白姫様と黒姫様はスゴい美人さんです

第23話 テュアルとフェルヴェル

「お願いします!お願いだから殺さないで……!」


 美しい金髪、端正のとれた小顔に澄んだ青い瞳、華奢な四肢、透き通るような白い肌には何も身に着けていない女エルフの哀願の言葉が虚しく響く。

 床に描かれた魔方陣の中、緊縛はされていないが自由は奪われている状態だ。


「殺しはしない……キミが魔圧に耐えて死ななければいいだけの事だ」


 艶やかな長い黒髪の女性が独り言のようにくうに言葉を吐く。

 女エルフに視線を向けてはいるが、その瞳は彼女を見ていない。


「あなたもまがりなりにもエルフでしょう!?ダークエルフがどうして人間に手を貸すの!?」


 黒髪の女性の隣に立つ小柄な影、褐色の肌のダークエルフに向かって女エルフが訴える。


「ウルせーナ、クソ太陽エルフ。ダレがマガイものダ」


 音もなく女エルフに近づき鼻っ面を殴りつけると、鼻血が飛び散って小柄なダークエルフの顔にかかった。


「うわ!きったナー!ペッペッ」


「いや……っ……ああ……っ」


 鼻を殴られた事など一度もない女エルフの顔が涙と苦痛で歪む。

 ボタボタと落ちる鼻血が自分のものだとは信じられない。女エルフはその場で膝から崩れ落ちた。


「なんて顔をするんだい、ソラウ。綺麗な顔が台無しだ……」

 

「なー、テュアル。モウいーんじゃネーカ?」

 

「そうだな……始めようか、フェルヴェル」

 

「ウヒャハー!」


 ダークエルフの少女、フェルヴェルが歓喜の声をあげて細い指で呪術式発導の印を切る。

 ソラウは呪術式魔法陣の中にいる。逃げようにも陣からは出られないようだった。


 フェルヴェルがはっきりとした滑舌で早口言葉のように呪術文句を唱えていく。

 先程のソラウの鼻血が陣の文字にすうっと吸い込まれ、妖しく光りだす。


「ほ~レ、ほ~レ」


 フェルヴェルが右手をくるくると回すと、ソラウを中心に魔方陣が回り始めた。


「う……っ!?」


 これまでに感じた事の無い虚脱感と高揚感がソラウに交互に襲いかかる。


「ホイ!」


 フェルヴェルが指揮者のように両腕を左右に振ると、全身の血液が沸騰するような、凍結するような恐怖感がソラウを飲み込んでいった。


「あ……うあっ…………ヴぇえええっう」


 ソラウが苦痛に呻いても、テュアルも、フェルヴェルも眉一つ動かさない。


「もういいかナ~♪……ソリャ!」


 掛け声とともに両腕を振り下ろすフェルヴェル。

 すると……

 ソラウの全身の皮膚が内側から泡立ち、ぶちゅぶちゅと音を立てて崩れていく。


「いや……っ……助けて!誰かあああっ!」


 絶叫しても誰も来ない。分かってはいても叫ばずにはいられなかった。

 しかし、次の言葉を出す前に下顎がもげてぼとりと床に落ちた。

 身体中の筋繊維、軟骨、脂肪が次々に崩れていく。


 19年生きたソラウが最期に目にしたものは、頭皮ごとけて落ちた自身の美しい金髪だった。

 まるで脱皮するように全ての皮膚がずるりと剥けてどろどろに溶けていく。


 すでに意識のないエルフだった『それ』が、前のめりにぐちゃりと崩れ、しゅうしゅうと音を立てて水蒸気を上げた。


「クッサー!あ~あ、ホネまで溶けタ……ゲロみたいだナー!にャハー!ザマーみろダ」

 

「これで8人目か……」

 

「数えかたマチガってるゾ、テュアル。8匹ダゾ」


 フェルヴェルの言葉はテュアルの耳に届かない。テュアルはゲル状に溶けたエルフだったモノをじっと見つめて考え込んでいた。


 ――これではなんの意味もない……ただ殺しているだけ……もっと、特別な血でなければ……


 フェルヴェルが連れてきたダークエルフの少女も1分と持たずに溶けて消滅してしまった。

 男性エルフではまるで駄目だった。

 文字通り一瞬で蒸発して終わってしまった。フェルヴェルは笑い転げていたが、時間の無駄でしかなかった事にテュアルは不満しか残らなかった。


 失敗から学ぶ幾つかの必須条件。

 生命を生み出せる検体、女性である事。

 寿命が長く、その身体に流れる血に魔力がある事がもう一つの条件である、とテュアルは考えている。


 該当するのはエルフ、ダークエルフ、ハーフエルフ等のエルフ族。

 今、目の前で溶けてしまったのは、この島では太陽エルフと呼ばれる種族の若い純血の乙女であった。


 だが。


 それだけでは足りない。今までの実験が全て失敗に終わっている事が論より証拠。


 ――魔族や竜人族も考慮すべきか……なにか新しい発見があれば……


 ここ最近、頻繁に耳にするようになってきたマジクス達の魔力消失。

 それだけに止まらず命を落とす者までいるというし、実際に目にしている。

 テュアル自らもマジクスであるが故に、他人事ではないのだ。

 魔力消失に歯止めをかけるには、特別な血液に含まれる魔力こそ特効薬、とテュアルは考えている。


 どんな魔法薬も効き目は無い。

 このままおとなしく死を待つつもりもない。

 国の魔術師も動き出してはいるようだったが、対応が生ぬるすぎて、当てにはならない。

 自分の力で未来を切り開くしか道は無いのだ。


 フェルヴェルの魔力含有髄液を抽出する術の魔圧に耐えられる生命力の持ち主。


「……フォーチュン・レガシィ……」


 ポツリと呟くと、ソラウの残骸には目もくれず、テュアルは部屋を後にした。


「ナー、またツカマエにイコう!」

 

「今はいいよ。良い素材は、そうそうすぐには見つからないだろう?」

 

「えー。じゃあ、アソビにイコウ!」

 

「仕事が終わったらね」

 

「ツマんナイナー。マジメか」

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