出会う人達は変わり者ばっかりです

第8話 いきなり出会ったヘンタイさん

  シルスの三半規管を襲う船酔いに近いふわふわ感。

 真っ白な空間にただ一人、空中に浮いているような、水中を漂っているような、上昇しているのか下降しているのか、平衡感覚が全くわからない状態に晒されていた。

 時空の波間、と呼ばれる空間を漂っているのだが、シルスにとっては、ただの船酔い空間でしかない。


「うええ……きもちわるい~……目が回るうう……吐きそう……」


 ふと足下に視線を向けると。


「うわ!高っ!……く、もないのかな?」


 高い所が苦手なシルスは足がつかない海やプールでさえも恐怖心を覚えるのだが、この空間は『不思議な』感じがする。

 それでも。


「下は見ない下は見ないっ」


 自分に言い聞かせるようにして、シルスは足下を見ない。

 絶対に。かたくなに。

 怖いからである。


 やがてシルスの前方にポツンと黒い点が現れた。


「あっ!出口……かな?」


 黒い点にどんどん近づき、シルスの身長ほどの大きさになると、それはしゅっと向きを変えてシルスの頭上でピタリと止まった。


『到着ぅ~。マトランのお宿ぉ~』


「え、なに?アナウンス付き?」


 次の瞬間。


「うわわわっ!?」


 っしゅるるるるっ!


 軽快な音と共に、シルスは黒い点に吸い込まれ……


 どんがらがっしゃーん!


 突然の破壊音。


 とある宿屋の一室で、派手な音をたててテーブルやイスが吹き飛ぶ。


「わあっ!なになに?なにごと!?」


 宿泊客らしい女性の驚く声が響く。


「あいたたた……お尻イタイ~……」


 シルスは着地に失敗し、したたかお尻を打ってしまった。


「え!?女の子?……ええ!?エルフ?んんんっ!ハーフエルフ!?」


「着いたのかな……あれっ?んん?あの~……どちら様でしょう?」


「……そりゃこっちのセリフだわ。君……誰?どこから来たの?ってか、突然わいて出たよね?」


「人を虫みたいに言わないで下さい~……」


 シェラーラとの打ち合わせ通り、テーブルからテーブルへの移動には成功したようだ。


 その場に誰かがいるかも知れない、といった予測はしていたがあまり深く考えてはいなかった。

 結果、見ず知らずの宿泊者とはち合わせる形になってしまったのだった。


 朱色の長髪を三つ編みでまとめた細身の女性。年齢は20歳前後だろうか。

 瞳の色は濃い緑色。色白で華奢な印象を受けるが、不健康な感じではない。

 短丈のジャケットは濃い緑、インナーは薄緑。白いパンツにコゲ茶のショートブーツ、と地味すぎず派手すぎずの動きやすそうな服装である。


「はっ、初めましてっ。わたしはシルスっていいます。13歳です!えとっ、ここ……転移魔法の実験でここに出ちゃったんですけど……っ!あのあのっ!今日って巡星歴何年何月何日でしょうかっ!?」


「ん?650年8月7日だよ」


「えっ!?あれっ!?いち、にい、さん……10日もずれちゃった!?でも……一応大成功です!」


「……会話が成り立ってナイけど、とりあえずおめでとうって言っとくよ」


「ありがとうございます!」


「……キミ、ハーフエルフ……だよね、どう見ても」


「あっ」


「ん?」


「ああーっ!」


「ナニナニ!?どしたの!?急におっきな声出して」


「テーブルが……」


「ん?あー……壊れちゃったねー。これ、怒られるヤツだなー」


 シルスは初日に早速やらかした。

 シェラーラが懸念する三つの禁忌のうちの一つ。

 

『破壊』

 過去、今現在の状態では未来と繋がっていたケヤキの木の丸テーブルが見事に真っ二つに割れてしまっていた。

 厳密に言えば不慮の事故でありシルスが直接壊した訳ではないが、シルスが関わっている事は紛れもない事実である。


「……あれっ!?あの補修跡って……私のせい!?」


 シェラーラの推察した通り、ケヤキの木の丸テーブルは時限の扉となってシルスを過去へと送る事に成功した。

 真っ二つに割れたのはこれが原因で、補修され未来へと受け継がれていく『始まりの事象』にシルス自らが立ち会う事となったのだ。


「でも大丈夫!切り株親分はアールズにいますから!」


「切り株親分?いや、大丈夫じゃないからね。テーブル真っ二つだからね」


「えっ?あ、そうですね!大丈夫じゃないですね!」


「……切り株親分って誰?」

「ふっふっふぅ。ナイショです!」


「そう堂々と言われると不思議と聞く気にならなくなるなあ……ハーフエルフかあ……」


 朱毛の女性がじっとシルスを見つめ、とんでもない事を言い出した。


「耳……」

「はい?耳……がなにか?」


「エルフ特有のとんがった耳!ハーフエルフだからやっぱ半分なのねっ。ちょみっと舐めさせてくんないかなっ?研究のために!」


「え!?」


「ちょっとだけでいいからっ!ね!?」


 やや荒い女性の息使いに身の危険を感じて、シルスは思わず耳を隠す。


「ね、じゃないですよっ!何考えてるんですかヘンタイさんじゃないですかっ!しかも初対面ですよっ!?」


「ほんと、ちょっとでいいんだよ?先っちょだけ。先っちょだけでいいからさ?ね?ね?」


「ガチじゃないですか!ヘンタイさんはみんな、ちょっとだけ、って言うってシェラーラが言ってたっ」


「変態っとは心外だなあ……あ、そっか、名前言ってなかったね、アタシはシュレス。よろしくねー♡と、こ、ろ、でー。壊した家具弁償できるう?」


 シュレスの目が意地悪く光る。


「テーブルの弁償金はわたしが出します!お金、少しなら持ってますから!」


 幸いな事に貨幣はそのまま使用できるが、紙幣はデザインが違うので自分がいた時代のものは使えない。

 それでもなんとか古い紙幣を集め、お小遣いを前借りした分、小さい頃から少しづつ貯めた分を合わせて旅を乗り切れるであろう額は大金では無いが所持している。


 無駄な出費は避けたい所であるし、シェラーラと母親からは、お金は見せちゃダメ、と言われていたのだが。


「舐めさせてくれたら弁償しなくていいからさっ。ね?ね?シルスちゃあん♡」


 甘えた声を出しつつ、シュレスはジリジリと間合いを詰めていく。


「悪魔の囁きじゃないですかっ!ちょっ!いっ……いやああああああっ!助けてファルナルークさあああああんっ!」


 思わず叫んだ言葉にシュレスの動きがピタリと止まった。


「え?ファルナルークって……ファルの知り合いなの?」

「えっ……ファルナルークさんの事、知ってるんですか!?」


「知ってるもなにも。幼馴染だよ」

「えーっ!?信じられないっ!ファルナルークさんの知り合いに変態さんがいるなんてっ!」


「イヤ、変態じゃないから。そりゃ、ちょっと変わってるね、とは言われるけどっ」

「変態さんは自分から変態ですって言わないですよねっ」


「え、なに、ファルの知り合い……じゃないよね?」


 と、シュレスは不思議そうな顔である。

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