第18話 ファルナルークさんはたわわです!

 旅をはじめて、はや10日。


 目的地アールズまでの中間地点よりやや先の湖の街、レイクドレイクス。この島で2番目に大きい湖に面している。

 様々な人種、種族が出入りする交易の街であり、夏場はリゾートとして賑わいをみせる観光地である。

 夏休みという事もあり、多くの家族連れや若い男女のグループなどが湖を訪れ楽しんでいる。様々な店の客引きの声、子供達や若い女の子達のはしゃぐ声、楽器隊の生演奏も聞こえてくる夏の湖は大賑わい。


「来たきたキタきた!来ましたよー、水着会!夏と言えば海!湖ですけど、ここは海!照りつける太陽に焼けた砂が地獄ですけどここは天国!!きゃっきゃウフフな乙女会ですよおー!いやっほー!!」


「シルったん、目のつけどころナイスー!」

 

 やたらとテンションの高いハーフエルフの女の子は目立ちそうなものだが、ここは夏場のリゾート地。様々な人種が入り乱れ、シルスが悪目立ちするような心配は皆無である。

 獣人族、魔人族、エルフ、ドワーフ、リザードマンまでもが夏の湖を楽しみに来ている。


「早速、着替えて来ますねっ!行きましょう、ファルナルークさん!シュレスさん!男子の視線釘付けですよおー!そんなの許しませんけどっ!」


「……我は水着なぞ着ないぞ」


「ふっふっふぅ。そう言うと思ってましたよ、ファルナルークさん!水着になりたくなる呪文を唱えてあげましょう!」


「無駄な事を……」

 

 両手の親指と人差し指をファルナルークに向けて印を切るシルス。魔法も魔術も使えないシルスの『それ』は、もちろんただのフリである。

 

「ココロしてお聞き下さい!……ファルナルークさぁ~んんん……クサイです!」


「なっ……!」 


「ファルナルークさぁ~んんん……クサイです!」


「二回言った……だと!?我は臭くなんかないっ!」

 

「そうです!ファルナルークさんは臭くないです!臭いのは旅服です!この前ドブ沼に落ちたあのニオイが残ってます!いくら魔法防護マジックプロテクトが付与されてても、ニオイまでは防げなかったようですねっ!

 だから、お洗濯しましょう!そんでもって水着に着替えましょう!

 だっさいくっさい旅服なんて脱いで!旅の疲れを落としにいきましょお!水着ならホラ!レンタルできますよー!」

 

 本来臭くなくとも、『臭い』と言われれば気になってしまうのが人間の心理というものである。

 シルスは無意識に心の隙をついてファルナルークに揺さぶりをかけたのだが、その作戦は見事に的中したようだ。

 周囲の数人からクスクスと笑いが漏れ聞こえてくるのも、ファルナルークの羞恥心を大いに刺激する。


「わっ、我の旅服はクサくもダサくもないっ!」


 ファルナルークは強がってはみるものの、動揺している様は隠せないでいた。


「ホラホラ、シュレスさんも!着替えに行きましょー!青い空!白い雲!美女二人の白ビキニ!これだけで、かけつけ三杯いけますよおー!」


「なかなかやるねー、シルスちゃん。かけつけ三杯の使い方間違ってるけどねー」

 

「強引だねえ。シルったん」

「俺らじゃ、ああはいかないなー」


 他の三人は気にならなかったようだが、ルディフはシルスの言葉に少し引っ掛かりを感じていた。

 魔法防護マジックプロテクトがマジクスの旅服や保護装備に付与されている事は機密事項となっており、一般人には知られていない筈なのだが。何故、シルスが知っているのか?と。

 

 だが、ここでルディフは少し思い違いをしていた。

 魔法防護マジックプロテクトは、シルスのいた時代には技術革新によって様々な衣服や履き物に付与されている。

 この時代から数十年後には誰もが簡単に入手可能な魔法付与商品である。

 開発研究段階では世に発表されるまでは機密とされる事が多い。未来からやってきたシルスがそれを知る筈も無いのだが、ルディフはちょっとした違和感を覚えるのであった。


 ――夏だし、まあ、いっか!可愛いコちゃん達の水着優先!すたれてくマジクスより水着のオネーチャン!


 ファルナルークはシュレスにも説得され、しぶりながら着替えに向かった。


 待つこと、しばし。 

 ファルナルークは長袖、長裾の旅服を着用している。森の中や草原、藪の中を歩いたりする事もあるし、直射日光や虫から肌を守る為でもある。長袖、長裾、加えて日除けマントとなれば、肌の露出はほぼ皆無。

 

 そんなファルナルークが水着になれば……

 

「やた!パツキン美人定番の白ビキニ!シルス、よくやった!感激した!グッジョブ!」 


「いやらしい目でじろじろ見るな!呆け者ども!」


 白い肌はシミくすみ一つなく、それでいて病的な白さではない。金色の髪と白い肌の相性は神がかってすらいる。

 服の上からでも分かるふくよかな胸は水着になるとことさらに強調され、白ビキニからはみ出しそうなボリュームである。

 細いウエストから腰、臀部への曲線美は砂時計のようだ。すらりと伸びた脚部はやや筋肉質であるが、それはこれまでの剣技鍛練の賜物である。


 ファイスでなくとも、複数の男ども、他人種までもがファルナルークの水着姿に見惚れていた。


「眩しい!眩しすぎます、ファルナルークさん!日焼けを知らない白い肌にたわわな胸はもはや凶器!ウエストが細いからお尻がおっきくみえるって言ったコト覚えてますかっファイスさん!」


「ああ、納得だぜシルス先生!でもやっぱ、ケツおっきいけどなっ!シルス先生は、まあ、その、あれだ。前も後ろも、すとーん!てカンジだけど育ち盛りだからな!気にすんな!ちゃんとカワイーからなっ!」


「ファイスさんに気を使われるのは、なーんかシャクゼンとしないですけど、まあいーです!ファルナルークさんの神ボディの尊さの前では、わたしなんてザッソウです!」


 シルスも頑張って白ビキニに挑戦してみたものの、如何せん素材の発育がまだまだである。ファルナルークと並ぶとその差は歴然だが、シルスは全く気にしていない。


「そんなコト言わなくても、カワイーよ、シルったん♪」

 

 ルディフがすかさずフォローするが、シルスはファルナルークに夢中で耳に届いていなかった。


「なんでファイスはブーメランなの。お尻見えてるよ?」

「見せてるの!」


「シュレスっち……なかなか、どうしてナイスバディじゃなーい?着痩せするんだねー。ポニーテール似合ってるよん。オレ、シュレスっち全っ然アリだなー」

 

 シュレスは三つ編みをほどいて、シュシュでポニーテール。

 ファルナルーク同様、日焼け知らずの白い肌。

 細からず太からずの締まった身体に白ビキニはやはり、男どもの視線を惹き付けるに充分、魅力的だ。脚線美に至っては、本日の一番!を受賞しても誰からも文句など出ないだろうと思われるほどの美脚である。

 

「その全然アリって、女の子に失礼だよ?……なんでルディフはセパレートなの。それ、女子用じゃないの?ヘンタイなの?」


「だってティクビ恥ずかしいじゃーん?ちなみに男子用だよ、これ」


「面白いねー、君たち。それにしても……ファイスはあちこち傷だらけだねー」


「ん?ああ、色んな赤角と戦ったからなー、傷は勲章!」


 ブーメランパンツはさておき、シュレスの言う通りファイスの身体にはいくつもの切り傷や擦り傷の痕、獣に噛まれたような傷痕が見られた。

 マジクスとして戦い生き残ってきた証でもあるそれらを、ファイスは笑って『勲章』と言うのだった。


「さっ!日焼け止め塗りましょうね、ファルナルークさん!」


 ぬちゃり、と薄気味悪い音を立てて両手にべったりと日焼け止めクリームを付け、ファルナルークの身体に無理矢理塗りたくっていくシルス。


「日焼け止めクリーム入りまぁす!あっ!手がスベりまぁす!」

「わあっ!ちょっ!!コムスメ!?」


 立ったまま日焼け止めを塗ると、シルスの顔はファルナルークの胸の高さにある。どさくさまぎれに抱きついてファルナルークと密着するシルスの顔は、日焼け止めクリームでテッカテカである。


「オヤジくさいよ、シルスちゃん……」 

 苦笑いでシュレスがポツリと言う。


「お背中、失礼しまぁす!」

「やっ!ちょ!どこ触ってる!やんっ!」


「ファルっち、そのカッコでそんな声はヤベーって」


「やめ……っ!あっ!」

「んふー!ヤワハダです!スベっスベですねファルナルークさんっ!」


 ファルナルークの白い肌に巧みに指を滑らせて、無遠慮にまんべんなくクリームを塗りたくるシルス。

 時々水着の中にまで指が滑って入る。


「や、あっ!ばかものぉ!」


「怒られても気にしませんよー!日焼け止め塗ったら、さあ!行きましょう!ひゃっほー!!」


「ちょっ……待て!引っ張るな!」

 

 シルスは強引にファルナルークを波打ち際まで引っ張っていき、テンション高く湖水をファルナルークに浴びせかけた。

 

「あははー!いきますよおー!それーっ!」


 ばしゃー!


「冷たくて気持ちいいですねー!」


 夏の風物詩の一つ。シルス待望のうら若き乙女達のきゃっきゃウフフイベントである。

 

 だが。


「やっ!!あつっ!あっつ!」 

「まだまだ、それーっ!」


 ずばしゃん!

 大きな飛沫を思い切りファルナルークに浴びせかける。


「あっつーいいいいいっ!」 

「わたしもアツいですよお!ファルナルークさああん!」

 

 ずばしゃん!ばしゃーん!

 

「ちょっ!!シルスちゃん!やめてあげてっ!」


 連続でファルナルークに湖水を浴びせるシルスに、シュレスが慌てて駆け寄る。

 

「楽しいですねー!ファルナルークさあああん!」

「待って待って!」


 二人の間にシュレスが割り込み、ハイテンションなシルスを制する。


「シュレスさんも一緒にぃ遊びましょお!」 

「落ち着いてシルスちゃんっ!ファル、ぐったりしてるからっ!」

「えっ?」


 はっ、と我に返って見ると、ファルナルークの白い肌がのぼせて湯だったように赤くなっている。


「えっ?ファルナルークさん!?しっかりして下さい!なんでこんなことにっ!」


「なーるほどねー、ファルっちが天気に細かい理由はこれかあ」


「なになに?どゆこと?」


「おバカなファイスっちに教えてあげよう!水だよ、水!冷水を熱く、熱湯を冷たく感じてるってコトだよ。メシ屋で熱湯飲んでたのも納得だよ。あと、ファルっちて、にわか雨とか夕立にやたら敏感じゃん?そりゃそうだよなー、熱湯の土砂降りなんて浴びたくないよなー。これもエルフの呪いってヤツかな?」 


「ドブ沼は平気だったのになー」

 二人で沼に落ちた際の事を思い出すファイス。


「生温かったから熱くも冷たくもなかったんじゃないかな?たぶんね」


「そういや、熱湯を素手でハジいてかけられたコトあったなー。ファルには冷水だったってコトかー。じゃあ助けないとっ」 


「助けるってどうやって、って行っちゃったし……あ、殴られた……あ~あ」


 こうして、楽しいはずの水着イベントはうやむやに終了してしまったのであった。


          ◇


「すみません、ファルナルークさん……わたし、知らなくて……」


 日陰の休憩舎で横になるファルナルークに、シルスは肩を落としてしょんぼりと謝った。


「気に病むことはない……」

 

 そうファルナルークは答えたが、言葉に力は無い。


「やっぱり最初に言っとくべきだったねー。ファルは言わないでほしかったみたいだけど……アタシも不注意だったよ。まあ、そんなにしょげないの。ね?焼きモロコシでも食べよっか!」


「シュレスさん……優しいですね……でも、耳は舐めちゃダメですよ」

 

「おっと、見抜かれてたかー!」 

「ファイスさんとルディフさんは?」


「ナンパしに行ったみたい。バカだよねー、いいオンナ3人もここにいるのにね」

 

「3人……わたしもですかっ?」

 

「将来、ってつけたほうがいいかな?シルスちゃんはイイオンナ候補だよ、たぶん」

 

「えー、テキトーだなあ、シュレスさんてば!」

 

「なんか楽しそうじゃん!なに話してんの?」 

「ファイスさん!ナンパしに行ったんじゃなかったんですか?」

 

「お湯もらってきたんだよ。もちろん、ファルにね!」

 

「ルディフさんは?」 

「チャ髪のオネーチャンとどっか行ったよ」

 

「ファイスは行かないの?」 

「いやあ、仲間を心配すんのはトーゼンじゃん?」

 

「下心しかみえませんね」 

「下心しかみえないねー」

 

「声そろえて言う?なんか二人似てるよなー。見た目もそうだし。髪の色は違うけど目元が特に。目の色同じだし、ちょいタレ目だし」

 

「え、そうなの?全然気付かなかったよ」 

「よくある翠目グリーンアイですよねー」

 

「目が似ると他の部分も似て見える、って言うしね。さて!宿もとった事だし、アタシとファルは戻ろうかな。シルスちゃんはどうする?ファイスと遊んでく?」


「え……でも……」


ちらっとファルナルークを見るシルス。

 

「……我に気を使わずとも良い」

 

「オレなら全然余裕で遊べるぞっ!どんとこい!ホラいくぞシルスっ!」

 

「……しょうがないですねえ、遊んであげますよ!行ってきます!ファルナルークさん!シュレスさん!」


 湖に向かって先に駆け出していくファイスを追いかけていくシルス。

 

「無邪気だねー、シルスちゃん。ねえ、ファル……悪気はないって……」

 

「……わかってる……」

 

 ぽそっと呟くように言うファルナルーク。

 

「うん……そっか」

 

 シュレスは、ファルナルークのシルスに対する不器用な優しさを微笑んで嬉しく思うのだった。


 夏の空はどこまでも青く高く、湖の向こうに見える大きな積乱雲の白の彩りが透き通るように美しい。


 シルスの無邪気に元気にはしゃぐ声が、お姉さん二人を優しく癒してくれていた。

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