第15話 旅は道連れとは言えど
まず目指すは、旅の中間地点である『レイクドレイクス』
途中、小さな町がいくつかある為、そこで食料や備品の補充をしながらの旅となる。
ちらほらと会話はするものの、打ち解けるにはまだ早い。互いに様子見、といった感じで初日、二日目が過ぎていった。
ファルナルークに至っては警戒心が強いのかあまり喋らない。というか、シュレスとしか会話らしい会話をしない。
シルスがドキドキしながら話しかけても無愛想に、ああ、とか、うむ、とか単発の返事しかせず、会話にならない。
返事が帰って来るだけましな方で、ファイスやルディフが話しかけると汚物を見る目でイヤそうな顔をするファルナルーク。
アトラクスでのはじけっぷりは、時給アップと店長たっての希望があったからと教えてくれたのはシュレスだ。
次の町まではまだ距離がある為、夜は野宿をとる事になり。
シルスはキャンプ気分で野宿すら楽しい、と言い切り笑顔である。
二日目に街道沿いの食事処で今後の打ち合わせをした際に、男二人は交代で見張りと火の番を担当。二人用テントはシルスとシュレスが使用し、場合によってはシルスだけ使う、といった取り決めとした。
シルスは、わたしも夜空の下で寝たいです!と不満気であったが、旅に慣れてきたらねというシュレスの説得を素直に受け入れた。
狭いテントではあったが、それでもシルスはその状況が楽しくて仕方がない。ただ、ファルナルークはシルスと一緒にテントに入ろうとはせず外で夜を明かした。
狭いから、という理由だけでは無く、エルフへの嫌悪感と警戒心を多少なりとも抱いているからなのであった。
表情には出さないが、シルスは内心寂しく思う。だがめげない。
――なんとかなるなるー♪
軽いノリと明るい性格でどんな状況も楽しい方向へ持っていけるのは、シルスの特技と言っていい。
旅を始めて三日。ただただ歩きの道程では、食事の時間を除いた『退屈しのぎ』が唯一の娯楽である。
退屈しのぎといっても、会話すること、言葉遊びなどの暇潰しが主たるものである。
シルスは、シュレス、ファイスとルディフの軽い話題で時間潰しには困らない。
ファルナルークが喋ってくれない為、もしファイス達がいなければただの無言行軍。
それは、お喋り好きなシルスには苦行でしかない。そういう意味では、チャラくておバカなおニーサン2人はシルスにとって救いであった。
周囲に建物も立ち木もなにも無い、見通しの良いだだっ広い草原の一本道。
「いいお天気ですねー!気持ちいい風ー!ねっ、ファルナルークさん!」
「……熱風」
「ですよねー!」
つっけんどんなファルナルークにもシルスはめげない。
ふと、そこに一陣の夏風が舞う。
ファイス達の前を歩く女子3名の日除け用マントがふわりとめくれあがった。
道中、暇をもて余す時間帯は必ず生じる。
――ちょおっと、からかってみるか。
そう思ったのがファイスの間違いだった。
「ファルってケツおっきいよなー。太った?」
「馴れ馴れしく愛称で呼ぶな、うつけもの」
ファルナルークがファイスを睨みつけるより速く、シルスが二人の間に割って入る。
「なあんてコト言うんですか、ファイスさん!セクハラですよっ!おバカさんですかっ!旅して3日目で太ったかどうかなんてわかるワケないじゃないですかっ!
ファルナルークさんはですねえ、すっごくウエストが細いんですよ!お尻がでっかい訳では無いんです!そりゃ、ちんちくりんな私とかひょろひょろいシュレスさんに比べれば、ちょおっとだけおっきいかもですけどっ!ちょっとだけですよ!ね!シュレスさん!」
一息でまくし立てるように熱弁するシルス。
「うん、そおだね……ひょろひょろい……ね。ははは……せくはら?て、なに?」
「ねっ!ファルナルークさん!」
「いや、おっきいだろ!実際問題、おっきいだろ!昨日のメシ屋で確認済みだし!」
と、なぜかムキになるファイス。
「おっきくないですってば!ちょっとだけですよ確認てなんですかイヤらしい目でファルナルークさんを見ないで下さいっ!大体、お尻おっきいって言われて喜ぶ女のコなんていませんからねっ!ファルナルークさんのお尻はそんなにおっきくないですー!」
「イヤイヤイヤイヤ!!おっきいって!!丸イスから、ぶにっとはみ出るんだぜ!?はじめ、肘掛けイスにケツはまってたし!」
「子供用のイスだったじゃないですかっ!」
「それにしたって、ずっぽしはまって抜けなかったろ!?シルスだって笑ってたじゃん!」
「笑ってないですー!あの時は背中がかゆかっただけですー!ずっぽしなんて表現はお下品ですー!ファルナルークさんのお尻は芸術の領域ですー!」
「イヤイヤイヤイヤ!ただのケツだよ!おっきいケツ!」
その時、神速でファイスの鼻先を何かがかすめていった。
「い!?」
地面に突き刺さったファルナルークの剣が目に入る。
血の気が引く音を、ファイスは久々に聞いたような気がした。
「我が尻のハナシなど、どおおおおおおおでもよかろうが、うつけ共……っ」
「えっ!?わたしも!?もおっ、ファイスさんのせいで怒られちゃったじゃないですかあ!」
「鼻が無くなるトコだったぜ……」
冷や汗を拭うファイス。
「ひょろひょろい私がみるに、二人とも有罪」
「えー!?」
「地獄の蓋、開けちゃったねー。ファイスっち、シルったん。二人ともコドモだねえ」
ルディフは欠伸をしながら他人事のように、この退屈しのぎを傍観していた。
◇
また、ある日。
爽やかな夏の風吹く午後のこと。
旅にはちょっとしたトラブルやアクシデントはついてまわるものである。
リゾート地でもある『レイクドレイクス』への道すがら、森と呼ぶには小さく、林と呼ぶには大きい樹林地帯に差し掛かった時の出来事である。
「自然が我を呼んでいる……」
「ああ、行っといでー。気をつけてね」
シュレスとファルナルークの会話を疑問に思うファイス。
「なに?どこ行くんだ?単独行動は危ないじゃん?」
「察しろ、呆け者」
「自然が呼んでるってなになに?」
藪の中に入ろうとするファルナルークに続こうとするファイス。
「ついて来るなっ!貴様っ!わざとか!?わざとだな!?」
ルディフは二人のやりとりをニヤニヤしながら見ている。
「やっぱ、おもしれーな、ファイスっちは」
「いいからそこで待て!ステイ!」
イラついた様子でファルナルークが犬に指示を出すように地面を指差す。
「ファイスさん!ファルナルークさん困ってるじゃないですかっ!」
ファルナルークは困っている、と言うよりむしろ嫌がっているように見えるが、ファイスは何の事かわからない。
「困ってるなら、なお手助けしたいじゃん?あ!おい!」
ファルナルークが隙をついて茂みの向こうに姿を消したのをファイスは見逃さなかった。
「どこまで行くんだー?」
「連いて来るなと言ってるだろう!ヘンタイかっ貴様はっ!」
落ち葉が堆積した斜面を足早に駆けるファルナルーク。それを追いかけていくファイス。
「こんなとこで走ったら危な、っ、てっ!」
「わあっ!掴まるなっ!触るなヘンタイ!」
「やばっ!うわわわっ」
「きゃあっ」
がさがさっ
ぼちゃん!
ファイスが足を滑らせバランスを崩した拍子にファルナルークに掴まってしまい、二人そろってドブ川に落ちた。
流れのない川、いわゆる死に水。夏の気温も相まって、ぬるく悪臭漂うドブ川だ。
流れが無さすぎて、もはやドブ沼と化している。
「な、っ……なんで我がこんな目にっ」
「くっさ!ファル、くっさー!」
「我が臭いみたいな言い方をするな、呆け者!誤解されるだろうがっ!」
「だって、臭いじゃん!」
「貴様とて同じだっ!」
ファルナルークのツヤサラ金髪は見るも無惨に泥まみれ。ただの泥ではなく、うっすらと緑がかっているから尚、厄介。
藻が混じった泥は臭さが倍増している。
「ファルっちー。ファイスっちー。悲鳴聞こえたけどだいじょーぶー?」
二人の心配などしていないような間延びしたルディフの声が泥沼に響く。
「あーあ……ヒドイね、こりゃ。あと、臭い。だははっ」
ルディフ爆笑。
「ああっ!ファルナルークさんが大変なことにっ」
憧れの君の無惨な姿にシルス愕然。
「自然が呼んでるってこのことなのかっ?うわ、くさっ」
「おバカさんですかファイスさん!女の子が好き好んでドブ沼にハマりに行くワケないですよっ」
「おバカなファイスっちに教えてあげよう!『自然が呼んでる』ってのは、用足しのことだよ」
「用足し……あー……なんだよ、初めからそう言えばいいのに。いきなりワケ分かんないコト言い出すからさー。あれっ?もしかして……もう、出ちゃっ……」
「……コロス」
「え」
「ワレ、キサマ、コロス」
「なんでカタコトなんだよ、って、え!?」
ファルナルークの抜剣一閃!
ひゅわっ!と、ファイスの鼻先をかすめる!
「うわっあぶなっ!ちょ!マジで!?」
「ああっ!ファルナルークさんがご乱心にっ!」
「キサマ、クビ、ハネル」
さらに鋭い一閃!すんでのところで交わすファイス。
「わわっ!あぶないって!ごめんて!ごめんなさいファルナルークさーんっ!」
泥沼の中でファイスを追いかけるファルナルーク。しかし泥に足を取られて動きは鈍い。
「あちゃー、怒らせちゃった。これがホントの泥沼の二人。なんつって」
「あっ!ルディフさん上手い!じゃなくてですねっ」
「あ~あ、2人してどろどろだねー。これはもう、今日はここで野営かな。2人共上がってきてー!洗ってあげるから服脱いでねー」
「お湯沸かさないとな。じゃ、俺は火の準備しよっかな」
「あ、わたし、
てんやわんやで旅は進む。
シルスはこの状況を楽しんでいた。シュレス、ファイス、ルディフの3人もそれなりに楽しんでいるようだ。
ただファルナルークだけは、未だ楽しそうな顔を見せていなかった。
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