第7話 行ってきます!過去へ!
「そろそろだな……本当にやるのね?」
「もちろん!こんなチャンスもうないかも知れないんだから!」
祖母の写真を入れてある胸のポケットにそっと手をあてる。
手のひらに感じる胸の鼓動がいつもより早い。
――緊張してるのかなっ?期待してるのかなっ? きっと両方!
シルスは『もしも』の場合を考えて、友達や母でさえ、見送りは誰も呼ばなかった。
少し寂しいが、これから始まる大冒険を想うとドキドキワクワクのほうが寂しさを上回った。
「3つの禁忌、忘れてないよね!?」
「作るな、壊すな、救うな。でしょ?だあいじょーぶっ!」
これから始まる旅に不安など皆無。楽しみでしかない。そんな表情でシルスは、にかっと笑ってみせた。
「創作、破壊、救済、ね」
現代人が過去に行く事そのものが歴史を変えてしまうかもしれない。さらに、時間軸のズレや歪みを引き起こしかねない。
推測や仮説ばかりになってしまうが、前例がないのだから分かりようがないのだ。
シェラーラが懸念する、過去に行き『やってはいけない』とする三つの事案。
『創作』
過去に行って何か新しい物を作る。その時点では問題はないかも知れないが、現代への影響は少なからず生じると考えられる。
『破壊』
過去に行って何かを壊す。現在あるはずのもが、過去に行き破壊することで無くなる。歴史に関わるような重要物には触るな、とシルスには伝えてある。
『救済』
過去に行って誰かを救う。人の運命を左右してしまう重大案件である。一番の安全策は、誰にも関わらない事なのだが、人懐っこいシルスにそれができるとは思えない。
歴史さえも変わってしまうかもしれない、三つの禁忌。
「何度も言うけど、未来から来ましたとかも言っちゃダメだからね!オマエに関わる事で、本来あるべき人達の未来まで変わり兼ねないから。まあ、
「未来から来たって言っても信じてもらえないよね、きっと」
「あと、時代変われば言葉も変わる、っていって、流行語、みたいなものあるからね。これはそんなに気をつけなくてもいいかも知れないかな。劇的な時代の変化ってここ数十年は無いからね」
「チョベリバでナウなヤングがイカスぜゴーゴー!的なみたいな!」
「……いろいろゴチャ混ぜだね、それ。ともかく、ですます調で話しておけば問題無いと思うから。あと、昔には昔の考え方、思想というものがある。それを忘れないようにね。いい?」
「おけ!」
「心配だわー。やらかしそうだわー……さらわれそうだわー……」
シルスは、半ばあきれ顔のシェラーラにとことこと近付き、ぎゅっと抱きついた。
「ありがとね。こんなわがままにつきあってくれて」
ショートカットの翠がかったふわふわ金髪がシェラーラの鼻先をくすぐった。
――ちっこいなあ、カワイイなあ、もうっ!
そう言いそうになるのをぐっと堪えて、シェラーラはシルスに伝える。
「オマエは今からとんでもないことに挑戦しようとしている。何が起きるかわからない。楽しい事ばかりではない。辛いこと、悲しい事だってあるだろう。
最後の最後に判断し決意を持って行動するのは自分自身だと言うことを……忘れないようにな」
「……はい!!」
笑うと右頬にだけできるえくぼがかわいい。
ふわふわの髪、ぴょこんとはねた前髪がかわいい。
豊かすぎるほどの色んな表情がかわいい。
跳ねるように走る姿がかわいい。
華奢でちっこいクセによく食べるところがかわいい。
テンパったりどぎまぎすると、
――……言わないけど。変わり者と言われる私の事を好きだと言って慕ってくれるオマエの事が愛おしいよ、シルス。
「旅の無事を、心から祈ってるよ」
そして、シェラーラもまた、シルスのか細い肩をきゅっと抱きしめた。
シルスの母、メルリラがのほほんとした性格だと知ってはいたが、実験じみたシルスの提案を了承したことが、シェラーラには始め信じられなかった。
可愛い子には旅をさせろとは言うものの、いきなり時間旅行ってどうなのよ?
『自分にしか出来ないことを見つける』
母、メルリラがシルスに教えている事の一つである。
――わたしにしか出来ない事、ひとつ見つけたよ、母さん!
もうじき太陽が昇る。満月は西の山の稜線にかかりはじめていた。
大気中の魔力が膨れあがってくるのを、シェラーラは肌で感じていた。
それは、シルスも同様に。
「時間だ。陣の中に入って。意識を強く保つんだよ」
2日前に2人で運んだ重いケヤキの木の丸テーブルには、複雑な魔法紋様がびっしりと描かれている。
古い丸テーブルに描かれた魔方陣。シルスはパンパンに膨らんだリュックをものともせず身軽に飛び乗り、雲一つ無い空を見上げた。
――いよいよだっ!ワクワクする!ぞわぞわする!スゴい魔力が渦を巻いて満ち溢れてる!
太陽が昇り。
満月が沈む。
天空に妖しく輝く翠の彗星。
北の空に
南の空に
「時、満ち、時、干上がる瞬間に、天空に君臨する翠の彗星よりいずる魔力を食らいしマボロシのケモノの名はシルス!術者シェラーラがいざない、かの者をかの地へ。贄の血を
シェラーラの魔方呪文詠唱の後、シルスは右手小指に左手の爪で傷をつけ、魔方陣の中心に血を数滴落とした。
テーブルに、というよりも描かれた魔方紋様にシルスの血が吸い取られてゆく。
「開け時の門!」
生き物のように魔方紋様がぞわぞわとうごめき、ふわりと浮き上がるとシルスの全身に
「その『
シルスの全身が翠の光に包まれる。
「8月28日までにアールズの街に着くようにねっ!メレディスに必ず会って、絶対帰ってくるんだよ!」
「うん!絶対帰ってくるからね!行ってきます!」
魔方陣の輪郭が淡く輝きだし、徐々に幾層にも増えていく。平面から立体化した重積層魔方陣が、シルスを完全に包み込み……
キィィィィン!
しゅぱっ!
甲高い金属音が鳴り響き、閃光とともにシルスの姿は魔方陣の中から消えていた。
一瞬だった。
「……成功、した……?ほんとに……いっちゃった……ほんとうに……こんな、あっさりと?」
シェラーラはポツンと呟き、空を見上げた。
テーブルに描かれた魔方陣の跡から伸びた糸のように細く青白い光が一筋、翠の彗星に向かって伸びて、吸い込まれるように消えた。
「シルスー!!絶対帰ってきなよー!待ってるからねー!また一緒にパンケーキ食べに行こうねー!」
虚空に向かって叫んだシェラーラの声もまた、夏の空に溶けていった。
太陽が昇り、草原の緑を鮮やかに照らし出す。いつもの朝の光景である。
ただ、そこに、シルスの笑顔が無い事を、シェラーラは寂しく思った。
~ある日のシェラーラの活動記録書より~
今朝、シルスが旅立った。
41年前の過去へ!
にわかには信じがたいが、時空魔法が、『
たぶん。
人間なら、あの魔方陣に入って術を受けた途端に溶けて無くなってもおかしくない。
やはり、半分とはいえ、精霊に近しい存在のエルフの血を引く者だからこそ、祖父母がマジクスの力をもっていたからこそ、特別な血を持っていたからこそ……あの魔導圧力に耐えられたのだろう。
失敗しても、どんがらがっしゃーんってなってアハハー!で終わるだろうなんてちょっと思ってたのに……
成功しちゃうんだもんなあ。
心配だなあ。
なんかやらかしそうだよなあ。
ちゃんと帰ってこれるかなあ。
メルに、シルスが時間旅行に旅立ったよ。って言ったら、『さっすがララちゃん!やるう!シルスちゃんなら、だいじょーぶい!』……だって。
いや、もうちょっと心配しようよ!?
今はただ、無事に帰ってくることを祈るばかりだよ……
シルス。
どうか無事に帰ってきてね。
また一緒に遊びたいからさ。
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