第19話 新メンバー加入!?

 誰も来ないような小屋の裏手。


 知り合って10分も経たない内にルディフは茶髪の娘と唇を重ねていた。

 ちゅぷ、と音を立てて名前も知らない娘から唇を離すルディフ。


「……おニーさん、マジクスでしょ?」 


「へえ、なんでわかるの?」 


「キスしたら甘いんだもん。すぐにわかるよ」

 

 ――……ってコトは、俺以外のマジクスとも関係持ってるって事ですか

 

 娘がルディフのセパレート水着の上を脱がせると、右鎖骨の辺りに赤斑点が見てとれた。

 

「コレ、マジクスの証でしょ?キレイだよね……」


 慣れた様子でルディフの鎖骨にキスをする娘。

 ルディフは細身の割には筋肉質で、ひ弱な印象などまるで無い。体脂肪率そのものが低い為に精悍な体つきに見えるのだ。

 

「そう言うキミもマジクスじゃん」 

「あ、バレてたのね」 


「まあ、ねー」

「ね、続き、しよ♡」


「いいねー、積極的なコは大好物!」

「残り少ない人生なんだもん、楽しまなくちゃね!」


「……それって……」

「キミだって知ってるでしょ?マジクスの能力は……」


「……命を削る、ってヤツか……ね、その情報源ってさ」


「いーじゃん、どーでも。なっちゃったものはしょーがないでショ?1日1日を楽しく過ごすの、あたしは!ねー、あたしの赤斑点、どこにあるか当ててみてよ♡」


「……軽いねー。俺が言うのもなんだけど」

「♡♡」

 

 ルディフが再び唇を重ね水着の中に指を滑らせ入れると、娘はくすぐったそうに小さく甘い吐息を漏らす。

 互いの肌をぶつけるように、命を求め合うように見ず知らずの二人は、激しく抱き合った。


          ◇


 夕闇迫る頃、ルディフが何事も無かったように宿に戻ると、ファイスとシルスが外で何やら楽しそうに遊んでいる所だった。

 

「あっ、ルディフさん!お帰りなさい!」

 

「なんだよルディフ、上手くやっちゃってさー。オレも行きたかったのにー」

 

「ナニ言ってるんですかファイスさん!のぼせたファルナルークさん置いて行けるワケ無いじゃないですかっ!そーいう意味ではルディフさんはダメダメですよ!」

 

「お子ちゃまには分かんないオトナの遊びがあるの!なあルディフ!」


「親戚のオジサンと姪みたいで微笑ましいねー。仲いいよねー」

 

「オレ、オジサンなの?」

「えっちでやらしいオジサンです!」


「そんなコト言うちっこいシルスは空動エアムーブで吹き飛ばしちゃうぞっ!」 

「そんなにポンポンとスキル使っちゃダメですよー!魔力無くなっちゃいますよ!」

 

「えー?魔力って無くなるモンなの?」 

「いくらマジクスでも無限の魔力なんてないですよっ!そのくらいわたしでも分かります!」

 

「へーい、気をつけま~す!」 

「もうっ!マジメに聞いて下さいよっ。ファイスさんたら、もう!」


 てててーっと走り去るファイスを見て、シルスがぽそっと呟く。

 

「……あんなに元気なのに、マジクスって皆いなくなっちゃうんだ……」


 ――!!

 シルスがポロリとこぼした独り言にルディフの思考が一瞬止まる。


「あ……っ……ルディフさん、今の聞こえてましたっ?」 

 

「んー?……なんか無くなっちゃうって聞こえたけど、なにが無くなるの?」

 

「あははっ、いえ!なんでもないですっ!」

 

「オトナになると色んなモノ無くすからねー。特に女の子はね!だから、シルったんも今のうちに沢山甘えておくといいよー?そしたら5年後、付き合おっか?」

 

「無理です。オジサンは無理です」

「ナイスなオジサンになる予定だよー?」

 

「幾つになっても薄くて軽いと信用無くしますよっ?」

「ははー!イタいトコ突くなあ」


 軽く笑い飛ばしてはいるが、ルディフの心中は穏やかではなかった。

 マジクスがいなくなるとはどういう事なのか?

 何故、シルスがそんな事を知っているのか?


 ルディフの中で生まれたシルスへの猜疑心さいぎしんが少しずつ、大きくなっていく。


          ◇


 レイクドレイクスの宿屋にて。

 

 夏のリゾート地という事で若い女性も多数、宿を利用する。

 ファイスは何人かの女性に『コンチワー』とか『カワイーネー』とか言ってはみるものの、愛想笑いをされて終わり、という憂き目にあっていた。


「……何をしている」

「げっ!ファル!」

「人の顔を見て『げっ』とはなんだ?」


 ファルナルークの表情がきゅっと険しくなる。


「いやあ、毎日、移動移動で野営テン泊ばっかじゃん?たまの宿屋だからくつろがないとさー、ってね!ストレス解消!」

 

「……階段下の収納でしゃがみこむのが貴様のストレス解消法なのか?」


 すると、上の階から下から見上げれば中が見えてしまいそうなミニスカートの若い女性が二人、会話をしながら降りてきた。


「……なるほど。貴様のアタマの中は5才児以下だな……」

「いやあ、それほどでもぉ」

「天誅、という言葉を知っているか?どスケベヘンタイめ」


 ファルナルークの中のファイス株は下降線の一途である。

 

 ごっ!


 ファイスは、グーで殴られた。


          ◇


 宿での夕食を終えてシルスがシュレスに『ファイス懲らしめ作戦』を持ちかける。

 

「いつもいつもイヤらしい目でファルナルークさんを見るおバカなファイスさんをとっちめてやります!」

 

「面白そうだねー。なにするの?」

 

「まず!ファイスさんのシャツとかズボンとかを全部裏返しにします。あと、ブーツを左右逆に置いておくとか、ぱんつを一回り小さいものにすり替えるってのもありますよ!どうです、ワルいでしょう!」

 

「く……っ、下らないイタズラばっかだねっ」

「宿ならではの作戦ですよ!今夜、決行です!」

 

 シュレスが二人をおびき寄せその隙にシルスがトラップを仕掛ける。

 翌朝、隣の部屋から、うわあっ!とか、なんだこれ!といったファイスの声が響いて聞こえてきた。シルスの作戦は全て成功するという、シルス本人さえ予想しなかった『ファイス懲らしめ作戦』の一幕であった。


          ◇


 まだ夜明け前の湖の早朝。

 静かな湖は薄気味悪さを覚えるほどに穏やかで、無風状態の湖面には薄く靄がかかり、幻想的な情景を映し出している。

 やがて風が出てくるとその靄が次第に吹き流され、幻のように消えてゆく。


 そして、早朝の爽風。


 湖面にはさざ波が立ち始め、波打ち際にさざめく音が近隣の宿泊所のお客達を目覚めさせていった。

 シルス達が宿泊する宿にも湖の風が入り込む。

 

『……シルスちゃーん』

『……シルスちゃーん』


 ――……誰?


 夢うつつ、誰かが呼ぶ声に目が覚める。だがシルスはその声が誰なのかを知らない。

 初めて聞く声だ。


『ここだよう……』

『気付いておくれよう……』


 声は二つ。ここでシルスは気が付いた。


 ――……人間の声じゃ……ない!


 脳に直接語りかけてくるような、耳元で囁かれているような……


 ――どこ?どこにいるの?


『ここだよう……』

『気付いておくれよう……』


 ――ちゃん……スちゃん……!


 ――…………?


「シルスちゃん!」


 シュレスの声で目が覚める。ファルナルークも起きて、どことなく心配そうな顔を向けていた。


「大丈夫?なんかうなされてたけど……」

「え……あ……ハイ……誰かに呼ばれて……」


「……夏の湖の宿で誰かに呼ばれるって、それもうアレだよね……」


 心なしかシュレスの顔色がよろしくない。

 シルスが夢遊病者のように、ふわあっとベッドから起き上がると……


「ココから聞こえる……」


 すっ、と右手で寝ていたベッドの下を指差す。


「ちょっ、こわっ!ナニ朝からいきなりホラーなの!?ちょっと、ファル、ベッドの下見てよっ」

「わっ、我が魔真眼は告げる……確認はシュレスが良いと」


「ナニ言ってんの、ただの目玉じゃん!そんなコト言ってコワイだけでしょー!」

「シュレスとて同じだっ」


 二人がわたわたしている間にシルスが、すいっとベッドの下にうつ伏せに潜り込む。


「シルスちゃん!?」

「シュレスさーん、引っ張ってくださぁい」


 ものの数秒でシルスからの返答があり、足首を掴んでずるりと引っ張り出す。

 そこでシルスが手にしていたのは……


 大きな綿ボコリである。大きさは赤子の頭ほどあるだろうか。しかも二つ。


「綿ボコリでか!スゴーイ!こんなおっきいのっ初めて!おっきいー!」

「エロオヤジが喜びそうなコトバをさらっと……シルスちゃん……えと……シルスちゃん?……それ……ナニ?」


「綿ボコリの精霊です!のててちゃんとれててちゃんです!」

「え、名前あるの?綿ボコリに?」

「今つけました!右手のが、のててちゃんで、左手のが、れててちゃんです!」


 シルスが綿ボコリを高々と掲げるが、シュレスの目に映るのはどちらもただの綿ボコリである。


「一緒に連れて行きたいです!ダメですか……?リュックに入れておとなしくさせておきますからっ」


 うるうるっと上目遣いのシルスにクラクラするシュレス。


 ――やだナニこの子めっちゃカワイイ耳ペロしたいペロッてしたいいや違うっ。

 心の声が出ないようにぐっと堪える。


「連れてくのは全然問題無いと思うよ。ただの綿ボコリだし。シルスちゃんがいいならね……いいよね?ファル」

「……好きにするといい」

 ファルナルークは呆れを通り越して穏やかな顔である。


「ホントですかっ!?やったっ!よかったね、のててちゃん!れててちゃん!」


 シュレスの目にはどう見てもただの綿ボコリにしか見えないが、どうやら精霊が宿っているらしい。シルスは連れて行ってもいいですかと聞くが、ダメだと断る理由も無い。

 なにせ、ただの綿ボコリなのだから。


「……子供の頃、子犬拾ってきたコト思い出しちゃったよ……あの時は母さんに泣きながらお願いしたんだよねー。ファルも覚えてるでしょ?ウチの犬」


「……ビスタか」

「そう。もうけっこうな年寄りだからねー。この旅が終わったら会いに行こうかなー」


 子供の頃を邂逅するお姉さん二人の横で、シルスは新メンバーに挨拶をする。


「今日からよろしくね、のててちゃん!れててちゃん!」

 

 隣の部屋から聞こえてくるイタズラトラップに引っ掛かったファイスの声など、これっぽっちも気にならない。


 『7月組』に仲間が加わった。その名を『のてて』と『れてて』と言う。シルスのリュックの中が彼ら(?)の住まいである。

 精霊が宿っているらしいが、その正体は……

 綿ボコリである。


          ◇


 レイクドレイクスを後にし、多少のトラブルはあれど、行程的には順調である。

 旅の始め、シルスに対してツンツンしていたファルナルークの態度も幾分か和らぎ、無愛想ではあるがシルスと度々会話するまでに改善していた。


「ファルナルークさんの好みのタイプってどんな人ですか?ファイスさんとルディフさんだと……どちらかといえば、ルディフさんですかね?とりあえず優しいし、女の子に気遣いできるし、イケメンだし!ファイスさんはデリカシー無いし、わたしがいうのもなんですけど、おバカだし。オパイとかおしりとか、頭の中は5才児ですし!」

 

「お、シルったん、わかってるねえ。もっと誉めてー。俺、優しいよー?」

「いやいや、オレみたいなバカの方が一途だよー?」


 二人がアピールしてみるものの……


「どちらも願い下げる」  

 

ファルナルークは氷の一言で一刀両断する。


「ですよね~!二人共ゴミみたいなものですよねっ!いいとこなんてひとっつもないですよねっ」


「……そこまで言ってない」

 

「シルスちゃん、結構、辛辣(しんらつ)だねえ」と、シュレス。

 

「女の子に優しくするのとデレデレするのはベツモノだってコトがわかってないんです!青二才ですよ!ファイスさん!」

 

「名指しでオレなの!?」

「そうです!ねっ!ファルナルークさん!」

 

「反省すら出来ねばサル以下だ」

「ですよねー!」

 

「……なんかボロカスだな、オレ」

 

「まあ、生きてりゃそのうち良いことあるよ、ファイスくん!あっははー!」


 どうでもいいような慰めの言葉をシュレスから受けつつ、ファイスは、『女の子こわっ』と心の中で呟くのであった。


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