第5話 魔法戦士《マジクス》について

 ある日曜日。

 シェラーラの自宅にて。


「やあ、シルス。いらっしゃい」


「お邪魔しまあす!これ、かーさんからクッキーの差し入れです!」


 シェラーラは、ありがとう、と言ってクッキーの入った小袋を受け取り、小さな丸テーブルにティーセットを用意した。


 鼻歌混じりに手際よく入れたのは、香り良いレモンティー。

 

「今日は『マジクス』について、だ。シルスはマジクスについてどのくらい知ってるんだい?」


「歴史の授業で習ったくらいで詳しくはわかんない。わたしのおじいちゃんとおばあちゃんもマジクスだったって。クラスにも何人かいるみたいだよ」


「シルスの知識では、島を救った英雄達ってトコロかな?」


「英雄達、って響きはカッコいいよね!」

 

「元々はこの島の古語で魔法戦士っていう意味だな。それは知ってるだろ?

 マジクスは特殊な能力を持ってた。マジクススキルって呼ばれてた。私のばあさまもそうだったんだけど、力は無くなってたから見たことはない。

 今ではマジクス・スキルなんて持ってる人は皆無だな。41年前というと、マジクスの能力が衰退し始めた頃、かな。ライトブレード隊の解散理由にもなったって、この前行った図書館で見ただろ?」

 

「マジクススキルってどんなだったの?」


「魔法でもない、魔術でもない、簡単に言えば超能力の一種だな。大隆起で出現した魔力核の波動を受けて、眠ってた能力が覚醒したって言われてる。

 攻撃型、防御型、補助型。その他にも種類があったみたいだな」


「マジクスは、いろんな魔獣とか妖獣と戦って、この島を守ったって」 


「彼ら、彼女らのお陰で救われた人は大勢いる。私の母もそうだ。マジクスがいなかったら、私は今、ここにいない。

 だが、マジクス達は短命だった。魔力核の波動が強すぎて寿命まで縮んだんだ。当時は分からなかったようだがな。そう思えば、ばあ様は長生きだったな」


「ふんふん」


「さて、魔力と魔法力の違いは解るかな?テストしよう。筆記じゃなくて応答問題だよ」


「よし!どんと来いだよ!」


「自信満々だねえ。では第一問。『魔力』とは?」


「えーっと、魔力とは!『元々誰でも持ってるもので鍛練が出来ないもの。脊髄に保有されていて血液にも浸透しているが、末端に近いほど薄れる。

 突発的に魔力が増幅する事はあっても、それは一時的なものであって永続的なものではない。身体の中から失われた魔力を取り戻す事は極めて困難である』」

 

「ふむ。では第二問。『魔法力』とは?」


「えー、と。魔法力とは!『身体の中の魔力を増幅させて発導させるもの。修行とか鍛練次第で強大な魔法を使える。魔法使いの多くがそうである。

 元々の魔力を消費せずに増やした分だけ使うから魔力切れなんて事は起きにくくて、アイテム使ったり身体を休めたりする事で回復する事が出来る』どやっ!」


「魔道書を一夜漬けで丸暗記って感じだが、まあ、及第点だな」


「やったっ!ご褒美はっ?」

「ないわっ。甘い!」


「えー……頑張ったのにー」


「マジクスの増幅した魔力は結果的には突発型だったんだな。平均で5年。もっともこれは結果論で、10年近くマジクスの能力を持ってた人もいたようだな。根幹の魔力が強かったんだろうな。

 簡単に言えばコップに注いだ水が魔力。コップの中の水を増やしたものが魔法力。これが一番簡単な答えだ」


「シェラーラが使ってるのは魔力?魔法力?」

「私のは魔法力だよ。大概の魔法使いは魔法力だ」


「コップの水を増やす、ってコトだよね?なんでそんな事ができるの?」


「それが鍛練、修行、修練、訓練てヤツだよ。一朝一夕にいかないもの、それが魔法ってモンだ。マジクス達の突発的な能力は、至極まれな事だったんだよ」


「そうなんだー」


「軽いなー、オマエの返事は。マジクス達は特徴として、身体のどこかに小さな赤い斑点がある。マジクスだとバレるのがイヤで隠す者もいたようだが」


「なんで隠したのかな?」


「見られて恥ずかしい場所にあったりもしたようだけど……マジクス狩り、のせいだろうな。島を、民衆を救う戦いに駆り出されて、挙げ句、危険分子として捕らわれる。

 ひどいハナシだな。でもマジクスの力を悪用する奴等がいたのも事実だな」

 

「シェラーラのおばあちゃんは無事だったの?」


「マジクス狩りにあったのは、極一部だったからな。私のばあ様は大丈夫だったよ。能力も消えてたし。だから私がいるんだ」


「スキル使えるワケじゃないから、マジクスの血を引いてるって言われてもピンとこないんだよねー」


「それは私もそうだ。だが、確実に影響は受けている。太陽や月の魔力を感じることはないかい?」

「あっ。日食とか月食の時に、なんかぞわぞわってなる!」


「そういうことさ。今度の翠の彗星だって強大な魔力核だからな。他にも彗星は幾つかあるけど、シルスは初めて見る彗星かな?」


「生まれて初めて見る彗星だよ。スッゴい楽しみ!」

「初めて見る彗星の魔力で時間旅行って、前例無いだろうな……どえらいコトに挑戦しようとしてる自覚ある?」


「無い!思い立ったら即行動!」

「ま、無謀な事に挑戦出来るのは若い内だからねー」


「うーん……シェラーラは自分はもう若くない、年寄りだ!って言いたいのかな?」

「オマエはいつかシメる」

「えー!?」


「オマエと話してると、どーも話がズレてくるなあ。話を戻して。マジクスの力を目覚めさせた大隆起の魔力核、そもそも魔力核とは何か知ってるか?『宇宙隕石』の事だな。

 この地面の下には大小様々な魔力核がゴロゴロある。それが地殻変動で出てきた物が魔石になったり、魔石炭になって魔装列車の動力になったりしてるワケだ。

 ハイテンションタワーの真下に巨大な魔力核があるだろ?あれが大隆起で出てきたヤツだな。竜の乙女の話は知ってるかい?」


「ドラゴン退治して死んじゃった、って。ドラゴンと闘って起きたのが大隆起で、ドラゴンと女の子の慰霊碑としてハイテンションタワーが建てられたんでしょ?

 スゴい魔法使いの女の子だったらしいけど、正体が謎なんだよね。カッコいいよねー、謎の魔法少女!」


「死んじゃったけどな。たかだか80年ほど前の話なんだけど……詳しい話は誰にも分からない、ってのが現状かな。大体、魔法少女ってのも眉唾物だからなー。誰も見てないんだからな。……なんだ、その顔は」


 苦い薬を口にしたようなシルスの表情にシェラーラの目が点になる。


「シェラーラ~……夢が無いよう。夢のない大人の発言だよう」


「夢見る少女はとっくに卒業したのっ!」

「その割にはわたしの夢みたいな計画に付き合ってくれるよね!」


「それとこれとはベツバラなの!」

「ベツバラなの?」


「もう、竜の乙女の話は置いといて。41年前の出来事、つまり過去に起きたことは我々は知っている訳だな」


「うん、そーだね」

「しかし、自分の未来は想像するしかない」

「そーだね」


「過去の人間は、未来の出来事を知らない。そこへシルスがひょっこり現れて、『未来から来ました。これから起きる出来事を教えます』なんつっても誰も信用しない。頭おかしいって思われるだけだろうな」


「問題無いよね!」


「……楽天的なのは母親譲りだな。ところが、だ。それを真に受けて悪巧みに利用しようとする輩ってのは、まあどの時代にもいるもんなんだよ」


「お約束だね!」


「……そーともいうかもな。そういった連中にダマされたりしないか、さらわれたりしないか、心配なんだよ」


「おおー!優しいシェラーラだっ!」

「メルリラは大事な友達だ。その娘だからね」


「それだけ?わたしのコトは?」

「もちろん、オマエのコトも大事だよ」


「えへへー!うれしいなっ」


 そう言って、にかっと笑うシルスの満面の笑みにシェラーラはいつも癒される。


「あと、最も重要なこと。いつ、どうやって戻って来るか、だな」


「ふっふっふぅ。実は、ちゃんと調べてあるのです!」

「へえ。聞かせてよ」


「メレディスさんの本に書いてあった『時渡』の術を、41年前の8月29日の夜明けに行えばよいのです!41年前に彗星が出たのは8月の28日頃で、今回は7月28日頃でしょ?『時渡』の瞬間は29日の夜明けでいいんだよねっ。と言うコトは!7月29日から8月29日までの長期バカンス!」


「バカンスって……えらく短絡的だが、間違っては無いな……彗星の出現時間を計算すると、そのあたりかな……?」


「きゃっきゃウフフな夏休みを楽しむには充分だよ!メレディスさんがアールズの街に住んでて、切り株親分もその近くにあるんだよね?テーブルがエドールの街だから、旅の行程的にはかなり余裕があるハズ!」


「きゃっきゃウフフはどうしても外せないのか」

「もちろん!その為に行くんだから!こっちに戻ってくる場所は、出発点と同じでいいハズだよね!」


「エドールの丸テーブルからマトランの宿の丸テーブルへ時空転移。そこからアールズの切り株親分へ向かう。アールズの切り株親分からエドールの丸テーブルへ時空転移で帰還。

 言葉にすると簡単だがな。エドールからアールズへの旅路が問題かもな。自分の身は自分で守る、が基本だがオマエには無理だろうからな。

 護衛を雇えたらいいんだろうけど……マジクスだったばーさまと上手く出会えればそれも不要かもしれないな」


「会えるよ!絶対!絶対だよ!」


「……そうだな。強い信念は、どんな言葉よりも大切かもな。ばーさまがどんなスキル持ちだったとかは分からないのかい?」


「全然分かんない!」

「……全力で情報無しなのはむしろ清々しいな」


 少し休憩しようか、とシェラーラが2杯目のレモンティーをカップに注ぐ。


「シェラーラのレモンティーって、かーさんのクッキーと相性いいよね!なんでかな?」


 くすっ、とシェラーラの口元が思わず緩んだ。


「オマエはいいヤツだよ、シルス」

「えっ?そうなの?」


「そうだよ」

 

 レモンティーを一口飲むと、ふと思い出したようにシェラーラが聞く。


「シルスはアールズの魔法の大花火って知ってるか?」

「名前だけ聞いた事はあるけど……今はもう、やってないんだよね?シェラーラは見たことあるの?」


「10歳の時に親に連れてってもらったコトがある。スゴかったよ。41年前は普通に開催されてただろうな。開催時期は8月後半のハズだから、ばーさまと一緒に花火見れたらサイコーだろうな」


 シェラーラの一言にシルスは、はっ、と息を呑んだ。


「……それだ……っ」

「また?どれ?」


「夏休みの締めくくりに、若いおばあちゃんと見る花火!サイコーすぎるよっ!手なんか繋いじゃったりして!んんんー!テンションあがってきましたよー!おー!」


「おー……元気だなー、シルスは」


『時渡』の日は近い。

 

 シルスには不安や心配といった言葉など欠片も無いようだ。

 

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