第4話 シルスは食いしん坊さん

 スイーツ処『アトラクス』


 シェラーラの家から徒歩でおよそ20分。

 小雨の降る中、一つの傘に二人は相合傘でアトラクスにやってきた。

 シンプルでオーソドックスなものから、他店には無い風変わりなメニューまで扱う創業50年を超える、現在はスイーツがメインの店である。

 小雨模様の天候の為か、客足はまばらだがそれでも店内のテーブルは6割は埋まっている。客層の多くはスイーツ店らしく女性が大半を占めていた。


「ここの制服ってカワイイんだよねー。わたしも着てみたいなっ。いや!着るよ!」


「オマエは、もうちょい身長が欲しいトコロだな」


「もうっ、気にしてるのにー……何年か後には足長美人になる予定なのです!」


「自分で美人て言うなよ……さ、好きなの頼みなよ」

「パンケーキタワーで!」


 シルス即答。


「え!?食えるのか?あんなデカイの」

「ふふーん♪パンケーキタワーは別腹なのです!」

「ちっこいのにねー、育ち盛りだからかな?」


 当初の目的を忘れ、和みながらのスイーツタイム。

 ハーフエルフと魔女の組み合わせは人目を引きそうなものだが、小さな町ゆえ、ほとんど顔見知りのようなものだから店内は至って平常、誰も気に止めてはいなかった。


「お待たせいたしましたぁ、パンケーキタワーとフルーツミックスパンケーキでぇす♪ごゆっくりどうぞぉ♪」


 歩く度に揺れるフリルスカートが可愛い、と若い女子に人気の制服がよく似合う給仕の娘が、極上の笑顔で注文の品を運んできた。


 大皿に厚みのあるパンケーキを7枚重ね、各層に生クリームたっぷり、大粒のイチゴ10粒を添えてチョコレートソースがけ、お好みでカラメルシロップとブラックチョコチップをトッピングの見ただけで胸焼けしそうなパンケーキタワー。


「いただきまあす!」


 ナイフとフォークを上手に使い、こなれた手付きで焼き立てのパンケーキを切り分けて食べる。


「ウマー♡」

「ふわふわーぁ♡」

「とろけるーぅ♡」

「シアワセー♡」


 頬に手を当て、目をきゅっとつむって困ってないのに困り眉。

 一口食べる毎に同じ表情で感想を言うシルスに、オマエはそれら以外の言葉を知らんのかと思うシェラーラ。


「美味しそうに食べるねー。見てるだけで幸せな気分になるよ」

「美味しそうじゃないよう、おいすぃーんだよ!」


 見る見る内にパンケーキの高さが低くなり、ホイップクリームまでペロリと平らげてシルスはホクホク顔でとってもご満悦。


「ごちそーさまでしたっ!」 

「若さ……なのか?」


 シェラーラは、シルスが注文したパンケーキタワーの半分より小さいフルーツミックスパンケーキを食べ切ったが、それでもう満腹である。


「はー、美味しかった!またよろしくね、シェラーラ!」

「オマエが横にでかくならずに、縦にでかくなるならいくらでもね」


「あっ、雨も止んだことだし、帰ろっか!」

「……オマエは、パンケーキ食べに来ただけかっ!なにしに来たか忘れてるだろ?」


「えっ?わっ……忘れてないよう!……あれ?なんだっけ?あっ!そう!聞き込み!」

「そんなんで時間旅行って……不安になってきたよ……」

「だーいじょおぶっ!なんとかなるなるー♪」


 シルスが軽いノリなのはシェラーラもよく知っているのだが、出てくるのはため息と苦笑いであった。


「あのっ、お仕事中すみません!伺いたいコトがあるんです!」


「ん?予約注文かい?シルスちゃん」


 シルスが支払い時に声をかけたのはシェラーラの言う『横に大きい』店の奥さんである。


「予約じゃないんですけど……わたしのかーさんがここでアルバイトしてた、って。それで、わたしのおばあちゃんもアルバイトしてた事がある、って聞いたんですけど……覚えてますか?名前は、ファルナルーク、って言います。写真、置いてきちゃった。持ってくればよかったな……」


「ファルナルーク?……さあ……わかんないねえ……ちょっと待ってて」


 店の奥からでてきたのは、70歳位の店主マスターだ。つるっと頭を剃りあげているがくりっとした優しそうな目をしている為、いかつい感じはしない。ほぼ全てのメニューの考案者でもある。


「パンケーキタワー美味しかったです!マスター!」


「よう、シルスちゃん。焼いたのはワシだけど、仕上げのデコは若いのだよ。シルスちゃんは今日もちっこいねえ。よく食うのにねえ」


「ちゃんと背は伸びてますぅー!あの!聞きたい事があるんです!このお店でファルナルーク……私のおばあちゃんがアルバイトしてた事があるハズなんですけど、覚えてませんか?」


「ファルナルーク?……ファルナルーク……うーん……覚えとらんなあ。店員記録簿見てみるかな。ちょっと待ってな」


「えっ、そんなのあるんですか!?41年前ですよ?」

 

「スケベじじいは昔っから几帳面なのよぉ。他の店の美味しかったスイーツとかもメモしたりしてね」

 

「へー……」


 ほんの数分でマスターが戻ってきた。記録簿がスッと出てくるあたり、整理整頓が行き届いていることが伺い知れる。


「ほれ、あったぞい。ええと……ファルナルーク……ああ、ああ、思い出した。ちょっと変わった喋り方だったし、胸おっきくて美人だったからな。ほんの一時期だけだったけど一緒に働いてたよ」


「このスケベじじいは、昔っからスケベじじいだよ、まったく」と、呆れ顔の奥さん。


「カワイイ女の子に目が行くのはオトコのさがだろ?だからお前と結婚したんだよぅ」


「あら、いやだよお、スケベじじい♡」


 年甲斐もなくイチャイチャし始める二人を見てシェラーラはポツリと呟いた。


「私達はいったいナニを見せられてるんだろうな……」



「あのあのっ!ファルナルークさんがここにいたのって、いつ頃だったか分かりますか?」


「冬の終わりから真夏の手前まで、今頃だな。そうさな、ほうき星の出た年だったから印象に残ってるんだな!」


「ほうき星の年……!」


 シルスの目がキラキラと輝きだした。

 41年前、短い間だがファルナルークはここでアルバイトをしていた。それが判明しただけでも大収穫である。


「ふむ。シルスのばーさまはここにいた。扉となるテーブルも近い場所にある。……いい流れだよーう?シルスぅ?」


「ワクワクしてきた……っ!ヤバい!ドキドキしてきたよシェラーラ!会えるかも!ファルナルークおばあちゃんに!」


「腹も満たされたコトだし、さて次は?」

「お昼寝かなっ?」


「違うわっ。それも悪くないけどね。来たついでだ。図書館に行くぞっ。41年前に行きたいってんなら、41年前の事を調べないとな!」

「図書館かあ……寝ちゃう自信なら満々だよ!」


「寝たらシメるからね」

「はぁ~い……ありがとうございましたっマスター、おかみさん!」


「また来てなー!」


 マスターは二人を見送りながら、ふと思う。

 ――……昔、シルスちゃんによく似た娘と会ったような気がするんだがなー……


「ホラ、仕事だよ、スケベじじい!いつまでシェラーラちゃんのお尻見てんの!」


「違うよう。妬くなよう」


「焼くのはパンケーキだよ!ほれほれ!」


          ◇


 店を後に次に向かったのは、喫茶アトラクスから歩く事10分。二人は図書館にやってきた。王立図書館に比べれば遥かに小さいが利用客は途絶える事は無く、人々の憩いの場の一つになっている。


「何を調べるの?」


「41年前に行こうってんだから、そのあたりの情報を仕入れないとな。王都アールズファストの資料を探してみてくれ」


「リョーカイでぇす!」


 二人で手分けして資料集めすること30分。小さな図書館である為、さほど多くの資料を集められなかったのは仕方のない事である。


「まあ、これだけあればね。なにも無いよりはマシだよ。情報には価値がある。私達が知っている事を過去の人達は当然、知らないからね。

 オマエは多くの情報を知って過去に行こうとしてる。それはとっても危険な事であると同時に、オマエ自身を守る盾となるって事を忘れてはいけないよ」


「情報が盾になるの?うーん……いまいちピンとこないけど覚えておくよ!」


「『情報を得るには会話からきっかけを掴め』ってな。覚えておくといいよ」


「会話から?」


「小さな会話からでも思わぬ種が飛び出すものなんだよ」


「ふーん。そういうものなのかー」


 二人で集めた資料を机に広げ情報収集。事件、事故、祭り事、時事ネタ等々。


「41年前の記事は、と……

『騎士団長ヴァンデローグ=エスタールとライトブレード隊隊長ラスティ=ランドベルク婚約間近!』

 ふーん……一番目立ってるのはコレかなー。大きな事件や事故は無かった……のかな?記録に残さずに闇に葬られる事件、事故なんてザラにあるからねー。あとは、

『またもエルフ失踪、連続4件目』だって。

 物騒だねー。あれ……ここから記事が無いな……なんだよ、2年も飛んでる。騎士団長とライトブレード隊隊長かあ……オマエがこの人達に絡む事なんてないと思うけど……イヤ、むしろ絡むな。オマエはナニかやらかしそうでコワイ」


「……シェラーラ、それって『押すなよ!絶対に押すなよ!』的なヤツかな?」

「違うわっ。ガチでマジなヤツだ。絡むなっ」


「婚約間近かあ。婚約って、ステキな響きだよねえ。憧れるよー」


「婚約間近ってことは、交際中なんだろうな。ライトブレード隊って組織が解散したのはそれから2年後、か。マジクススキルを持った女だけの部隊、だったみたいだね。解散の理由は隊員達の著しい魔力切れが主たる原因である、と」


「魔力切れ?」


「それについては、マジクスについての勉強もしないとな。あ、もうこんな時間だ。私はこれから用事があるんだよ。続きはまた今度なっ」


「えー、せっかくやる気出てるのにー?」


「デートなんだよ、で、え、と!後は自分で調べなっ!私だって交際中なの!」


「必死なの?」


「シメるぞっ。調べものはちゃんとまとめておく事。オマエのマジマジ度合いを見せてみなっ。後でチェックするからね!」

「はあい」


「じゃあな!日暮れ前には帰るんだぞっ」

「はあい」


「資料の片付け頼んだよ!」

「はあい」


「片付ける時間計算しないと、帰る頃には真っ暗になっちゃうからね!何事も早め早めの行動!これ鉄則だよ!」

「はあい」


「じゃあ、今度の日曜にねっ!あ、魔力と魔法力の事、調べておくんだぞ!テストするからなっ」

「えー……テストするのぉ?」


「私からの宿題だよ。学校の宿題よりは楽しいだろ?」

「シェラーラ……デートに遅れちゃうよ?」


「あっ!じゃーなっ!」


 シェラーラはパタパタとせわしなく帰り、それからシルスは夕暮れ近くまで図書館で調べものをし、図書館を後にした。

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