第16話 旅は道連れとは言えど 2

  日は傾き、ヒグラシの鳴き声がどこか物悲しく辺りに響いている。

 夜露を避ける為に、大きな木の下でシルスが集めた薪で火を起こし暖を取る。

 沸かしたお湯で身体を拭き、髪の泥を落とすファルナルーク。シュレスとルディフは二人の旅服を洗いに川に向かっていた。

 

「なー、ファルー!まだー?オレ、くっさいままなんだけどー?寒いしー」


「ダメですよ、ファイスさん。ファルナルークさんを困らせた罰ですよ!ファイスさんも川に行けばよかったのに」


 毛布一枚羽織っただけで、焚き火から離れた場所に放置されるファイス。

 見張り役としてシルスがファイスを監視している。

 川で水浴びすればとシルスは言うが夏とはいえ、夕刻の谷川の水は冷たい。

 

「なー、シルスー、ほんとに寒いんだって!オレの伝説の魔剣、メチャメチャちっちゃくなってるよ?見る?」 


「おれのでんせつの……?うわ!見るワケないじゃないですかっ!おバカさんですかっ!乙女になんてコト言うんですかっ!キモっ!」 


「いや、ほんと、いくら夏だからって夕方の木陰で毛布一枚って、これは寒い!」


「ダメですよ、ファイスさん!そんなこと言ってファルナルークさんの尊い裸見たいだけでしょう!」


「もーダメ、ガマンできないって!寒いし!ファルー!オレも焚き火にあたるー!」


「あっ!ファイスさんっ!」

 

 髪を洗い終え、肌着を変えてブランケットにくるまるファルナルークの前に飛び出すファイス。


「うわあ!醜いモノをブラブラしながら走るなっ、たわけ者っ!ヘンタイ!」

「なんもしませんて!火にあたりたいだけだから!」

「くらうがいい!」


 鍋にかけられた熱湯を素手で弾きファイスに浴びせかけるファルナルーク。


「あつっ!熱いって!やめれって!あつっ!」

「こんなのは冷水だっ」

「熱湯だよ熱湯っ!あつっ!」


 はたから見れば若い男女が、ただ戯れているようにしか見えない。


「はー……ファイスさんて……悪気のないおバカさんなんですねー」

 ーあれ?自分で言ったのに、なんか身に沁みるコトバだなー……

 

「仲いいねー、二人とも」


 シュレスとルディフが洗濯を終えて戻ってきた。ふと見ると、ルディフの頬に赤い手形がくっきりと浮かんでいる。


「……どしたんですか、ルディフさん?」

「いやあ、シュレスっちの肩に手ぇかけたら拒否られただけ」


「えっちなコトするからですよー」

「えー、そんなアレか?」


「線引き、ってのは大事でしょ?この旅に男女のもつれは無しで!ね!」


 シュレスがパチッとウインクをする。


「シュレスさん、オトコマエ!」

「それって誉めてる?」

「もちろん!」


 どたばたしながらもようやく落ち着き、焚き火で旅服を乾かしつつ、囲んで暖を取る。

 

「シュレスさん、リーダー向きですね!」

「ん?リーダーねえ……いる?」

「いた方がいいと思います!」


「立候補はしないけど推薦なら、ってタイプだよ、アタシ。でも、それってずるいでしょ?言い出しっぺは自分じゃない。決めたのは周りの皆、みたいなさ」


「じゃー、オレ?」と、立候補してみるファイス。


「却下ですね」シルス

「却下だな」ルディフ

「却下かなー」シュレス

 ファルナルークは無言で首を横に振った。

 

「俺もリーダー向きじゃないなー。皆をまとめるってガラじゃないわー」


 軽く言うルディフは、どちらかと言えば集団行動より単独行動の方が向いているタイプである。


「我の魔真眼ましんがんは真実を告げる……リーダーはシュレスが良い、と」

「なに、ファルの目玉って喋るのか?」

「ファイスさんはもう、静かにしてて下さいっ」

「へーい」


 とまあ、そんなこんなで5人の上下関係が確定したような一日であった。


         ◇


 とある休憩所にて。


「わたし、ミント水くださーい!」シルス。

「俺は水」ルディフ。

「オレも水」ファイス。

「アタシはレモン水」シュレス。

「熱き水を」と、ファルナルーク。


「え……ファルナルークさん熱いの飲むんですかっ?」

「我が何を飲もうが関係なかろう」

 ツンと冷たく答えるファルナルーク。

 

「ファルって変わってるなー」 

「貴様に言われる筋合いはない」 

「まーた、そんなツンツンしちゃうー?」 

 

「ねえ、ファル……言っておいた方が良くない?」


 シュレスがファルナルークになにやら耳打ちするが、ファルナルークは無言で首を横に振り、人差し指を自分の唇にあてた。

 

 言っちゃダメ。


「うん、そっか。わかった」


 ファルナルークの仕草を見てシュレスが頷く。二人のやりとりを不思議に思うシルスだったが、聞かない方がいいのかなと、その場は流すことにした。


 休憩所を出ると先ほどまで快晴だった空が曇り始めていた。

 雲の流れは速く、間もなく天候が変わる事が予想できる。


「大気が泣き出しそうだ……」

 

 ファルナルークが空を見上げて言う。


「どうしたんですか、ファルナルークさん。むずかしい顔してますよ?」


「わかってないなー、シルス。ファルはなー、屁をガマンしてるんだよ!」


「……へ?」


「そう!屁!シルスだってするだろ、屁!」


「ファイスさん知らないんですかっ?乙女はおならなんてしない生き物なんです!デリカシー無さすぎですよ、もう!」


「イヤイヤ!するだろー、屁!なあシュレス!」

「アタシに振らないでよ、おバカ。今日は夕立がありそうだからちょい先急ごうか、ってさ」


「おー!シュレスさんは通訳なんですねー」

「昔馴染みだからね。ファルの事なら分かっちゃうんだよー、ね!」


「じゃあ、スリーサイズを!はい!」

「91、56、91だっけ?あ、言っちゃった、ファル、ごめーん」


 ファイスに話を振られてぽろっと言っちゃうシュレス。


「90超え!ほーら、やっぱケツおっきいじゃん」


「もう、ファイスさん!ウエストが細いんですってば!お尻がおっきいのはちょとだけですよっ」


「ちょっとだけって言わないだろー、アレは結構デカい!」


「女の人のお尻をデカいなんて言うものじゃないですよファイスさん!」


「尻のハナシはどおおおでもよかろう、うつけ共……っ!」


 またファルナルークに怒られてしまう懲りない二人であった。


         ◇


 ――お話したいお話したい!ファルナルークさんとお話がしたい!


 初めの内は一緒に歩けるだけでよかった。同じ時間を共に過ごし、同じ空気を吸い、同じ鳥のさえずりや虫の鳴き声を聴く。シルスはそれだけでも嬉しく思っていた。

 

 しかし。


 41年もの時を超えてきたのに、シルスはファルナルークとはほとんど会話をしていない。

 どうでもいい雑談なら、ファイスやルディフと何度か盛り上がったが、それはシルスの求めているものではないし、本当にどうでもいい事だった。

 直近では、お尻の話で怒られた事しか記憶にないほどファルナルークとは言葉を交わしていないのだ。


 なにか会話のネタがないかとあれこれ試行錯誤するシルス。

 どんな小さな事でもいいから仲良くなるきっかけが欲しいシルスは、ベタなネタ振りではあるが誕生日を聞いてみることにした。


 ファルナルークが7月生まれなのは母から聞いていたが、いかんせん小さな頃に亡くなったから日付を覚えていないと言う。自分の母の誕生日がわからないものかな?と疑問に思いつつ、自分で調べてみることに。

 が。

 役所で調べたい所だったが、役所が休みだったり、シェラーラとの勉強会だったり、旅の準備だったりと忙しく、時間を取れなかった。

 いきなり『誕生日いつですか』と聞いてもウザがられる可能性が高い。


 そこでシルスは考えた。 

 いきなり誕生日を聞いても、何も考えずにさらっと答えてくれそうな人は?と。


 ――よし!ここはひとつファイスさんをダシに使って話を膨らませてみよう!


「ねえねえ!ファイスさんてぇ、お誕生日いつですかっ?」


 小首を傾げ上目遣いで、少しだけカワイ子ぶって聞いてみる。


「お、いきなりどしたん?オレのコト気になる?気になる?」


「違いますよ気になんてなりませんよ誕生日いつですかって聞いただけですよなんなんですかキモいですよさっさと教えて下さいよ」


「いきなり聞いといてなんか冷たくないかっ?7月8日だよ。もう過ぎちゃったけど」


「へー。ファルと同じ誕生日だねー」


「「え」」シュレスの言葉にファルナルークとシルスが同時に固まる。


「ええええええっ!?」 

 大きく驚いたのはシルスの方だ。


「なんだよシルス、びっくりし過ぎじゃん?それにしても、ファルと同じ誕生日かー。これってさー、運命的なカンジー?」


「にゃにおう……っ」


 軽ーく言うファイスに少しだけイラッとするシルス。


「嘘だ……っ」


 ファルナルークは、あからさまにイヤそうな顔でポツリと言う。


「なーんでだよー、誕生日誤魔化してもなんも得なコトないじゃん。シルスは誕生日いつなんだ?」

「7月7日……」

「おー、1日違いかー!それも運命的だな!」


「1日違いって……わたしもファルナルークさんと同じ誕生日がよかったなー……かーさん、もうちょっと我慢してくれたらよかったのにー……」


「なーんてコト言うのシルスちゃん!こうやって元気にいられる事が一番良いことなんだからさっ!誕生日なんてオマケみたいなモンだよ!」


「シュレスは誕生日いつなの?」

「アタシもファルと1日違いの7月9日!ファルの方が1日早くお姉さんなんだよ。オモシロいねー、7月生まればっかだね。ルディフは?」


「俺も7月。22日だよ。こんな偶然てあるんだな。このパーティーネーム『7月組』で良いんじゃない?」


「パーティーネーム!いいですねえ、それ!」


 実のところ、ルディフは7月生まれではない。

 2月生まれである。


 ――コイツら全員、夏生まれ……それでこんな陽気なツラ構えなのか……


 と、ルディフはずいぶん偏った考え方をする。

 ここで一人だけ冬生まれだと言った所で会話は弾まない。全員一致した方が仲間意識が高まるし、親近感も沸きやすく何より盛り上がる。

 損か得かで考えると、7月生まれと言った方が得である。

 そうルディフは判断し、自分も7月生まれだと偽ったのだった。


 ――ま、過ぎた誕生日の話なんて、どーでもいい情報だしな……誕生日プレゼント作戦は使えないって分かっただけでも、価値アリかな?


「『7月組』の次の予定は何ですかっ?シュレスさん!」

「予定もナニも……アールズに向かって進むだけだよ?」


 結局、ファルナルークとは大した会話は出来なかったが、シルスはめげない。

 きっと、笑顔で話せる日が来る。

 この言葉を胸に、シルスの旅はまだ続く。

 

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