第17話 ファルナルークさんはカッコいいです!

 またまた、とある日。


 小さな町の休憩所に入り、森の中を通り抜けた方が速い、というルート選択をしたときの事。


 ここで馬車を借りて素早く森を抜ける予定だったのだが、旅人が考える事は皆同じらしく馬車は一台も空きが無い。

 四日後まで予約でいっぱいだという。

 迂回すれば五日はかかってしまうし、四日もぶらぶらする訳にもいかない。

 シルスの希望する日程に余裕を持たせる事を考えると、選択肢は徒歩移動のみ。


 早々に馬車を諦め、町で護衛らしき冒険者を雇って徒歩で森を抜けようと歩いている旅人をちらほらと見かける。

 丸腰でこの森に入るのは危険なようだ。


「この森ってさ」

 珍しくシュレスが緊張した顔である。


「危険度指数7……ヤバい感じはするなー。なるべくなら避けたいとこだけど」


赤角あかつのの出現率は下がってるみたいだけど……油断禁物で行こうか」


 休憩所の情報掲示板によると、この森の危険度指数は『7』。

 魔物が潜む恐れのある箇所は1から10の危険度が設定され、そこを通過する際の注意を促す指数となっている。

 魔獣や妖獣の類が減少したとはいえ、完全に滅びてはいない為、シュレスは緊張感をもって言うのだった。


 ――危険度7って……そんな危ないのかな……


 シュレスの緊張感を感じて言葉にはしない。

 シルスのいた時代では危険度7指定の場所は数ヶ所あるがこの時代ほど多くは無い。あっても指数5がせいぜいであり、野生の熊や猪などがそれに当たる。


 ファイスを先頭にルディフ、シルス、シュレス、ファルナルークの縦一列、普段とは違う並びで森を行く。


 道は整備され分岐点もないので、迷うという事はまず無いが、しかし。 

 森に入って2時間、何事もなかったがそれは突然現れた。


「わ!ちっちゃいカマキリですよお!かわいい~」


 シルスの一言で全員に緊張が走る。


「シルスっ!伏せろ!」

 と、咄嗟にファイスがシルスに覆い被さった。


「えっ?」


 ひゅん!

 風切り音と共に何かがシルスの頭上を通りすぎる。

 切れた数本の髪の毛がハラハラとシルスの鼻に落ちた。


「え!?なにっ!?」


 がさがさっと藪から現れたのは。

 人の大きさを優に超える巨大なカマキリだ。

 逆三角の小さな頭に不釣り合いな鋭いノコギリ状の巨大な両手鎌。大きな体の割に俊敏な動き。

 一番の違いは、頭部に生えた小さな二本の赤い角である。魔力核の大隆起の影響を受けたのは人間だけではない。

 動物や昆虫も魔力核の影響を受け、あるものは巨大化し、あるものは知能が上がり、あるものは能力を覚醒させた。


 魔力核の影響の証しと言われるマジクス特有の赤い斑点。

 マジクスの多くが、小さな赤い痣のように身体のどこかしらに斑点が現れたのに対し、野生動物や昆虫には小さな赤い角が頭部に現れた。


 それらは赤角あかつのと呼ばれ、たちまち、人類の脅威となった。

 やがて、知能の高くなった人間以外の動物達が、人間を襲い始めた。

 魔力核の大隆起で特殊能力を得た人間『マジクス』と『赤角』の戦いが勃発したのである。


 爆発的な力をもって人間を襲った赤角だったが、その終息も早かった。

 様々な研究、議論が成されたが終息原因は未だに出されていない。


 今、目の前に現れた巨大カマキリは、そんな赤角の生き残りである。

 触れただけで切れてしまいそうな鋭い両腕の鎌をゆっくりと上下に動かし、5人の前に立ち塞がる。


「擬態してて気付かなかった!」


「これはヤバい。マジでヤバい。虫はナニ考えてっか察知出来ないんだよなー!」


 普段お気楽なファイスとルディフの声が緊張で固くなる。


「アホ毛がっ!ファルナルークさんとおそろいの前髪アホ毛があああっ!」


「我の前髪はアホではなああい!」


「アホでもなんでもいいから逃げろっ!」


 赤角カマキリが逃げ道を塞ぐように素早く回り込む。


 ――ヤバイ!殺られる!

 ファイスが自身のスキル『空動エアムーブ』のモーションを取った、その時。


「ロックオン!」

 ファルナルークの凛とした声が響き、

「シュート!」


 キュン!


 甲高い音と共に、一瞬の閃光。


 赤角カマキリが閃光に反応して巨体に見合わない素早さで横に跳ぶと、ファルナルークから放たれた拳ほどの大きさの光の弾がカマキリを追いかけて巨大な鎌を打ち砕いた。


 赤角カマキリは怯まずに背中の羽根を拡げ、ファルナルークに向かって突進してきた。


「もう一撃、っ、ロックオン!」

 右手を赤角カマキリの頭部に向けて照準を合わせ、

「シュート!」


 キュン!という音と共に放たれる光の弾を再度、素早く避ける赤角カマキリ。

 あらぬ方向へ飛んでいったかに見えた光の弾がキュッと鋭角に曲がり、赤角カマキリを追いかけて額のど真ん中を貫いた。


 どさあっ!と赤角カマキリがもんどりうって倒れ、頭部に風穴が開き脳を失って尚もバタバタと動き続けたがしばらくすると動かなくなった。 


 一瞬の静寂の後。


「きゃあああ!ファルナルークさあああん!かっこいいいいいい!」


 シルスが初めて見たマジクスの能力はファイスの『そよ風スカートめくり』だった為、ファルナルークの強烈なスキルを目の当たりにして感嘆の声を上げた。

 ファルナルークに対する惚れ度合いがさらに増した瞬間、である。


「追跡閃光弾!ファルっちが!?」


「うっわ!!スゲーな、ファル!SSクラスのスキルじゃん!」


 ファルナルークのスキルに驚愕するモブ二人。


 攻撃力が極めて高いマジクス・スキル『閃光弾フラッシュバレット

 いわゆる飛び系の攻撃型スキルである。


 直進のみの閃光弾と違い、ファルナルークの『追跡閃光弾チェイスフラッシュバレット』は追尾能力をも併せ持つハイレベルスキルである。その名の通り、ロックオンした相手に閃光弾を放ち、命中するまで追尾する。

 唯一の難点は、必ず相手を捕獲照射ロックオンしないと命中精度が格段に下がる、ということだ。


 遠近共に有効な攻撃型のスキルはSSクラスに分類され、マジクス・スキルの中でもトップクラスに当たる。

 さらに上のSSSクラスがあるが、現存するマジクスは十数人しかおらずその大半は騎士団や軍隊といった国に仕える位置に属する。


 ファルナルークのようにSSクラスのスキルを持ちながら何処にも属さずに旅をしている者も珍しくはないが、その多くは冒険者登録をしてクエスト攻略などで稼いでいる者が大半である。


「我がスキルは、追跡閃光弾チェイスフラッシュバレットなどといったダサチャラい名では無い!」

 高らかに言うファルナルーク。


「へー、別のスキルネームあんの?なんての?」


「『必殺追跡魔王光弾弐式』だ!」


「ひっさつ……にしき?……あ………そう、うん」


 ファルナルークのネーミングセンスに、さすがのファイスも静かになってしまった。


「なっ……なんだその可哀想な者をみるような眼は!カッコいいだろう!」


「どう思う?シルったん」

 いきなりルディフに話を振られてビックリするシルス。


「えっ!?聞いてませんでした!」


「シルったーん……聞こえてたろ?『必殺追跡魔王光弾弐式』」

「えっ!?」


「『必殺追跡魔王光弾弐式』」

「えっ!?」


「『必殺追跡魔王光弾弐式』」

「……えっ!?」


「……なるほど、リョーカイ。もう聞かない。言ってるオレが恥ずい」

 シルスの心を汲んで、ルディフはそれ以上聞くのを止めた。


「ファル、手、出して」

 シュレスがファルナルークに促すと、ファルナルークは素直に右手を差し出した。


「やっぱり……耐性落ちてるね」


 スキルを発導したファルナルークの手のひらは、火傷と凍傷を同時に負ったような傷痕がうっすらとできていた。


「練り薬、塗っとくね。しばらくは技使っちゃダメだからね」


「うん……ありがと」

「素直でよろしい」


 シュレスは薬を塗りくるくると器用に包帯を巻くと、最後に、ぽんぽん、とファルナルークの手に巻かれた包帯に軽く触れた。

 早く怪我が治りますように、とのおまじないの意味合いも含まれている事はこの島に住む者なら誰もが知っている。


 ――わたしもファルナルークさんの手、ぽんぽんしたいっ!されたいっ!


 二人のやりとりを傍らでじっと見ていたシルスは心の中でそう思うのだった。


「ん?なんだよ、頭ナデナデくらいしてやんよ」


 ちょっと勘違いしたファイスがシルスのふわふわの髪を撫でた。


「わたし、そんな羨ましそうにしてたかな?でも、なんか違う……」


「あれっ?っかしいなあ。ルディフもナデナデしてやってよ」


「俺はいいよ。ムサイ野郎にナデナデされて喜ぶ女子なんていないって」


「先を急ごうか!カマキリは単独行動多いから助かったけど、他にも何かいるかもしれないしね!」

 シュレスが緊張感を持って言う。


 赤角カマキリが絶命した証に、赤い角は真っ黒に変色していた。


 ――赤角……か……


「ファイスさん?どうしたんですか?」

「イヤ、なんでもない!行こうか!」


 シルスが珍しく神妙な顔つきのファイスに声をかけると、ファイスはいつものように明るく答えた。


 足早にその場を立ち去り、しばらく行くと他の冒険者が倒したと思われる大きな双頭蛇ツインヘッドスネークの死骸があった。倒されて間もないのか、虫も集らず死肉を食らう獣の姿も無い。


「やっぱりヤバイトコだなー。危険度7なんてデタラメじゃん。さっさと森出よう!シルス、大丈夫か?おんぶしてやろうか?」


「ダイジョブです!まだまだ走れますよ!」

「足痛くないか?靴ズレとかしてないか?ずっと歩きづめだからなー」


「全然平気ですよー!なんなら競争してもいいですよっ!」


 ファイスの気遣いに笑顔で答えるシルス。

 その元気が皆の気分をも励ましていることにシルスは気付かない。


 幸いな事に他の赤角に遭遇することなく、一行は無事に森を抜ける事が出来た。


 森を抜けた少し先の小高い丘の上から、次の目的地の街が見えてきた。


「わあ!キラキラしてますよ!海みたい!キレイですねー!」


「レイクス湖だね。距離的にアールズまであと半分強ってとこだねー。行程に余裕あるし、明日は水遊びでも出来るかな?」


「水遊びっ!やったっ!楽しみです!」


 この旅でようやく夏休みらしいイベントを目の前にして、シルスのテンションは右肩上がりである。

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