞳を見て、シルスは思う。ここで甘えてはいけないのでは、と。

 シェラーラが施してくれた『時守の術』で充分に守られているのだから。


 シルスは、唇をきゅっと結んで首を横に振った。

 ――……シェラーラが言ってた……最後に決意を持って判断して行動するのは自分だ、って。


「ダイジョブです!頑張ってみます!!」


「そうか……キミは勇気があるな」

 

 シルスの決意の一言にメレディスは、すっと眼を細めて微笑んだ。


         ◇


「ルディフ……どうした?」


 壁にもたれ掛かり神妙な顔つきで黙りこくるルディフに何か感じたのか、ファイスが問いかける。

 隣の部屋からはシルスとメレディスの話し声が小さく洩れてくるが、注聴しなければ聴こえない。


「ちょーっと、気になるコトが、ね」


 問いかけに答えはするものの、心ここにあらず、といった感じのルディフ。


「お待たせしました!さあ、行きましょうか!」


 10分ほどでシルスが戻ってきた。

 いつもと変わらない元気なシルスの声だ。メレディスに会う前のどこかしら沈んでいた表情は消え去り、ニコニコ笑顔である。


「宿に戻るの面倒だし、このまま花火大会の開始時間までブラブラしようか?」とファイス。

 

「あっ、わたし宿に戻りたいです!花火はそれからでも遅くないハズ!あと……皆に話したい事があるんです!宿に戻ってからにしたいんですけど……」


「よお、オマエら、なんでエルフ連れてるんだ?」


 シルスの言葉を遮るように話しかけてきたのは、冒険者風の『いかにも』な、いかつい二人組だ。

 無意識に、守るようにすっとシルスの前に出るファイス。

 

「エルフじゃなくて、ハーフエルフ。別に珍しくないだろ?」

 

「寄越せよ、そいつ」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないなー」

 

「バカなのか?」

 

「よく言われるけど、初対面でそれはひどくないか?」

 

「バカに持ち合わせる礼儀はねえな。いいから寄越せよ、それ」


「……それ?どれ?」

 

「そのエルフだよ」

 

「エルフじゃなくてハーフエルフ。さっきも言ったじゃん。バカなの?」

 

「いい度胸だな。力ずくでももらうぜ。なんならそこのキンパツと三つ編みねーちゃんの二人もな」


「……やられちゃうヤツの典型的なセリフだなー。なあ、奪ってどうすんの?」

 

「掲示板見てねえのか?エルフ保護舎に連れてきゃカネになるんだよ。女はそのままオレのモノにしてやるよ」

 

「それ聞いて渡すと思う?」

 

「ガタガタうるせえな!」

 

 一人はファイスの右に、もう一人は左に。場数をこなしているからこその連携の取れた動きだ。


 だが。

 ファルナルークの抜剣一閃、仰け反らせてからの足払い!

「ぐあっ!」

 ルディフの右ストレートからのボディブローが男のみぞおちにめり込む!

「げぶっ!」


 ファルナルークの見事な剣体術で片方の男はもんどりうって転倒し、ルディフの拳闘術でもう一方も地面にうずくまった。

 どこにでも転がっていそうな「やられ声」で。


「きゃー!ファルナルークさああん!カッコイイイイ!!」


 自分の為に戦ってくれたファルナルークにシルスは感激し、いつものように黄色い声援をあげた。

 

「ほら!言わんこっちゃない」

「ファイス……キミ、なんもしてないじゃん」

 結局何もしなかったファイスとシュレス。


「覚えてやがれよ、てめえらっ!」

 どうしようもない、しょーもない捨て台詞を吐いて男二人は立ち去った。


「街の中で抜剣しちゃった……本来なら罰金ものだよね……」 

「なんだよマジメだなー。正当防衛ってヤツじゃん!ファルってほんとに剣術スゲーのな!」 


「ふふーん!スゲーでしょ!」 

「なんでシュレスがうれしそうなの?」


「あ、みんなは先に帰っててよ。俺ちょっとナンパしてくるわー」 


「えー!オレも行きたい!」


「ファイスっちは美女3人の付き添いな!じゃー、行ってくる!ダメだったら宿に戻るよ!」


 ルディフはそそくさとその場を離れ、あっという間に姿が見えなくなった。


          ◇


 薄暗い路地裏のさらに裏、素行のよろしくない連中がたむろするような場所に、ルディフはゴロツキ二人組を追いかけてやってきた。

 

「あ、いたいた!おーい」

 

「なっ……さっきのメッシュ野郎!なんだ、またやんのか!」

 

「やんないよ、鼻息荒いなあ。なあ、ちょっと聞きたいんだけどさー。さっきの事は水に流してさ!」


 爽やかスマイルで言うルディフに、男二人が顔を見合わせる。

 

「……聞きたい事ってなんだよ?」 

「おっ!話せるねえ。一杯おごらせてよ!」


 倒した相手に向かって『おごらせて』と下手したてからの物言いをする。勝者の余裕からくるコミュニケーションの手段として、ルディフが自然と身につけた渡世術の一つである。

 手近な店に半ば強引に男二人と入り、言った通りに酒を奢る。


「昼間から飲む酒はうめえなっ、兄ちゃんも飲もうや!」

 と勧められるが、ルディフはやんわりと断った。

 

 ――酔っぱらう前に聞かないとな……


「エルフ失踪事件の事で何か知ってたら教えて欲しいんだけどさ」


 ルディフの中に芽生えた小さな疑念。小さなほころびが亀裂となって、仲間意識という見えない感情を崩していく。

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