第9話 初めての·····

「ファルナルークさんは、わたしの『ピー』なんですっ!」


 シュレスの問いに間髪入れずにシルスが答えるが、謎の阻害ピー音が邪魔をする。


「……え?」


「『ピー』なんです!」


「聞き取れないな……もう一回言ってもらっていいかな?ファルは、シルスちゃんの?」


「『ピー』です!」


「なに?なんだろ……?アタシの耳がおかしくなった?」


 シュレスの耳には何度聞いても『ピー』としか聞こえない。


「なんでだろ?シルスちゃん、なんかした?さっきの騒音で耳おかしくなったかな?」


「よくわかんないですけど……時守ときもりってこの事かな……?」


 シルスは出発前のシェラーラの言葉を思いだした。


『身体に染み込んだ魔法紋様が時の歪みから身を守ってくれる。また、同時に歴史に関わる禁止語句を、ある程度打ち消してくれる』

 と。


「便利……と言えば便利だけど……不便だなー。やっぱり、言っちゃダメってことだよね……」


「改めて聞くけど、突然どっから出たの、シルスちゃん」

「えっとですねっ、テーブルから出ました!ファルナルークさんに会う為に!」


「言ってる事がめちゃくちゃだけど、ファルに会いに来たってことはわかったよ。ファルに会ってどうするの?なんか目的とかあるの?」


「もちろんです!13歳の夏休みをファルナルークさんと過ごすんです!きゃっきゃウフフな13歳の夏ですよお!」


「え……それだけ?」

「ハイ!」


「その為にここまで来たの?」

「ハイ!……ナニか変ですか?青春の1ページにファルナルークさんとの楽しい日々を刻むんです!これ、見て下さい!見目ウルワシイ、ファルナルークさんです!」


 シルスはそう言って胸のポケットから動写真を取り出してシュレスに見せた。


「んー?へー、美人だねー。でも、ファルじゃないよ、その人」


「そう!美人ですよねー!……え!?」


「似てるけど……その人、髪長いでしょ?ファルはショートカットだよ。何年か会わなかったけど、ファルが腰まで髪伸ばしたって聞いた事ないもん。それに、ファルは太もも丸出しのホットパンツなんて穿かないよ」


「髪はこの先伸ばす予定とか……」


「この先って……写真て過去しか写らないものでしょ?未来を写し出せる投写器なんてあったら、世の中ひっくり返るよー♪」


 シュレスは、からからと笑い軽く受け流した。


「世の中には似てる人が三人はいる、って言うからねー。他人の空似ってね」


「え……えええええええっ!?」


「え、なに、そんなビックリする?」


「だって、写真に名前が……っ……かーさんも一緒に写真見たのに……っ」


「んー……なんだろうねえ。不思議だね。あと、ファルの字じゃないよ、それ」


「えええー……ええええー……」


「なんか、ショック受けてるねー、大丈夫?とりあえずファルに会ってみる?写真より美人だよ?」


「ファルナルークさん、ここにいるんですか!?会います会います!ぜひぜひお願いしますっ!そのためにはるばる『ピー』から来たんですからっ!」


「おおう、顔が近い近い。グイグイくるねー。その意気込みやヨシ!じゃあ、会わせてあげてもいいけど……その前にチェックアウトするから、片付けてかないと。

 あとぉ、家具の弁償しないとぉ、いけないだろうなぁ……タダでファル紹介するのもなー……」


 シュレスはそう言いながらチラチラとシルスの耳を見る。


「う……ちょっとだけ、なら……」


「え!マジ!?」


「ちょっとだけ、ですよ!それで許してくれるんですよねっ!?ファルナルークさんに会わせてくれるんですよねっ!?」


「わかってるよう♡そんなベロっベロに舐めたりしないよ♪」


「ほんとにちょっとだけですよ!?誰にも舐められた事なんてないんですからっ!」


「ちょっとだけ、ちょっとくすぐったいだけだから……ね♡ハーフエルフの耳なんて初めてだなー♡しかも初物!ラッキーだね、アタシ!そこ、座って♡」


 シルスをベッドの端に座らせ自分も横に腰を下ろすと、座高差でシュレスが手を回しやすい位置にシルスの細い肩がある。


「初めてなんでしょ……?オネーサンに任せなさぁい♡」


 シュレスは囁くように言うと、シルスの耳にかかったふわふわ金髪を優しく撫で付け、用意したタオルでシルスの耳を軽く拭いた。


「ちっちゃくてカワイー耳だよねえ♡とんっがってるけど、ぷにぷにで柔らかいんだねー♡」


「あああんまり見ないで下さいい。恥ずかしいですようっ」


「じゃ、いただきまあ……す♡」


 シルスの右の耳の先端をペロッと舐めるシュレス。


「ふわあああふにゃあああ」


 シルスは、生まれて初めて耳を舐められた。

 しかも会って間もない、面識の無い女性に、である。


「甘~い♡ちょい後からくる酸味がまた……んー、甘酸っぱい♡今度は左……ね?」


「え!?左も!?」


 するりとシルスの左に回り込み、同じ様に耳の先端をペロッと舐める。


「あひゃああうわあうああ」


「んー……やっぱり甘い♡それにしても、なんて声出すの。オモシロいねー、シルスちゃん!」


「終わりましたか!?終わりましたね!?はーっはーっ、どうなることかとっ、ヘンな汗がだだ漏れです!でもでも!ファルナルークさんとのきゃっきゃウフフな夏休みのためです!このくらい、ガマンです!」


 シュレスは、それ、断られたらどうするの?とは思ったが言わずにおいた。


「アタシだったからよかったものの、、シルスちゃんはもうちょっと人を疑った方がいいよー?」

「初対面の女の子の耳舐めておいて、よくそんなコト言えますねっ……」


「えー?いいって言ったよねー?」

「ファルナルークさんに会うためですっ」


「ウソだったらどうするのー?」

「えっ!?ウソなんですかっ!?」


「ウソじゃないけども」

「ウソだったら……大声で叫んで助けを呼びます!ちんちくりんの弱っちいわたしに出来るコトはそれくらいですから!」


「……そんな自信満々に敗北宣言されても。あ……ちなみにファルも耳ペロ好きだよ?」

「えっ!?だったら、初めてはファルナルークさんがよかったな……」


 ――あれっ?真に受けちゃった!?……まあ、いっか!オモシロそうだし!

 シュレスの目がいたずらっ子のそれになる。


「でも、済んだコトはしょうがないです!さあ、お片付けしましょう!そんでもってファルナルークさんに会いに行きましょう、シュレスさん!」


「おおう、待っててねー。ファルの荷物もあるからね」


「ファルナルークさんと一緒に泊まってたんですねっ!ウラヤマです!」


「裏山?……アタシがファルの荷物持ってチェックアウトして、バイト先で合流。お給料もらって次の町へ、って予定だったんだけどねー。いきあたりばったりの旅だから、シルスちゃんと出会ったのも何かの縁!てヤツだよ。これだから旅って面白いよねー!」


 ――ファルナルークさんに会える!


 そう思うと、後片付けの手も軽いシルスなのであった。

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