第35話 ほころびが亀裂に変わる時

「いやー、ナンパ無理だったわ、この場所じゃ」

「流石に、この辺だとナンパ待ちとかもいないだろー」


 宿に戻る途中どこからともなく現れたルディフと合流し、ファイスと軽ーい話をする。

 女子三人はそんな事は全く意に介さない。むしろどうでもいい。


「なんか静かだね、シルスちゃん」

 少し沈んだ表情のシルスを案ずるシュレス。


「……宿に着いたら、お話しますねっ」

「……うん、そっか」


 ほどなくして宿に着くと、大事な話があるから、とシルスは皆を部屋に集めた。


「あのっ、みなさんに、聞いて欲しいコトがあるんです」


 いつにないシルスの真剣な顔に、四人が注目する。


「どしたん?シルス。メレディスのとこからやけに静かだったけど……」


「わたし……皆さんに話さなきゃいけないコトがあるんです……ワガママだ、ってわかってます。でも、どうしても、そうしなきゃいけないんです!明日の夜明けに……」


「それってさ、『ときわたり』のコト?」


 シルスが全て言い終える前に、ルディフが遮る。


「ルディフさん……『時渡』のコト知ってるんですか!?どうして……?」


 ――……かかった……チョロすぎだよ、シルったん。


「ちょっと、だけだけどね。人を操る怪しい術で悪巧みしてるヤツがいる、って情報をね、仕入れたんだけど、まさか、シルったん……」


「『時渡』の術は、そんなおかしな術じゃ無いです!」


「じゃあ、なんなの?」

 珍しく真面目なルディフの声だ。


 実際、ルディフは『時渡』の術の事など全く知らない。メレディスの占い小屋で薄い壁越しに聞こえただけである。


「わたしは……エドールから『時渡』の秘術で来たんです。『時渡』は、転移魔法の一種です。それで、その……明日の夜明けに、その術で元の場所に帰らなきゃいけないんです」


「明日の夜明け……って、そんな急に!?お別れって事だよね……いきなりすぎだよ……」

 シュレスが小さな声で寂しそうに言う。


「なんかそんな昔話あったよなー。遠い国からやってきたお姫様が流れ星に乗って月に帰る、みたいな!」


「……茶化さないで」


 ファルナルークの低く重く、澄んだ良く通る声がファイスを、皆を沈黙させた。


「あのっ、わたしは……」


「俺からもちょっといいかな?」


 沈黙を破ったのはシルスだったが、またもルディフがシルスの言葉を遮り、スラスラと自分の中の疑問を吐き出す。


『相手に喋る隙を与えない』事が舌戦の戦法の一つであると、ルディフは経験から学んでいた。

 

「シルったんさ、マジクスの赤斑点と魔法防護マジックプロテクトの事知ってたよな?あれって一応、機密事項なんだよねー。どこで聞いたのか教えてくれる?

 あとさ、『マジクスはいなくなる』ってどういう意味かな?

 聞きたい事はまだある。騎士団長と白姫の婚約話と、ライトブレード隊の解散話。その情報の出所って何処よ?予知夢なんて誤魔化さないで教えてよ。

 秘密持ちの美少女って謎めいててステキだけどさー、ちょっと気になっちゃったんだよねー。

 シルったんからは、なんつーか……違う感じがするんだよなー。ハーフエルフだから、ってワケじゃない。別の何か、だな。俺のスキルって、余計なモンまで感じ取っちゃうからさー、疑り深くなるのな。

 悪いとは思ったんだけど……スキルで調べさせてもらった。俺の『察知』でもわかんないんだよねー。

 そんじょそこらのハーフエルフじゃあ無いよね?さっきの魔女の言葉……そのまま使わせてもらうと、だ」


 一瞬の間を置き……


「シルったんは、何者?」


 ルディフの口調は優しかったが、どことなく威圧感があった。

 

 ルディフはここでカマをかけていた。

 実際スキルを使ってはいないし、何を調べたのかも言っていない。精神的に揺さぶりをかけてシルスの出方をみる。


 ――エルフが狙われる理由ってのも気になる。巻き添えはゴメンだ。突き放すなら今だな。


 情報は盾となり、武器となる。こちらに来る前にシェラーラから教わった言葉である。

 しかし、今、情報そのものが武器となってシルスを攻撃し始めた。

 うっかり口を滑らせたシルス自身が悪いのだが、ここまで追い詰められるとは夢にも思っていなかった。

 

「……ルディフさん……なんか、コワイですよ……?」


 シルスは、別人のように冷たいルディフの態度に萎縮する。

 開き直って強固な姿勢を取れるほどシルスは図々しく無いし、なにより、駆け引きをできるほどの人生経験を積んでいない。

 アハハと笑って誤魔化せるような雰囲気でも無い。


「答えられないのか?」


 ついさっきまで普通に喋っていたルディフが手の平を返すように、まるで罪人を見るような目でシルスを問い詰める。


「実はさ」

 一呼吸の間を置いてルディフが続ける。


「俺が単独行動する理由……ここで言っても問題ないかな。情報収集屋なんだよ、俺。半分趣味みたいなモンだけど。情報ってのは金になる。

 金にならない小さな情報すら思いがけない所で大金に化けたりする。こんな大きな街は情報の宝庫だ」


 再びルディフがカマをかけ、虚偽と真実を織り混ぜて饒舌に語り出す。


「エルフ族が侵攻画策してスパイ送りこんでるとか、王の暗殺狙ってるって情報を仕入れたんだよ。出所がはっきりしないってのが噂で済んでる理由だろうけど、エルフは信用ならないって風潮になり始めてる。

 それがたとえ低年齢のエルフであれ、ハーフエルフであれ、だ。それを思えば、エルフ失踪事件はなんら不思議な事じゃないよな?」


「そんな……スパイとか暗殺とか……わたしに出来るワケないじゃないですかっ」


 たまらずシルスが反論する。今までの旅を振り返ってみるまでもなく、シルスにスパイ活動や暗殺行為は無理だろう。

 だが、ルディフの中で生まれ転がり出した『疑心』という名の石は止まる事を知らない。


 「をさ、危険な事に巻き込まないでくれるかな?」


 再びルディフが精神攻撃を仕掛けた。

 ルディフは『俺』ではなく『俺達』と言い、シルスを見守る三人を自然に巻き込むやり方で。


 シルスはただ一人、訳も判らず窮地に追い込まれてしまった。

 この状況を抜け出すには……


 ――言わなきゃ……黙ってたって伝わらない……明日の朝には、お別れしないといけないんだから……!


「わたしは……『ピー』から来たんです!」


「またかよ、シルったん。いいかげんウザくないか?それ」


「いいから、続けて」と、シュレス。


 ――やっぱり伝わらない……でも……言わなきゃ……!

 

「ファルナルークさんはわたしの『ピー』なんです!

 わたしは、ファルナルークさんの『ピー』なんです!

 どうしてもファルナルークさんに会いたくて、ファルナルークさんと、この夏を一緒に過ごしたくて『ピー』から来たんです!

 翠の彗星は41年に一度……人生で一度きりのチャンスを……

 わたしには時間がないんです!

 明日の夜明けの時渡ときわたりに間に合わなければ帰れなくなっちゃうんです!」


「帰れない、って、どこに?」


「『ピー』です!」


「ときわたりってナニかな?」


「『ピー』に帰る為の秘術です!」


 必死に伝えようとすればするほど、『時守ときもり』の呪法術が邪魔をする。

 

 ――伝えなきゃ!分かってもらわなきゃ!どうやって……


「そうだ!言葉がダメなら、筆談で……!」


 しかし、書けない。

 核心部分を書こうとすると、自分の意思とは関係無く手が震えて文字にならないのだ。


「なんで!?手が震えて……!」


 ――これも時守ときもりのチカラ……?


 味方の筈の呪法術が邪魔をする。成す術なく呆然とするシルスにルディフが追い打ちをかける。


「シルったーん、いいかげんフザけないでくれるかな?」


「そんなっ!ふざけてなんてないです!」


「シルったんの謎のピー音、どう考えても怪しすぎでしょ。ファルっちはどう思うよ?」


「私は……」

 

 それ以上、ファルナルークは何も言わなかった。

 何も言ってくれないファルナルークの態度に心が締め付けられ、泣きそうになるのを必死に堪えるシルス。


 ――この子が、そんなふざけた真似をするハズはない。


 ルディフの質問攻めを黙って見ていたシュレスはそう思ったが口にはせずに、そのままシルスを見守る。


「あ!そうだ!写真……ファルナルークさん、見てないですよねっ。写真がきっかけでわたしはっファルナルークさんのコト知ったんです!」


 胸のポケットにしまってある動写真。シュレスには見せたが、ファルナルークはまだ見ていない。


「これです!」


 若干、震える手で写真を手渡すシルス。

 それにファルナルークが手を触れた瞬間。


 ぱしゅっ!


「!?」


 一瞬にして写真が燃え尽きた。


 あまりに突然すぎて誰も言葉が出なかった。


「そんな……わたしの……たからもの……どうして……」


 いつも元気なシルスの声が消え入りそうなほどに、か細く、小さい。

 今にも泣き出しそうなシルスの小さな声が、ファルナルークの胸を締めつけた。


「……え……?」


 目の前で起きた事が全く理解出来ず、ファルナルークは戸惑うばかりだった。


「あ~あ、やっちゃったねえ、ファルっち」


 シルスは、この写真をいつも肌身離さず持っていた。旅に出るきっかけとなった、大切なこの世に一枚の宝物。 

 それがシルスの目の前で、ファルナルークが触れただけで燃えて失くなってしまった。


「ちょっと……混乱しちゃって……頭冷やしてきますね……っ」


「あ……っ」


 シュレスが呼び止める間もなく、シルスは部屋を飛び出していった。


「シルスちゃん!」


 呼び止めたシュレスの声はシルスには届かず、扉が静かにパタン、と閉まる。


「俺、ちょっと見てくるよ。あ、皆はここにいていーから。入れ違いでシルったん帰って来るかもしんないし。イジメるつもりじゃなかったんだけどなー、飛び出してっちゃうなんてなー」


 すかさずルディフが名乗り出るが、反省している様子は微塵も感じられない。


「オレも行くよ。知らない街で一人でなんてほっとけないだろ」


「……やさしーねえ、ファイスっちは。二人はここにいてよ。ファイスっち行こうか。俺のスキルでシルったんの居場所分かるかもしれないし」


         ◇


 ファイスが急ぎ宿の外に出て辺りを見回すが、何処にもシルスの姿はない。


「あれ?ぜんぜん姿見えないじゃん。足速いしちっこいからなー。どこいっちゃったんだよ、まったく……」


「手分けしようか。俺は向こう。ファイスっちはそっちで」


「ルディフのスキルでわかりそうか?」

「人が多くてノイズだらけだし無理だわー」

「……そっか。じゃあ、そっちは任せた!」


 言うが早いか、ファイスは駆け出していった。

 ルディフの言っている事がさっきと違うが、ファイスはそれを問い詰める事はしない。時間が惜しい。それだけシルスの身を案じている表れである。


 ――お人好しだねー、ファイスっちは。それが自分の首絞めるってわかんないのかね?


 ルディフは自身のスキル『察知』でシルスの感情の波を探す。


 ――あんな事があったんだから、だいぶ沈んでるだろうな……ま、どーでもいいんだけど。ファルっちとシュレスっちに嫌われるのはマイナスだしなー……しくったかな……


 察知スキルで感情の波を読む。ハーフエルフはそれほど人数がいない為、あっさりとシルスらしき感情波を読み取る事が出来た。

 宿からさほど離れていない場所に、人間と精霊の波動が混在した者がいた。さらに、その者からは、『悲しい』『不安』といった感情を察知出来る。

 その他にルディフが感じた違和感、それはこれまでに出会った事の無い、得体の知れないものだった。

 

「なんだこれ……ハーフエルフだからって……こんな生命エネルギーあるのか……?まあ、いいや。これ以上あのコに関わりたくないな……」

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