第21話 3つ目の・・・

 今日も良く晴れた行軍日和。

 気温は高めだが空気は乾燥している為、身体に感じる不快感はほぼ無い。

 爽風を前髪に感じながら、シルスはなにやら思案中である。


 ――お話したい!お話したい!ファルナルークさんとお話がしたい!


 以前、お化粧の話を膨らませようとシュレスに話を振ってみた所、何がどこでどうなったのか、意外な所からファイスの『役立つ野草の話』にすり変わってしまった。


 ――ガールズトークのハズが、そこらへんの草のハナシになるなんてっ!


 今度こそ、ファルナルークとハナシをしたいシルスはあれやこれやと思案する。

 が、年上のお姉さんと何を喋っていいか分からなくなってきた。ふとシェラーラの顔が思い浮かんだが、どう考えてもファルナルークとの共通点は、無い。


 ――う~んむむむむ……どうしよう……


 旅の日程的には順調だが、ファルナルークとの親密度が上がっているとは思えない。

 旅そのものは楽しいが、このままでは何をしに41年の時を超えてきたのかわからない。


 アールズの大花火までには、もっとファルナルークとの距離を縮めておきたい所である。

 手を繋いで花火を見る。それがこの旅の目的の一つなのだから。


 そこでシルスは考えた。

 

 分からない時は先輩の知恵を借りるべし。

 女の子の扱いに慣れていて、なおかつモテトークにも長けている人物は?と。


 ファイス――おバカさんである。体型の事でファルナルークを怒らせる事の方が多い。無理。


 シュレス――ヘンタイさんである。基本優しくてユカイなおネーサンだが、耳を見られていると感じる事が度々ある。却下。


 消去法を使うまでもなく、人材はルディフしかいない。


 ――チャラいおニーサンかぁ……ちょっと不安だけど、ここはひとつ!


 先頭を歩くルディフに小走りに歩み寄り、以前と同様に小首を傾げカワイ子ぶって聞いてみる。


「ねえねえ、ルディフさんルディフさん!ルディフさんてぇ、女の子にモテますよねえ。女の子の気を引く秘訣ってなんですかぁ?」


「おっ!シルったん、俺の魅力に気付いちゃった?わかってるねー。でもゴメーン。18歳になったら、ね!」


「ナニ言ってるんですかなんでフラれなきゃいけないんですか魅力なんて知りませんよ女の子の気を引く秘訣を聞きたいだけですよなんなんですかさっさと教えて下さいよ」


「わお!ツンツンなシルったんもなかなかカワイイねえ!」


 ルディフも、なかなかなヤツである。


「女の子の気を引くなんて簡単簡単!

 まず褒める事!

 次に褒める事!

 そしてさらに褒めるコト!

 もう、何がなんでも褒めちゃうコト!

 褒められてイヤーな気分になる女の子って見たコト無いからねー。これ、ホントだよー?たぶん」


「へー、そうなんですか……」


 言われてみればルディフは毎朝、女子三人を必ず褒める。

 必ず、である。

 それは歯の浮くようなキザったらしい言葉ではなく、会話の流れの中で自然に褒めているような感じがする。


 時には独り言のようにファルナルークに向かって「今日もサラサラの髪がキレイだなー。朝からいいもの見れてツイてるなー」とか、時には「シュレスっちの指ってホントしなやかだよなー」

 とか言っているのを聞いた事がある。


 だがそれはルディフが言うから許されるのであって、ファイスが言うとキモがられウザがられるに違いない。 

 シルスは何故かそう確信する。

 

「うーん………褒める……かあ。難しいなあ」

「そんなに気張るモンでもないよー?自然にさ、軽ーく言えばいいんだよ」


「ルディフさんの軽ーくは、チャラーくと同じ意味ですよね?」

「あっウマーイ!そうそう、そんなカンジー!」


 どんな感じなのかさっぱり分からないが、褒める作戦は有効かもしれない。


 ――とりあえず当たって砕けるしかない!

 最後尾を歩くファルナルークの元にてててっと駆け寄る。

 

「ファルナルークさんっ!」

「……なにか用か、コムスメよ」


「今日もキレイですね!」

「……ああ」


 終了。

 玉砕ともいう。


 ――いや、違くって!そうじゃなくって!もっとこう、はずむお話がしたいんですう!ウフフなトークをしたいんですうう!


「あっ、シルスちゃんシルスちゃん」

「……はい?」


「あれ見てみなよー。建造中のハイテンションタワーだよ!」

「えっ!」


 シュレスに呼ばれ指差す方向を見てみると、傾斜のきつい山岳地帯に巨大な足場が組まれているのが遠くに見える。


 足場そのものがすでに巨大な建造物と化し、夏の日射しを受けてキラキラと輝いていた。

 カツーンカツーン、とハンマーの響く音が風に乗って小さく聞こえてくる。


「あの下にでっかい魔力核があるんだなー。なーんかさっきから、うなじがピリピリすると思ったらアレのせいだったんだな。あんな場所で工事すんの凄いなー」


 ファイスが首をさすりながら言う。

 皮膚と脊髄の薄い箇所の骨、棘突起が強力な魔力波を受けて自身の魔力と反応し、ピリピリと感じるのだ。


「あっ、ハイテンションタワーと言えば!『竜の乙女』って聞いた事ありませんか?ファルナルークさん!」


「……素晴らしい魔力の持ち主で、全てを凌駕する魔法の使い手だったと。その使い魔は大陸一国の軍隊に相当する圧倒的な力を持っていた、と聞いている」


 ――わ!答えてくれた!


 シルスにとって『竜の乙女』はファルナルークとの話のダシにすぎず、声を聞けるだけでも嬉しく感じるのだった。

 が。


「強大な魔力がぶつかり合って両者相討ちとなり、地殻変動が起きて出現した巨大な魔力核が――……聞いているのか?コムスメ」


 ただただ熱い視線を送るシルスに厳しめの声で言う。


「あっ、はい!聞いてます!」

「では反復してみせよ」


「あ……えっと……」

「…………」


 ファルナルークは何も言わずに、ふいっと背を向け再び歩き出した。


 シルスにとってハイテンションタワーはすでに完成済みの建造物であり、建造中のタワーや竜の乙女の話よりも、ただ単に話してくれるファルナルークの方が圧倒的に魅力度が高い。


 話の内容はどうでもいい。


 ファルナルークが自分に向かって話してくれる。それだけで良かったのだ。

 だがそれはただの自己満足に過ぎず、それを見抜いたファルナルークは厳しい態度でシルスに背を向けたのだった。


「シルスちゃん……今のは良くなかったね」

「……ハイ」


 シュレスが、俯いてしょんぼりと肩を落とすシルスの頭を優しく撫でる。


「ファルは本気で怒ったワケじゃないからね。気に病まない事だよ」

「……ハイ」


 優しく慰めてくれるシュレスの言葉がシルスの心に染み込んでいく。

 少しだけ泣きそうになるのを堪えて、シルスは顔を上げて歩き出す。


 そして、旅を始めて16日目に事件は起こった。


    ◇



 危険度『4』の森の中を行くシルス達。

 いつかのような赤角化した魔物に出会う事も無く、穏やかに歩みを進めていく。

 皆、気が抜けたり緩んだりしないよう、周囲に注意してはいたのだが。


「シルったん、ネコエルフって聞いたコトあるかい?」

「ネコって、あのネコですか?」


「にゃーって鳴くあのネコだよ」

「え、みゃー、じゃないのか?」と、横からファイスが会話に参加する。

 

「あ、ちっちゃいネコの鳴き声は、みゃーって聞こえるかも!」 

「えー?ちっちゃいネコは、なーって聞こえるだろ?」 


「なー、ってそれ、ほとんどニンゲンじゃないですかー?」 

「にゃーでもみゃーでも、なーでもなんでもいいよ。なんか二人、感性似てるな」

 

「えー!やだ!似てないですよお!」 

「やだって言うなよぉ、なに照れてんの?」

 

「照れてないですー!ホントにヤなんですー!それで、なんです?そのネコエルフって」

 

「シルったん、ハーフエルフだから知ってるかと思ったけど……エルフ族の中でも特殊な系列だからなー……アイツら、縄張り意識めちゃめちゃ強くてさー」

「ふんふん」


「ちょっと縄張り入ったただけでもめちゃめちゃ怒るのな」

「ふんふん」

 

「さっき、シルったん、藪ん中入ったじゃん?」 

「入りましたね、用を足しに」

 

「マーキングって聞いたことない?」 

「動物の縄張りを主張するアレですね」

 

「そう。よく知ってるねー。で、だ。シルったんは太陽エルフのハーフじゃん?いくら同じエルフ族でも不可侵領域ってのがあってだな」

 

「ふんふん」


「縄張りの中で他のヤツにマーキングされるってのは、宣戦布告と取られるワケよ」


「宣戦布告マーキング……しちゃったんですかね、わたし……」 


「かもねー。オレのマジクススキルは『察知ギャザー』っつって、敵対する奴らの殺気とかを感じ取るのな。危険察知能力、みたいな。

 スキル使わなきゃ普段はあんまり感じないんだけど、使わなくても感じる殺気ってのは相手がめちゃめちゃ強い敵対心抱いてるってことだな」


「ナイショって言ってたのに、スキルさらっと教えてくれましたねー。あっ、虫の考えがわかんないって、このコトだったんですね」

 

「昆虫の殺気なんてのはわかんないなー。狩猟本能だけで生きてるような昆虫は特に」


「え、じゃあ、今って……」

 

「囲まれてるな。ネコエルフの縄張りに入っちまったみたいだな」


「『フニャース!!』」


 茂みから怒りの鳴き声と共に一人のネコエルフがシルスに飛びかかってきた。半人半猫と呼ばれてもおかしくないその容姿は、エルフの名を持つだけあって耳が長く、先端が尖っている。

 しなやかな細身に長い手足。顔は細かい毛で覆われているが、獣じみた感じは無くむしろ美しい印象を受ける。

 

「『出てイケ!』」

 

 ネコエルフが叫ぶと同時に、何かをシルスに投げつけた。


 シュパ!


 と、シルスを庇うようにファルナルークがそれを一刀両断すると、紫色の粉がファルナルークの髪にふりかかる。


「ファルナルークさんっ!」


「『にょろわれろ、ニンゲン!バーカバーカ!』」


 捨て台詞を吐いてネコエルフは再び茂みの奥へと姿を消した。

 

「にょろわれろ!って言ってたな……え……ファル?」

 

「ファル……っ……それ……」


 ファイスとシュレスが同時にファルナルークを見て固まった。


「にゃに?にゃにか変か?」

「ファル……その耳………どしたの?」


「耳がにゃに?」

「いや……ネコミミが……」


 シュレスは笑いをこらえるのに必死だが、肩が小刻みにプルプルと震える。

 

「ファルナルークさんっ……ネコミミっ……かわいいいいいっ!あっ!……かわいいっ!」


「え?にゃっ?にぇこみみだと!?」

 

「ネコエルフの呪い……もらっちゃったみたいだねー……ぷっ」

 

「シュレスっ!笑わにゃいで!」


 ファルナルークが自身の頭部を触り、何が起きたのか確認する。触れた感じは、まさにネコミミ。猫の耳。

 カチューシャのような飾りでもなく、子供のオモチャなどでもない、頭皮から生えている。


「にゃんでっ……我がこんにゃ目にっ」


「くっ……ねー、ファルー。『野の菜の花、名も無き根なし草』って3回言ってみてよ。早口言葉、得意じゃん?」


「え?……にょにょにゃにょはにゃ、にゃもにゃきにぇにゃしぐさ。にょにょにゃにょはにゃ、にゃもにゃきにぇにゃしぐさ。にょにょにゃにょはにゃ、にゃもにゃきにぇにゃしぐさ。え、……にゃに?」


「あっははー!あーっはははー!にゃーにゃーカワイーなあ、もお!」


 ファルナルークのにゃにゃにゃの早口言葉にシュレス大爆笑。


「でも、噛まずに言えるんだねー!スゴいよ!シルスちゃん言ってみてよ!」

 

「えっ……野にょにゃにょはにゃ、にゃもにゃきにぇにゃにゃにゃにゃ。野にょにゃにょにゃにゃ……あれっ?フツーに言えないです!」


「あっははー!あーっははははー!おなかイタイっ!ふたりともニャーニャー可愛すぎー!」

 シュレス、再び大爆笑。

 

「エルフの呪い、三つ目てことか……ファルっち、難儀だねえ」

 呆れたようにルディフが言う。


「ツヤサラ金髪に紫色のネコミミは似合うと思います!カワイイです!」

 

「似合う似合わないの問題じゃないんじゃないか?まあ、似合ってるけど。でもさ、アールズに行けば呪い解く方法あるんだよなー?シルスー」

 と、ファイスが問う。

 

「え!?あ……ハイ!大丈夫です!ファルナルークさんにかかった呪いを解く方法は、メレディスさんが知ってるハズです!」


 ――そう言えば、旅の始めに言っちゃったんだっけ……シェラーラのお師匠さんだから大丈夫だとは思うんだけど……


 ファイスに話を振られて思わず答えてしまったが、メレディスが呪いを解く方法を知っているかは分からない。

 シェラーラの師匠だから大丈夫、という根拠もない。


 なんとかなるなる!

 なんとかなるなる!

 なんとかなるなるー!


 口癖を呪文のように繰り返し自分の心を落ち着かせてはみるものの。

 若干の焦りを感じずにはいられないシルスであった。


           ◇


 ネコエルフには猫同様、習性というものがある。

 爪研ぎ、顔洗い、マーキング。


 爪研ぎしやすそうな板や木を見つけると爪を立てたくなり、マーキングしやすそうな立ち木や植え込みを見るとマーキングしたくなる衝動に駆られるファルナルーク。

 その度に人間としての理性と戦い、人間としての尊厳を取り戻すのであった。

 しかし。


 「お、ファルが顔洗ってる。雨降るのかな?」

 「……はっ!違うっ!」

 

 顔洗いの習性には何故か抗えないファルナルークなのであった。

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