第10話 41年前のアトラクス

 二人でとっちらかった部屋を片付け、テーブルが割れた事を素直に詫び、弁償金と宿賃を支払ってチェックアウトする頃には昼を過ぎていた。


「お腹空いたな……」

「ん?どした?」


「あ、いえ!ダイジョブです!ファルナルークさんに会うのが楽しみです!あの!お二人はこれからの予定って……」


「ん?いきあたりばったりの旅だからねー、特に決めてないんだよ」


 ――やった!これは、チャンス!!護衛をお願いがてらファルナルークさんと一緒に旅を!


「それだったら!あの!お願いが!」

 そう言った直後。


 ぐううううううううう、ぎゅるううううう。

 と、シルスの腹が鳴った。


「……お腹、空いてるのね?」

「そう言えば、今朝からナニも食べてないです……」 


「ふむ。ちょうどお昼時だしね。バイト先でゴハン食べようか!そのくらいおごるよ!」

「え!ほんとですか!?行きます!」


 ファルナルークの幼馴染み。

 ゴハンおごるよ。


 この二つの言葉で初対面の人物の後をホイホイとついていってしまうあたり、シルスにはまだまだ警戒心が足りないようだ。


 マトランの宿を出て、それから歩く事数分。


「ここだよ。あたしとファルのバイト先。喫茶兼飲み屋、アトラクスへようこそー(^-^)/」


「アトラクス……!アトラクスだ!ここ、来たことありますよ!季節の野菜パフェがオススメなんですよねー!」


「パフェに野菜?そんなメニュー無いよ?」

「えっ?」


「ここでバイトしてたんだもん。店のメニューくらい覚えてるよ、リスト少ないし」 


 話しながら入店すると、未来のアトラクスと同じ鈴の音がチリリンとシルス達を迎えてくれた。天気がいいからと、オープンテラスのテーブルを選ぶ。


「え、じゃあ、バケツプリンアラモードとかパンケーキタワーとか期間限定テラパンケーキとか……」


「てらぱん……?無いなあ」


「ホットコーヒーソーダとか牛タンレモンフラッペとか!」


「無いなあ……それ、美味しいの?。どこかよその店じゃないの?」


「いえ、ここで間違いないです。そっか……昔は無かったんだ……」


「昔って、キミ13歳でしょーに。でも、それ面白いかもね。ファルは……見あたらないなー。昼休憩みたいだね」


 昼時の混雑した時間帯は過ぎたようで、空いた席にすんなりと座れた。

 オープンテラスから店内を見ると、未来のアトラクスと違って所々古めかしく、こぢんまりとして地味な感じがする。逆にそれがシルスの目には新しく映る。


「いらっしゃいませ。御注文お決まりでしたら……あれ、シュレス」


 若い男が注文を取りに来た。シュレスはここでアルバイトをしていた事もあって、当然、顔見知りである。


「んんっ……!!マスター……?マスターがフサフサだっ!」


 しゅっとした顔立ち、くりっとした優しそうな目が印象的な細身の若い男。間違いなくアトラクスのマスターであるが、今はウェイターのようだ。

 頭をつるっと剃りあげるのはどうやらまだまだ先の事らしく、今はフサフサである。


「え……ナニ、この子」


「ナニって、今のウチらはお客だよー?」


「え、ああ、ゴメン。ねねっ、ちょっと聞こえたんだけど……パンケーキタワーとかバケツプリンとかナニ?面白そうだね」


「えっ?えと、よそのお店、なんですけどっ」


「それ、どこのお店?見に行きたい!」


「あっ、えー……その……今はつぶれちゃって、無いんです」


「そっかー……残念。でもそれ面白そうだし、店長に企画案出してみるよ!」


「あっ!それいいですねっ!」


 グイグイ迫ってくるマスターに圧倒された、とは言え咄嗟に誤魔化してしまった。


 ――マスターがスイーツ熱心なトコロは若い時からなんだなー……ん?あれ?これってもしかして……作っちゃった?


 3つの禁忌のうちの1つ。 

 創作してはいけない。


 ――でも、私が直接作ったわけじゃないよねっ。うんうん。セーフ!

 シルスは自分に言い聞かせるように大きく頷いた。


「アタシはタマゴサンドセット。シルスちゃんは?」

「あ、これいい!こんなのあったんだ!日替わり定食2人前で!」


「え?二人前!?食べきれるの?」

「いけます!お腹ペコペコです!」


 41年の時を超えてきたシルスにとっては、店で見るものが全く違う事も驚きだった。

 未来と違って。

 メニューが少ない。 

 客席数が少なく、スイーツという言葉も無い。

 マスターがフサフサ。若い。厨房には入っていないようだ。

 給仕服のデザインも違うが、シルスの目には新しい。


「ここでファルナルークさんと一緒にアルバイトしてたんですねー。いいなあ」


「んー……ファルねー、ちょっとした病気にかかっちゃっててね……」


「えっ、ファルナルークさん病気なんですか!?お仕事大丈夫なんですか?」


「体の心配するほどじゃない、というか。むしろ客ウケはいいというか」


「客ウケ……?」


 ごにょごにょと言葉尻を濁らせるシュレスを不思議に思うシルス。


「あとね、言いにくいんだけど……ファルってエルフが苦手……というか、キライなんだよね……」


「え!?」


 初耳だった。父からも母からも、祖母であるファルナルークがエルフ嫌い、などとは、一度も聞いたことがなかったからだ。

 ましてや、父はエルフである。


「キライって……どうしてです?」


「いやあ、実はさー、旅の疲れを癒すのは、やっぱ旅しかないじゃん?で、ファルと二人でいろいろ旅してまわったのね」

「女二人旅ですか?いいですねえ!」


「ある時、森の中で綺麗な泉みつけてねー、汗流すのにちょうどいいやって、二人で水浴びしたのね」

「ふんふん」


「その泉ってのが、その森に住むエルフの大切な水源というか、神聖な場所だったらしいのね」

「ふんふん」


「したらさー、エルフめっちゃ怒っちゃってさー」

「でしょうねー」


「ファルが呪いかけられちゃったのね。しかも二つ」

「……ファルナルークさんだけ?」


「私は運良く逃げたからねー。私の分もファルにいっちゃったみたいなんだよねー、チューニの呪いっていうんだってさ。あっははー!」


「あっははー、じゃないですよっ!?原因つくったのシュレスさんじゃないですかっ!しかも病気じゃなくて呪いなんて笑い事じゃないですよ!?」


「まあ、でも、そんなにこじらせたチューニじゃ無いからね」


「でも!呪いって只事じゃ……!」


 シルスが思わず椅子から立ち上がったその時、若い女性の声が高らかに響いてきた。

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